本棚のある階段で、ゆったり自分時間
ほどよい距離感が心地よい住まい

狭小敷地で「リビングを中心に、多彩なスペースで家族が思い思いに過ごせる家」という要望に応えた建築家の片山正樹さん。完成した家はのびやかな空間にさまざまな居場所があり、家族つかず離れずの距離感が心地いい。この家の魅力の源となった「階段を生活空間に取り込む設計」とは、どんなものなのだろうか?

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要望と敷地条件をかけ合わせ、
思いもよらないアイデアを生む

お子さまが小学校に上がるタイミングで家づくりを計画したMさまご夫妻。住まいに対する要望は、「子どもが自室に行くまでに家族とコミュニケーションできる動線」「家族の気配を感じながら、好きなことをしてくつろげる広いリビング」「書庫や畳スペースがあり、好きな場所で本を読んだり、ゴロゴロしたりできる家」というもの。ほか、駐車場も欲しいなどのリクエストもあったが、東京の住宅街にある敷地は約23坪で決して広いとはいえなかった。

設計を担当した片山正樹さんはいう。「お話を伺っていると、リビングを中心に、家族がつかず離れずの距離感で過ごせる住まいをお望みなのだろうな、と思いました。とはいえ、敷地は約20坪で平面的な広さに限界があります。そこでいろいろと試行錯誤した結果、中心に階段を置き、その周囲に広さ・高さの異なる居場所を配した家をご提案しました」

思いもよらなかったアイデアを提案されたMさまは「これいいねえ!」と喜んでくださり、さっそく家づくりが始まった。住まいに対し、「こうしたい」「ああしたい」と浮かんでくるさまざまな施主の希望を、片山さんは全て受け止めてくれる。そしてプロならではの発想で的確に解釈し、具現化してくれるのだ。

完成したM邸は玄関を入ると正面に階段があり、階段で上を見上げると3階天井まで見通せる吹抜けになっている。その階段から2階に上がると、左には外の景色を見ながらパソコン作業などができるワークスペース。右手にはタイルをあしらったかわいいキッチン。さらに右に進むと南の窓からたっぷりと光が入るリビング・ダイニングが広がる。ここで、くるっと後ろを振り返ると、リビング・ダイニングから数段上がった2.5階の畳スペース。その脇には、壁に大容量の本棚がつくられた3階への階段がのびている。

この設計のポイントを片山さんはこう話す。「まず、3階建てにして床面積や採光を確保するとともに、タテの開放感がある畳スペースや吹抜けなどで立体的な豊かさをつくり、広く感じられるようにしました」

そして何より片山さんは、3階建てに欠かせない階段を単なる通路にしなかった。このことが、後述するM邸独自の魅力を生んだのだ。
  • 南から見たM邸。3方向に隣家が迫るが、タテの空間を活かす設計と的確な窓計画で、邸内は開放感たっぷり

    南から見たM邸。3方向に隣家が迫るが、タテの空間を活かす設計と的確な窓計画で、邸内は開放感たっぷり

  • 玄関を入ると、自転車なども置ける広い土間がお出迎え。写真左は大容量のシューズクローゼット

    玄関を入ると、自転車なども置ける広い土間がお出迎え。写真左は大容量のシューズクローゼット

階段をのぼると次々現れる多彩な居場所。
のびやかな「家族つかず離れず」の空間

では、M邸の階段はどのような魅力を生み出したのだろうか? まず1つ目の魅力は、「家族の自然なコミュニケーション」。階段はらせん状に3階まで続いており、1階から、子ども室のある3階までのぼっていくと、周囲に次から次へと多彩な居場所が現れる。この造りは「通路を歩いていたら、好きな場所で好きなことをしている家族の近くを通る」状態をつくり出し、「つかず離れずの距離感」「子どもが家族の顔を見て自室に入る」というMさまの要望を見事にクリアしている。

2つ目は「空間の広がりと明るさ」だ。吹抜けの階段はのびやかな開放感をもたらし、3階天井のトップライトから入る光を広範囲に届ける役割も果たす。また、3階への階段は2階のリビング・ダイニングと一体感があり、2階全体をより広く感じさせる効果もある。これは、階段室として独立させないことで生活空間を広くする好例といえる。

