わずか6坪に、4人家族の豊かな住まい。
明るく開放的な「都心のオアシス」

東京のど真ん中、新宿・四谷に立つこの家は、OASisの岡本浩さんが設計したFさま一家の住まい。住宅密集地にあり、建築面積はわずか6坪。それでも、「通風採光が良好な吹抜けのある家」を望んだFさまに、岡本さんはどのように応えたのだろうか?

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建築面積はワンルームマンションほど。
でも、吹抜けもバルコニーも欲しい

東京などの都市部でよくある、狭小地の家づくり。しかしOASisの岡本浩さんが設計した『NANO OASIS TOKYO』のような「超」がつく狭小地の住宅は、かなり珍しいのではないだろうか。

何しろ、敷地のうち建物を建てられる建築面積は約6坪(約20㎡)。ワンルームマンションほどの面積に、4人家族のFさま一家と愛犬が暮らす住まいが建っているのだ。

この家がある東京・四谷は正真正銘の都心だが、ビルの合間には細い路地が入り組んだ住宅街が存在し、ノスタルジックな温かさも漂う。

『NANO OASIS TOKYO』はそんな昔ながらの住宅街にあったFさま所有の古い一軒家を建て替えた住宅で、建築にあたってはさまざまな要望があった。

「光が入り、明るく風通しのよい空間」
「吹抜けとシーリングファン」
「リビングから出られるバルコニー」
「豊富な収納」
「バーベキューができる屋上」などなど……。

なかなかモリモリな要望だが、日頃から「ご要望は全て引き受けたいと思っています」と話す岡本さんは、この難題中の難題を見事にクリア。6坪とは思えない、明るく開放的な住空間をつくっている。
  • 左官のコテ塗りで仕上げたマーブル模様の外壁が印象的。木製ルーバーとのデザイン的な相性もGOOD

    左官のコテ塗りで仕上げたマーブル模様の外壁が印象的。木製ルーバーとのデザイン的な相性もGOOD

  • ダイニングキッチンからリビング、バルコニー方向を見る。アーチ型のトンネルのような階段(写真右)をのぼってくると、いきなりパッと視界が開けて明るくのびやかなダイニングキッチンが現れる。暗くて細い階段からここへ出てきたときの開放感は感動もの

    ダイニングキッチンからリビング、バルコニー方向を見る。アーチ型のトンネルのような階段(写真右)をのぼってくると、いきなりパッと視界が開けて明るくのびやかなダイニングキッチンが現れる。暗くて細い階段からここへ出てきたときの開放感は感動もの

スキップフロア×吹抜けで開放的。
制約を機能やデザインに生かす「プロの技」

『NANO OASIS TOKYO』は、ベッドルームのある地下1階と、生活空間が広がる地上3階の4層構造。玄関を入り壁に囲われた数段の階段をのぼると、大きな窓から燦々と光がそそぐダイニングキッチンが現れる。トンネルのように細くて暗い階段から明るく開放的な空間へ──視覚的にも体感的にもコントラストの効いた動線はサプライズ感たっぷりで、のっけからワクワクする。

ここは天井高4.5mの吹抜け空間。シャビーシックな床に美濃焼のモザイクタイルを合わせた内装も洒落ていて、天井にはアンティーク調のシーリングファンも。爽やかに通る風が西海岸の海風のように思えてくる、とても居心地のよい空間だ。

このダイニングキッチンからは、スキップフロアでつながる2階のリビングとバルコニーが見通せる。バルコニーはプライバシーを守る木製ルーバーで囲ってあるから、ダイニングキッチン~リビング~バルコニーまでが1つの大空間のようで実にのびやか。小さなお子さまや愛犬が駆け回るのにうってつけの空間だ。

リビングから3階のキッズフロアへは、インテリアの素敵なアクセントになっているスケルトンのらせん階段でのぼっていく。

キッズフロアは可動間仕切りで仕切られ、ワンルームとしても2室としても使用可能。さらにらせん階段をのぼると都心のパノラマビューが広がる屋上もあり、青空の下でバーベキューなどを楽しめる。

