遠くに見える山並みとも調和した
おおらかな大屋根の3世帯住宅

高知と徳島の県境にまたがる高知県の最高峰・三嶺。標高1894mのその頂へと連なった峰々を仰ぎ見る山間の集落の一角に「大栃の家」は立つ。地域の環境とも馴染むように佇むこの家の設計を手掛けたのは、水野淳一建築設計事務所の水野良太さんだ。

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周囲の山並みをリンクする
美しい大屋根の3世帯住宅

「ここから見える山並みがとても綺麗で、その山並みにリンクするような形の大きな屋根があると面白いんじゃないかなというのが最初に浮かんだイメージです」と水野さん。家を玄関側から眺めると大屋根の妻面が正面となり、あたかも2つの山が重なったように見える。奥に見える山並みとも調和した美しい佇まいが印象的だ。

その大きな屋根の下で暮らすのは、施主のM様夫妻とお母様、お姉様の3世帯。もともと敷地には3棟立っていたが、M様が故郷へUターンすること機に建て替え、大きな1棟で同居することになったという。建て替えにあたって施主の一番の希望は「3世帯のプライバシーを守りながら、リビングなどの集まる場所が欲しい」ということだった。「あとは『薪ストーブが欲しい、SUPがしたい、家庭菜園がやりたい、木の家がいい』というくらいで、こちらの提案についても快く受け入れていただきました」と振り返る。

水野さんが提案したのは、玄関ホールをはさんで東側と西側の2つの空間にセパレートしたプランだ。西側1階はLDKとお母様の寝室を配置し、その2階にM様夫妻の寝室や書斎などを設けた。東側はお姉様の空間。キッチンやトイレ、シャワーブースも備え、ひととおり生活ができる空間となっている。西側のLDKでみんな一緒に食事や団らんを楽しめる一方で、それぞれのプライバシーも確保できる距離感が絶妙だ。

地域に対しても「大栃の家」の絶妙な距離感は健在。このエリアは歴史がある場所で、昔からの町並みやコミュニティもしっかり残っているという。地域の方々との距離感も近く、お互いに気軽に遊びにきたりするような土地柄なんだとか。見れば庭と駐車場を区切る石垣は低く抑えられ、西側の庭には塀もなく境界も曖昧だ。「地域や自然に馴染んでいく家にしたかったんです。境界線に外部を拒むような塀や植栽はつくらず、地域と敷地が緩やかに繋がっているようなイメージ。ずっと昔からあったかのような、また、この先もずっとこの土地の風景であり続ける、そんな家を目指しました」と水野さんは話す。
  • 大栃の家を南側から眺める。右方向に山が迫り、ダム湖へ向かって左下がりに傾斜した土地に建っている。外壁はガルバリウムの立平葺き。玄関上の杉板張りの内側は納戸で、天窓から射し込んだ光が玄関ホールまで届く

    大栃の家を南側から眺める。右方向に山が迫り、ダム湖へ向かって左下がりに傾斜した土地に建っている。外壁はガルバリウムの立平葺き。玄関上の杉板張りの内側は納戸で、天窓から射し込んだ光が玄関ホールまで届く

  • 東側の山側からの眺め。山の手前にダム湖があり、湖からやや高い場所に位置するため、毎年夏に開催される祭で打ち上げられる花火も2階から眺められる

    東側の山側からの眺め。山の手前にダム湖があり、湖からやや高い場所に位置するため、毎年夏に開催される祭で打ち上げられる花火も2階から眺められる

  • 地域と緩やかに繋がるよう、石垣は900mmほどの高さに抑えている。土地から出た石や地元の砂岩などを使用

    地域と緩やかに繋がるよう、石垣は900mmほどの高さに抑えている。土地から出た石や地元の砂岩などを使用

土地との対話を繰り返し
気持ちのいい家をイメージ

家を設計する際、いつも行うルーティンが水野さんにはある。家を建てる土地に身を置き、何時間も土地と対話するのだ。1度ではなく何度も足を運び、何時間も土地と対話していくうちに、徐々にだが自然と形が生まれていくという。

「缶コーヒーを片手に、簡易の椅子に座ってね、まず光を見ます。ずっと座っていると時間の経過とともに光の方向が変わってきます。どのエリアにドカッと光が落ちてくるのかを観察して、そこに向けてリビングやダイニングが向き合うように考えることが多いですね」と水野さん。

また「どこが心地いいところか、どの方向にいい景色があるのか、風はどう吹くのか。そんなことを椅子の位置を変えながら考えます。で、ここで美味しいコーヒーが飲めるなって思えた場所が、だいたいリビングになるんですよ。そこから、じゃあ寝室はどこで、キッチンや風呂、トイレはこの辺り、駐車場はここかな、と広がっていく感じです。間取りや外構も含めたゾーニングは、そのときにほぼ固まりますし、その後もほとんど変わりません」。

「キャンプ好きな人なら何となく分かってもらえると思うのですが、キャンプ場に着いたらテントを立てる場所を探すじゃないですか。川のそばとか、景色のいいところとか、風が心地いい場所とか。それから車はここに停めて、開口部はこっちにして、料理スペースはこことかって考える。それってみんなが自然と持っている肌感覚だと思うんですよ。建築のエッセンスも根本的には同じというか、つまり“気持ちのいい巣”をつくることに他なりません」とも。

