ゆとりある生活空間、すっきりと収まる家具
ここが狭小で変形敷地だと忘れてしまう家

自宅を建てるため、土地探しから始めたHさま夫妻。見つかったのは街区の先端に位置し、斜線制限もある三角形の狭小敷地だった。建築家の橋本啓太さんは最先端の技術も駆使しながら問題を解決し、居心地よく、使い勝手も申し分ない空間をつくりあげた。

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最新の技術で土地の制限をクリア
「本当に変形敷地?」と驚かれる室内空間

兵庫県西宮市にあるH邸。一級建築士事務所 エイチ・アーキテクツの橋本啓太さんは、施主であるHさま夫妻より依頼を受け、土地選びから家づくりに携わった。

なかなか予算内に収まる土地が見つからない中、候補として挙がってきたのが現在H邸の立つ、狭小かつ三角形の土地だったという。「ただ、落ち着いた雰囲気の住宅街で向かいには公園があり、抜群に環境がよかったんです」と橋本さん。

必要なボリュームが取れるかどうかを検討したところ、3階建てにしたいと考えたが斜線制限があり不可能だった。3階を設けても屋根に極端な勾配をつけなくてはならず、収納はつくれるかもしれないが、理想とする形で居室を設けることはできなかったからだ。ただ、天空率(一定の条件を満たせば、斜線制限の高さよりも高い建物を建築できる規定)を適用すれば屋根を斜めにする必要がなくなり、十分なスペースを確保しながら居室を計画できることがわかった。

かくして、土地の購入に至ったHさま夫妻。橋本さんの設計により完成した家は、狭小であることはもちろん変形敷地だということを感じさせない空間となっている。来客からは「三角形の土地でしたよね?」と言われることもしばしばだという。

橋本さんはその理由を「家具の収まりが悪くなるので、居室部分は四角い空間にしました。不整形の部分はバルコニーなどを当てはめたのです」と語る。不整形な場所にあるトイレやキッチンも、収納棚やカウンターなどを家具会社に発注した造り付けとし、デザインも使い勝手も申し分ない、すっきりとした空間としている。

また橋本さんは打ち合わせ時にBIM(3次元CAD)を用いている。家の設計や建築の検討はもちろん、特に狭小の場合では家具選びにおいて効果的だという。居室に家具を入れるとき、難しいのはスケール感。あらかじめ必要な寸法を測り、店舗で実物を見たとしても、実際に部屋に入れたところイメージと違ったということは少なくない。しかし最近ではメーカーが家具の3Dモデルを提供していることから、BIMを活用すれば視覚的にわかりやすく判断することができる。

橋本さんが土地選びから家の設計、家具までトータルに提案したH邸。天空率やBIMなども積極的に取り入れ、確かな技術とセンスを持つ橋本さんがいたからこそ完成した家だといえるだろう。
  • 上から見たH邸。画像手前に高層アパートがあるため、壁を建て視線を遮りつつ一部を開口し、光を内部に入れている。テーブルと椅子がある3階バルコニーの反対側にサービスバルコニーを設け、室外機を置いた。寛ぎの場所に余計なものを置かないという橋本さんの配慮が光る

    上から見たH邸。画像手前に高層アパートがあるため、壁を建て視線を遮りつつ一部を開口し、光を内部に入れている。テーブルと椅子がある3階バルコニーの反対側にサービスバルコニーを設け、室外機を置いた。寛ぎの場所に余計なものを置かないという橋本さんの配慮が光る

  • 外観。斜線制限があるため3階は建てられないと考えられていたが、天空率を適用し制限をクリア、十分なスペースを確保した。壁の開口部の奥には2階テラスがある。外へ視線が抜け、また3階のバルコニーにも視線が届くため、小さいながら気持ちがいい場所になっている

    外観。斜線制限があるため3階は建てられないと考えられていたが、天空率を適用し制限をクリア、十分なスペースを確保した。壁の開口部の奥には2階テラスがある。外へ視線が抜け、また3階のバルコニーにも視線が届くため、小さいながら気持ちがいい場所になっている

