自分の「好き」を形にした
建築士の自邸兼アトリエ

イシマルデザイン一級建築事務所の岸絹子さんが、自身が設計した自邸兼アトリエ「福角の家」をつくったのは、今から4年前のこと。「自分が本当に好きなモノ、好きな空間」を形にしたというその家は、岸さんならではのセンスがそこかしこに溢れていました。

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さまざまな素材を使用した
ユニークな四角い箱の集合体

松山市の中心部から北へ数km離れた福角町の一角に「福角の家」はある。このエリアは市街化調整区域にあたり、住宅の建設が抑えられているため、比較的静かな環境が整っている。親が所有していた畑を造成して「福角の家」を建てたのは、建築家の岸絹子さん。岸さんの自邸であり、アトリエであり、そしてモデルルーム的な側面も併せ持つという。

「この家を建てる前は、私がかつて設計した家の方にお願いして、家の中を見せていただいたりしていました。お客さんにも自分が建てた家を見てもらった方が分かりやすいので。でも、みなさん喜んで協力してくれたのですが、いちいち部屋を片付けてもらったりしていたので心苦しい部分もありました。そこで自分の家を建てようと思ったわけです。職業柄、いつかは自分の家が欲しいという気持ちがありましたし、自分が本当に好きなモノ、好きな空間っていうのを見てもらいたいという思いもありましたので」と、岸さんは話す。

大きさが異なる箱型の躯体が、まるでブロックのように配置されたユニークな外観がまず目を惹く。岸さん曰く「箱っぽい家が好きなんです。それもひとつの箱で完結させるのではなく、いろんなパーツを組み合わせたような集合体にしたかったので、あえてかなりデコボコさせています』と。

お客さんに見てもらうモデルルームとしての役割もあるため、外壁の表情もバラエティ豊かだ。リシン仕上げをしたり、タイルをあえて縦と横に貼ったり、左官の塗り壁でコテ跡を少し残して仕上げたりと、目に見える“サンプル”となっている。
「お客さんに説明するためにもいろんな素材を使いたかったんです。タイルを縦と横に貼ったのも、実際に見てもらった方が分かりやすいからです。以前は『外壁をタイルにしましょう』と提案しても、ピンと来ない方もいらっしゃいました。この家を建ててからはタイルの良さを伝えやすくなりましたね」。
まさに、百聞は一見にしかず。躯体の高さやサイズを変え、さまざまな素材を使用しながらも、建物全体にリズム感と統一感が生まれているのは流石という他ない。
  • 道路に面した東側から見たファサード。大小の箱がリズムよく並んだユニークな外観。お客さんに実際に見てもらうサンプルとして、タイル貼り、吹き付け、左官塗と、外観を異なるテクスチャーで仕上げている

    道路に面した東側から見たファサード。大小の箱がリズムよく並んだユニークな外観。お客さんに実際に見てもらうサンプルとして、タイル貼り、吹き付け、左官塗と、外観を異なるテクスチャーで仕上げている

  • 夕暮れ時には部屋の明かりが外に漏れ、より美しい佇まいを浮かび上がらせる

    夕暮れ時には部屋の明かりが外に漏れ、より美しい佇まいを浮かび上がらせる

  • 西側に開かれたテラス。屋根の高さは2400mmで、室内ダイニングの天井高と揃えることで、連続した空間となっているように見える。左手にある鉄板部屋からも直接アクセスでき、ホームパーティの際にも大活躍

    西側に開かれたテラス。屋根の高さは2400mmで、室内ダイニングの天井高と揃えることで、連続した空間となっているように見える。左手にある鉄板部屋からも直接アクセスでき、ホームパーティの際にも大活躍

テラスを中心にLDKをレイアウト
内と外が緩やかにつながる快適空間

玄関から家の中に入るとまずは大きな玄関ホールがあり、入って右側が居住スペースで、左側がアトリエとなっている。正面に見える棚の上には不思議なオブジェが鎮座。「家を建てようと考えていたときに出会って買ったものです。これを置くために棚を設けたんですよ」と、岸さんは嬉しそうに話してくれた。

LDKをグルリと取り囲むように、回遊性のある廊下がレイアウトされているのも「福角の家」の特徴のひとつだろう。その動線に沿って、生活上必要な機能を置くようにプランニング。玄関側から廊下を進むと、書斎と子ども部屋がまずあり、クローゼットなどの収納スペースを経て、主寝室と水回りを北側に集めている。LDKにつながる出入り口を複数設け、スムーズな生活動線を確保している点も見過ごせない。

居住スペースを拝見すると、広々としたテラスに面してリビングとダイニングキッチンがL字型に配置されている。大きな開口部からテラスと庭が見え、部屋の中と外が緩やかにつながっている印象だ。
「テラスを家の中に取り込んだような設計が多いですね。室内は何坪だけど、テラスまで入れたらもっと大きく感じるような間取りをいつも心掛けています。室内空間だけではなく、室内・外・室内みたいな、外の空間を挟みながら見えるっていうのは、結構豊かな視線だと思うんです。外しか見えない、庭しか見えないというのはちょっともったいない」と岸さん。
室内空間の延長としてテラスを使うことができるよう。テラスには屋根が設けられている。また、ダイニングの天井とテラスの軒天の高さを揃えたことで、視線が内から外に向けて連続し、岸さんが言うとおり内と外により一体感が生まれている。

