豊かな時間を生み出す2つの軒下
暮らしをおおらかに包み込む「大屋根の家」

絵本から抜け出たような三角屋根、半分ガラス張りの斬新なデザインが目を引くこの家は、建築家の矢島輝さんが設計した店舗併用住宅だ。個性が異なる2つの軒下や開放的な住空間を大屋根で包み込む、おおらかなプランの魅力に迫る。

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家業、風土、いつもの暮らし
多様な背景に着想を得た「切妻の大屋根」

埼玉県所沢市の住宅街に佇む「大屋根の家」は、一級建築士事務所 Sun/Archi(サンアーキ)の矢島輝さんが設計した店舗併用住宅だ。作品名の通り、切妻の大きな三角屋根がかかった外観は「おうち」という言葉のイメージそのもので、親しみの湧くデザイン。それでいて、半分がガラス張りになった斬新な姿は都会的で洗練された魅力も併せ持ち、独特の存在感を放っている。

施主さまは60代のご夫妻で、この地に根差し、代々生花の農家として続いてきた一族の方々だ。広い敷地内には親族の住宅が2棟あり、そのうちの1棟を建て替えて、木工職人の息子さんのショールームを備えた店舗併用住宅をつくるというのが今回の計画だった。

「平屋風の日本的な家がいい」「複数の寝室と、趣味を楽しむワークスペースも欲しい」…etc.

これらの要望を踏まえて設計に取り掛かったとき、矢島さんの頭に浮かんできたのは「大屋根」だったという。

「この地域は昔から農業が盛んで、施主さまも代々農家のお家柄です。周囲の景色にも家業の歴史にも馴染み、かつ、洗練された雰囲気をお持ちの施主さまらしさを大切にするなら、すっきりとした切妻の大屋根が最もふさわしいのではないかと考えました」

敷地の東側には交通量の多い街道が走っているから、多くの人目に触れる東面の立ち姿は切妻の大きな三角屋根にする。そして、大屋根によって生まれる南北それぞれの広い軒下空間は、ライフスタイルに沿った居場所として活用する──。

このアイデアに施主さま夫妻も、ショールームの主となる息子さんも喜んで賛同してくださり、大屋根をキーワードとした家づくりがスタート。シンプルでダイナミックな大屋根がどんな空間を生み出したのか、詳しくご紹介していこう。
  • 敷地の東を走る街道から見た「大屋根の家」。邸内には2階もあるが、切妻屋根をゆったりかけたシンプルなデザインで「平屋風の日本的な家」という要望に応えた。東面の約半分がガラス張りになった斬新さも魅力

    敷地の東を走る街道から見た「大屋根の家」。邸内には2階もあるが、切妻屋根をゆったりかけたシンプルなデザインで「平屋風の日本的な家」という要望に応えた。東面の約半分がガラス張りになった斬新さも魅力

  • 大屋根の軒天は垂木が見える現し仕上げで、木のぬくもりを感じさせる。街道側の一角は木工職人の息子さんが仕事で使うショールームとしてつくったスペース。ガラス張りのオープンでモダンなデザインが人目を引く

    大屋根の軒天は垂木が見える現し仕上げで、木のぬくもりを感じさせる。街道側の一角は木工職人の息子さんが仕事で使うショールームとしてつくったスペース。ガラス張りのオープンでモダンなデザインが人目を引く

  • 北の外観。手前のコンクリート広場は親族が集まる屋外の社交場。矢島さんがデザインした木製の玄関ドアは周囲の壁も板張りにして仕上げ、ガルバリウムの外壁とのバランスを取った。軒の木柱もアクセントとして生きていて、新年の門松なども似合う和モダンな佇まいになっている

    北の外観。手前のコンクリート広場は親族が集まる屋外の社交場。矢島さんがデザインした木製の玄関ドアは周囲の壁も板張りにして仕上げ、ガルバリウムの外壁とのバランスを取った。軒の木柱もアクセントとして生きていて、新年の門松なども似合う和モダンな佇まいになっている

