外部、内部の両方で大きな意味を持つ大開口
住宅街に溶け込む「くの字」型の福祉施設

「道上のデイサービス」は敷地の三方を道路に接した角地にある。オーナー様の要望は「この場所に溶け込みつつ、よくある民家を改修したような施設とは異なるオープンな雰囲気の建物にしたい」というもの。建築家の橋本さんは「くの字」の建物を提案し温かみある室内環境と、周辺環境に調和する佇まいを両立させた。

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「くの字」の配置がもたらす利点。周囲と
調和しながら、心地よさ満点のデイサービス

事務所を兼ねたデイサービス施設を新築しようと決めた、広島県福山市で介護事業を展開するオーナー様。敷地が戸建て住宅や集合住宅に囲まれた住宅地の中にあることから、地域と調和しながらも他とは異なる、オープンな雰囲気の施設にしたいとお考えだった。

依頼を受けた橋本雅尊建築設計事務所の橋本雅尊さんが提案したのは、一面全体を、といえるほど大胆に開口した2階建て。さらに特徴的なのは、その建物が「くの字」型のフォルムだということだ。

「まずは敷地の使い方を検討することからスタートしました」と橋本さん。敷地は北、西、南の三方が道路と接しているが、南側以外はオーナーが所有権を持たない私道であったため、(※竣工直前に所有権を取得)駐車スペースを前庭として南端に計画。また、北側にある既存樹木をこのまま残したいと要望があったことから、裏庭を設けることにした。必然的に建物は中央に配置することになるが、セオリー通りに敷地中央へ大きなボリュームを配置してしまうと周辺とのボリュームの乖離が大きくなり、尚且つ建物の南北で環境の差が大きくなってしまうため、効率的な通風や採光、さらに伸びやかな視線の抜けが実現できる形を考えたという。

そこで、西側に3つ目の庭を計画。そのうえで建物の厚みを半分に割るように2つに分け、3つの庭を躱すように「くの字」に配置した。こうすることで建物のボリュームが薄くなり、至る所から光が入り、風が抜けるようになる。

建物を薄くしたのには、地域と調和し、違和感なく溶け込むようにとの意図もあったという。近隣の家々と等しいボリュームの2つの棟に分けたことで、建物は周囲に威圧感を与えることなくしっくりと存在している。橋本さんは「くの字」という驚きの提案とともに、オーナーの思いを最上の形で表現した。
  • 上空から見た建物(右から2番目)。市道に面する南側に駐車場、他にも敷地内に中庭など2つの余白を設け、その余白を躱すように建物を「くの字」に配置した。建物の厚みを薄くし、近隣の家々と同程度の印象を受けるようなボリュームに抑えて地域に調和させた

    上空から見た建物(右から2番目)。市道に面する南側に駐車場、他にも敷地内に中庭など2つの余白を設け、その余白を躱すように建物を「くの字」に配置した。建物の厚みを薄くし、近隣の家々と同程度の印象を受けるようなボリュームに抑えて地域に調和させた

  • 南側から見た外観。右下が入口。1階には機能訓練室を配置し、大きさを変えながら並ぶ連続窓を設けた。2階は事務室。下から延長するような窓を設けることで1階2階がひとつの空間にも見える。中庭側にも同じように窓を計画。視線が反対側へ抜け、オープンな雰囲気が表現されている

    南側から見た外観。右下が入口。1階には機能訓練室を配置し、大きさを変えながら並ぶ連続窓を設けた。2階は事務室。下から延長するような窓を設けることで1階2階がひとつの空間にも見える。中庭側にも同じように窓を計画。視線が反対側へ抜け、オープンな雰囲気が表現されている

  • 西側から見た外観。全面的に開口した南北だけでなく東西にも開口を設けたおかげで、機能訓練室からは常に外まで視線が伸びる。道行く人も利用者様たちが活動する様子を眺めることができ、安心感を得られる

    西側から見た外観。全面的に開口した南北だけでなく東西にも開口を設けたおかげで、機能訓練室からは常に外まで視線が伸びる。道行く人も利用者様たちが活動する様子を眺めることができ、安心感を得られる

  • 北西から見た外観。左端の木を残したいという要望から、北側に庭を計画。さらに西側に中庭も設けた。くの字の建物のうち、右側1階が機能訓練室。掃き出し窓からアクセスし、中庭をより豊かに活用できるように設えた。利用者様スタッフさんみんなで庭づくりを楽しまれている

