
50年ぶりの銀幕は、築90年の文化財から
保存でも復元でもなく「進化」で歴史を紡ぐ
50年ぶりの映画館は、築90年の文化財
記憶を継承し、機能を更新する建築家
かつて繊維産業で栄えた青梅には、3つの映画館があったが、産業の衰退とともに一つ、また一つと姿を消していった。その名残か旧青梅街道沿いには手描きの映画看板が数多く掲げられ、街が映画文化に彩られた時代の痕跡を静かに伝えている。
そんな青梅から映画館が消えて50年。地元で飲食店を経営する株式会社チャスの菊池康弘さんは、常連客から何度も「また青梅で映画が見たい」という切実な声を聞かされた。菊池さんはこれまで自身が抱き続けてきた「地元にエンターテインメントを届けたい」という志と、お客様の思いに応えるべく、映画館づくりに乗り出す決意を固める。
舞台に選ばれたのは、青梅織物工業協同組合が所有する「旧繊維試験場」。昭和10年に建てられたこの建物は、国の登録有形文化財に指定されている。文化財であるがゆえに、外観の改修は厳しく制限され、室内側からのアプローチのみが許された。築90年を経て、内部構造の詳細が不明な点も多く、さらに興行場法や消防法など、映画館として遵守すべき現代の法律も多岐にわたる。
この複雑で手探りのリノベーションを託されたのが、中国でキャリアを積んできた異色の建築家、池上碧さんだった。
池上さんが日本の大学を卒業したのは2010年。「面白い世界を見てみたい」という動機で、彼は中国での活動をスタートさせた。当時の中国は北京オリンピックや上海万博といった大型プロジェクトが相次ぎ、建設ラッシュの真っ只中。何もない土地に短期間で高層ビルが林立し、街ができあがっていく。こうしたダイナミックな建築の現場に携わり、研鑽を積んだ。やがて北京の国際的な建築事務所へと移籍し、世界各国のスタッフとともに手掛けたプロジェクトのうちの一つが、のちのシネマネコへと繋がっていく。
それは北京の「胡同」と呼ばれる地区にある「四合院」の改修だった。四合院とは中庭を囲むように四方に建物を配置した伝統的な建築様式。もともとは、一家族で住む住宅だったが、現代では多くの世帯が同居。無秩序に増改築を繰り返し、半ばスラム化した「雑院」と化していた。その一つを「子供たちのための図書館」へと再生させるのが彼の任務だった。
このプロジェクトは、古き良き姿に単に戻すのではない。かといって、無機質で綺麗な住宅に作り変えるのでもない。積層した暮らしの痕跡や歴史を尊重しながら、図書館という全く別の機能へと進化させ、次世代へ繋いでいく。歴史と現在、伝統と革新を同時に肯定するこのスタンスは国際的に高く評価され、ベネチア・ビエンナーレにも移設展示された。池上さんは「記憶を継承し、機能を更新」した事例といえるだろう。
中国でこのような仕事に携わっていた池上さんに「青梅で映画館を作ってみないか?」との誘いがあった。実は、きっかけは池上さんの奥様である國廣純子さん。國廣さんは、街づくりや地域再生のスペシャリストとして、当時青梅のタウンマネージャーを務めており、マルシェの開催や、空き店舗の活用などに取り組んでいた。その活動の中で菊池さんと出会い、映画館のプロジェクトに関わり始める。それがきっかけで、菊池さんは池上さんの活動を知ることとなり、國廣さん自身も「歴史を活かしつつ、新たな価値として進化させる」池上さんの手腕が最適だと直感した。
菊池さんも、池上さんの思想に深く感銘を受け、共に歩むことを決めた。繁栄と衰退、記憶と忘却。相反する時間を抱える青梅の町で、90年の時を刻んだ建物が、再び映画の灯を灯すための挑戦が始まった。
法規制、耐震、そして壁の奥の記憶
立ちはだかる難問と、大工が繋いだバトン
「菊池さんは、カフェを併設したいというご希望があったというのもありますが、私もオープンスペースを広く取り、カフェだけでも訪れたくなる、地域に開かれた場にしたいと考えていました」と池上さん。
その思いを実現するため、窓の近くにオープンスペースやカフェを配置することを基本線とした。採光を活かし、内と外が緩やかに繋がる空間設計。
「大まかなプランができあがるたびに、菊池さんに相談をしました。飲食店を経営されている視点から、お客様の動線や従業員のオペレーションの効率など、実践的なアドバイスをいただきながら、二人三脚でプランを練っていきました」と池上さん。
こうしてコンセプトとプランを擦り合わせていった2人に、大きな壁が立ちはだかる。
