穏やかな光と爽やかな風が入る家を、
建物に囲まれた旗竿地で?

 建物に囲まれた旗竿地に建築家の多羅尾直子さんがつくったのは、2階の書斎を中心とした明るく爽やかな住まい。在宅中はほとんど書斎で仕事をしている大学教授と、ガーデニングや家庭菜園が趣味というご両親が、心地よい光と風と共に快適な暮らしを楽しんでいる。

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東の海風、四方の光。徹底調査で窓を計画

 大学でフランス文学を教えるMさんはお父さまが元高校教師、お母さまはそろばん教室を経営していたという先生一家。以前の家は1階がそろばん教室、2階が住居だったがお母さまが教室を閉じることになり、築45年と老朽化が気になる状態でもあったため、建て替えの計画をスタートさせた。

 Mさんはかねてより、いつか新しい住まいをつくるなら、中学・高校の同級生だった建築家の多羅尾直子さんに依頼すると決めていた。「彼女の美術的なセンスのよさは学生時代から光っていたんです。多羅尾さんならきっと、素敵な家をつくってくれると思いました。以前の家は2階にあがると明るくて風通しがよかったのですが、新居はそれ以上に採光や通風がよくなることを希望していました」

 だが、M邸の敷地は道路から細い道を入っていく旗竿地で、周囲は建物に囲まれている。密接した隣家の人目も気になるため、むやみに窓をつくることはできない。そこで多羅尾さんはまず、敷地の環境を徹底的に調査。周囲の建物の高さや窓の位置などを十分に考慮し、風や光の状況もふまえて、どこにどんな役割の窓をレイアウトするか計画した。

 「リビングは吹抜けとし、南は軒を出して2階部分も大きく開口。日差しをコントロールしながら光が空間全体に届くようにしました」という多羅尾さんの言葉通り、完成したM邸のリビングはとても明るくて開放的。東から海風が吹いてくる地域であることを活かすべく、リビング・ダイニングは風の通り道になる東西にも窓がある。東西の窓は、あえて中程度のサイズにした。隣家の窓と向き合わず庭の緑だけを借景として楽しめて、強い西日が入り過ぎないことがメリットだ。

 ほかにも階段の踊り場や天井付近など、外から室内の様子が見えにくい場所のそこかしこにいくつもの窓を設置。東西南北のいずれかから刻々と変化する光が差し込む室内にいると、四方に建物があることを忘れてしまう。

 多羅尾さんの通風・採光へのこだわりは雨戸選びにもおよぶ。採用したのは、アルミパンチング製。孔が開いているので雨戸を閉めても真っ暗にならず、ガラス戸を開ければ風も通る。雨戸自体に鍵がついているから、雨戸だけ閉めて就寝してもいい。

 南の窓越しには、季節の花や野菜、ハーブなどが生い茂る庭がある。「自宅でも仕事をするのですが、気分転換にリビングの大きな窓から手入れの行き届いた庭を眺めるのが楽しみです」 とMさん。以前そろばん教室として使っていた1階は、疲れた頭を休めてリラックスできるくつろぎのスペースに生まれ変わった。
  • ダイニング・リビング/南一面に大きな窓のあるダイニング・リビング。正面の西の窓はあまり大きくせず、強い西日を除けながらほどよい光と隣家の庭の緑だけを楽しめるようにした。広く、白く、爽やかな空間に、ヒノキの柱がさりげないアクセントになっている

    ダイニング・リビング/南一面に大きな窓のあるダイニング・リビング。正面の西の窓はあまり大きくせず、強い西日を除けながらほどよい光と隣家の庭の緑だけを楽しめるようにした。広く、白く、爽やかな空間に、ヒノキの柱がさりげないアクセントになっている

  • リビング・ダイニング/リビングからダイニングを見たところ。吹抜けのリビングは、開放感たっぷり。2階のファミリールームの引き戸を開けるとリビングを見下ろせる造りになっている。床は木目が美しく丈夫なナラの無垢材を用いた

    リビング・ダイニング/リビングからダイニングを見たところ。吹抜けのリビングは、開放感たっぷり。2階のファミリールームの引き戸を開けるとリビングを見下ろせる造りになっている。床は木目が美しく丈夫なナラの無垢材を用いた

