機能的にもパーフェクト。
暮らしやすさを大事にしたバリアフリー住宅

70歳を超えてからご自宅を新築したH様ご夫妻。足に不自由を抱える奥様のため、バリアフリーの住宅を計画した。機能だけに注目しがちなバリアフリーの概念を掘り下げ、快適な住空間に仕上げたのは建築家の清水國雄さん。ご夫妻より「老後を楽しむ理想の我が家」とこの上ない言葉を頂いたという家の秘密とは?

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不自由なく整えるのは基本中の基本
必要なのは「暮らしやすさ」

リタイア後に地元へ戻り、しばらくマンションで暮らしていたH様ご夫妻。ご両親が住んでいた家に住まいを移すことを決めたのは、70歳を過ぎたころだった。当初はリフォームを考えたが、古い家のため耐震性など構造的に無理がある。加えて奥様が足に不自由を感じられていたこともあり、バリアフリーの家に建て替えることになった。

バリアフリーというと、手すりを付ける、段差を無くすなどの対策が頭に浮かぶだろう。だが、清水建築工房一級建築士事務所の清水國雄さんは「もちろんそれらは叶えられなければなりません。しかし、一番に考えるべきなのは『暮らしやすさ』なのです」と言う。

清水さんが特に重要視するのは、夜だ。ご高齢の方の場合、眠りについてから一度も起きずに朝を迎えることは珍しい。その理由の多くはトイレだろう。そのとき他の部屋や廊下を通らなくてはならないとなれば、それだけで大変さは増す。冬は行き帰りの間に体が冷えてしまい、なかなか寝付けなくなるかもしれない。

だからこそ寝室から水回りへのアクセスが重要と考え、寝室からトイレ、お風呂へは扉一枚でダイレクトに行ける動線に。ほか、居間、テラスといった家の主な場所へも、寝室からダイレクトに行ける間取りとなっている。

日中の過ごし方についても考え抜かれている。基本的には夫婦おふたりで過ごすことがほとんどだというが、お客様がいらっしゃることもゼロではない。そのため、トイレの扉は寝室からともう1つ、玄関側にも設えた。トイレへ2か所からアプローチできることに不安を覚えるかもしれないが、H様に伺うとそんなに多くの人数が一堂に会することもないので問題なく使えているとのこと。

清水さんがいかに住む人のことを考え、快適さにこだわって設計しているのかと感銘を受けたのが、あえて南側に配置した浴室。「たとえば旅行で昼間に露天風呂に入るとすごく気持ちいいですよね。日光がさんさんと降り注ぐお風呂に入ったら、気晴らしにもなるでしょう」。また、小鳥も集まるお庭が眺められるテラスは、居間からでも寝室からでもダイレクトに出られる。清水さんがいう「暮らしやすさ」は、心を明るくするためのものでもあるのだ。

介護スタッフも訪れるというH邸。家を見に来た介護の専門家からは「建築的には改善するところがない。パーフェクト」と太鼓判をもらっている。
  • アプローチから玄関へ向かう。西側に設ける窓は西日の影響を極力軽減するため、画像の左側の窓のように小さく開口。写真左の玄関ポーチは、雨天でも玄関先で濡れることがなく、また玄関の木製の格子戸の耐久性を高める目的で、軒を深く取っている

    アプローチから玄関へ向かう。西側に設ける窓は西日の影響を極力軽減するため、画像の左側の窓のように小さく開口。写真左の玄関ポーチは、雨天でも玄関先で濡れることがなく、また玄関の木製の格子戸の耐久性を高める目的で、軒を深く取っている

  • 居間は南からの豊かな光が入ってくる。天井が高く開放的な、まさに「くつろぎの間」だ。右のふすまは寝室へ、左のふすまは書斎へと続く。廊下を省いて建具一枚で部屋と部屋を繋ぎ、車いすでの移動も楽々

    居間は南からの豊かな光が入ってくる。天井が高く開放的な、まさに「くつろぎの間」だ。右のふすまは寝室へ、左のふすまは書斎へと続く。廊下を省いて建具一枚で部屋と部屋を繋ぎ、車いすでの移動も楽々

  • 小鳥も遊びに来るお庭にも気軽に出られるよう、居間とテラスの床はフラットに繋いだ。テラスも居間と同じ杉材を使用しているが、板と板の間に隙間を設け、水が下に抜けるように設えた。「赤身杉は油分を含んでいるので、雨風に耐えるという点では一番強いといえます」と清水さん