空間によって窓の取付位置や高さなども考慮。「窓の取り方で見える景色も変わってきます。何を見たいというわけではないのですが、例えばキッチンからテラスが見えて、その先の風景が見えて、見上げたら天窓の向こうに空が見えるとか。私自身いろんな景色が見えるのが好きなので、さまざまな角度の窓を取り付けたくなります」と岸さん。人の目がそれほど気にならないLDKは大開口を設け、プライベートな寝室や子ども部屋は天窓や小窓で採光や通風をコントロール。風呂の外には壁で囲まれた小さなテラスがある。外からの視線を遮りつつも、光と風を感じながら入浴できる気持ちのいい空間となっている。

テラスの北側には「鉄板部屋」なるフシギな空間がある。「主人の要望です。文字どおり大きな鉄板を据えたカウンターが部屋の真ん中にあるんですよ。ホームパーティのときにはお好み焼きなどを焼いて、お客さんに振る舞うこともしばしば」。テラスに面して独立した空間となっていて、換気扇が付いているので、調理中の匂いや煙がLDKに流入してこないのもポイントなのだとか。誤算は「主人が籠もりがちになること」と、岸さんは苦笑する。
  • 広々とした玄関ホール。正面にフィックスウィンドウがあり、昼間はとても明るい。右側チーク板張り扉の向こうが居住スペース、左側がアトリエ。壁は珪藻土仕上げで、フローリングはオーク材を使用している

    広々とした玄関ホール。正面にフィックスウィンドウがあり、昼間はとても明るい。右側チーク板張り扉の向こうが居住スペース、左側がアトリエ。壁は珪藻土仕上げで、フローリングはオーク材を使用している

  • テラスに面してL字型に配したリビングとダイニング。リビングを一段上げ天井高を変えることで、メリハリのある空間に。ダイニングの床はタイル貼り、リビングはオーク材のフローリング

    テラスに面してL字型に配したリビングとダイニング。リビングを一段上げ天井高を変えることで、メリハリのある空間に。ダイニングの床はタイル貼り、リビングはオーク材のフローリング

  • リビング側からDKを見る。ダイニングテーブルのダウンライト以外はすべて間接照明を採用。写真右側に見える食器棚は、ガラス張りのあえて見せる仕様に。右手前の収納の中には備え付けのアイロン台が収められている

    リビング側からDKを見る。ダイニングテーブルのダウンライト以外はすべて間接照明を採用。写真右側に見える食器棚は、ガラス張りのあえて見せる仕様に。右手前の収納の中には備え付けのアイロン台が収められている

  • ステンレストップのキッチンは造作。シンクには無駄なへこみもなく、すっきりとシンプルな美しさを醸す

    ステンレストップのキッチンは造作。シンクには無駄なへこみもなく、すっきりとシンプルな美しさを醸す

「好き」という想いに寄り添った
住まう人とともに進化する家を

岸さんが施主と打ち合わせをする際は、「福角の家」に来てもらい家を実際に見てもらいながらプランニングを進めるのが常だ。それも部屋の隅から隅まで、それこそ風呂も寝室もすべて見てもらう。家の中をいろいろ見てもらうと、「この家具はどこで買ったんですか?」というインテリアの話になったり、収納スペースの大きさや場所といった生活に密着した具体的な話になることも多いという。

「家って竣工した時点ではガランとしていますよね。生活していくなかで、家具を置いたり、いろんなモノが増えていって、住んでいる人の個性がだんだん出てきます。そういった“空気感”みたいなものをトータルで感じて欲しいですね。そのためにこの家を建てた部分もあります」と、岸さんは話す。

さまざまな角度から話し合いを重ね、「お客さんがどういう方なのか、どういうものが好きなのかっていうことを探っていきます。それを知ったうえで、家族構成やそれぞれの関係性、距離感、生活リズム、また、将来どういう生活をしていきたいのかなどを聞いてプランニングするように心掛けています」。

インターネットやSNSなどの普及により、建築関連の情報にも容易にアクセスできる時代。ただ逆に情報が多過ぎ、「あれもやりたい、これもやりたい」となりがちだ。岸さんはお客さんが思い描く理想の中から、優先順位をつけて整理してあげることが大切だという。
「お客さんの好みに対して『これは無理です』と突っぱねることはしません。もちろん予算との兼ね合いもあるので、見送らなければならないこともあります。ただ、話し合いを何度も重ね、コミュニケーションを深めることで、納得していただける着地点を一緒に探っていく。そうすることで、最善の答えが見つかると思っています」と岸さん。

「自分が本当に好きなモノ、好きな空間」をつくるお手伝いをしたいと岸さん。「住む方の『好き』という想いを大切に、毎日が嬉しくなる暮らしをご一緒につくりたいと思っています。そして『今』だけではなく、『未来』にも目を向け、住む人とともに進化する住宅プランを提案したい」とも。

岸さんの「好き」を形にした「福角の家」。この家もまた、岸さんファミリーの成長と足並みを揃えるように、未来へ向かって日々進化している──。
  • 廊下から子ども部屋。廊下の天窓から光が射し込み明るい。外からの視線を配慮し、子ども部屋も天窓のみ

    廊下から子ども部屋。廊下の天窓から光が射し込み明るい。外からの視線を配慮し、子ども部屋も天窓のみ

  • 家の北東角に主寝室を配置。珪藻土を使ったグレーの壁で落ち着いた雰囲気に。モールのあしらいもステキだ

    家の北東角に主寝室を配置。珪藻土を使ったグレーの壁で落ち着いた雰囲気に。モールのあしらいもステキだ

  • 浴室の外には小さなテラスを設けている。テラスには屋根がないので、光と風と空を感じながら入浴できる

    浴室の外には小さなテラスを設けている。テラスには屋根がないので、光と風と空を感じながら入浴できる

撮影:藤村 泰一

基本データ

作品名
福角の家
施主
K邸
所在地
愛媛県松山市
敷地面積
498.23㎡
延床面積
195.08㎡