  • 北の外観の夕景は、静かで上品な印象。「日本的な家」という要望を踏まえてしっとりとした和の風情を意識し、照明は明るくなり過ぎないように計画した

    北の外観の夕景は、静かで上品な印象。「日本的な家」という要望を踏まえてしっとりとした和の風情を意識し、照明は明るくなり過ぎないように計画した

北は人が集まる広場、南はくつろげるデッキ
大屋根が生んだ2つの軒下と住空間

大屋根の効果を最初に感じるポイントは、冒頭でもご紹介した外観のデザインだろう。ゆったりとした切妻のラインは暮らしを包み込むような温かさがあり、なんだか幸せな気持ちになる。また、現しにした軒天の垂木や破風などの木々は硬質なガルバリウムの外壁に有機的なぬくもりを添え、ホッと心が和んでいく。

大屋根の効果としては、ライフスタイルを豊かにする2つの軒下空間も見逃せない。

「今回建てた住まいの北側にはコンクリート敷きの広場があり、施主さまはここで親族や近所の方々との立ち話や、餅つき、バーベキューなどを楽しんでいらしたそうです」

外部空間を使ったにぎやかな日常を知った矢島さんは、社交場の役割を果たす北の広場に向けて玄関を配置。居場所となる広い軒下をつくった上で新たにコンクリートを敷き、広場のスペースを拡大した。そしてもう一方の南側は庭をゆっくり眺めたいとの要望に応えてウッドデッキを設置。「北は人が集まるオープンなパブリック空間」「南は高原のリゾートヴィラのようなプライベート空間」と位置づけ、個性が異なる2つの庭と軒下を大屋根でつないでいる。

では、2つの外部空間の間に広がる邸内では、大屋根がどのように生かされているのだろうか?

まず挙げられるのは、「玄関からリビングに入ったときのインパクト」だ。天井は高いが少々コンパクトな玄関ホールで障子戸を開けると、さらなる高天井と現しの垂木が印象的なリビングが登場。整列する垂木の美しさに惹かれて天井を見上げると、視線は垂木に沿ってリビングの先へまっすぐのび、鮮やかな緑がきらめく南の庭へ抜けていく。

コンパクトな玄関ホールから、庭に向かった開放感あふれるリビングへ──。大屋根+垂木で視線をコントロールする見事な場面転換は来客にとって素敵なサプライズになるし、住まう人も帰ってくるたびに気持ちを切り替えることができそうだ。

もう1つ、邸内の多彩な居心地も大屋根を生かした魅力といえる。棟木の下のリビングは天井高が最大約5.5mというスケール感、軒下に近いダイニングや寝室は低めの天井に守られているような心落ち着くこもり感。切妻の大屋根で生まれた天井の高低差は居心地のバリエーションを増やすと共にさまざまな過ごし方を可能にし、暮らしの満足度をいちだんと高めてくれるに違いない。
  • 南の外観。柱は意匠としての化粧柱も入れて列柱をデザイン。高原のリゾートヴィラを彷彿とさせる高級感が生まれ、鮮やかな緑の庭とも好相性。連続する柱はウッドデッキののびやかな奥行きを強調する効果もある

    南の外観。柱は意匠としての化粧柱も入れて列柱をデザイン。高原のリゾートヴィラを彷彿とさせる高級感が生まれ、鮮やかな緑の庭とも好相性。連続する柱はウッドデッキののびやかな奥行きを強調する効果もある

  • 施主さまは生花の農家だったため、南の庭の造成は自ら指揮を執ってくださったとのこと。北の外部空間は親族の集まりなどで使うパブリック空間であるのに対し、こちらの南側はウッドデッキで緑を眺めたり、お孫さんが遊んだりするプライベート空間として活躍中

    施主さまは生花の農家だったため、南の庭の造成は自ら指揮を執ってくださったとのこと。北の外部空間は親族の集まりなどで使うパブリック空間であるのに対し、こちらの南側はウッドデッキで緑を眺めたり、お孫さんが遊んだりするプライベート空間として活躍中

  • 天井は高いがコンパクトな玄関ホール。障子戸を開けると垂木の先の庭まで一気に視線が抜け、開放感に感動

    天井は高いがコンパクトな玄関ホール。障子戸を開けると垂木の先の庭まで一気に視線が抜け、開放感に感動

  • 玄関ホールの先はリビング。障子戸の四角いマス、階段の曲線、垂木の斜線がグラフィカルな風景を生み出す

    玄関ホールの先はリビング。障子戸の四角いマス、階段の曲線、垂木の斜線がグラフィカルな風景を生み出す

農家の生活様式を現代風に楽しめる
「通り土間のような」リビング

ゆったりとした大屋根の下に広がる邸内は、間取りもとてもおおらかだ。矢島さんは南の庭に面した大きな一室空間にリビング、ダイニング、和室といった家族共用の空間を配し、柱やリビング内階段、障子などでゆるやかにゾーニング。キッチン上部の2階にある小屋裏風のワークスペースも、囲いを手すり壁にして階下とのつながりを残し、どの空間にいてもつかず離れずの距離感で過ごせるようにしている。