    小鳥も遊びに来るお庭にも気軽に出られるよう、居間とテラスの床はフラットに繋いだ。テラスも居間と同じ杉材を使用しているが、板と板の間に隙間を設け、水が下に抜けるように設えた。「赤身杉は油分を含んでいるので、雨風に耐えるという点では一番強いといえます」と清水さん

家づくりを通して森林再生を図る
時ノ寿木組みの家

H邸は、外壁や床、居間の天井のない小屋裏の化粧表しなど、美しく温かみある木材を惜しげなく使用しているのが印象的だ。

そこには、清水さんの地元に対する強い思いがあった。清水さんは、森林の伐採や植樹などを行う森林保全から、伐採された森林を活用した資源循環、また普及啓発にも力を入れて活動している「NPO法人 時ノ寿の森(ときのすのもり)クラブ」のメンバー。施主のH様とは、一緒にNPO活動をされていた旧知の仲なのだそうだ。

NPO活動をきっかけに、自身の専門である建築を生かして「時ノ寿木組みの家(ときのすきぐみのいえ)」を提案するようになった清水さん。H邸でも取り入れられた「時ノ寿木組みの家」は、集落の再生を図るために行われた間伐などによって、山から産出された材木を使用する。建具の寸法など日本の伝統的な家づくりを守り、壁は土壁を用い、木組みを現した構法で家を建てている。

以前は自分で山に入り木を切っていた清水さんだが、現在は森林組合など信頼できる目利きと連携。H邸では大井川流域にある山で取れた杉材を、原木市場から間を介さず調達し、主要構造材として使用した。

清水さんが知識と経験を生かして選別した上質な木材は、心地よさや家の美しさに反映される。

例えば室内で過ごしているときの安心感は、床材の杉板によるものが大きい。というのも床材は一寸、約30mmと一般的な床材の倍の厚みがあるものを使用した。足や手で触れるのはもちろん目で見てもはっきりと感じられる木の厚みが、住む人にどっしりとした印象を与え、空間の落ち着きを生んでいる。

天井が高く開放的な居間。梁は化粧現しにして整えているだけではなく、木目の美しさも意識した。家のプランに沿って、必要な木材を自分の目で確かめながら調達しているからこそ、一日過ごす場所にふさわしい美麗な木目を持つ素材を集めることができる。化粧現しの加工により木の表情をさらに磨き上げた梁は、ずっと眺めていたくなるほど。

居間からテラスに出る掃き出しと、反対側の壁の高い位置にある窓を開けて風の通り道をつくると、心地よい風が抜けて気持ちがいい。庭やその先にある木立の上を走った風が入るため、夏でもひんやりとして気持ちのいい風が入ってくるのだ。自然素材を贅沢に使用した家にいると、自然の豊かさをより感じられるようになるのかもしれない。日中、多くの時間を過ごす居間を、清水さんがあえて「くつろぎの間」と呼ぶのも頷ける。
  • 居間からキッチンを見る。上に見える二つの窓を開けると、テラスに続く掃き出しから居間を抜ける風の通り道ができる。緑豊かな庭の木立を通って入る風は心地よく、H様も穏やかなひとときを過ごされているという

    居間からキッチンを見る。上に見える二つの窓を開けると、テラスに続く掃き出しから居間を抜ける風の通り道ができる。緑豊かな庭の木立を通って入る風は心地よく、H様も穏やかなひとときを過ごされているという

  • 和室。板戸は浴室へと続いており、反対側にはトイレに続く板戸もある。木材は、縦に支える柱は桧、横に走る梁などは杉と使い分けた。手を触れる場所には、手あかなどが付きにくい桧がより適しているという。桧は色味が白っぽく、杉は赤味がかっていて表情の違いも楽しめる

    和室。板戸は浴室へと続いており、反対側にはトイレに続く板戸もある。木材は、縦に支える柱は桧、横に走る梁などは杉と使い分けた。手を触れる場所には、手あかなどが付きにくい桧がより適しているという。桧は色味が白っぽく、杉は赤味がかっていて表情の違いも楽しめる

  • 庭からテラスを眺める。庭は建物によりL字型に囲われ、程よく西からの光を遮る。テラスの屋根には光を通すよう、透明の波板を用いた

    庭からテラスを眺める。庭は建物によりL字型に囲われ、程よく西からの光を遮る。テラスの屋根には光を通すよう、透明の波板を用いた

  • 庭から建物を見る。縦格子に覆われているのは浴室の窓。日中、浴室内から外はよく見えるが外からは見通せない。昼風呂を存分に楽しめる仕掛けだ。木材の外壁は貼り方にもこだわる。雨風の影響を受けることが多く傷みが激しい下部は、1枚のみピンポイントで木材を交換できる