  • 玄関。画像左のハンガーやガラス棚を設置しているレール状のディスプレイシステムはドイツ製。壁の緑は海外製の塗料で塗装し、美術館らしさを追求。奥はアートを飾る一角を設け、背後の壁に切り文字も入れ格調高い空間に。奥の扉は水回り、右はゲストルーム、左は階段室へと繋がる

    玄関。画像左のハンガーやガラス棚を設置しているレール状のディスプレイシステムはドイツ製。壁の緑は海外製の塗料で塗装し、美術館らしさを追求。奥はアートを飾る一角を設け、背後の壁に切り文字も入れ格調高い空間に。奥の扉は水回り、右はゲストルーム、左は階段室へと繋がる

  • 親御さまがお住まいになるかも、と計画された1階ゲストルーム。三角形の先端を利用して小さなテラスや庭もある。現在はご主人が音楽を楽しむ部屋として使用されているという。ゲストルームは隣家に接していない位置にあるため、多少大きな音が出ても気兼ねなく過ごせる

    親御さまがお住まいになるかも、と計画された1階ゲストルーム。三角形の先端を利用して小さなテラスや庭もある。現在はご主人が音楽を楽しむ部屋として使用されているという。ゲストルームは隣家に接していない位置にあるため、多少大きな音が出ても気兼ねなく過ごせる

学芸員のご夫妻らしさを取り入れた
美術館のような室内空間

では室内を見ていこう。家に入って最初に目にする玄関は重要、と橋本さんは言う。夫婦ともに学芸員であるHさま夫妻らしさを追求し、玄関は美術館のような雰囲気づくりにこだわった。高級感ある大理石の床と、緑に塗られた壁を目にするとまさに美術館を訪れたときの高揚感を覚える。さらに、玄関の奥にはアートを飾る一角を設け、その壁面にはご主人がお好きだというデュシャンの言葉を切り文字で入れた。

くすんでいながら明るい発色の壁の緑は、海外製の塗料によるもの。面白いもので、国産の塗料にも似た色合いはあるものの、なんとなく和の雰囲気に寄ってしまうのだとか。他にもハンガーやガラス棚を設置しているレール状のディスプレイシステムはドイツ製を選ぶなど、空間のニュアンスづくりにも妥協はない。

三角形の敷地を生かし切っているのが2階のLDK。敷地の形に添うように空間を取ってあり、端から端まで視線が抜ける広々とした空間だ。各スペースは、先述の通り使い勝手を考え四角い整形で確保し、整形とするためにできた三角形のスペースにはテラスや収納棚を計画した。

これらの工夫でキッチン、ダイニング、リビングが直角で繋がり、自然な流れで行き来できるのに加え、きちんと四角い居室だからこそのほっと落ち着く居心地も得られた。直角でつながるレイアウトはキッチンの大部分がダイニング、リビングから見えず、生活感が出にくいという嬉しいポイントもある。

1階から2階までは木造の箱階段、2階から3階は白く塗られた鉄骨階段とした。「一日に何度か行き来をしますから、同じ階段をぐるぐる回るよりも変化があったほうがいいですよね」と橋本さん。

LDKと3階への階段室の間にはガラスの壁を入れた。玄関と同じ緑に塗装された壁に鉄骨階段の白がパキッと映える様子は、海外の美術館を思わせる。それだけではない。階段とその先の壁まで視線が抜けるため、階段室脇のダイニングにいても圧迫感はない。LDKの暖気・冷気を逃がさず空調効率を高める役割もあるという。

リビングからは向かいの公園の緑が楽しめる。将来も景色が変わらない可能性が高いことから、借景を贅沢に楽しめるよう東と南の壁面に帯状に連続する窓を配置した。窓の下には本棚が設けられ、リビングでゆったりと緑を楽しみながら読書できる環境が整えられている。

LDKを整形に区切るために生まれた三角形のテラスは、向かいの高層アパートからの視線避けに壁を立ち上げ、その一部を開口し光を中に入れている。開口部を通して外に視線が抜けるのに加え、3階のテラスとも一体感が生まれるように計画し、小さいながら気持ちよく過ごせる空間をつくりあげた。
  • 2階ダイニングから階段を見る。LDKの扉の右に、ガラスの壁を設けた。玄関からの緑の壁に鉄骨階段の白が映えて美しく、また階段奥の壁面まで視線が抜けるためダイニングが広く感じられる。階段と居室の間に壁を設けたことで、暖気や冷気が外に逃げず空調効率が高まった