    北西から見た外観。左端の木を残したいという要望から、北側に庭を計画。さらに西側に中庭も設けた。くの字の建物のうち、右側1階が機能訓練室。掃き出し窓からアクセスし、中庭をより豊かに活用できるように設えた。利用者様スタッフさんみんなで庭づくりを楽しまれている

木の温もり溢れる室内を実現。利用者の
感覚を刺激する異なる大きさの連続

2階建てのうち、デイサービス機能は1階で完結している。南側の棟に主機能となる機能訓練室を割り当て、北側の棟には静養室や浴室などの付属機能を集約して配置している。利用者様たちが活動する主な場となる機能訓練室は、全方向に開口があり明るい。視線は常に外部まで抜け、空も広がり開放的だ。

初めて訪れる人は、一般的にイメージする「デイサービス」とは異なり、こんなにも居心地よく温かみに満ちた空間であることに驚くことだろう。豊かな日射やさわやかな風を実感できることはもちろんのこと、表しにした化粧梁やラワン合板で仕上げた壁など、ここまで木の質感・温もりに囲まれた施設は、他にほとんど見られないからだ。

さらに、「建築が用途を受け入れる箱として存在するだけでなく、デイサービス機能の一端を担うことができないかと考えました」と橋本さん。例えば、窓。機能訓練室の広い壁面に設けられているのは、高さを変えながらリズミカルに並ぶ連続窓。反対側も対になるように開口した。窓の大きさが変われば、室内に入る光や落ちる影に変化がある。さらに、室内を移動しているとき、外部の見え方も移ろっていく。こうした小さな変化が利用者様の感覚を刺激すると橋本さんは考えている。

他にも感覚に訴えかける心配りがある。靴を脱いだ後はスリッパなどに履き替えることなく裸足や靴下で歩き回れるようにした。足触り(踏み心地)や素材感に重きを置いて仕上げ材を選んだ。色合いもよく喜ばれているという。

また、くの字の間にある中庭には新たに植樹した。機能訓練室からも中庭に直接出られるように設え、利用者様とスタッフさんたちがともに庭づくりを楽しめるように環境を整えた。「最初からつくり込みすぎるよりも、皆さんで相談しながらつくり上げていくほうが愛着も深まるでしょうから」と橋本さん。

実はオーナー様が一段と力を入れていらしたのが、浴室だという。入浴が単なるルーティンではなく良質な体験となり、癒されて帰って欲しいとの思いがあったそうだ。昼間の入浴になるため、自然光が入るハイサイドライトも計画。まばゆい光の中、檜風呂で過ごすひとときはまさに贅沢な時間となるだろう。
  • 1階、機能訓練室、2階、事務室。デイサービスだけでなく、施設全体をオープンな雰囲気にしたかったと橋本さん。窓に向かって真っすぐ伸びる梁が、素直に街と向き合いたいという思いを表現している

    1階、機能訓練室、2階、事務室。デイサービスだけでなく、施設全体をオープンな雰囲気にしたかったと橋本さん。窓に向かって真っすぐ伸びる梁が、素直に街と向き合いたいという思いを表現している

  • エントランスから機能訓練室を見る。エントランスは土間空間とした。建具はガラス戸に、最奥も開口。視線の抜けが得られるおかげで、機能訓練室は伸びやかな空間といった印象

    エントランスから機能訓練室を見る。エントランスは土間空間とした。建具はガラス戸に、最奥も開口。視線の抜けが得られるおかげで、機能訓練室は伸びやかな空間といった印象

  • 1階機能訓練室。最初から使い方をきっちり決めたくないという思いから、シンプルな空間につくり上げた。梁などの構造架構もシンプルな掛け方としたことで外部と素直に向き合い、繋がっている。全方向に開口しており、光や風などで五感が刺激される

    1階機能訓練室。最初から使い方をきっちり決めたくないという思いから、シンプルな空間につくり上げた。梁などの構造架構もシンプルな掛け方としたことで外部と素直に向き合い、繋がっている。全方向に開口しており、光や風などで五感が刺激される

  • 1階、機能訓練室は高さの異なる窓がリズミカルに並ぶ。光や影の表情の移ろいが楽しめるうえ、移動共に外の見え方も変化し、利用者様は心地よい刺激を得られる。床は裸足や靴下で歩き回れるように足触り(踏み心地)や素材感に重きを置いて仕上げ材を選んだ。自宅のように過ごせる

    1階、機能訓練室は高さの異なる窓がリズミカルに並ぶ。光や影の表情の移ろいが楽しめるうえ、移動共に外の見え方も変化し、利用者様は心地よい刺激を得られる。床は裸足や靴下で歩き回れるように足触り(踏み心地)や素材感に重きを置いて仕上げ材を選んだ。自宅のように過ごせる