    庭から建物を見る。縦格子に覆われているのは浴室の窓。日中、浴室内から外はよく見えるが外からは見通せない。昼風呂を存分に楽しめる仕掛けだ。木材の外壁は貼り方にもこだわる。雨風の影響を受けることが多く傷みが激しい下部は、1枚のみピンポイントで木材を交換できる

昔ながらの手法だからこそ
環境に配慮し、時代に即した家ができる

ご両親が住まわれていた家を建て替えたH邸。玄関の格子戸と寝室の地窓障子を除くすべての木製建具と、玄関と寝室の照明は以前の家から再利用したものだ。

トイレの板戸2枚と、寝室から浴室への板戸は、ちょうどおそろいの物が3枚あったためそれを配置した。居間と和室を仕切るふすまは、襖紙を張り替えて使用している。しかし、それは家のプランニング時に決めていたことではないという。

清水さんは「家を取り壊す前に使えそうな建具はピックアップしますが、いざとなったら手入れにお金がかかりすぎることがわかるなど、全部が使えるわけではありません。建具の手入れを進めながら、家もある程度まで完成に近づいたところで『これはここに使えそう』と当てはめていきます」と語る。なぜ後から使う場所を決めることが可能なのかと尋ねると、「昔ながらの日本の建築は、モデュールが決まっているからです」。時ノ寿木組みの家が、伝統的な日本の家づくりを踏襲しているからできることだった。

日本の伝統的な家づくりには、他にもたくさん利点がある。時ノ寿木組みの家の特徴の一つは土壁だ。土壁とは、割竹を芯にして粒子の異なる土を何度も塗り重ねながらつくった壁をいう。

土は、一度熱が蓄えられればなかなか冷めないという特性がある。冬は昼間に家が太陽の力で温まれば、夜エアコンをつけなくても過ごすことも可能だ。また、土壁は粘り強さを持っていると清水さんは言う。耐震性でいうなら、地震のエネルギーを吸収するため、ぼろぼろと壁が剥がれ落ちていくことはあっても家がばたっと倒れるリスクは極めて少ないそうだ。

さらに特筆すべきなのは、土や木は、産業廃棄物にならないということ。いずれこの家を解体するかもしれないことをも視野に入れているのだ。

時ノ寿木組みの家は、木の組み方も渡り腮(わたりあご)構法という昔ながらの手法を取り入れている。渡り腮構法の驚くべき利点のひとつが、金物を使わず木材を固定するため、解体時には全部きれいに分解できることだ。その手法なら、新しい家をつくろうと思ったとき建具と同じようにもう一度使えるかもしれない。実際に昔は、親から子へそのように引き継がれた事例も多かったという。

「自然にやさしくとはよくいわれることですが、素材だけに限らずつくり方そのものも考えなければいけないと思います」と清水さんは語る。昔ながらの伝統的な手法の家づくりは、実は時代の最先端をいくものなのかもしれない。
  • 玄関。右に見える格子戸は新調した建具のひとつ。その隣のトイレへの扉や照明は前の家から引き継いだ

    玄関。右に見える格子戸は新調した建具のひとつ。その隣のトイレへの扉や照明は前の家から引き継いだ

  • 居間、化粧現しの梁を見上げる。梁は加工により、木材が持つ表情をより魅力的に引き出している。「木組みの家」というように、木材は金物を使わず木と木を組んで固定しており、その組手を眺めるのも楽しい。解体時には木材をきれいにばらすことができ、次の世代に引き継げる

    居間、化粧現しの梁を見上げる。梁は加工により、木材が持つ表情をより魅力的に引き出している。「木組みの家」というように、木材は金物を使わず木と木を組んで固定しており、その組手を眺めるのも楽しい。解体時には木材をきれいにばらすことができ、次の世代に引き継げる

  • 書斎から納戸を見る。書斎は、蔵書家であるH様ご主人のご要望で計画した。今は一続きの空間だが、書斎と納戸の間に建具溝を付けた鴨居を設け、建具をつければ仕切ることも可能にした

    書斎から納戸を見る。書斎は、蔵書家であるH様ご主人のご要望で計画した。今は一続きの空間だが、書斎と納戸の間に建具溝を付けた鴨居を設け、建具をつければ仕切ることも可能にした

間取り図

  • 平面図

お家のデータ

作品名
新明町の家
所在地
静岡県掛川市
家族構成
夫婦
敷地面積
148.18㎡
延床面積
65.42㎡
予 算
〜2000万円