    2階ダイニングから階段を見る。LDKの扉の右に、ガラスの壁を設けた。玄関からの緑の壁に鉄骨階段の白が映えて美しく、また階段奥の壁面まで視線が抜けるためダイニングが広く感じられる。階段と居室の間に壁を設けたことで、暖気や冷気が外に逃げず空調効率が高まった

  • 2階リビングからキッチンまでを見る。LDKのそれぞれを整形でとりながら、三角形の斜辺いっぱいに配置したことにより、リビングからキッチンまで視線が斜めに飛び、コンパクトな空間だということを忘れてしまうほど広く感じる

    2階リビングからキッチンまでを見る。LDKのそれぞれを整形でとりながら、三角形の斜辺いっぱいに配置したことにより、リビングからキッチンまで視線が斜めに飛び、コンパクトな空間だということを忘れてしまうほど広く感じる

  • 2階リビング。向かいの公園の木々の景色を十分に享受できるよう、連続する横長窓を設けた。壁と壁の角にあたる部分のギリギリまで窓を大きく開けるため、この部分は鉄骨造としている。窓の下にはサイズの大きな洋書などを収納する棚を造作した

    2階リビング。向かいの公園の木々の景色を十分に享受できるよう、連続する横長窓を設けた。壁と壁の角にあたる部分のギリギリまで窓を大きく開けるため、この部分は鉄骨造としている。窓の下にはサイズの大きな洋書などを収納する棚を造作した

  • 2階LDK、キッチンからリビングまでを眺める。ガラス壁を通して階段の奥まで視線が抜け、室内が広々と感じられる。ダイニングテーブル横のブラインドを開ければ公園の緑も目に入り贅沢なしつらえだ。階段室の奥に見える扉は奥様の書斎へ続く

    2階LDK、キッチンからリビングまでを眺める。ガラス壁を通して階段の奥まで視線が抜け、室内が広々と感じられる。ダイニングテーブル横のブラインドを開ければ公園の緑も目に入り贅沢なしつらえだ。階段室の奥に見える扉は奥様の書斎へ続く

構造と、特注の家具のコストバランス
わざとらしさを見せない圧倒的な設計センス

H邸には、ご夫妻ともに学芸員をされているからこそクリアしなくてはならない問題があった。とにかく本がたくさんあるのだ。よく見るリビングの壁一面を書棚にする解決法は、狭小ゆえにリビングに圧迫感が出てしまい現実的ではなかったという。

そこで橋本さんは、まず1階に移動書架で構成された書庫をつくった。サイズが大きな洋書などは、リビングの窓の下に設けた造り付けの書棚に収めることに。目線より下にあるため、大容量でありながら広さの感覚には影響がない。

さらに、2階に奥様の、3階にご主人の書斎を計画。空間の雰囲気よりも本がたくさん入ることを優先し、壁一面に書棚を設けている。書棚とデスクはやはり特注。書棚が延長してデスクになるスタイルは見た目にも気持ちがいい。「コンパクトな空間はスッキリ見せないと、ごちゃごちゃして落ち着かない空間になってしまうんです」と橋本さんは語る。

ここまでお話を伺い、不思議に思うことがあった。H邸は家具や設えに特注のものが多いのだ。聞けば3階寝室の庇や、外壁のルーバーなどもそうだという。それでいてしっかりと予算が抑えられている。

そのバランスは、構造にもこだわりを持って考え抜いているから実現できると橋本さんは言う。「家が建ったら見えなくなるところは経済的にしたいですよね」と話すが、H邸の一部鉄骨造という構造が決まるまでは、ありとあらゆる可能性を探ったのだそうだ。

一部鉄骨造としたのは、2階リビングの公園の借景を贅沢に見せる帯状の窓のため。角すれすれまで窓を大きく取るには、鉄骨である必要があった。でありながら、窓は既製品を組み合わせて入れたという。特注では、高品質な二重窓にするために莫大な予算が必要だからだ。