一つ目は、法規制の複雑さだった。建築基準法はもとより、映画館づくりには消防法に興行場法といった法律も関わってくる。通路幅、椅子の幅、スクリーンと客席の距離、換気や加湿など多岐にわたる法規制をクリアして設計せねばならない。それぞれの基準を同時に満たす設計は、パズルを解くようでもある。
さらに池上さんを悩ませたのは関係各所とのやりとりだった。都心の役所と違い、この地域には映画館の新設に携わった者はいなかったのだろう。役所にとっても、法令を読み解き、時には詳しいものへ問い合わせるなどしたに違いない。予想以上に時間がかかりはしたが、池上さんは根気よく丁寧に協議を重ね、解決をはかっていった。
次に浮上したのは、建物の命ともいえる基礎の問題。昭和10年に建てられたこの建物は地面に置いた石の上に柱が乗っていた。現代の耐震基準からみれば、このままでは安全性に疑問が残る。そこで池上さんは、思い切った決断をした。建物を数cmジャッキアップして固定。石の基礎を取り除き、新たにコンクリートの基礎を打設した。
古いものを残すということは大事なことだが、訪れた人の安全が第一。建築家としての誠実な判断だった。
さらに続いたのが、断熱・遮音の問題。外観は文化財であるため、手を入れることはできない。すべての工事は、内側から施工する必要があった。壁を解体し、石膏ボードをはぎ、古い漆喰を取り除いていく。その時、予期しない「ギフト」との出会いがあった。壁の中から、細長い木の板が現れたのだ。
それは木摺り(きずり)と呼ばれる左官材料を塗るための下地として、かつての大工が柱の間に打ち付けた木板だった。90年前の職人たちが、建物とともに閉じ込めた時間の記録である。 池上さんはそれらの板をまじまじと観察した。見ると、材木屋の古いスタンプが押されていたり、大工の作業跡が残っていたり。それぞれの木の上には、建設当時の「人の手」が生々しく刻まれていた。
「美しい。そして面白い。これは必ず活かしたい」
池上さんはそう思った。見えない場所に隠されていた木摺りに新たな命を吹き込み、内壁として蘇らせたいと考えたのである。
大工さんたちは、その想いに見事に応えた。一枚ずつ、割らないように丁寧に木摺りをはがしていく。使える状態のものを厳選し再塗装を施す。そしてまた、一枚一枚、壁に貼り付けていった。
かくして、90年間人知れず壁の内側に眠っていた木摺りが、映画館の内壁として息を吹き返した。来館者の目に映る場所で、かつての職人たちの手仕事と時間が、新しい物語を始めることになったのだ。
開業5年で7万人の来場者
ただ残すのではない。進化し歴史を紡ぐ
最寄り駅はJR青梅線の東青梅駅。そこから徒歩7分の距離にある。青梅駅からも徒歩15分ほどで、のどかな街並みを散歩しながら訪れるのにちょうど良い距離感だ。
道沿いに現れるのは、淡いパステルブルーの外壁を持つ建物。昭和初期の面影を残す木造建築である。どこか懐かしく、訪れる人を優しく迎え入れるかのような、素朴で愛らしい表情をしている。おそらく、ここを初めて見かけた人の多くは、この建物が映画館だとは気づかないだろう。文化財の建物がその佇まいのままで、映画館という新しい役割を担っている。その違和感と調和の絶妙なバランスが、この場所の大きな魅力になっている。
扉を開けて中に入ると、まず迎えてくれるのは開放的なホールだ。天井を現しにして見せており、ヨーロッパ風の小屋組みが剥き出しになっている。昭和初期の大工たちが組み上げた木組みの構造美が、そのまま頭上に広がっている。
「古い建物であるということを見せたかったというのがあります。この小屋組みは建築的にも特徴的なので、ぜひ見ていただきたいポイントなんです」と池上さんは語る。
高さからくる開放感だけでなく、建築としての時間的重みまでが感じられる天井。その下、壁面には大工たちが一枚ずつ貼り直したあの木摺り板が再利用されている。大きな窓からはたっぷりと光が降り注ぎ、懐かしさと新しさが同居する、ほっこりとした空間が広がっている。
映画館といえば、かつては薄暗い秘密の空間というイメージが強かった。現代のシネコンでも、映像に没入させるために多くは照度を抑えた設計になっている。だがシネマネコは違う。晴れた昼間でも、その光と開放感に包まれながら映画という別世界へ入っていく。これは、映画館としての従来的な常識を覆すものだった。
