広さ5m×10mの狭小地で実現
運河の街に溶け込むプライベートサロン

名古屋城の西を流れる堀川沿いに、街の景色に溶け込みながらも、ひときわ心惹かれる小さな建物がある。オーナーであるOさんが移転オープンした、ヘアカットやエステを行うプライベートサロンだ。狭小地ながら室内は非常に開放的で、狭さを感じさせない空間となっている。設計を担当した株式会社S.A.S.archiの佐々木司さんは土地の狭さをどのように克服し、理想のサロンをつくりあげたのだろうか。詳しくお話を伺った。

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5ⅿ✕10ⅿの狭小地で始まった
堀川を奥庭に据えたサロンづくり

名古屋の中心部を南北に流れる堀川。この川は1610年名古屋築城に合わせて築城資材運搬のための運河として開削された歴史を持ち、江戸時代には水運の街として多いに栄えていたそう。街には今でも河へむかって切り通しで掘り下げられた荷降ろし場が残り、「もの」や「ひと」の交流が盛んだった当時をしのぶことができる。

そんな堀川沿いに立つのが、Oさんが2022年4月にオープンしたプライベートサロンだ。もともと隣地にあるビルでサロンを経営していたが、そのビルを立ち退くことが決まり、たまたま空いていた隣の土地を購入。そこに新たなサロンをオープンすることを決めたのだという。

土地の面積は66.47㎡。5m×10mほどの決して広いとは言えない土地である。友人からの紹介で設計を担当することとなった佐々木さんは、最初にその土地を見た時の印象をこう語る。

「やはり狭いと思いました。でも、堀川は東京でいうと神田川のような風情ある川で、川奥に名古屋城が隣接しているのでとても景観がいいんです。Oさんからも『この景色を活かすことができないか』という要望をいただいたので、景色を眺めながらゆっくりと過ごせる居場所をつくれたら…と夢が広がりました」。

Oさんの希望は、訪れたお客様がゆっくりと過ごすことができ、かつ自分自身もくつろいで働ける場所。併せて、Oさんの趣味であるアンティーク家具や植物が映える場所にしたいという要望も伝えられた。

「あとは、やはり美容院なので、カット台やシャンプー台の数が決まっていました。カット台が3台、シャンプー台が2台。それでサロンの規模感が大体決まっていきました」と佐々木さんは語る。
  • サロンの外観。扉が戸袋にしまい込めるようになっており、開放することで街とサロンを繋げることができる。屋根は急勾配にすることで、街の雑踏や西日を遮るよう工夫した

    サロンの外観。扉が戸袋にしまい込めるようになっており、開放することで街とサロンを繋げることができる。屋根は急勾配にすることで、街の雑踏や西日を遮るよう工夫した

  • 戸袋にはOさんの趣味であるアンティーク家具に似合う真鍮を使用。酸洗いの作業はオーナーご自身が行ったという

    戸袋にはOさんの趣味であるアンティーク家具に似合う真鍮を使用。酸洗いの作業はオーナーご自身が行ったという

  • 川側から見た外観。堀川の水位は普段3・4m下だが、満潮時は1・2mまで上がってくる

    川側から見た外観。堀川の水位は普段3・4m下だが、満潮時は1・2mまで上がってくる

外と内の空間を繋げることで狭さに負けない開放感を演出

早速プランニング提案をした佐々木さん。2・3度細かいところの調整を行い、最終的に落ち着いたのが今のプランだ。

外観は印象的な灰色の金属張り。モダンな印象を与えつつも、周囲の街並みに溶け込むよう工夫されている。玄関は真鍮製の戸袋に扉をすべて引き込むことができ、街とカットサロンが開放的につながるつくりだ。中に入ると、そこは吹き抜けの広々とした空間。ところどころにOさんの趣味であるアンティーク家具が配されており、落ち着いた雰囲気となっている。

建物の中はスキップフロア構造で、サロンから堀川へ向かって階段を降りると目の前に堀川を臨むシャンプースペースが。そして吹抜けを介して半階上がると、川に向かって大きく開いたコミュニティサロンのような待合スペースが現れる。まるで川床のようなこのスペースは堀川を眼下に臨み、名古屋城の緑や行き交う遊覧船を眺める優雅な時間を楽しむことができる。さらに待合から半階上がったカットサロンの上階には、エステサロンが配された。

閉じがちな空間の内外を繋げることで、敷地の特性以上の奥行き感を最大限に引出すことに成功した今回のサロンづくり。
「Oさんからは特に感想はお聞きしていませんが、不満の声をお聞きすることなく使っていただけているのが一番の誉め言葉じゃないかと思っています」と佐々木さんは言う。

そんな佐々木さんに、自身が建築家して常に心掛けていることは何かを聞いてみた。

「やはり、建物と周囲の街の雰囲気に親和性を持たせることですね。今回のように狭小地で川があるから川に向かう。というのはわかりやすいですが、新宿のゴールデン街ならどんな家が良いか。軽井沢の別荘地ならどんな家が良いか。周囲の環境と住まい手、自然、状況をクロスさせて家づくりをするように心がけています」。

その言葉どおり、運河の街に溶け込むOさんのプライベートサロン。これからもこの街と共に歩み、多くのお客様と物語を紡いでいくことだろう。
  • オーナーが2階にいるときもお客様が来たことがわかるよう、吹き抜けで上の階の気配が感じられるつくりとした。2階を支える構造材は視線を止める効果もある

    オーナーが2階にいるときもお客様が来たことがわかるよう、吹き抜けで上の階の気配が感じられるつくりとした。2階を支える構造材は視線を止める効果もある

  • 奥行き感があり、狭さを感じさせない空間。上部にハイサイト窓を設けているため風が通り、明るさも確保できている

    奥行き感があり、狭さを感じさせない空間。上部にハイサイト窓を設けているため風が通り、明るさも確保できている

撮影:Tololo studio 谷川寛

基本データ

作品名
ant.
施主
Oさま
所在地
名古屋市西区
敷地面積
66.47㎡
延床面積
79.88㎡
予 算
2000万円台