さりげないこだわりで、バランスのとれた美しい空間に

 木のカウンターや本棚が温かな雰囲気を漂わせる2階の書斎は、Mさんが最も長い時間を過ごす場所である。そのため、リビング・ダイニングを見渡せるよう、座ったときの目線の高さに室内窓を設置。1階との一体感が増し、仕事中も家族の様子がわかる。また、室内窓はリビングの大きな窓から入る南の光を書斎に採り込む効果もある。北には高さのある天井を利用したハイサイドの横長窓。西にも小さな窓が配置され、間接光が心地よい明るさをもたらす。

 この書斎を始め、いずれの空間も木材と白を組み合わせたナチュラルな色使いが印象に残る。白い壁はペンキの塗り壁。真っ白ではなく少し温かみのある白である。多羅尾さんいわく、「ご要望が特にない場合はペンキで仕上げることが多いです。ペンキは塗り壁の中でもコストを抑えやすく、素材の個性が出ないのが特徴。特に、吹抜けで壁の面積が広い部屋は、壁に個性を持たせず抽象的にすることで空間におおらかさが生まれます。併せて使う木材や家具が、より美しく映えると思いますよ」とのこと。

 リビングからダイニングにかけて続く窓の合間には、ヒノキの柱が立つ。「実は、この柱もちょっとしたこだわりなんです」と多羅尾さん。この柱を壁の中に入れずにあらわすことで、2つの窓をひとつながりの大きな窓に見せることができる。またこの柱はリビング・ダイニングを仕切る引き戸の戸当たりも兼ねていて、引き戸を開けたときには2つの空間が違和感なく自然につながる。

 内装が仕上がる最後の最後に決めた窓枠の塗装は、木材の方が落ち着くと判断したところだけ素地を見せて、ほかは白く塗って壁となじませた。デザインの細やかな調整は、実際に空間を体感して自分の目で確かめるまで妥協しない。「多羅尾さんが手掛ける空間は、シンプルで趣味がいいと思います」と、Mさんはにっこり。空間×素材の絶妙なバランスにこだわりぬき、一見何げないようでいて、機能的で美しい住まいをつくるのが多羅尾さんのスタイルだ。


作った人:多羅尾直子さんコメント

 建物に囲まれた立地でも良好な通風・採光を実現した家です。リビングは吹抜けとし、空間に高さと視覚的なボリュームをプラス。Mさんのライフスタイルに合わせて、吹抜けに面した書斎から家の中の様子がわかるようにしました。扉はすべて引き戸で、多くは壁の中に引き込めるようになっています。普段は引き戸を開けて広々とした空間ですが、冷暖房効果を高めたり音を遮断したいときは引き戸を閉めるなど、季節やシーンに合わせて自由に空間をつなげたり仕切ったりすることができます。


住んでいる人:Mさんご家族コメント

 書斎はコンパクトで欲しいものがすぐ手に取れて、使い勝手が抜群。室内窓のおかげで視界が開けているし、とても快適です。光熱費も以前の家よりずっと安くなりました。多羅尾さんにお願いして家具選びも一緒に行きました。この家のことを誰よりも知っている人ですから心強いです。打ち合わせでは、提案に異論を出してもなるほどと受け止め、十分に再考してくれました。最終的に多羅尾さんの最初の提案通りになった場合でも押しつけられた感じが全然なくて(笑)、納得のいく家づくりができました。この家と庭の緑のおかげで両親も元気に暮らしています。
  • 2階ファミリールーム引き戸/ファミリールームから2階通路を見たところ。写真左手の吹き抜けに面した引き戸を開けると、階下のリビングとつながり、コミュニケーションがとれる

    2階ファミリールーム引き戸/ファミリールームから2階通路を見たところ。写真左手の吹き抜けに面した引き戸を開けると、階下のリビングとつながり、コミュニケーションがとれる

  • 2階寝室/書斎とつながるMさんの寝室。扉を開けると書斎の室内窓からリビングの窓まで見通せて、空間の広がりを感じられる。寝具用の押入れや衣類のクロゼットなど、収納も十分に設けた

    2階寝室/書斎とつながるMさんの寝室。扉を開けると書斎の室内窓からリビングの窓まで見通せて、空間の広がりを感じられる。寝具用の押入れや衣類のクロゼットなど、収納も十分に設けた

撮影:アトリエあふろ(糠澤武敏)

基本データ

施主
M邸
所在地
神奈川県横浜市