「Googleの口コミに、『晴れた日に行きたくなる映画館』というコメントが投稿されていたんです。私自身、とてもうれしく感じました」と池上さんは微笑んだ。
訪れた人が、映画だけでなくこの場所そのものに惹かれている。その言葉がすべてを物語っている。
ホールの右奥には、併設のブックカフェがある。ネコや青梅、アートに関する本がずらりと並び、のんびり読書をするのに最適な空間だ。視線を窓に移すと遠くの山並みが見える。本棚にはいくつもの本が並べられ、ここで本を読んでいく常連客もいるのだとか。映画を見に来たはずが、つい長居をしてしまう。そうした時間の使い方を許容する空間設計も、菊池さんのカフェ経営の視点と、池上さんの建築的思考の融合から生まれたものなのかもしれない。
シアタールームに足を踏み入れると、全63席の座席が出迎える。シックで深みのある紫色のシート。ここに、奇跡としか呼びようのない物語が隠されている。
映画館の椅子は、世界的にはフランスのキネット社と日本のメーカーの2社が市場を独占している。池上さんと菊池さんは、座り心地に妥協せずキネット社製の紫色の椅子を導入することに決めていた。だが、その時期は折しもコロナ禍。フランスからの輸入は困難を極め、納期の見通しも立たなく、あきらめかけていた。そんなとき、菊池さんのもとに、ある映画関係者から連絡が入った。
内容は、新潟県十日町市で閉館した映画館「十日町シネマパラダイス」の椅子を無料で譲り受けられるというものだった。
すぐに現地を訪れた池上さんはその光景に驚いた。
「その椅子は、我々が入れたかったキネット社の紫の椅子だったんです。映画館が閉館してから2年間保管されていたのですが、あと1週間で処分するタイミングだったということでした。見たところ、大切に保管されていたことがわかるくらい状態が良いものばかりでした」と池上さんは振り返る。
新品で買えば数百万円する椅子。しかもあきらめかけていたものが、無料で。まさに奇跡といえるだろう。
新潟で映画館の終焉を迎えた椅子が、青梅で新しい映画の物語を映し出す。こうして十日町の映画文化が、青梅に受け継がれたのである。
設備のクオリティの高さは、椅子や建物だけに留まらない。音響システムや映写機も最新鋭のものが導入されている。昭和初期の木造建築の中にいながら、大手シネコンと遜色ない、あるいはそれ以上の映像・音響体験ができるのだ。古い建物の外殻と、最新テクノロジーの融合。それもまた、池上さんの設計哲学の一つの表現だった。
こうして誕生したシネマネコは、開業して5年で7万人を超える来場者を迎えた。地元の常連客から、都心や郊外からわざわざ足を運ぶ映画ファンまで、一過性のブームではなく、様々な立場の人々がこの空間に深く集まり、根付いている動かぬ証拠といえる。
池上さんは、こんなエピソードを教えてくれた。ある夜、いきつけのおでん屋で、隣に座った観光客が店員との会話で「今日、シネマネコに来たんです」と話していたのだという。「思わず『それ作ったの私です』と話しかけてしまいました」と池上さんは笑う。
映画館を訪れた人が、その帰りに地元の飲食店で食事をし、商店街で買い物をする。映画というコンテンツを通じた経済循環が生まれた。文化財の再生が、地域全体の活性化へと繋がったのである。
文化財は、確かに貴重で重要なものとして保存されるべき存在である。だが現実には、多くの文化財が資料館や記念館として「保存」されているだけで、時が経つにつれ訪れる人は減少し、地域の日常風景の一部と化してしまう。街を歩く誰もが目にしているはずなのに、誰もが「そこにある」ことすら忘れていく悲劇が、日本中で繰り返されている。
だが池上さんと菊池さんが実践したように、文化財を現代のニーズに合わせて進化させるならば、そこは再び人々が集まる場になり、活気が戻る。その中で、訪れた人たちが自然と建物の時間的な重みを感じ、歴史を知る機会が生まれるのだ。
保存ではなく、進化。固定化ではなく、歴史を紡ぎ直す。シネマネコが示したのは、青梅に映画文化を復活させることに留まらない。文化財保護という古い課題に対する、全く新しいアプローチだ。もしかしたら、これがこれからの日本における文化財活用の、新たなスタンダードとなるのかもしれない。
撮影:鈴木淳平
基本データ
| 作品名 | シネマネコ |
|---|---|
| 所在地 | 東京都青梅市 |
| 敷地面積 | 710.3㎡ |
| 延床面積 | 231.36㎡ |
設計者情報
この実例を見た人はこちらも読んでいます

