常識を疑え!
北?に開いたリビング、屋内?にもなる縁側

"南向き信仰"が根強い日本では、家を建てるとなると、多くの人が当然のように“南向きの大開口”をイメージすると思う。でも、敷地条件や設計の工夫次第では南に大開口を設けなくても、明るさも風通しも申し分のない家が出来る。里山のふもとに佇むU氏邸は、そんな当たり前のことを改めて教えてくれる家でした。

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平屋、北向き、縁側。答えは敷地にあった

最寄り駅から車で15分ほどながら、里山や川に囲われた自然豊かな敷地。そんな気持ちの良い環境を素直に取り込んだ住まいにしたいというのが、Uさん夫婦共通の希望だった。夫妻が漠然とイメージしたのは、1階にリビング、2階に個室という一般的な2階建て。しかしながら、建築家・岩川卓也さんの頭にまず浮かんだ家は、それとはまったく異なるものだった。

「300㎡近いゆとりある敷地だったので、ここで2階建てにするのはもったいないな、と思いました。計画当時はご夫妻二人でしたし、家族が増えたとしても一般的な広さの家ならば平屋が十分に建つ敷地だったので。2階建てにすると階段部分がどうしても2坪くらいは取ってしまうので、そのスペースがないぶんコスト面も安心ですから、平屋でいきませんか、とご提案しました」と岩川さん。

 さらに画期的だったのは、北側にリビングを配置し、北向きに大開口を設けたこと。一般的に、過ごす時間が長いリビングは家の中でも一番陽当たりの良い南面に配置したいと思うものだが、岩川さんはそこにとらわれることはなかった。

「敷地の南側は開けていて陽当たりはいいのですが、国道が通っていて交通量があるんです。逆に北側は、目の前に里山があって景色が素晴らしい。この敷地条件だったら、北側を開放した家にしよう、と思ったことがすべての出発点になりました。お施主さん自身は北向きにしようとは思っていなかったと思いますが、山の景色を楽しみながら暮らしたいという要望がありましたので、それならばいっそのこと、リビングを北側にしようと。平屋にしたこともあり、北向きでも南側のハイサイド(高い位置にある窓)から光を入れれば、明るさも十分に取れますので」


 里山を望む北側リビングをさらに印象的な空間に仕上げているのが、庭と室内の間に設けた縁側の存在。リビングと同じ杉の板材を貼り、室内の延長のようでありながらも、外の風と空気に触れられる半屋内空間だ。

「普通の縁側とは違って、縁側の外にガラス窓はなく、網戸と雨戸のみ。普段は網戸だけを閉めているので、ここに居ると蚊帳のなかのような感じになるんです。網戸だけなら外の空気や緑の匂いも入ってくるので、半屋外的な感じになるんです。縁側の幅を少し広めにとっているので廊下っぽく見えませんし、外としても中としても自由に使える中間領域。もともとご主人がウッドデッキを要望されていたのですが、完全に外になるウッドデッキとはまた違って使い道も広がると思います」

 平屋、北向きリビング、縁側空間など、想像をはるかに超える提案を受けて完成したU氏邸。「お施主さんのこれまで住んできた家の履歴を伺い、住まいの原風景を知ることから始める」という岩川さん独自の設計プロセスは、施主の思い描くイメージの本質を見つけ出し、心の奥にあるものを具現化してくれる。
  • 【写真】背景の里山と自然に馴染む平屋。屋根の上に乗っかっているように見える部分が、リビングの天井部分。南面ハイサイドから光を取り込み、北向きリビングを明るくしている

    【写真】背景の里山と自然に馴染む平屋。屋根の上に乗っかっているように見える部分が、リビングの天井部分。南面ハイサイドから光を取り込み、北向きリビングを明るくしている

  • 【写真】リビングと庭の間に設けた縁側。右側はガラス窓と網戸、左側は網戸と雨戸のみ。室内、屋外どちらとしても使える中間領域的な空間は、子どもたちの格好の遊び場にもなっている

    【写真】リビングと庭の間に設けた縁側。右側はガラス窓と網戸、左側は網戸と雨戸のみ。室内、屋外どちらとしても使える中間領域的な空間は、子どもたちの格好の遊び場にもなっている

  • 【写真】縁側のアウトサイドの雨戸を閉めると、一気に室内的な空間に。雨戸は木製で造作し、自然素材を使った内装の雰囲気と合わせている

    【写真】縁側のアウトサイドの雨戸を閉めると、一気に室内的な空間に。雨戸は木製で造作し、自然素材を使った内装の雰囲気と合わせている

  • 【写真】最大天井高約3m、吹き抜けのような開放感がある勾配天井のリビング。右側の南面ハイサイドに窓を設け、光を取り入れている。「天窓にしてしまうと夏の日射がきつくて大変なので、ハイサイドの窓にしています。窓の外に庇を設けて、秋分、春分を境に冬は直射日光を入れ、夏は直射日光が入らないように工夫しました」と岩川さん

    【写真】最大天井高約3m、吹き抜けのような開放感がある勾配天井のリビング。右側の南面ハイサイドに窓を設け、光を取り入れている。「天窓にしてしまうと夏の日射がきつくて大変なので、ハイサイドの窓にしています。窓の外に庇を設けて、秋分、春分を境に冬は直射日光を入れ、夏は直射日光が入らないように工夫しました」と岩川さん

  • 【写真】南側に配置した寝室。目の前が国道を通るため、デッキの壁を高く設けて目隠しに。遠くの里山と空だけが目に入るようにしている

    【写真】南側に配置した寝室。目の前が国道を通るため、デッキの壁を高く設けて目隠しに。遠くの里山と空だけが目に入るようにしている

ストーブを中心にした、“ていねい"なリビング

ほんのひとときでも、日々の慌ただしさや喧騒から離れて、自然に包まれた穏やかな時間を希望したU様。その象徴ともいえるアイテムが薪ストーブ。「ダイニングからもリビングからも薪ストーブが見えるように」という要望どおり、どちらの空間から見ても存在感のある位置にレイアウト。温暖な土地柄、薪ストーブが必要な時期は限られているが、ピザや煮込みなど料理にも活用しながら“ていねいな暮らし”を楽しんでいるという。
【岩川 卓也さん コメント】

 暖炉は人が自然と集まってくる場所なので、まわりに人が腰かけられるように床を一段下げています。薪ストーブは料理に使うことを一番の目的にしているので、シンプルな輻射式を選びました。暖房としても薪ストーブ一台で家全体の暖房ができるくらいのパワーがありますが、忙しない日常のなかで常に薪ストーブを使うのは現実的ではないので、パネルヒーターも併用しながらうまく使い分けるようにしています。
  • 【写真】リビングに薪ストーブがあるだけで、くつろぎ感が格段にアップ。右手の庭の一部に土間を打ち、薪割りスペースも設置。床は杉板、壁や天井はすべて漆喰で仕上げ、自然素材に囲まれた心地よい空間をつくっている。

    【写真】リビングに薪ストーブがあるだけで、くつろぎ感が格段にアップ。右手の庭の一部に土間を打ち、薪割りスペースも設置。床は杉板、壁や天井はすべて漆喰で仕上げ、自然素材に囲まれた心地よい空間をつくっている。

撮影:畑亮

基本データ

施主
U邸
所在地
静岡市葵区
家族構成
夫婦+子供1人
延床面積
103.17㎡