そして階段が生んだ魅力の3つ目は、何といっても「楽しい居場所の創出」だろう。片山さんは、ゆっくりと本を手に取ったり座り込んだりしやすいよう、本棚に沿った3階への階段をゆるやかな傾斜で設計した。ここに座るとリビングや畳スペースも見渡せて、ステージから家の中を眺めるようなワクワク感もある。本来なら通路であるはずの階段そのものが、家族とほどよい距離感で自分の時間を楽しめる立派な居場所になったのだ。
  • 2階のリビング・ダイニングは、本棚のある階段との一体感も十分。階段は座り心地もよく、住空間として活躍する。手前の階段を数段のぼった左手は畳スペース。リビング・ダイニングより少し高くしたことで空間の立体的な広がりが生まれ、ほどよい距離感の居場所になった

    2階のリビング・ダイニングは、本棚のある階段との一体感も十分。階段は座り心地もよく、住空間として活躍する。手前の階段を数段のぼった左手は畳スペース。リビング・ダイニングより少し高くしたことで空間の立体的な広がりが生まれ、ほどよい距離感の居場所になった

  • 畳スペースからの眺め。LDKも3階への階段も見渡せる。ステンドグラスが入った右の白壁は3階の子ども室

    畳スペースからの眺め。LDKも3階への階段も見渡せる。ステンドグラスが入った右の白壁は3階の子ども室

収納、採光、通風もパーフェクト。
施主に寄り添う設計で大満足の住まいに

階段をはじめ、立体的な工夫でスペースを有効活用し、生活の利便性を高めているのもM邸の特徴だ。例えば、「高さの違い」を活用した収納。玄関には大きなシューズクローゼットがあるが、そのほかに1階から2階への階段下を活用した収納スペースも確保。リビング・ダイニングから数段上がった畳スペースも大きな床下収納があり、普段使わない季節アイテムなどをしまっておける。

生活しやすさという点では、住まいに欠かせない「採光・通風」と、心地よさを生む「視線の抜け」への配慮にも余念がない。住宅街に立つM邸は道路に面した西以外の3方向に隣家がある。しかし南の隣家は平屋のため、片山さんは主な住空間を2階以上に配して南にバルコニーをつくり、そこからたっぷり光が入るように設計した。かつ、隣家の窓と相対しない単独窓もあちこちに設け、3階には吹抜けを介して光を届けるハイサイドの連続窓を設置。それぞれの居場所から屋外を眺められるようにするとともに、光と風がスムーズに行き渡る気持ちのよい空間をつくり上げた。

おそらく、片山さんに初めて相談したときは、Mさまはこのような造りの家を全く想像していなかっただろう。また多くの場合、内装素材や設備・建具の仕様といった細部について、最初から施主が具体的な要望をもっていることは少ない。たいていは家づくりを進める中で知識を得て、コストにも配慮しながら決めていく。

片山さんは設計や施工の過程で対話を重ね、要望とコストのバランスを取りながらしっかりと施主に寄り添ってくれる建築家だ。そして施主の意をくみ取る想像力と設計スキルをかけ合わせ、期待をはるかに超える素敵な住まいを提案してくれる。「工事中の見学も大歓迎ですよ。大切な家づくりですから、プロセスも楽しんでただければ」と片山さん。どこをどう切り取ってもごまかしのない、施主ファーストな片山さんらしい言葉だ。
  • 3階から真下を見ると1階まで見える。写真奥に見えるバルコニーは、LDKにも畳スペースにも光を届ける

    3階から真下を見ると1階まで見える。写真奥に見えるバルコニーは、LDKにも畳スペースにも光を届ける

  • 3階から階下を見る。吹抜け階段の上部にはトップライトを設置。空気を循環させるシーリングファンもある

    3階から階下を見る。吹抜け階段の上部にはトップライトを設置。空気を循環させるシーリングファンもある

撮影:西川公朗

間取り図

  • 1F間取り図

  • 2F間取り図

  • 3F間取り図

基本データ

施主
M邸
所在地
東京都三鷹市
家族構成
夫婦+子供1人
敷地面積
77.13㎡
延床面積
91.44㎡
予 算
2000万円台