洗練の中に温かなノスタルジー。
和の魅力を再発見する「現代和モダン」な家

和モダンと表現される家は多いが、山上聖司さんが設計したI邸は、よくある和モダンとは一線を画す本物志向の「現代和モダン」。確かな知見で日本建築の魅力をバランスよく取り入れたI邸は、真に上質な空間に住まう幸せを感じさせてくれる住宅だ。

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かつての街並みを彷彿とさせる、
和の情緒豊かな現代建築

再開発事業により、木造家屋が密集していた街並みから落ち着いた住宅街へと生まれ変わった広島市・段原地区。その一角に立つI邸は高級感あふれる佇まいながら、どことなく懐かしさも感じさせる住宅だ。

施主のIさまご夫妻が望んでいたのは、「和テイストをふんだんに取り入れた、洗練された現代建築」。Iさまは段原地区で幼少期を過ごしており、この地に自邸を建てるにあたり、子どもの頃に見ていたレトロな街並みを彷彿とさせる家にしたいと考えていた。

設計を担当した『山上聖司建築設計室』の山上聖司さんは、洗練されたモダンな作風に多くのファンがいる建築家だ。一方で、大手ゼネコンなどでさまざまな設計にかかわってきた経歴をもち、工法、構造、デザインテイストの守備範囲も広い。I邸でも豊富な実績で得たノウハウを活かし、日本の建築美とモダンな意匠が調和する「現代和モダン」といえる住宅をつくり上げた。

「Iさまは、仕事をがんばってきたあかしとして家を建て、ご夫妻と愛猫でのんびり暮らす終の住まいにしたいとおっしゃっていました。その思いに真摯に応えたいという気持ちが強かったですね」と話す山上さん。Iさまの意向に沿ってつくられた山上さん流の「現代和モダン」はどのようなものなのか、魅力をご紹介していこう。
  • 黒いガルバリウム鋼板でつくられた立体的な屋根と、木、塗り壁、コンクリート打ち放しをバランスよく組み合わせた「現代和モダン」な外観。洗練されているが近寄りがたさはなく、どことなく郷愁をおぼえる温かみもある

    黒いガルバリウム鋼板でつくられた立体的な屋根と、木、塗り壁、コンクリート打ち放しをバランスよく組み合わせた「現代和モダン」な外観。洗練されているが近寄りがたさはなく、どことなく郷愁をおぼえる温かみもある

  • エントランス部の床は白目地の黒いピンコロ石。ラフな雰囲気があり、洗練された外観にノスタルジックな魅力を添える。写真手前はガレージ兼倉庫への扉。レトロな取っ手を用いて上下に鉄鋲を打ち、モダンな和のデザインに。その奥の木製引き戸を開けると中庭。その左奥が玄関

    エントランス部の床は白目地の黒いピンコロ石。ラフな雰囲気があり、洗練された外観にノスタルジックな魅力を添える。写真手前はガレージ兼倉庫への扉。レトロな取っ手を用いて上下に鉄鋲を打ち、モダンな和のデザインに。その奥の木製引き戸を開けると中庭。その左奥が玄関

  • 上方から見たI邸。起伏が美しい数寄屋風の屋根が和の雰囲気を醸す。写真右側のコンクリート打ち放し部分はご主人が趣味の車整備を楽しむガレージ兼倉庫。屋上は人口芝で緑化されており、青空の下でバーベキューなどができる

    上方から見たI邸。起伏が美しい数寄屋風の屋根が和の雰囲気を醸す。写真右側のコンクリート打ち放し部分はご主人が趣味の車整備を楽しむガレージ兼倉庫。屋上は人口芝で緑化されており、青空の下でバーベキューなどができる

日本の建築美が光るモダンな外観。
中庭のある邸内はくつろぎの別世界

I邸は外観からして、「現代和モダン」を感じられる家だ。I邸が立つ角地に行くと、木造平屋住宅とRC造のガレージ兼倉庫の2棟が並び、塗り壁・木・コンクリート打ち放しの洗練された外観が目に飛び込む。