玄関ポーチには、主に視線避けを目的につくられたコンクリート壁があるが、それはRC造を検討していたときの名残だそうだ。「RC造の案は結局なくなりましたが、コンクリートの壁1枚つくるくらいはたいして予算がかからないので、残しました」と橋本さん。狭小住宅は敷地いっぱいに家を建てることが多く、道路からダイレクトに玄関になってしまいがち。コンクリート壁が道路と玄関を区切り、いきなり感が緩和され、外観から受ける家の印象も高級感が増した。

橋本さんの設計は、とにかく費用対効果が高いと感じる。コストバランスについては、お施主さまとよく相談をして家づくりをするのだというが、ただコストを追求するばかりではH邸のように家のどこにいても寛げる、ゆとりある空間はできないだろう。

わざとらしいのは好きではないので、と橋本さん。経験や、デザインのセンス、要不要を見極める力があるからこそ、「三角形の土地でしたよね?」と言われるほど自然で、贅沢な家ができるのだ。
  • 2階キッチンは台形に取られているため、画像右側の一角が三角形のカウンターになっているが、場所に合わせたトータルなデザインにより、それに気が付かないほど自然な仕上がり。冷蔵庫の横にあるのは構造壁。冷蔵庫の大きさと一緒に壁の位置を決め、周りの仕上げと合わせた

    2階キッチンは台形に取られているため、画像右側の一角が三角形のカウンターになっているが、場所に合わせたトータルなデザインにより、それに気が付かないほど自然な仕上がり。冷蔵庫の横にあるのは構造壁。冷蔵庫の大きさと一緒に壁の位置を決め、周りの仕上げと合わせた

  • 3階、ご主人の書斎。本を収納することを何よりも優先し、壁一面に書棚を設けた。コンパクトな空間こそ、少しのずれから印象が変わると橋本さん。そのため、書棚とデスクをひとつに考えたデザインとした。居心地がよく、ご夫妻ともに各々の書斎で長い時間を過ごされているそう

    3階、ご主人の書斎。本を収納することを何よりも優先し、壁一面に書棚を設けた。コンパクトな空間こそ、少しのずれから印象が変わると橋本さん。そのため、書棚とデスクをひとつに考えたデザインとした。居心地がよく、ご夫妻ともに各々の書斎で長い時間を過ごされているそう

  • 3階寝室からバルコニー。高い位置にあり、公園の木々の伸びやかな枝に茂る緑を存分に楽しむことができる。3階は斜線制限では不可能とされたが、空と建物の比率で計算する天空率を適用してつくることができた

    3階寝室からバルコニー。高い位置にあり、公園の木々の伸びやかな枝に茂る緑を存分に楽しむことができる。3階は斜線制限では不可能とされたが、空と建物の比率で計算する天空率を適用してつくることができた

  • 橋本さんが作成したBIMモデル。竣工後に撮影した同じ位置からの写真を見ても、寸分たがわずに表現できてきることがわかる。家具の配置やデザインも、実際にその場所にいるかのように試してみることができ、完成後がイメージしやすい

    橋本さんが作成したBIMモデル。竣工後に撮影した同じ位置からの写真を見ても、寸分たがわずに表現できてきることがわかる。家具の配置やデザインも、実際にその場所にいるかのように試してみることができ、完成後がイメージしやすい

  • 2階ダイニングからリビング方向を見る。打合せ時にBIMモデルを作成し、メーカーが出しているデータを当てはめて検討したおかげで、すべての家具がしっくりと室内に収まっている。「狭小の場合は特に家具のバランスがとても難しく、BIMは有効です」と橋本さん

    2階ダイニングからリビング方向を見る。打合せ時にBIMモデルを作成し、メーカーが出しているデータを当てはめて検討したおかげで、すべての家具がしっくりと室内に収まっている。「狭小の場合は特に家具のバランスがとても難しく、BIMは有効です」と橋本さん

撮影:杉野 圭

間取り図

  • 間取図

基本データ

作品名
西宮の家
施主
H邸
所在地
兵庫県西宮市
家族構成
夫婦
敷地面積
76.37㎡
延床面積
117.33㎡
予 算
4000万円台