田園風景を表情豊かに見せる縦長の家。
2000万円台で大窓も鉄骨階段も実現

一面に広がる田園風景を気に入り、眺望を生かした家を建てたいと希望されたお施主さま。建築家の北村さんは、景色に向かって縦長に家を配置し、魅力をさらに引き立てた。家の中心に設けた吹き抜けのホールは、シーンによって使い方を変化させられるほか、家族間のプライバシーを保つことにも役立っているという。

この建築家に
相談する・
わせる
(無料です)

購入の決め手となった眺望を生かす
1つの景色を表情豊かに見せる縦長の家

ともにデザイナーをされているというNさま夫妻は、新築する自宅を機能がしっかりしていることはもちろん、デザイン性の高い家にしたいとお考えだった。目の前に田園風景が広がる土地を見つけ、購入を検討。

しかし、いくらその時点での環境がよくても、近く家などが建ってしまうかもしれない。そこで依頼を受けたトントントンスタジオ(一級建築士事務所 北村直也建築設計事務所)の北村直也さんは、行政にコンタクトを取りこの環境がどのくらい先まで続くか調べたという。幸いなことにその場所は基本的に家や店舗などが建たない「市街化調整区域」にあり、この風景は10年20年と続くことが判明。安心して土地を購入できたのだそうだ。

プランニングの要はやはり眺望。敷地の南側に広がる景色を楽しむためには田園に対して横長に建物を配置することが一般的だが、この「穂積の住宅」は田んぼに向かって階段状に3つのボリュームが繋がった縦長のフォルムをしている。家は2階建てで、中心のボリュームは2階まで吹き抜けのホール。両側のブロックは、1階北側には水回りを、南側にはキッチンを設け、それぞれの2階は個室とした。また、2階の個室は吹き抜けに向かって開口できるように計画されており、戸を開ければ家全体がワンルームのようになる。

その理由を「単純に景色が見えるというだけでは、単調で飽きてしまいます」と語る北村さん。生活の様子の先に田園風景が広がるようにしたかったとのこと。なるほど、北側のブロックに配置された玄関から室内に入り、ホールへと向くと高さいっぱいに開口した窓からはもちろん、キッチンや2階の主寝室の窓からも田んぼや空が見える。さらには、ホールとキッチンを階段状にずらして計画したことによってできた庭越しに景色を眺めることもでき、同じ場所からでもさまざまな雰囲気で眺望を楽しめるのだ。

家中が繋がっているおかげで、家のどこにいても田園風景が見られることも魅力的だ。それだけではない。室内から田園風景まで抜ける視線の間に居室や庭などが挟まれることによって、室内と外部のスケールがはっきりと対比し、風景にさらなる広がりが感じられる。Nさま夫妻のお気に入りは、北側2階に設けられたお子さまの勉強スペースからの眺めなのだとか。

北側も同じように開口し、視線の抜けを強調したおかげで外部と自然に繋がるようになった。また段差によってつくられた庭が方向によっては室内の一部としても感じられ、室内と外部の境界線が一層あいまいになる。

眺望を生かし切った、外へと意識が広がる家はこうしてできた。
  • 南側から見た外観。手前のボリュームがダイニングキッチンと主寝室、中のボリュームがホール、水回りと子ども室のボリュームも奥に続く。田園風景に向けてそれぞれのボリュームで大きく開口した。縦長の配置のおかげで、距離感や角度などが異なった風景を楽しむことができる

    南側から見た外観。手前のボリュームがダイニングキッチンと主寝室、中のボリュームがホール、水回りと子ども室のボリュームも奥に続く。田園風景に向けてそれぞれのボリュームで大きく開口した。縦長の配置のおかげで、距離感や角度などが異なった風景を楽しむことができる

  • 北東側から見た外観。手前の扉は玄関。要望により、室内から人の気配がわかるよう玄関扉の下部を開けた。中の大きなボリュームであるホールに設けた鉄骨階段は、外から見ても印象的に映る。外部からも家の内部を通って田園にまで視線が抜けるよう計画した

    北東側から見た外観。手前の扉は玄関。要望により、室内から人の気配がわかるよう玄関扉の下部を開けた。中の大きなボリュームであるホールに設けた鉄骨階段は、外から見ても印象的に映る。外部からも家の内部を通って田園にまで視線が抜けるよう計画した

  • 東から見た外観。眺望と田園風景に向かっての視線の抜けを重視し、南北に大きく開口した一方で東西面には窓をほぼつくらなかった。画像右、北側のボリュームにある玄関から入り、南側を向くことで初めて田園が見えるというストーリーをつくり、風景を一際魅力的に見せている

    東から見た外観。眺望と田園風景に向かっての視線の抜けを重視し、南北に大きく開口した一方で東西面には窓をほぼつくらなかった。画像右、北側のボリュームにある玄関から入り、南側を向くことで初めて田園が見えるというストーリーをつくり、風景を一際魅力的に見せている

  • ホールからダイニングキッチン(1階)主寝室(2階)を見る。主寝室の折れ戸を開放すると空間が繋がる

    ホールからダイニングキッチン(1階)主寝室(2階)を見る。主寝室の折れ戸を開放すると空間が繋がる

家の中心に設けた一番大きな空間は
機能を持たないからこそ、可能性が広がる

家の中心にあるホールは、この家の中で一番広い場所だ。「大人数でパーティーがしたい」との要望もあったことから計画した。

食事は隣接するダイニングキッチンで済ませられ、くつろぐ場所としては個室がある。ホールは現在主にリビングとして活用されているが、極端な話、なくても生活はできる。そんな場所をあえて一番広い場所にしたのは、機能をほとんど持たない空間は、同時に何にでも使える空間になると考えたからだ。

