《店舗の事例》お酒を"楽しむ"場が人を呼ぶ!
老舗酒店のリノベ

 建築家との家づくりの秘訣が、住む人がそこでどう暮らしたいかを考えることなら、建築家との店づくりの第一歩は、お店の人がそこでどう働きたいかを考えることかもしれない。自由が丘の酒屋さんのリニューアルの背景には店長の熱い思いが隠されていました。

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お酒のおいしさ、楽しさを知ってもらえる場をつくりたい

 自由が丘の商店街を抜け、住宅がチラホラ混じりはじめる辺り。新しいチーズケーキのお店でもできたのかなと思わせるような、洗練された店構えの酒屋さんがある。つい最近リニューアルしたこのお店、山屋の店長の田島さんにお話を伺った。

 「リニューアルのきっかけは3台あった冷蔵ケースを撤去しようという話でした。食品類も充実させようと導入しましたが、ケースの冷気で店内が冷え、夏場でも15度を切っていました。10年その環境にいると体にも変調が表れてきて、汗をかけなくなってしまったんです。ケースを撤去するだけでもよかったのですが、あたためていた考えもあり、どうせなら一気に変えてしまおうと決断しました」


 低迷する酒類業界の現状に危機感を持っていた田島さんは、時代の変化に合わせた新しいお酒の売りかたを模索していた。いまや単にアルコールを求めるなら、コンビニでもスーパーでも手に入る。健康志向が高まり、若者の酒離れが進むなかで、商品を揃えて客を待つのではなく、積極的にお酒の楽しみかたを伝えていきたいという思いがあった。「もっと気楽にお酒を楽しんでほしいんです。講釈をたれるほど極めなくていい。味覚は人それぞれですから、このお酒はおいしい、こんな肴と合うという自分なりの感覚を育ててもらえたらと。そのためには色々なお酒を経験する必要があります。カウンターを置いてワイン会をしてみたこともありました」。

 ところが、以前の店内ではレジ台や冷蔵庫、ぎっしりと並べられた商品に囲まれ、ゆったりとした接客スペースがとれなかった。お客さんに伝えたいことがあるのに、じっくり話す環境がつくれない。そんな店長の話を聞いて、建築家の秋山さんは接客スペースを中心にした空間を考えた。


 「興味をもったお客さんに、どんなシーンで飲むか、食べるものは何かと話を聞くスペースがあって、そこでの話をふまえて、奥の棚に並んでいるお酒からふさわしい1本をおすすめする。田島さんが理想とする接客の流れに沿って考えました」と秋山さん。

 入り口側は白い壁に囲まれた空間の中央に、大きな収納兼テーブルが2台。広々としたスペースでは、店内に入ってきた人が壁の陳列棚をゆっくり眺めることもできるし、テーブルの周りで店員と話すこともできる。その奥には天井まで届く棚に整然と並べられたお酒。

 たくさんの商品がおさまるよう、棚ありきで考える店舗設計とは一線を画した提案に、先代の店主は驚いたという。けれども、これから自分のお客さんを掴んでいかなくてはならないのは若い店長だ。目先の商売だけでなく業界の活性化も視野に入る店長の田島さんにとっては、願ってもない提案だった。これで、お酒というモノではなくお酒を楽しむ時間を提案できる接客が可能になる。真っ先にゴーサインをだした。

 閑散期に一気に工事をすすめ、装いを変えた新店舗での営業がはじまって数ヶ月。客数の変化は感じているという。「ここのところ、ひとり店に入ってくると、次々に吸い寄せられて人が入ってくることが多くて、20分、30分たちっぱなしのこともあります。以前は座ってゆっくりしていた時間もあったのですが」と田島さん。「立ち止まってくれる人は増えてきていますから、次は興味を持ってくれた人にいかに働きかけていくかですね」すでに、この冬のイベントの企画もしているという。

 お店の環境は整った。店長の田島さんの挑戦はいよいよ本格化する。
  • 夜の外観。一見して何の店か分からないので、お酒に興味のない人も誘われて、ふらっと入ってしまう。「名刺を配るよりも効果的」とは、先代の店主。

    夜の外観。一見して何の店か分からないので、お酒に興味のない人も誘われて、ふらっと入ってしまう。「名刺を配るよりも効果的」とは、先代の店主。

  • 入り口側のほとんどを接客スペースに割いた。この冬はここで熱燗の飲み比べを企画中。かなりの広さがあり、ここでシャンソンを歌いたいという近隣の方のオファーまで。

    入り口側のほとんどを接客スペースに割いた。この冬はここで熱燗の飲み比べを企画中。かなりの広さがあり、ここでシャンソンを歌いたいという近隣の方のオファーまで。

  • カウンターテーブルは収納も兼ねており、動かすことも可能。必要に応じて移動させ、目的に合わせて自由にスペースを活用できる。

    カウンターテーブルは収納も兼ねており、動かすことも可能。必要に応じて移動させ、目的に合わせて自由にスペースを活用できる。

山屋の"山"をモチーフに 店長の発想を活かす舞台づくり

 リニューアルで中心になった接客スペースの天井は、細い木のラインが中央に向かって、山のかたちを描くように並んでいる。「酒屋さんじゃなくて山屋さんを設計しないといけない。山屋さんを空間化するとどうなるかと考えて、この屋根のかたちにしました」と設計した秋山さん。自身の代表する設計事務所、秋山立花でも理念を示すものとして、屋号やロゴを大切にしている。

「ご依頼いただいたのは店舗のリニューアルですが、ロゴも一緒に提案させていただきました。」お店の入り口の壁には、山屋のロゴが大きく掲げられている。

 山屋をかたちにすると、こうなるというのは何も形状の話だけではない。田島さんは若い女性も入ってこられるぐらい酒屋の敷居をさげたいという。その狙いに合わせて客の動線もデザインした。

 入り口の位置が片側に寄っているので、まず手前の壁に飾られた壷に目が引き寄せられる。店に足を踏み入れると白い壁の明るい空間が広がる。天井の木にそって入れたLEDが優しく店内を照らし、入りやすい雰囲気だ。さらに奥へ入ると入り口側とは対照的に落ち着いた雰囲気で商品を吟味するのにふさわしい。店頭に並ぶ商品は少ない印象だが、店に揃えているアイテム数の9割がたは並んでいるという。「棚にパンパンに詰めていたときは、お客さんも気付かない商品がありました。このミニチュアのボトルは以前から置いていましたが、ラッピングしてここに置くようになってからお客さんの目にとまるようになり、急に動きはじめました。」と田島さん。

 「こっちのリキュールは色と味わいを楽しむんですけど、この色が見せたかったんです」田島さんが示す先には、白い壁を背に色とりどりのリキュールが一列に並んでいる。

 イキイキとお酒の魅力を語る田島さんを見ると、山屋さんを設計したという秋山さんの言葉がなるほど、ストンと胸に落ちてくる。
  • 入り口には山屋のロゴ。先代から当地で営業する店のルーツを示すものでもある。

    入り口には山屋のロゴ。先代から当地で営業する店のルーツを示すものでもある。

  • ワインや一升瓶が並ぶ棚は薄く高くつくられており、近付かなくても商品全体が見渡せる。落ち着いた雰囲気で、お客さんの滞留時間も延びたそう。

    ワインや一升瓶が並ぶ棚は薄く高くつくられており、近付かなくても商品全体が見渡せる。落ち着いた雰囲気で、お客さんの滞留時間も延びたそう。

基本データ

施主
店舗
所在地
東京都目黒区
家族構成
夫婦
敷地面積
168.05㎡
延床面積
363.78㎡