間取りでは、施主さま一族の軌跡や地域の風土を尊重する矢島さんのスタンスを感じるエピソードもあった。それは、「農家の間取りを現代の生活様式にアップデートする」という設計意図だ。

いわく、「昔の農家には広い通り土間があり、作業場としてはもちろん、作業用足袋のまま休める休憩所、来客と会話を楽しむパブリックな場など多くの役割を持って生活に溶け込んでいました。施主さまの先代や先々代もそうした暮らしを送ってこられたことに思いを馳せ、この家の玄関ホールとリビングは通り土間のイメージでつくっています」と矢島さん。

確かに、玄関と庭を一直線でつなぐリビングは、配置的には通り土間そのものだ。屋外へ出入りしやすく、ちょっと立ち寄る人はリビングでもてなし、ゆっくり過ごす人は傍らの和室やダイニングへ案内する──そんな使い方ができるところも、昔の農家の通り土間を思わせる。何より、社交的な施主さまの「今」のライフスタイルにぴったりだし、農業が盛んだった地域の古き良きコミュニケーションスタイルへのオマージュも感じられ、心が温かくなってくる。

住宅の設計はいつも、施主さまとの雑談から始めるという矢島さん。肩肘張らない会話で普段の生活様式や望んでいるライフスタイルをくみ取り、丁寧に具現化することを大切にしている。

施主さまの要望に応えつつ一族の軌跡や地域の風土も反映し、豊かな居場所を内包する切妻屋根で表現した「大屋根の家」は、矢島さんの設計スタイルが表れた好例ではないだろうか。建築家とつくる注文住宅は、例えば同じ3LDKでも住まう人・設計する人によって全く違うプランになっていく。矢島さんはそうした「数字にできない繊細な部分」を、想像以上の形で提案してくれる建築家の一人なのだ。



撮影:淺川 敏
  • 庭側から見たリビング。玄関(写真奥)から庭まで続く「通り土間のような配置」でつくられている

    庭側から見たリビング。玄関(写真奥)から庭まで続く「通り土間のような配置」でつくられている

  • リビング。まっすぐのびた長い垂木が天井や庭に意識を向かわせ、開放感を強調する。内装は息子さんがつくった無垢材のテレビボードとのバランスを考慮し、床はナラ、天井や壁は珪藻土と漆喰のブレンドの左官塗り。木製の壁はパネルよりも厚みがあり素材感が生きるフローリング材

    リビング。まっすぐのびた長い垂木が天井や庭に意識を向かわせ、開放感を強調する。内装は息子さんがつくった無垢材のテレビボードとのバランスを考慮し、床はナラ、天井や壁は珪藻土と漆喰のブレンドの左官塗り。木製の壁はパネルよりも厚みがあり素材感が生きるフローリング材

  • 軒までのびた垂木が屋外との一体感を強調。ウッドデッキにかかる深い軒は夏の直射を遮る効果もある

    軒までのびた垂木が屋外との一体感を強調。ウッドデッキにかかる深い軒は夏の直射を遮る効果もある

  • オブジェのような階段でリビング(手前)とダイニング(奥)をゾーニング。南は大きく開口し、要望の1つだった「日当たり、風通し」も実現。写真右に進むと勝手口に続く廊下や玄関があり、風が気持ちよく通る。天井には複数の天窓を設け、上からの採光や上下の風の流れも確保

    オブジェのような階段でリビング(手前)とダイニング(奥)をゾーニング。南は大きく開口し、要望の1つだった「日当たり、風通し」も実現。写真右に進むと勝手口に続く廊下や玄関があり、風が気持ちよく通る。天井には複数の天窓を設け、上からの採光や上下の風の流れも確保

基本データ

作品名
大屋根の家
所在地
埼玉県所沢市
家族構成
夫婦
敷地面積
219.14㎡
延床面積
202.49㎡
予 算
6000万円台