《集合住宅》
新しい神楽坂を象徴の佇まいと個性ある室内デザイン

「賃貸だからしかたない」とデザインも住み心地もあきらめていないでしょうか。そこに生活する人のことを考えて、ひと手間かければ、賃貸マンションにも個性が生まれます。神楽坂という場所に、建築家の小林さんはどんなマンションを考えたのでしょうか。

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迷わず住みたくなる賃貸マンションをつくるには

 神楽坂の5階建ての賃貸マンション。四角いシャープな線が明瞭な真新しい建物は室内も都会的だ。むき出しのコンクリートの壁、蛍光灯のないツルッとした天井。最上階の部屋にはニューヨークの地下鉄で使われていたのと同じタイルが張ってあったりなんかもする。エレベーターはないものの、5階まで上がればバルコニーから見える景色もいい。唯一ロフトがついていて他の階より少し特別な仕様の部屋にはきっと、少しゆとりのある若い男性が住むだろうと関係者全員が思っていたという。代官山か青山辺りのカフェのようなオシャレな部屋に住んで「うちに来なよ」と彼女を誘う。マンションオーナーも、扱った不動産屋も、設計した小林さんも皆、そんなふうに最上階の入居者の人物像を明確にイメージしていたという。残念ながら予想は外れてしまったが、相場より高めに家賃を設定したその部屋は1ヶ月ほどですぐに入居者が決まった。

 このモンマルトル神楽坂は、副業でいくつものマンションに投資をしているオーナーが、建築家の小林さんとつくった最初の賃貸物件だ。神楽坂を皮切りに東京で既に5棟の物件が進行している。せっかく自分が関わるなら良い建物にしたいというオーナーは、小林さんに相談しながら、ひとつとして同じデザインものにならないようにこだわった。

 この辺りならこの広さで賃料はいくら、オーナーが不動産屋さんと収支をみたところで建築費の概算が決まり、小林さんとの打ち合わせが始まる。神楽坂なら働き始めて数年経ったシングル、あるいは共働きで子どものいない若い夫婦やカップルだろう。 ちょっと余分に出しても良いところに住みたい人なら、床暖房をつけてもいいかもしれない、女優気分になれるハリウッド照明は女性の心を掴めそうだと、あれこれ検討した。仕事柄、住宅にも多少の馴染みがあるオーナーはコストをかけてでも入居者のニーズに合ったデザインにしたいと考えていたし、小林さんも「ワンルームとか、1Kとかって住まい心地には関係ないというか、気持ちいい方がいいですよね」という考えだったこともあって、当たり前の賃貸住宅よりも少し冒険をした。冒頭のロフトのある最上階もそう。一般的には、斜線規制で斜めに切り取られるようなところに無理をして部屋はつくらないが、屋根裏っぽい感じも悪くないのではと敢えて四角くない部屋をつくった。

 今の時代、回転の早い都会の賃貸でも決して空き室リスクと無縁ではいられない。「おじさんが頭を寄せて、最近の若い女性が何を好むのかと話し込んだ」と小林さんが笑うほど真剣に、トレンドも押さえた。一方で、建物そのものは寿命が長いので、ベースになる空間はしっかりつくった。窓枠から壁から、手間さえかければ質のあがるところには手間を惜しまず、良いものを残せるように心がけたという。

 周辺は昔ながらの印刷所が点在するのんびりした雰囲気だが、最近では倉庫をリノベーションしたカフェもでき、これから街の様子が変わっていきそうな予感がある。一足早く新しさをとり入れたマンションとこの街のこれからが楽しみだ。
  • キッチンの側面にはフローリングと同じ木材を張り、デザイン性の高いレンジフードを選んだ。標準的なキッチンそのままでなく、ひと手間かけたことで部屋との調和が増した。

    キッチンの側面にはフローリングと同じ木材を張り、デザイン性の高いレンジフードを選んだ。標準的なキッチンそのままでなく、ひと手間かけたことで部屋との調和が増した。

  • 竣工直後のこの写真にはないが、道路側の窓には各部屋ブラインドを備え付けにした。入居者はカーテンを買わずに済み、外観の統一感も守られる。

    竣工直後のこの写真にはないが、道路側の窓には各部屋ブラインドを備え付けにした。入居者はカーテンを買わずに済み、外観の統一感も守られる。

  • 最上階で斜めに切り取られるスペースも、こもれる空間として前向きに活用。

    最上階で斜めに切り取られるスペースも、こもれる空間として前向きに活用。

ひとつひとつ表情の違うデザインはオーナーも楽しい

熱心なオーナーはどんなインテリアが好まれるのか、飽くことなく研究しているという。洋書を取り寄せて勉強し「こんな感じにできませんか」と小林さんに提案することもあれば、「キッチンをカッコよくしたいので何か考えられませんか」というオーナーの求めに応じて小林さんがスケッチを出すこともある。設計を任せるというよりも、一緒につくっていっているというスタンスだ。他に持っている物件の入居者に入居の決め手を聞いたり、オーナー仲間と情報交換をしたりと、情報収集にも余念がない。モンマルトル神楽坂の入居者にハンモックをプレゼントしたのもオーナーの計らいだ。

 「マンション経営としてのバランスももちろん考えてらっしゃるでしょうし、長い目で見て価値のある建物にしたいという思いもお持ちだとは思いますが、どこかで楽しいものをつくりたいという気持ちもあると思うんですよね」と小林さん。2棟目では不動産情報として掲載する物件の写真も、カワイイ雑貨を並べた、こだわりの1枚を用意した。情報を集める手間も、建設に余分にかかる費用も厭わないオーナーの、他とは違うものをつくりたいという思いが、地域によって雰囲気のまったく異なる賃貸物件を生み出しているようだ。

 1ヶ月であっという間に満室になったモンマルトル神楽坂の手応えもあり、小林さんとのタッグで、まずは10棟を目指そうと意気込みも充分だ。
  • 神楽坂のマンションの1室。広い土間玄関にかかっているハンモックはオーナーからのプレゼント。

    神楽坂のマンションの1室。広い土間玄関にかかっているハンモックはオーナーからのプレゼント。

  • ゆったりした玄関も特徴的。低層階なら自転車置き場にしても良いと考えた。ロードバイクで街を走るライフスタイルはモンマルトル神楽坂のイメージにも合う。

    ゆったりした玄関も特徴的。低層階なら自転車置き場にしても良いと考えた。ロードバイクで街を走るライフスタイルはモンマルトル神楽坂のイメージにも合う。

撮影:アトリエあふろ(古川公元)

基本データ

施主
集合住宅
所在地
東京都新宿区
家族構成
夫婦
敷地面積
70.57㎡
延床面積
223.08㎡