美しさ、住みよさだけでなく
未来を見据えた土地活用まで

家づくりにおいて、美しい家、住みよい家をつくる建築家は数多くいる。しかし、将来の相続も踏まえた土地利用まで考えた上でプランニングできる建築家はほんの一握りだろう。MTAの高橋真さんは、そんな希少な建築家の1人。長いキャリアを通じ、個人住宅をはじめ、共同住宅、事務所など様々な建物を作ってきたからこそ叶えられる、高橋さんの家づくりに迫る。

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単なる建て替えではない
将来を見据えた土地利用プラン

老境に差し掛かった施主のSさんご夫妻の建て替え計画。子供家族との2世帯住宅を建築する計画だが、一筋縄ではいかない事情があった。実はSさんは作曲家。建て替えにあたっては仕事場として、また弟子達を指導する場として音楽室を必要としていた。しかも近い将来訪れるであろう相続といったことも視野に入れ、できるだけこの環境も次の世代に継いでいきたいという気持ちがあった。

いわばこの案件は、ただ希望通りの建物をつくるだけでなく、将来を見据えた土地活用という側面ももっていたのだ。

Sさんが、この計画を託したのが、MTAの高橋真さん。高橋さんは培ってきたキャリアを通じ、個人住宅をはじめ、共同住宅や事務所といった様々な建築に携わってきたことで、土地活用や賃貸物件の収益性などにも豊富な知見を持っていた。

高橋さんの強みは、そのキャリアと知見だけではない。住宅そのものの美しさや住みよさに定評がある。

Sさんは音楽だけでなくあらゆる事柄に対して、優れた審美眼をもっていた。建築面においても然り。Sさんがこれまで住んでいた住宅は、先代が増改築を繰り返したため統一感がなく、Sさんの美意識にそぐわないものだったのだそう。それをなんとかしたいというのも建て替えの目的の1つ。

「過去の作品を見ていただき、ご依頼をいただくこととなりました」と高橋さん。高橋さんの作品は、Sさんの美意識にも刺さるものだったのだ。

こうして始まった建て替え計画。課題の1つは、この土地をどのように活かすか、どう将来につなげるかを見据えた上でのゾーニング。高橋さんは様々な可能性の中から、敷地の一部に賃貸用の戸建てを建てることを提案した。

元々大きな庭がある広い土地だったS邸。一部に賃貸棟を建てても、広い母屋はもとより、庭や駐車場なども確保できる。賃貸で一定の収益を確保することで建て替えの費用の足しにもなるし、将来相続などで土地の売却が必要となったときも、賃貸部分を切り離すことで、家族はこれまでの同様の暮らしを続けることができるという考えだ。

賃貸で収益性をということであれば、アパートを建て戸数を稼ぐということもできるかもしれない。しかしSさんと高橋さんは、そうはしなかった。それは、街とのマッチングの問題。
「閑静な住宅街であるS邸の周辺は、戸建てが建ち並ぶ地域です。そこにアパートを建てるのは相応しくない気がしたのです」と高橋さん。

「収益を追うよりも、この街の雰囲気を大切にしたい」
Sさんもそう思ったに違いない。
Sさんと高橋さんは、こうした心の美意識でも共感し合える間柄だったのだ。
  • 大きな敷地は、将来売却する可能性も踏まえ、手前に駐車場と木造の賃貸住戸、奥に庭と鉄筋コンクリート造の母屋といったゾーニングで、小さな街のような雰囲気に

    大きな敷地は、将来売却する可能性も踏まえ、手前に駐車場と木造の賃貸住戸、奥に庭と鉄筋コンクリート造の母屋といったゾーニングで、小さな街のような雰囲気に

  • 母屋と賃貸住戸を隔てる空間は、人々を出迎えるエントランスであるとともに、敷地内を抜ける小径にも

    母屋と賃貸住戸を隔てる空間は、人々を出迎えるエントランスであるとともに、敷地内を抜ける小径にも

  • 駐車場側への勝手口にも美しいエントランスを設置。庭は地域の人々からも見えるよう塀はあえて低くした。夜になると室内の照明が行灯のような雰囲気に

    駐車場側への勝手口にも美しいエントランスを設置。庭は地域の人々からも見えるよう塀はあえて低くした。夜になると室内の照明が行灯のような雰囲気に

ゾーニングの妙が叶えた
音楽室、二世帯、賃貸住戸

S邸のゾーニングを見ていこう。S邸は北と東に接道がある大きな長方形の角地。高橋さんは、その北東角地からぐるりと時計回りに、賃貸住戸棟、駐車場、庭、母屋といったゾーニングを設定。土地の一番良い部分に母屋を設けるのがセオリーのような気もするが、それは将来を見据えてのこと。万一将来手放す際にも奥まった土地よりも価値がつきやすい。あえて母屋を奥まったところに設けることで、道路に面しているよりも静かであるという利点もある。

また、母屋の中でもゾーニングの妙は光る。2階建ての母屋は、1階にSさん夫妻の住戸、2階に娘さん家族の住戸とし、北側がそれぞれ音楽室・ライブラリになっている。エントランスに近い側にパブリックスペースでもあり、お弟子さんなど来客も多く訪れる音楽室を設け、南の庭に面した環境のよい部分を、プライベートゾーンとしたのだ。