採光、断熱、生活動線をアップデート 懐かしさを感じながら暮らしを楽しむリノベ
両親から受け継いだ家に住んでいた施主のMさん家族。キッチンなどに手を入れたものの、自分達が思い描くような暮らしが送れていなかったという。「建て替え」か「リノベーション」か迷う中で相談をしたのが、仕事で知り合いその手腕を高く評価していた建築家、アリアナ建築設計事務所の三野さん。対話を通じて導き出されたのは、「そのまま残す」「再活用する」を取り入れた、リノベーションでした。

部分リノベで可変性のある暮らし 住宅取得の在り方が変わる
リノベーション予算250万円という縛りを設け、中古物件探しをした夫婦建築家がいる。Lenz Designの岡﨑さんと金沢さん。手を入れる箇所を絞った「部分リノベ」で目指したのは「緩んだ和室」だった。

中古物件リノベの新手法!?惚れ込んだ空間をさらに自分仕様に!
建築家と建てた一戸建てに一目惚れし、中古で購入したTさん。より自分たちの家族にあった住まいにしようと思ったとき、迷わず相談に行ったのは、新築時に設計した建築家、河辺近さんのところでした。

可動の家具で緩く仕切ったモダンなワンルーム空間
1977年築、2LDKのマンションをリノベーションして出来上がったのは、広いワンルームに、そっと生活の補助線を引くように家具を配置した開放的な空間。リフォームに向く物件探しから家具探しまで全面的に協力したという、建築家こだわりの家づくりを覗いてみよう。

広さ、使いやすさ、快適性 リフォームで手に入れた理想の住み心地
幼い頃を過ごし、一時期は賃貸活用していたというマンションに戻り家族と暮らすことに決めたnote architectsの鎌松亮さん。自分たち家族の生活スタイルに合った空間にすべく、リフォームを実施。ただ間取りを変えたのだけではなく、家族誰もが暮らしやすい空間が生まれた秘密は3つのテーマにあった。

空間の変化とつながりが 家族の心地よい居場所と時間をつくる家
一般的に住宅は、四角い部屋を整然と並べただけのシンプルな平面が多い。しかしアトリエスピノザのつくる家は、部屋の形状がL字だったり、天井高も違ったり、隣や上階の部屋と一部が繋がっていたりと実に複雑。施主が、空間の多様性と光の変化に驚いた、図面からは想像もつかない快適空間に迫る。

まちと調和しながらもランドマークに 自然や家族との距離もほどよい「離れ」
定年後、山間部にある母が住む実家で暮らすことを決めた施主のKさん夫妻。当初は、母屋のリノベーションを検討していた中決断したのは、建築家高橋翔太朗さんが提案した「離れ」の新築。夫婦2人の生活に必要な広さ、家族や目の前の自然との距離感、まちとの調和やデザイン性など、全てにおいて「ほどよい」離れでの暮らしは、2人のセカンドステージを輝かせている。

曲面壁で、居心地も明るさも 家族が集う光あふれるナチュラル空間
事業用だったスペースを住居にリノベーションした施主さま一家。設計を担当した酒井宏文さんは既存建物の構造を生かし、LDKに曲面壁を取り入れた。曲面壁は一般の住宅では珍しいが、空間の使い勝手や居心地にどんなメリットをもたらしたのだろうか?

《店舗の事例》お酒を”楽しむ”場が人を呼ぶ!老舗酒店のリノベ
建築家との家づくりの秘訣が、住む人がそこでどう暮らしたいかを考えることなら、建築家との店づくりの第一歩は、お店の人がそこでどう働きたいかを考えることかもしれない。自由が丘の酒屋さんのリニューアルの背景には店長の熱い思いが隠されていました。
