田畑と古民家が立ち並ぶ町に
高級ブランドの要塞

家づくりにおける施主の要望は、時に曖昧だったりするもの。施主の心の中にあるイメージや真意を、いかに汲み取りカタチにするかが、建築家の腕の見せどころでもある。そんな難しい命題に、施主とじっくり対話をすることで上手に汲み取り、想像以上の家に仕上げる建築家がいる。やまぐち建築設計室の山口哲央さん。顧客から絶大な信頼を得る山口さんの仕事の秘訣とは。

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じっくり時間をかけた対話で
施主のもつイメージを具現化

万葉の時代をしのばせる大和三山の麓、藤原京跡をはじめとした歴史ある町、奈良県橿原市。そこかしこに田畑や、古い日本家屋が点在する町のランドマークとしてどっしりと鎮座している建物がある。ブラウンをベースとしたシックな外壁、要塞を思わせる重厚感は見るものを圧倒するかのよう。この建物をつくったのは、奈良県を中心に数多くの住宅を手掛け、関西を代表する建築家の1人、山口さん。

ご夫婦共に仕事をもち、来客も多い施主のYさんご夫妻。「お客様をおもてなしできる家」を建てたいと思っていたところ、山口さんの仕事ぶりを知る友人に「良い家をつくる人がいる」と紹介されたのだという。

Yさんご夫妻からのリクエストは、家らしくない「要塞のような建物」にしたいということと、「某海外有名ブランドのテイスト」にしたいということ。Yさんご夫妻の心の中には、しっかりとしたイメージがあるのかもしれないが、それを形にする側としては、わかるようで、わからない曖昧さを含んでいる要望だ。

それを山口さんは、正しく理解・解釈し、見事に具現化させてみせた。山口さんは、「住まい手目線に立つ」ということを大切にしている。そして対話を通じ、顧客が思っていること・叶えたいことを丁寧に探っていくという手法をとる。ときには設計を始めるまでに1年もかけることもあるのだとか。Yさん邸の設計においても、対話と、共に時間を重ねることでYさんご夫妻のツボを掴んでいったのだという。

山口さんがとった手法の1つが建物の形の工夫。屋根の形や傾斜を工夫し一般的な家のものとは一線を画した形状とした。また、建物の本体や窓は直線で構成し、開口部もあえて大きくはとらなかった。そうすることで、家っぽさやその先に感じる生活感を排除し、「堅牢な壁で守られている感じ」を演出した。

そして何より、ブランド感をもたらしたのは外壁の色。濃いブラウンを基調とした外壁のタイルは、色味の異なる3種類を組み合わせて、立体感も出した。山口さんはこの外壁を選ぶ際、タイルメーカーのショールームまで足を運び、タイルのサンプルを見ながらスタッフと「どのタイルが一番このブランドっぽく感じるか」を議論して決めていったのだという。

家づくりにおいて、キッチンを選ぶ、ドアを選ぶ、そして家具をといった、何かを選ぶ際は、たいてい自分がおすすめするものを提案するか、施主自身でカタログやショールームで選んでもらうことが通常だ。しかし山口さんは、施主とともにショールームを訪れるという労をいとわない。実際に直接福井県の越前まで足を運び、和紙を吟味することもある。

「お客様は、カタログだけでは、仕上がりをイメージすることはとても難しいです。ですのでショールームに同行することがほとんどです。商品を提供するメーカーとは異なる視点、建築全体を考えた俯瞰的な視点で『仕上がりは、もっとこんな感じになるはずですよ』といった感じでアドバイスをするんです」

こうして顧客に寄り添い、プロ目線でアドバイスをすることで、顧客が思っていたとおり以上の家が実現されるのだ。
  • 威厳と風格ある外観は、「要塞のような建物」というリクエストに応えたもの

