
コンパクトでも、豊かでのびやかな住み心地
シンプル平屋で安心快適シニアライフ
事情が変わったら柔軟に対応
安心できる建築家と、安心できる家をつくる
その市街地から少し離れた高台の住宅街に、こぢんまりと控えめに佇む平屋がある。切妻屋根のシンプルなデザインとゆったりかかった深い軒、無垢な白壁とナチュラルな木の風合い。派手さはないが造形、素材、色使いのバランスが絶妙で、上品なかわいらしさが印象的な家である。
建築家の酒井宏文さんが設計したこの「西春近の家」は、70代の施主さまが終の住処として建てた住宅だ。施主さまは長年、伊那市内の天竜川に近いエリアに住んでいたが「水害リスクを考えずにすむ場所でシニアライフを送りたい」と、住み替えを検討。相談を受けた酒井さんは土地探しから伴走し、川から離れた高台で、かつ、普段利用している商業施設などが大きく変わらない土地を見つけて家づくりがスタートした。
「施主さまの希望を受け、当初は茶道を楽しめる和室なども備えた2階建てで計画が進んでいました。けれど時期は折しもコロナ禍で、ウッドショックにより木材が高騰。予算内に収めるために施主さまと話し合いながらプランを練り直し、現在の平屋に落ち着きました」と酒井さん。
家づくりは計画から竣工までにそれなりの期間を要するため、計画当初は思いもよらなかったことが起きたりする。このケースではウッドショックがそうだったし、施主さまや、同居していたお母さまの体調変化などもあったという。
そんなとき、嫌な顔ひとつせずに事情に寄り添い、柔軟に対応してくれる酒井さんのスタンスはとても心強かったに違いない。酒井さんの建築はシンプルだけれどどことなくかわいくて、ホッと安心できるぬくもりがある。そうした作風と見事にリンクするような、温かな人柄を感じるエピソードだ。
キーワードは「安心感」
道路や隣家との間にワンクッション
その言葉通り「西春近の家」は、南の庭、玄関、寝室、水まわりなどのスペースがダイニングを囲んでいるレイアウト。ダイニングにいると道路に対しても隣家に対してもワンクッションとなる空間があり、守られているような感覚を得られる。
さらに、「同じ素材で囲われていると洞穴のようなこもり感が生まれ、安心感が増すので」と、ダイニングの内装は木材で統一。窓に覆いかぶさる軒も意図的に深く出し、徹底して「守られている感じ」をデザインした。
コンパクトでも抜群の開放感
白い雲と青空も、遠くの山々も満喫
いったいなぜ、こんなにものびやかなのか──。酒井さんに疑問をぶつけると、コンパクトでも開放感を生み出すいくつかの工夫を教えてくれた。
工夫の1つは高さが最大で4m近くある勾配天井だ。この天井高だけでも開放感が約束されるが、酒井さんは「施主さまは雲を眺めるのがお好きとのことだったので」と、天窓もプラス。生活の中で何気なく視線を上げれば雲が流れる空が見え、幸せな気持ちになる。
また、上だけでなく横への開放感も意識して、ダイニングは南の庭に向かって大きく開口。ワンルームのダイニングが単調な場所にならないように意図している。さらに、キッチンや寝室などにも外の景色を望む窓があるので、ダイニングにいるとどの方角を向いても家の外へと視線が抜け、空間の広がりを感じることができる。
こうしたタテヨコの開放感に加え内装も工夫して、ダイニングの天井、壁、床は木材で統一。一方、寝室など周囲の空間は白壁に。「内装でコントラストをつけると、奥行きが強調されるんです」と酒井さん。先述のように周囲の空間には景色を望む窓があるから、内装コントラストと窓の相乗効果で、横への開放感がいちだんとアップする。
最後にもう1つ、庭に面した濡れ縁、窓際のベンチなど、屋外と一体感のある多彩な居場所も開放的な心地よさの立役者として外せない。天井高、窓計画、内装、居場所──。床面積がコンパクトでも、これらの多層的な工夫でのびやかな居心地を実現した「西春近の家」は、酒井さんのセンスとテクニックを実感する住まいといえるだろう。
小さいけれど耐震・断熱はハイレベル
大人が本当に豊かに暮らせる家とは?
とはいえ、いずれは「西春近の家」に本格的に引っ越す予定は変わっていない。この家は水害リスクを避けた立地に加え、建築基準法の1.5倍の耐震性能があり災害対策は万全。断熱も国の基準をはるかに上回り(熱の逃げにくさが約2倍)、寒冷地の長野県でも通年快適。施主さまは、「今まで冬に寝るときは当たり前だった冬用のパジャマと羽毛布団だと暑すぎるくらいです」と嬉しそうに話してくださったそう。デザイン的にも丁寧につくられた品の良さを感じられ、「良いものを知っている大人」が穏やかに暮らしていくのにぴったりだ。
確かに広さという点ではミニマムでコンパクトだが、友人を招いてお茶や食事を楽しむには十分だ。むしろ、年月を経て1人暮らしや2人暮らしになり、大きな家や庭の手入れを負担に感じるシニア世代は少なくない。だとしたら安心快適に暮らせる小さな家に思い切って住み替えるのは、選択肢の1つとして大いに「あり」なのではないか。
仕事、家族、健康状態など、抱える事情は人によってさまざまだ。けれど無理なく切り盛りできる広さでありながら開放感と心地よさにあふれた「西春近の家」は、施主さまにとって現実的でちょうど良く、人生後半を豊かに過ごす家として理想的なことは間違いない。それは酒井さんが施主それぞれの想いや背景にとことん寄り添って熟考し、過不足のない等身大の住まいを提案してくれることのあかしでもある。
撮影者:SHUN FUKUDA
基本データ
| 作品名 | 西春近の家 |
|---|---|
| 所在地 | 長野県伊那市 |
| 敷地面積 | 456.69㎡ |
| 延床面積 | 59.35㎡ |
| 施主 | H邸 |
設計者情報
この建築家が建てた家
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