音楽室、住戸、賃貸住戸の間には小径があり、1つの街を抜けるかのような赴きも持たせた。駐車場と庭の間にも、あえて高い塀を設けず、通りから庭の景色を見られるようにした。地域への貢献の1つでもある。

それぞれの建物を見ていこう。賃貸住戸は、木造2階建ての3LDK。専用の駐車場や広々としたバルコニーも備えた、賃貸とは思えないグレードだ。バルコニーからは、S邸の庭が借景として見られるという特典もある。そんな好環境のせいか、完成以来空きがでることがなく、入居されているという。

母屋は鉄筋コンクリート造。1階のSさんご夫妻の住戸は、部屋を細かく分けず、広々とした1LDK。入り口から、LDK、寝室スペース、サンルームへと、庭に向かうにつれプライベート度が高くなる仕様だ。寝室スペースとの境には、高橋さんが設計・デザインした宙に浮いたような片持の棚で間仕切りをして、玄関から寝室が丸見えになるのを防いでいる。

一方2階は、娘さんご家族のスペース。こちらは個室2つを設けた一般的なスタイル。南面の陽当りのよい部屋は、お孫さんの子供部屋。テラスから庭の景色も、1階同様に楽しめる。

北側、エントランスを挟んだ先が音楽室とライブラリースペースだ。防音性を高めるため大きな窓はないものの、吹き抜け天井に設けたトップライトと、壁面の小さな窓からの光が、白壁に反射し、教会のような静謐な雰囲気を感じさせる。

高橋さんは、土地全体のゾーニング、建物内部でのゾーニングの妙で、2世帯、音楽室、賃貸住戸という、一見するとバラバラで叶えにくい要素を見事に成立させてみせた。
そして、それは、Sさんの高い美意識にも叶う出来栄え。

高橋さんの腕前には驚かされるばかりだ。
  • 南面には庭を配置。ふんだんに光が入り込む部分にはサンルームをつくり、シームレスに庭と屋内がつながる

    南面には庭を配置。ふんだんに光が入り込む部分にはサンルームをつくり、シームレスに庭と屋内がつながる

  • パブリックスペースでもある音楽室は、エントランス近くの北側に配置。お弟子さんなど多くの人の出入りがあるため、玄関を挟むことでプライベート空間と切り分けた

    パブリックスペースでもある音楽室は、エントランス近くの北側に配置。お弟子さんなど多くの人の出入りがあるため、玄関を挟むことでプライベート空間と切り分けた

  • 音楽室の上部はライブラリとして、本や様々な収蔵品を飾るスペースであるとともに、音楽ホールとしての役割も

    音楽室の上部はライブラリとして、本や様々な収蔵品を飾るスペースであるとともに、音楽ホールとしての役割も

「この家を作った人を教えて!」もあった
バラエティーに富んだ実績

驚かされるといえば、高橋さんが手掛ける物件の幅広さもその1つ。高橋さんは、S邸のような豪邸ともいえる物件ばかりを手掛けているわけではない。延床面積わずか52㎡で4人家族が暮らすコンパクトな2階建住宅をつくったこともあるのだ。

その家には、さらなるエピソードがある。
「あるときこの家のお客様から「玄関のチャイムが鳴ったので出たら“この家を作った建築家を教えてほしい!”と言われた」との連絡がありました。たまたま通りかかって気になったようです」と高橋さん。

その後、その人は実際に高橋さんに会いに来られ、設計依頼をされたのだそう。
「残念ながら、その後ご病気になられ計画が立ち消えてしまったのですが」と高橋さん。

規模や金額の大小に関わらず、高橋さんのつくる家が多くの人を魅了していることの現れだろう。

ベテラン建築家に家づくりを依頼するのは敷居が高いと思ってしまうかもしれないが、高橋さんは「気軽な気持ちで相談してほしい。ご希望条件や叶えたい暮らしについてじっくり話をお聞きし、良い暮らしに結びつくような提案ができると思います」と笑顔で答えた。

高橋さんは、その豊富な経験と類まれなる発想力で、美しく住みよい建物をつくるだけでなく、さまざまな困難な条件をもクリアしてくれる建築家なのだ。土地の形状や予算といった問題や一風変わったリクエストなど、あなたの理想の家づくりの一歩は、高橋さんとお話することから始まるのかもしれない。
  • 音楽室には大きな防音のため、大きな窓は設けず天井や横の小さな窓からの光を導く。教会を思わせる静謐な雰囲気に仕上がった

    音楽室には大きな防音のため、大きな窓は設けず天井や横の小さな窓からの光を導く。教会を思わせる静謐な雰囲気に仕上がった

  • エントランスを挟んだ写真奥が音楽室。手前に進むにつれ、パブリックからプライベートへと移っていくゾーニング

    エントランスを挟んだ写真奥が音楽室。手前に進むにつれ、パブリックからプライベートへと移っていくゾーニング

  • 賃貸住戸は、専用駐車場つきの3LDK戸建て仕様。テラスの先に庭の景色も楽しめる

    賃貸住戸は、専用駐車場つきの3LDK戸建て仕様。テラスの先に庭の景色も楽しめる

撮影:堀内広治

基本データ

作品名
大原の家
施主
S邸
所在地
東京都世田谷区
間取り
1R+2LDK
敷地面積
257.27㎡
延床面積
194.93㎡