玄関を省き、靴のままで出入り自由。
まるで自然の中のような暮らし心地の家

将来は夫婦2人で暮らすための、小さな、倉庫のような家を建てたいと依頼を受けた建築家の中野さん。ライフスタイルが確立しているご一家に合わせ、自由にオープンに暮らせる住まいにしたいと計画。完成したのは、ダイニングまで土足で出入りできる、玄関のない家だ。

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風や光、水の気配が近くに感じられる
シンプルなデザインの家

福岡県福津市、海までもうすぐという場所に「川沿いの家」はある。お施主さまのHご夫妻は現在40代。お2人のお子さまも10代半ばとなり、将来夫婦2人で暮らすことを見据えての家づくりがしたいとお考えだった。

新たにこの土地を購入された理由は、ご夫妻ともにサーフィンやフラダンスなど海に関することがご趣味だったからだという。満潮時には海の香りも感じられる、ご家族にとってうってつけの場所。ご依頼を受けた中野晋治建築研究室の中野晋治さんは、自然を愛するご一家のため、すぐ横を流れる川を十分に満喫できるようにしたいと考えた。

お子さまの独立後を考慮して家の規模は最小限に、また2回目の家づくりということもあり予算を抑えたいとのご希望から、シンプルな横長の家を川沿いに配置することに決めた。周囲の家と比べて川に近くなったのは、道路ではなく川を拠り所としたからだ。「道路は区画整理などで将来道筋が変わる可能性もありますが、川の流れはそうそう変わりませんから」と中野さん。環境に敬意を払い、川と共存する姿勢を現している。

もちろん家は川に向かって大きく開口した。同じく家の道路側も開放できるように窓や建具を計画し、両側を開けておけば川からの風や音が家の中を抜ける。水が流れる気配を感じながら生活できるのは、川と家の距離が近いからこそだ。

「不思議なことに、この土地が更地だったときよりもこの家が建った後のほうが、川の雰囲気や周囲の環境がより親密に感じられるようになったんです」と中野さんは言う。「川沿いの家」は、自然環境に没入するように暮らしたいとお考えだったHさまにとって、望み通りの家であることは間違いない。

  • 川から家を眺める。道路ではなく川を基準に家を配置したため、周辺の家と比べて川と家の距離が近い。おかげで、水が流れる気配を感じたり、川からの風を余すことなく家に取り入れたりと環境を生かし切ることができた

    川から家を眺める。道路ではなく川を基準に家を配置したため、周辺の家と比べて川と家の距離が近い。おかげで、水が流れる気配を感じたり、川からの風を余すことなく家に取り入れたりと環境を生かし切ることができた

  • 道路から家を見る。道路側のテラスは川の流れを思わせる円形で計画。円形は、どの方向からも人が集まって来やすいという利点もある。ポリカーボネート板の向こうはサンルーム。アルミサッシの部分にはダイニングがあり、サンルームと合わせて大きく開口できる

    道路から家を見る。道路側のテラスは川の流れを思わせる円形で計画。円形は、どの方向からも人が集まって来やすいという利点もある。ポリカーボネート板の向こうはサンルーム。アルミサッシの部分にはダイニングがあり、サンルームと合わせて大きく開口できる

  • 道路側のテラスからサンルームを見る。ポリカーボネート板はすべて外に向かって開けられる。ダイニングとの仕切りはガラスが入ったサッシやカーテンで。状況に応じて一続きの大きな空間にしたり、サッシを閉めて風除室としたりとフレキシブルに使用できる

    道路側のテラスからサンルームを見る。ポリカーボネート板はすべて外に向かって開けられる。ダイニングとの仕切りはガラスが入ったサッシやカーテンで。状況に応じて一続きの大きな空間にしたり、サッシを閉めて風除室としたりとフレキシブルに使用できる

玄関をあえて設けず、どこからでも
出入り自由のダイニング

この家で叶えたいライフスタイルと同じように、家のデザインについても明確なイメージをお持ちだったHさま夫妻。「倉庫のような家にしたい」という要望に、外観はガルバリウム鋼板を基本にした外壁で応えた。

子供のころ海の近くで育った中野さんは、倉庫や漁師小屋が並ぶ風景の記憶からイメージしたのだそうだ。それにプラスしてガルバリウム鋼板と波幅が同じポリカーボネート板を一部に使用したり、建具の上を横のラインで繋いだり、軒のディテールにこだわったりと、そっけなさすぎない、魅力が感じられる建物にしている。

室内はLDKをワンルームのように配置し、サンルームやロフトを付随させた。サンルームの外部と繋がる部分は、光を通すポリカーボネート板の建具を採用。ダイニングとの仕切りはガラス窓のサッシを入れた。夏はサッシを閉め風除室のように使い、冬はサッシを開けて家に暖気を入れるなど季節に合わせて家の快適性を高める役割も持たせている。

ユニークなのは、サンルームだけでなく隣接するダイニングやキッチンまでも土間空間であること。さらに、この家には玄関がないということだ。

これは「オープンに、自由に暮らしたい」「土足で生活したい」という要望を叶えるための選択だったという。玄関をあえて設けず、そのうえ土足で過ごせるエリアを広げたことで、家のどこからでも出入りが可能となった。たとえば川側のテラスから入って、ダイニングから外へ出てもいいだろう。「光や風と同じように、人も家を通り抜けられるのです」と中野さんは語る。