実際、人が集う場面ではダイニングキッチンだけでなくホールもダイニングとして使用している。ダイニングキッチンがしっかりと機能を担っているおかげでホールのほうへ侵食するように空間が広がるため、2つのエリアが1つになり、より広く家が使える。

ホールを造り付けの家具なども一切ないシンプルな空間にするべく、両側のボリュームには収納を多く計画した。たとえばダイニングキッチンは、2階の主寝室と繋がる階段の下に階段下収納を計画。ほかにもダイニングテーブル脇に設置したベンチに収納を兼ねさせ、さらに大容量の棚も造作した。

またホールは、家族間のプライバシーを保つことにも役立っている。家の両端に計画された個室の関係は、間に入ったホールがよい緩衝材として働き、ほどよい距離を取ることができるのだ。お互いにホール側の扉を開けていたとしても、距離のおかげでさほどお互いの存在が気にならない。もちろん就寝時や集中したいときは閉めてしまえば完全なる個室にできる。

もう1つ、利点があるという。「個室へはそれぞれにダイレクトに繋がる階段で上がります。プライベート空間に行くために一つアクションを入れると、意識が切り替わりやすいですよね」と北村さん。また、北から南への移動距離も階段分増えるため、縦長のラインが体感的に強調されて家が広く感じられるのだそうだ。
  • 2階までの吹き抜けのホール。シンプルな空間は、使い勝手もさまざま。リビングとして、また画像奥のダイニングキッチンを拡張したようにも使用できる。梁などを見せ、また壁面や床は構造用合板に塗装したのみという粗野な雰囲気も、ホールのありかたにマッチしている

    2階までの吹き抜けのホール。シンプルな空間は、使い勝手もさまざま。リビングとして、また画像奥のダイニングキッチンを拡張したようにも使用できる。梁などを見せ、また壁面や床は構造用合板に塗装したのみという粗野な雰囲気も、ホールのありかたにマッチしている

  • ホールから田園風景を見る。恵まれた生活空間が間に挟まることで趣が増す。見え方にも変化があり飽きない

    ホールから田園風景を見る。恵まれた生活空間が間に挟まることで趣が増す。見え方にも変化があり飽きない

  • 1階ダイニングキッチン。ホールをシンプルな空間にするため、階段下収納、ダイニングテーブル脇のベンチ、奥の棚など多くの収納を造りつけた。画像右、木階段は主寝室へ繋がる

    1階ダイニングキッチン。ホールをシンプルな空間にするため、階段下収納、ダイニングテーブル脇のベンチ、奥の棚など多くの収納を造りつけた。画像右、木階段は主寝室へ繋がる

高コストの要素もあきらめることなく
バランスの取れたコストダウンで実現する

Nさま夫妻がこの家に必ず取り入れたいと要望されていたものがある。鉄骨階段だ。北村さんは、一番美しく見える場所や見せ方について熟考に熟考を重ねたという。

ホール北側の窓の前を横切るように設けられた鉄骨階段は、子ども室に繋がっている。室内においてよいアクセントになりつつも、華奢なつくりであるため外部へ抜ける視線の妨げにはならない。また、外部から見える様子もモダン。道行く人たちは窓から階段越しに見える生活空間、さらにその向こうの田園風景まで見通すことができ、環境のよさや田園の美しさをまた新たに発見することだろう。

「穂積の住宅」はこの鉄骨階段や大きな開口など、取り入れるにはコストがかかるだろうと思われるものも多い。しかし予算には限りがある。そこでコストを下げられる箇所では下げてバランスを取り、全体的なコストを範囲内に収めた。

どこでコストを下げるのかの見極めも素晴らしい。シンプルに仕上げたいと考えていたホールの壁面や床を、構造用合板に塗装するのみとしたのだ。空間の構成をそのまま飾り気なく見せようとしていた場面で、粗野な雰囲気の仕上がりが意図とマッチし、ホールはこの家の中心らしい魅力を持つことができた。

初めての家づくりでも、理想の家ができたとお喜びのMさま夫妻。それは、眺望を生かしたいという要望とこれだけ深く向き合い、要望を叶えながら、更なる魅力もプラスする北村さんの設計だったからこそだ。
  • 2階、子ども室前の勉強スペースからの眺め。上から見下ろすような眺望はNさま夫妻の一番のお気に入りとなった。現在はこのスペースで風景を楽しみながら仕事をされることも多いのだとか

    2階、子ども室前の勉強スペースからの眺め。上から見下ろすような眺望はNさま夫妻の一番のお気に入りとなった。現在はこのスペースで風景を楽しみながら仕事をされることも多いのだとか

  • 2階主寝室。さまざまな雰囲気で田園風景が楽しめる「穂積の住宅」のなかでも、とりわけ遮るものなく田園風景が見渡せる場所だ

    2階主寝室。さまざまな雰囲気で田園風景が楽しめる「穂積の住宅」のなかでも、とりわけ遮るものなく田園風景が見渡せる場所だ

  • 中心にホール、左右の2階に主寝室と子ども室がある。個室と個室の間にホールを介することで、緩やかに繋がりながらプライバシーを保つことを可能にした

    中心にホール、左右の2階に主寝室と子ども室がある。個室と個室の間にホールを介することで、緩やかに繋がりながらプライバシーを保つことを可能にした

撮影:楠瀬 友将 

間取り図

  • 1F平面図

  • 2F平面図

基本データ

作品名
穂積の住宅
施主
N邸
所在地
岐阜県瑞穂市
家族構成
夫婦+子供2人
敷地面積
237.71㎡
延床面積
95.44㎡
予 算
2000万円台