心地いい光や風を感じる都会のオアシスのような住宅だが、生活のリアルに応える収納や造作家具も秀逸だ。

リビングのカウンターテーブル、テレビ台、キッズフロアの大型収納は、構造の梁や壁を利用して造作。ダイニングキッチンの造作テーブルはカトラリーを入れる引き出し付きで、ベンチは収納を兼ねている。

また、ダイニングキッチンやリビングの隣家側の窓の外には、白壁で囲われたドッグラン。この白壁は防火壁(火災の延焼を防ぐ壁)なのだが、岡本さんは壁との間にできた30cmほどのスキマを活用し、ドッグランにしたのだ。

おかげで隣家との間にワンクッションあって心理的に落ち着くし、愛犬も大喜び。防火壁が隣家からの視線をカットするのでカーテンが不要になり、インテリアもすっきりした。

ほか、バルコニー近くの構造壁も窓枠を隠すアーチ型にデザインし、窓サッシの存在を感じない洗練された空間に。

建物を支える構造の梁や壁、防火措置に必要な壁などは、動かせない・外せないので空間デザインの邪魔になりやすい。けれど岡本さんはこうした制約を意匠や機能に昇華して、暮らしを豊かにするのが非常に得意な人なのだ。

だとしても、この家にちりばめられた岡本さんのセンスとアイデアには目を見張る。気づけば「採光・通風」「吹抜け」「リビングとバルコニー」「屋上」「収納」といった要望を、1つ残らずかなえている点にも脱帽だ。
  • 明るいダイニングキッチン。窓越しのドッグランは防火壁で覆われており、カーテンがなくても外部の視線が気にならない。内装はヴィンテージ感のある床と美濃焼のモザイクタイルがポイント。西海岸風のシャビーシックなテイストに和が加わったミックススタイルで、洗練された雰囲気

    明るいダイニングキッチン。窓越しのドッグランは防火壁で覆われており、カーテンがなくても外部の視線が気にならない。内装はヴィンテージ感のある床と美濃焼のモザイクタイルがポイント。西海岸風のシャビーシックなテイストに和が加わったミックススタイルで、洗練された雰囲気

  • 階段からダイニングキッチンを見下ろす。写真右に進むと、スキップフロアでつながる2階のリビングがある。ダイニングキッチンはリビングより半階分ほど床が低いため、その分だけ天井が高くなり、天井高4.5mの吹抜け空間が実現。窓も高い位置まで開口できた

    階段からダイニングキッチンを見下ろす。写真右に進むと、スキップフロアでつながる2階のリビングがある。ダイニングキッチンはリビングより半階分ほど床が低いため、その分だけ天井が高くなり、天井高4.5mの吹抜け空間が実現。窓も高い位置まで開口できた

  • バルコニーとつながる開放的なリビング。建物を支える構造の壁をアーチ型にデザインし、窓サッシを隠した。おかげで窓枠の存在を感じず、海外のリゾートホテルのような生活感のない空間に。写真右のテレビ台も、同様に構造の壁を生かして造作。間接照明も仕込まれている

    バルコニーとつながる開放的なリビング。建物を支える構造の壁をアーチ型にデザインし、窓サッシを隠した。おかげで窓枠の存在を感じず、海外のリゾートホテルのような生活感のない空間に。写真右のテレビ台も、同様に構造の壁を生かして造作。間接照明も仕込まれている

  • リビングからバルコニーへ出る窓の上にはトップライトが。明るい光がたっぷりと入ってくる

    リビングからバルコニーへ出る窓の上にはトップライトが。明るい光がたっぷりと入ってくる

設計者の深い知識と情熱が不可欠。
「狭小地トラップ」にはまらない家づくり

この家は「狭小地でも理想の住まいはできる」という希望を与えてくれる。しかし実現するには、欠かせないものが大きく2つあると岡本さんはいう。

「1つは、施主さまのあきらめない心。もう1つは、設計者の情熱と技術だと思います」

建築面積6坪という条件下で岡本さんがまず行ったのは、できるだけ広い住空間の確保だ。その結果が地下~地上とタテに伸ばした4層の住宅だったわけだが、このプランは率直にいってものすごく面倒な計算の果てに生み出されている。