和の印象を強めているのは、軒の部分で段を分けた墨色の2段屋根。山上さんは耐久性を考慮し、屋根の素材は近代的なガルバリウム鋼板を使用。しかし形状は数寄屋をイメージし、2段の屋根の葺き方に変化をつけて日本建築ならではの美しさを表現した。

また、ヨーロッパ建築によく見られるドーマー窓を設けつつ、窓枠は和を感じさせる木製に。玄関前の床は和洋どちらにも合い、親しみも湧くピンコロ石……というように、和と洋、適度なラフさを絶妙なバランスで組み合わせ、見る人を惹きつけるモダンなデザインに仕上げている。

邸内も、和と洋が調和する上品な空間だ。ゆったりとした玄関土間の床は昔ながらの三和土で仕上げたが、間接照明でモダンな雰囲気もプラス。正面には、和室につながる躙り口。この躙り口で和室に出入りするわけではないものの、洒落た遊び心が楽しい。

中庭に面した開放的なLDKはロフトがあり、天井高は最大約4.5m。内装には国産の自然素材を多用し、大黒柱と天井はヒノキ、梁は地松、床は無垢のホワイトオーク、壁は珪藻土。窓は木製サッシで、一角には太鼓張りの障子で仕切った和室もある。一方、キッチンはタイルやステンレスを使った現代的なデザインで、空間の素敵なアクセントになっている。

そして中庭に視線を移すと、濡れ縁を思わせるウッドテラス。テラスはヒノキを張った深い軒に覆われており、高級旅館の一室のよう。シマトネリコがそびえる中庭は木製引き戸とコンクリート壁で囲われ、街の喧騒を感じない。穏やかな時間が流れる別世界のような心地よさに、ここが広島の市街地であることを忘れてしまう。

完成した住まいをIさまは大変気に入ってくださり、「幼少期に住んでいた頃とは街も人も変わりましたが、段原という土地に対するノスタルジックな思いがよみがえりました」との言葉をいただいたという。

山上さんは要望を丁寧にくみ取り、プランニングにじっくり時間をかけてくれる建築家だ。どんな希望も親身に寄り添ってくれるから、言葉にしづらいイメージが形になった満足度の高い家ができあがる。だからこそ「郷愁を誘う趣のある住まいで永くのんびり暮らしたい」というIさまの思いも、見事にかなえられたのだ。
  • 数寄屋をイメージした屋根は、平部と軒の2段に分かれている。平部の屋根の厚みを引き継がずにすむので軒を薄くデザインでき、シャープな印象。2段の屋根は段ごとに葺き方を変え表情豊かに仕上げている

    数寄屋をイメージした屋根は、平部と軒の2段に分かれている。平部の屋根の厚みを引き継がずにすむので軒を薄くデザインでき、シャープな印象。2段の屋根は段ごとに葺き方を変え表情豊かに仕上げている

  • 玄関前は道路側(写真左)をコンクリート壁で覆い、プライバシーを確保。中庭側(写真右)のコンクリート壁は型枠に杉板を使用することにより現れる柔らかな木目が自然のニュアンスとともに高級感を演出

    玄関前は道路側(写真左)をコンクリート壁で覆い、プライバシーを確保。中庭側(写真右)のコンクリート壁は型枠に杉板を使用することにより現れる柔らかな木目が自然のニュアンスとともに高級感を演出

  • LDKの入口からの眺め。開放感あふれるLDKは、天井高が最大4.5m。大黒柱と天井はヒノキ、梁は地松、床は無垢のホワイトオーク、壁は珪藻土、窓は木製サッシ。上質な自然素材の風合いが和の風情と高級感をもたらす

    LDKの入口からの眺め。開放感あふれるLDKは、天井高が最大4.5m。大黒柱と天井はヒノキ、梁は地松、床は無垢のホワイトオーク、壁は珪藻土、窓は木製サッシ。上質な自然素材の風合いが和の風情と高級感をもたらす