  • 2階、事務室はスタッフ数の変化に対応できるよう大きなテーブルを造作した。南側の窓は掃き出し窓のように計画することで地面が近く感じられ、2階でありながら平屋にいるような気分で過ごせる

    2階、事務室はスタッフ数の変化に対応できるよう大きなテーブルを造作した。南側の窓は掃き出し窓のように計画することで地面が近く感じられ、2階でありながら平屋にいるような気分で過ごせる

地域に溶け込む、オープンな施設にしたい。
外側へ向かう思いを開口や構造加工で表現

オーナー様が利用者様に対してと同じように重視したのが、地域に溶け込むこと、オープンな施設とすること、だった。

室内で過ごす利用者様に快適さをもたらす大きな窓は、外部からは内部の様子をそのまま見せることに役立っている。それだけではない。要望からカーテンも省くなど、思いを実現する表現は徹底している。

室内の間仕切りは最低限に抑えた。空間をすっきりと整えたのは、利用者様の使いやすさのほかにもう一つ、将来に向けての見通しゆえの理由からでもあった。いずれ、デイサービスとして使用しない日には子ども向けのアクティビティや、イベントなども催したいとお考えのオーナー様。空間をシンプルにつくることでありとあらゆる可能性にフレキシブルに対応できる。

外部からの見え方そのものにもこだわった。地域に対して開くという施設の意義を建築で表現。窓に向かってまっすぐ伸びる梁は、内部が外部へにじみ出て行くかのような印象を受ける。シンプルに架けられた梁は、街に向かって素直に向き合うことを意識してデザインしたとのこと。

大きな開口のおかげで、夕刻になると中から光が溢れて周辺が柔らかに明るくなるのも魅力のひとつだ。「周囲は街灯も少ないので」と橋本さん。地域に暮らす人たちは、この灯りにほっとする日もあるのではないだろうか。地域に馴染むだけでなく、時間が経つにつれきっとこの街のシンボルのような施設になるに違いない。

もちろん内部で働くスタッフさんたちの快適さも大切に考えた。スタッフルームは小上がりとし、落ち着く空間に。くの字にしたおかげで隣接する家と正対しておらず、大きな開口が実現できた。ちょっと座って目の前に広がる空を眺める時間は、よいリフレッシュになるだろう。

「自分が利用者になるとしたら、と考えながら表現した部分も多々あります」と橋本さん。関係する全ての人に優しく、温かな福祉施設は、まるで橋本さんの人柄を映し出しているようにも感じられた。



撮影者:中山 保寛
  • 2階通路。扇状に広がる化粧梁が視線を誘導し街や空を取り込む

    2階通路。扇状に広がる化粧梁が視線を誘導し街や空を取り込む

  • 2階通路から中庭越しに南側の棟を見る。「道上のデイサービス」では、中庭が吹き抜けのような役割を果たす。2階から1階の機能訓練室の様子は中庭を通して知ることができ、安心だ

    2階通路から中庭越しに南側の棟を見る。「道上のデイサービス」では、中庭が吹き抜けのような役割を果たす。2階から1階の機能訓練室の様子は中庭を通して知ることができ、安心だ

  • 2階通路から相談室までを見通す。右奥の戸はトイレ。天井の高さを切り替えることで奥行きが生まれている

    2階通路から相談室までを見通す。右奥の戸はトイレ。天井の高さを切り替えることで奥行きが生まれている

  • 外観。内側から漏れた光が周囲を照らす。周辺は街灯が少なく、この明るさは地域の人々にとってありがたいだろう

    外観。内側から漏れた光が周囲を照らす。周辺は街灯が少なく、この明るさは地域の人々にとってありがたいだろう

  • 1階、浴室。「日常とは異なる体験をして癒されて帰って欲しい」というオーナー様の要望を実現した檜風呂。昼間に使用するため、ハイサイドライトから日射を取り入れ、より贅沢な時間を過ごしてもらえるよう環境を整えた

    1階、浴室。「日常とは異なる体験をして癒されて帰って欲しい」というオーナー様の要望を実現した檜風呂。昼間に使用するため、ハイサイドライトから日射を取り入れ、より贅沢な時間を過ごしてもらえるよう環境を整えた

間取り図

  • 付近見取図

  • 1階平面図

  • 2階平面図

  • 断面図

基本データ

作品名
道上のデイサービス
所在地
広島県福⼭市
敷地面積
294.98㎡
延床面積
195.54㎡