というのも、建物の床面積や高さには法規の制約が多く、「これはダメだけど、こうすればOK」といった複雑な緩和条件も多数。幅広い知識を総動員し、知恵を絞らなければ『NANO OASIS TOKYO』のゆとりあるプランは不可能だった。

2階や3階にあるスケルトンのらせん階段にも同じことがいえる。

スケルトンのらせん階段はあまり場所を取らない上に圧迫感もなく、狭小地では利点が多い階段だ。

だがこの家の場合は王道の規制に従うと、防火措置として階段を壁で囲い、防火戸も設けなくてはならなかった。だからといって6坪でそんな階段をつくったら、生活スペースはとんでもなく狭くなる。

そこで岡本さんは、Fさまの同意を得て別のレギュレーションを採用。防火措置を入念に施しつつ、スケルトンのらせん階段を可能にした。

このように狭小住宅では、設計者の知見が明暗を分けるポイントが多い。例えば、昔ながらの住宅密集地は隣家の屋根や樋が敷地の境界線をまたいでいることも少なくなく、気づかずに建ててしまうと大問題になることもあるのだそう。

「最悪の場合、違法建築とみなされることもあり得ます」と岡本さん。この問題は敷地いっぱいに建物をつくりがちな狭小地で顕在化しやすい。だから岡本さんは、事前に回避するために計画前の緻密な測量に重きを置く。

密集地の狭小住宅は一筋縄ではいかないことが伝わってくるが、だからこそ設計者の手腕が存分に発揮されるという魅力もある。それに、狭小地は土地のコストを抑えられる分、建物の素材やハイレベルな設計にお金をまわせるというメリットも。

どこにでもありそうな家ではつまらない。夢を具現化した空間デザイン、建築家の渾身のアイデアが詰まった快適で魅力的な建築に住まう誇りと喜びを手に入れたい──。

そう考えるなら、岡本さんは理想的なパートナーなのではないだろうか。なぜなら、施主と同じくらいに思いを込めて、粘り強く理想をかなえようとしてくれるから。なおかつ、実現するだけの深い知識と高度なスキル、既成概念にとらわれない独創的な発想力があるからだ。
  • リビングからダイニングキッチンを見る。見通しがよく、空間を広く感じられる

    リビングからダイニングキッチンを見る。見通しがよく、空間を広く感じられる

  • 3階キッズフロアは、可動間仕切りでワンルームにも2室にもなるフレキシブルな空間。写真左は建物を支える構造の壁を生かした大容量収納。写真右のらせん階段をのぼると屋上へ出られる

    3階キッズフロアは、可動間仕切りでワンルームにも2室にもなるフレキシブルな空間。写真左は建物を支える構造の壁を生かした大容量収納。写真右のらせん階段をのぼると屋上へ出られる

  • 地階のベッドルーム。半地下なので上部に窓を設けられ、地階といえども外光が入ってくる

    地階のベッドルーム。半地下なので上部に窓を設けられ、地階といえども外光が入ってくる

  • 都心の絶景を360°見渡せる屋上は、家族の憩いのスペース。ベンチは折りたたみ式で、使わないときは手すり壁側にたたんで鍵もかけられる。目を離した隙にお子さまが座面に乗り、事故などが起きないようにとの配慮だ

    都心の絶景を360°見渡せる屋上は、家族の憩いのスペース。ベンチは折りたたみ式で、使わないときは手すり壁側にたたんで鍵もかけられる。目を離した隙にお子さまが座面に乗り、事故などが起きないようにとの配慮だ

撮影:東涌 宏和

間取り図

  • 平面・断面図

基本データ

作品名
NANO OASIS TOKYO
施主
F邸
所在地
東京都
家族構成
夫婦+子ども2人+犬
敷地面積
35.1㎡
延床面積
65.14㎡