  • LDKから玄関方向を見る。写真右奥の一角が和室。写真右の上部はロフト。写真左の中庭側はウッドテラスに続く大開口のほか上部にドーマー窓もあり、ここから入る光や風がロフトに設けた窓へ気持ちよく通る

    LDKから玄関方向を見る。写真右奥の一角が和室。写真右の上部はロフト。写真左の中庭側はウッドテラスに続く大開口のほか上部にドーマー窓もあり、ここから入る光や風がロフトに設けた窓へ気持ちよく通る

  • 中庭にはシマトネリコがそびえ、みずみずしい緑が目を楽しませる。木製サッシで仕切ったウッドテラスとLDKは段差がなく、中庭と邸内の一体感が高い。軒天にヒノキを張った深い軒は和の風情たっぷり。直射を遮り、近隣の高層マンションからの視線をカットする役割も果たす

    中庭にはシマトネリコがそびえ、みずみずしい緑が目を楽しませる。木製サッシで仕切ったウッドテラスとLDKは段差がなく、中庭と邸内の一体感が高い。軒天にヒノキを張った深い軒は和の風情たっぷり。直射を遮り、近隣の高層マンションからの視線をカットする役割も果たす

先端技術と先人の知恵が共存。
現代の暮らしにフィットする住まい

「現代和モダン」な空間が魅力のI邸だが、生活の場としての快適性も考え抜かれている。

例えば動線。中庭との一体感を高めるウッドテラスは、通路としても大活躍。車の整備が趣味というIさまがガレージ兼倉庫に行く際、玄関から外に出なくてもウッドテラスを通って行くことができるのだ。またキッチンは洗面・浴室のすぐそばで、家事動線もとてもよい。

熱環境への配慮も厚い。空調はビルトインの冷暖房システムで、エアコンが見えないすっきりしたインテリアと快適性を両立。室温を一定に保ちながら換気する全熱交換型の換気システムも導入され、きれいな空気で気持ちよく暮らせる住まいとなった。

熱環境でいうと、中庭側の深い軒は夏の直射を遮り冬の低い日差しを採り込むパッシブデザインでもある。同時に、周囲の高層マンションの上層階からの視線もカット。建築として美しいデザインに、生活のリアルに応える性能をしっかり入れ込んだ山上さんの手腕がよくわかる。

I邸について「日本建築のよさを実感する機会になり、とても楽しかったですね」と振り返る山上さん。

直射を和らげる深い軒のように、伝統的な日本建築には日本の気候風土に合わせた先人の知恵や工夫が詰まっている。そこに、高層マンションからのプライバシー確保など、現代の暮らしにフィットする機能を加えてデザインも整える。山上さんがそうしてつくり上げたI邸は、日本建築、ひいては日本文化の魅力を再発見する家づくりの指標になりそうだ。
  • 和室は間接照明を効果的に使い、日本建築の簡素な美しさを豊かに表現

    和室は間接照明を効果的に使い、日本建築の簡素な美しさを豊かに表現

  • LDK上部のロフトは普段使わないものの収納などに便利。中庭側(写真左)から入る光や風が抜けるよう、窓も設けている

    LDK上部のロフトは普段使わないものの収納などに便利。中庭側(写真左)から入る光や風が抜けるよう、窓も設けている

  • I邸の住宅部は中庭を囲むL字型。写真正面がLDK、右側が寝室。どちらも中庭に面し、屋外とのつながりを感じられる気持ちのよい空間

    I邸の住宅部は中庭を囲むL字型。写真正面がLDK、右側が寝室。どちらも中庭に面し、屋外とのつながりを感じられる気持ちのよい空間

撮影:スタジオ・イルカ

間取り図

  • 1F 間取り図

  • 2F間取り図

基本データ

作品名
段原南の家
施主
I邸
所在地
広島県広島市
家族構成
夫婦+猫
敷地面積
238.1㎡
延床面積
177.86㎡
予 算
5000万円台