    威厳と風格ある外観は、「要塞のような建物」というリクエストに応えたもの

  • 複雑な屋根の形状をもち、一見すると住宅とは思えない外観は、周囲のランドマークとなっている

    複雑な屋根の形状をもち、一見すると住宅とは思えない外観は、周囲のランドマークとなっている

  • 広々とした玄関。それぞれ色や模様の違った木を組み合わせて作ったオブジェが、お客様をお出迎え

    広々とした玄関。それぞれ色や模様の違った木を組み合わせて作ったオブジェが、お客様をお出迎え

  • 広々としたリビング。天井を掘り上げ、梁を現しとすることで、空間の広がりを演出。

    広々としたリビング。天井を掘り上げ、梁を現しとすることで、空間の広がりを演出。

  • キッチンは、料理をしながらもダイニングやリビングにも目を配れるオープンタイプ。オーダー家具のテーブルが床の質感とマッチ

    キッチンは、料理をしながらもダイニングやリビングにも目を配れるオープンタイプ。オーダー家具のテーブルが床の質感とマッチ

  • ダイニングテーブルの上には、5色のルイスポールセンのペンダントライトで食事を楽しく

    ダイニングテーブルの上には、5色のルイスポールセンのペンダントライトで食事を楽しく

随所にみられる手のこんだ意匠が生む
落ち着きと上品さを兼ね備えた和モダン

それでは、邸内に目を移そう。広々とした玄関に入ると、色や形状が違った木を組み合わせたオブジェに目が行く。この目がいく場所「フォーカルポイント」は、空間の奥行きを感じさせるのに役立つという。またこの壁の向こう側は2階へと続く階段となっているのだが、壁の一部が切り取られそこに縦格子がはめ込まれている。この部分は機能的に必要なものではない。むしろそのまま壁にしてしまうほうがコスト的にも安上がりなはずだ。そこをあえて山口さんは格子を入れた。それは、この格子を通して2階からの光を玄関に導くため。その光は、時間の変化とともに景色を変えてくれる。

この家には、こういった手のこんだ意匠がいくつも存在し、上質な空間づくりに寄与している。リビングやダイニングの天井もその1つ。天井をあえて掘り上げて一段高くしている。これにより天井高が高くなり、空間の広がりをもたせた。そればかりか、高くなった部分に間接照明を仕込むことで部屋全体を優しく照らしているのだ。

リビングやダイニングも、ブランドをイメージさせる濃いブラウンを基調とした、落ち着いた空間。そんな中、ダイニングテーブルの上には、5色のポップなペンダントライト。インテリア好きに大人気のルイスポールセンのドゥーアップを選んだ。これは、落ち着いたラグジュアリーな空間の中でも、「食事のときは楽しい気持ちになってほしい」という山口さんのアイデア。家中すべて、高級ブランドのテイストで「キメキメ」にするのではなく、どこかしらに抜け感を演出したということもあるのだろう。完璧すぎる空間は、ずっといると窮屈さを感じてしまうことがある。ここは店舗や美術館ではない。寛ぎの場であり、団らんの場でもあるのだ。山口さんのそのバランス感覚は見事というしかない。

こうして「要塞感」「ブランドのイメージ」を体現した出来栄えにYさんご夫妻も大満足のご様子。
「お客さんが『おおーすごい』って。評判ええわ」とYさん。
自慢の家を、他の人が褒めてくれることほど、うれしいものはないだろう。


実はこの家、2階にもリビングがあり、キッチンが存在する。とはいえ2世帯住宅ではない。同居するご子息が、自由な生活が送れるようにとのことだが、将来的には2世帯とすることも視野に入れての仕様。これも、山口さんがYさんご夫妻との対話を通じて感じた、Yさん家族にとっての最適解なのだ。

山口さんはこの家を「暮らしとともに、めでる家」と名づけた。めでるの「め」にはいくつもの意味がある。家を愛するという意味での「愛でる」。驚きで目を見開く「目出る」。そして、今後ますます伸びていく家という意味の「芽出る」。

Yさんご家族は、これからもこの家とともに「めがで続ける」に違いない。
  • 琉球畳や壁の木質が美しい和室。ステンドグラスで洋の要素も取り込んだ

    琉球畳や壁の木質が美しい和室。ステンドグラスで洋の要素も取り込んだ

  • リビング横のスペースには、トレーニングマシンを設置。いつでも気軽にトレーニングができる

    リビング横のスペースには、トレーニングマシンを設置。いつでも気軽にトレーニングができる

  • お客様も使用するトイレは、住宅ではあまり使わないモザイクタイルを取り入れ、ホテルライクなテイストに

    お客様も使用するトイレは、住宅ではあまり使わないモザイクタイルを取り入れ、ホテルライクなテイストに

  • 廊下の先のマドにはステンドグラス。車好きのYさんが好きな車をあしらう遊び心も

    廊下の先のマドにはステンドグラス。車好きのYさんが好きな車をあしらう遊び心も

撮影:西村仁見

基本データ

作品名
暮らしと共に「め・で・る」家
施主
Y邸
所在地
奈良県橿原市
家族構成
夫婦+子供1人
敷地面積
1558.95㎡
延床面積
464.21㎡
予 算
1億円台