土地と対話するときはお施主さんになりきるのだとか。「大栃の家だったらMさんになりきって、『自分はSUPにも乗るし、家庭農園もするし』って思い込む。すると憑依するというか、降りてくるんです。もう自分の家と思って考えていますから」と、水野さんは笑う。

土地との対話によって感じたイメージを伝えるため、水野さんは模型をつくって施主に説明することも多いという。1/100と1/30の模型をつくり、1/100の模型で敷地との関係性を説明。1/30の模型は、スマートフォンを模型の中に入れて、現地で見える風景と一緒に撮影してイメージ写真を見せるという。

「2つの模型を使って、家の中と外の関係を視覚的にイメージしてもらうんです。そうすることによって、お施主さんもその家での暮らしを結構リアルに想像できるはずです。模型を見ていただいたうえで、平面図を持って帰ってもらい『ああでもない、こうでもないって話をしてみてください』ってお願いしていますね」と、水野さんは話す。
  • 玄関からホールを臨む。家北側のガレージからも出入りできるよう、バリアフリーの勝手口が設けられている

    玄関からホールを臨む。家北側のガレージからも出入りできるよう、バリアフリーの勝手口が設けられている

  • 東側の棟に位置するお姉様の居住スペース。屋根の傾斜を活かした表し天井が、ダイニングと和室をつなぐ

    東側の棟に位置するお姉様の居住スペース。屋根の傾斜を活かした表し天井が、ダイニングと和室をつなぐ

  • 東棟の和室からダイニングを眺める。扉の向こうが玄関ホールに繋がっている

    東棟の和室からダイニングを眺める。扉の向こうが玄関ホールに繋がっている

性能や数字では表せない
「人」が主役となる家づくり

水野さんの家づくりに対する基本的な姿勢は「どう住まうかを考えること」だという。「気密性や断熱性、耐震や環境性能といった機能面はもちろん大切でしょう。ただ、そういった“数字”が家づくりのスタートではないと思うんです。数字に出てこないんですよ『気持ちのいい暮らし』って」と。当然ながら、断熱性能や構造・耐震基準など、必要不可欠な性能はクリアしたうえでの話だ。

「性能や数字だけにこだわって真四角な家ができあがっても、楽しくないしつまらないと思うんですよ。ですので、お客様には『どんな暮らしがしたいのか、どんな家なら気持ちよく暮らせるか』ということを一緒に考えましょうとよく言っています。M様のように『薪ストーブが欲しい、家庭菜園がしたい』など、どんなことでもいいんです。逆に『どう住まうか』を考えた結果、真四角の家になったら、それはたぶん“いい家”なんですよ」と水野さん。

家づくりにかけられる予算も、往々にして限りがある。「あれも欲しい、これも欲しい」と、機能を付け足すような足し算ばかりでは、予算内に収まらなくなることは明白だろう。また予算が潤沢にあった場合も、「目一杯詰め込み過ぎて、結局何がしたかったんだろう? という残念な家になる場合が多い」と水野さんは言う。

「結局はバランスなんです。まず『どう住まうか』という、お施主さんが思い浮かべる理想のライフスタイルがあって、ヒアリングを重ねながらそれを実現するためのプランを練る。そのうえで、予算に鑑み、優先順位を付けて引き算をすることも必要で、お施主さんにとって優先すべき大切なものは何かを一緒に考えます。また、浴室乾燥機を外して庭に木を植えませんかとか、窓を少なくして外構にお金を回しませんかとか、家の中だけじゃなく、外構も含めてプランニングすることが多いですね」。

「一番大事にしてるのは、家の品、品格なんです」と。「お行儀が悪い家はダメ。これは自分の感覚なので分かりにくいかも知れませんが、シンプルで無駄がなく、ないと困るものは付いてるけど、あると便利なものはとりあえず外しませんか、と。この『大栃の家』は地域に対してもうまく馴染んでいて、圧迫感がない。そんな品のある家が好きですね。普段はあまり口にしないんですけど」と、水野さんは少しはにかみながら話してくれた。

水野さんの家づくりにおいて、主役はどこまでいっても「住まう人」だ。スペックではない、数字ではけっして表せない「住んでいて気持ちのいい家」。そんな家を建てたいと考えている方は、水野淳一建築設計事務所の扉をノックすることをおすすめしたい。
  • DKから2階を見上げて。キッチンの上階にある7.5畳の和室に開口部を設け、空間的に一体となっている

    DKから2階を見上げて。キッチンの上階にある7.5畳の和室に開口部を設け、空間的に一体となっている

  • キッチン側からDKを臨む。窓の外には、空の青さと山の緑を借景とした庭が眺められる

    キッチン側からDKを臨む。窓の外には、空の青さと山の緑を借景とした庭が眺められる

  • 2階和室から1階DKを眺める。大栃の家に使われている木材はほとんどが高知県産で、「こうちの木の住まいづくり助成事業」の助成金を利用して建てられている

    2階和室から1階DKを眺める。大栃の家に使われている木材はほとんどが高知県産で、「こうちの木の住まいづくり助成事業」の助成金を利用して建てられている

撮影:西森秀一(NISHIMORI SHUICHI)

基本データ

作品名
大栃の家
施主
M邸
所在地
高知県香美市
敷地面積
471.12㎡
延床面積
175.530㎡
予 算
4000万円台