サンルームの建具を外側への観音開きとしたことにも理由がある。道路側の角の建具を開けるとそれが壁の役割を果たし、合流する幹線道路からの視線を遮ることができるのだ。こうして、プライバシーはしっかりと守りながら開放的に暮らすことを実現した。

サーフィンに海へ向かう人が歩いて通ることも多いという、川沿いの家の前の道路。この道路側のテラスはどこからでもアクセスしやすい円形のデザインとし、ちょっと座って休憩するのにもちょうどいい高さで計画。テラスからサンルーム、ダイニングまでがひとつとなり、土足のまま行き来ができるため、人が招きやすいとHさまも喜ばれているという。

一方、ダイニングの隣のリビングには、靴を脱いで上がる。このワンステップで緩やかに空間が仕切られ、意識的にはひとつの空間になっているものの、お客さまがリビングに上がることはほとんどない。リビングの奥には寝室があるが、家族以外は立ち入らないプライベート空間として守られている。
  • ダイニングからリビング(左)、川側のテラスまでを見る。来客は土間部分奥にあるトイレにも靴を脱がずに行けるため、基本的にリビングには上がらない。開放的な空間でありながら段差によって感覚的に仕切られ、プライバシーが確保された。川側のテラスでは夕涼みも満喫できる

    ダイニングからリビング(左)、川側のテラスまでを見る。来客は土間部分奥にあるトイレにも靴を脱がずに行けるため、基本的にリビングには上がらない。開放的な空間でありながら段差によって感覚的に仕切られ、プライバシーが確保された。川側のテラスでは夕涼みも満喫できる

  • 建具のストッパーには、フランス落としを取り入れた。「カチャンという音も含めて、アナログな感じがHさまのライフスタイルに合うと思いました」と中野さん

    建具のストッパーには、フランス落としを取り入れた。「カチャンという音も含めて、アナログな感じがHさまのライフスタイルに合うと思いました」と中野さん

  • 右にテラス、左奥サンルーム、左手前ダイニング。玄関がなく、テラスからダイニングまでを土間空間にしたことで、どこからでも家の中に出入りできるようになった

    右にテラス、左奥サンルーム、左手前ダイニング。玄関がなく、テラスからダイニングまでを土間空間にしたことで、どこからでも家の中に出入りできるようになった

  • インテリアが整えられた後の、水回りへ続く土間空間と川側のテラス。人が集まる、くつろぎの場となった

    インテリアが整えられた後の、水回りへ続く土間空間と川側のテラス。人が集まる、くつろぎの場となった

収納も、居場所づくりも思いのままに
ライフスタイルに合わせてカスタマイズ

自由に、というコンセプトはインテリアにも反映されている。何よりも思い通りにカスタマイズできる下地をつくるべきだとの思いから、室内は極力シンプルに整えた。

天井や壁は、ネジや釘が使いやすいベニヤ板を採用。照明も、模様替えなどその時々のスタイルや配置に合わせて梁の上に設けた端子から自由自在に設置できるように計画した。

LDKのほかにサンルーム、寝室やロフトもあるが、家族4人で暮らすには個室が少ないのでは? と感じるかもしれない。しかし、それもHさま一家が住まう家だからこそだ。「リビング、ダイニング、と便宜上うたってはいますが、役割を決めているわけではないんです」と中野さん。

リビングで寝ることもあれば、ロフトに上がって勉強することもあるという。個室は少ないが居場所はたくさんある、というわけだ。そもそも「子どもが独立した後に、夫婦2人で自由に暮らす家が建てたい」と始まった家づくり。家を自由に使って生活するというコンセプトを実現しているのはもちろん、お子さまが独立して夫婦2人の生活になったあとも家ががらんとすることはないだろう。

Hさまご一家からは「この家に住むようになってから、趣味のキャンプに行く必要を感じなくなった」と大満足の感想をいただいたのだそうだ。それは、環境に溶け込み、風や光、水、自然を感じながら自由に暮らしたいという願いを中野さんが的確に理解し、プラスアルファの提案をしつつ、よりよい方法で叶えたからにほかならない。
  • 外部に向けて開け放つこともあるサンルームは、見せる収納を意識。ロフトまで余すことなく活用している

    外部に向けて開け放つこともあるサンルームは、見せる収納を意識。ロフトまで余すことなく活用している

  • リビングからダイニング、キッチン、サンルームを見る。自由に空間がカスタマイズできるよう、壁や天井は釘やネジが使いやすいベニヤ板とした。梁の上に端子が取り付けられ、コードを延長するなどして照明も自由に配置できる。キッチンはタフさを重視し、ステンレスのものを入れた

    リビングからダイニング、キッチン、サンルームを見る。自由に空間がカスタマイズできるよう、壁や天井は釘やネジが使いやすいベニヤ板とした。梁の上に端子が取り付けられ、コードを延長するなどして照明も自由に配置できる。キッチンはタフさを重視し、ステンレスのものを入れた

撮影:八代写真事務所(YASHIRO PHOTO OFFICE)

間取り図

基本データ

作品名
川沿いの家
施主
Hさま
所在地
福岡県福津市
家族構成
夫婦+子供2人
間取り
1LDK + サンルーム + ロフト
敷地面積
230.5㎡
延床面積
74.53㎡
予 算
〜2000万円台