傾斜を生かし、ストレスなく暮らす。
広がる街並みや山々の絶景が楽しめる平屋

東京から群馬県高崎市への移住を考えたKさま夫妻。候補に挙がったのは、見晴らしは最高だが「ここに家が建つのだろうか?」と思うほど傾斜のきつい土地だった。建築家の松下さんはその課題をどのようにクリアし、絶景を楽しめる家をつくったのだろうか?

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自然を可能な限り残し、負担をかけない造成で
8mの高低差がある傾斜地に家を建てる

都内でマンション暮らしをされていたKさま夫妻。ご自宅を新築するため土地探しを始めたきっかけは、働き方がおふたりともリモートワーク中心に変化し移住を考えたからだったという。仕事で都内に出るときのことも考慮し、ご夫妻が決められた移住先は群馬県高崎市。自然が豊かなのはもちろん、高崎駅には北陸新幹線が停車し、東京駅まで1時間弱でアクセスできることも魅力的な街だ。

高崎市の山手にある宅地分譲地の、頂上近くの土地を選ばれたKさま夫妻。見晴らしが良く、静かに暮らせそうな場所だがクリアしなくてはならない課題もあった。敷地内で高低差が8mもあるのだ。さらに、法令により土地の造成が可能なのは敷地の60%までという制限もあった。

「上のほうに家を建てると眺望はいいのですが、その分、造成や施工は難しくなりコストも上がります。それから、家を建てるためには造成は必要不可欠ですが、自然はできるだけ残したい気持ちもありました」と話すのは、このK邸を設計した松下佳介建築設計事務所の松下さんだ。眺望は確保しつつ土地に負担をかけない造成を検討し導き出したのは、斜面に交差するように、横長の建物を配置するプラン。建物の前半分は盛土をし、後ろ半分は掘り下げた。一番これが無理のないつくり方、と松下さんが言うとおり、最終的に造成は駐車場や階段部分まで含めて敷地全体の50%に収まり、規制を大幅に下回った。

また、K邸よりふもと側に立つ、屋根に太陽光発電パネルを設置している隣家にも配慮したという。建物が頂上方向の南に寄っているため、K邸が建ち、隣家の屋根に影が落ちれば発電に影響が及ぶ可能性があった。松下さんは一番影が長く伸びる冬至の日にどの程度の影響があるかをシミュレーションすべく日陰曲線図を作成。その結果を持って隣家の住人の方に丁寧に説明し、許可をいただいてからK邸を着工した。松下さんは「お施主さまはこの先ずっとご近所づきあいをされていくわけですから、しっかり解決しておくことが大切」と語る。
  • 写真中央、木製の手すりが見える家がK邸。その下、北側の隣家の屋根には太陽光パネルが載っておりK邸が建つことで発電量に影響が出る可能性があった。そこで松下さんは日陰曲線図を作成し、隣家の住人に丁寧に説明して許可をもらってから建築を着工した

    写真中央、木製の手すりが見える家がK邸。その下、北側の隣家の屋根には太陽光パネルが載っておりK邸が建つことで発電量に影響が出る可能性があった。そこで松下さんは日陰曲線図を作成し、隣家の住人に丁寧に説明して許可をもらってから建築を着工した

  • 外観。写真右奥には車や人が行き来するロータリーがある。ロータリーから家の中が丸見えにならないよう、建物の一部を張り出して視線避けとした。家の前の通路は、道路ではなく駐車場へのアプローチの一部

    外観。写真右奥には車や人が行き来するロータリーがある。ロータリーから家の中が丸見えにならないよう、建物の一部を張り出して視線避けとした。家の前の通路は、道路ではなく駐車場へのアプローチの一部

  • 外観、バルコニーを見る。バルコニーの前は往来がないが、隣家からの視線避けを兼ねてバルコニーには手すりを設けた。手すりは下を空け、足を投げ出して座ることもできる。近隣の方々から「瀟洒だ」と評判のバルコニーだ

    外観、バルコニーを見る。バルコニーの前は往来がないが、隣家からの視線避けを兼ねてバルコニーには手すりを設けた。手すりは下を空け、足を投げ出して座ることもできる。近隣の方々から「瀟洒だ」と評判のバルコニーだ

  • 玄関ポーチ。右の階段から進めば、バルコニーへアクセスできる

    玄関ポーチ。右の階段から進めば、バルコニーへアクセスできる

柔らかな日射が安定して入る北側の窓と
深呼吸したくなるバルコニーで絶景を満喫

丘陵地の頂上付近にあるK邸からは雄大な景色が楽しめる。高い位置にある家だからこその眺望をさらに魅力的なものにするため、眺めの良い北側に大開口を設置した。窓があるダイニングから外へ目を向けると、視線を遮るものなくどこまでも伸びていき、とても気持ちがいい。

LDKの大開口は北向きとなったが、北からの採光は一年を通して安定したやさしい光が入ってくるため、ダイニングは最高の居心地に。くつろぎ感が増すようリビングの床を30cm上げたことにより、ダイニングの開放的な印象がより強まった。「加えて視線の高さが変わるためメリハリがつき、LDK全体が広々とした過ごしやすい空間になりました」と松下さん。

ダイニングにあるのは片側をFIXとする引き違い窓だが、召合わせが開口部の中心にあるとせっかくの絶景を邪魔する存在となってしまう。そこで窓の大きさを左右で変え、動くほうの窓を細くして中心をずらした。

ダイニングの先にはバルコニーもある。床面とフラットにつながり、また大きな窓のおかげでダイニングと一続きのように感じられる。バルコニーでゆったりとしたひと時を過ごしたいと要望されたご夫妻のために、一般的なバルコニーよりも幅を広くしているので椅子やテーブルを出しても十分にゆとりがある。玄関からも直接アクセスでき、それによって室内空間との回遊性が生まれた。来客時などで便利に活用されているという。

バルコニーの低い手すりは隣家からの視線除けにもなり、室内から眺望を切り取る役目も果たす。下部の空いたところから足を投げ出して座れば、縁側のような雰囲気も堪能できる。手すりのほかにも、家のすぐ横にある人や車が往来するロータリーからの視線を遮るよう、ダイニングと隣接する書斎をバルコニーにせり出すように計画した。ご要望通りバルコニーでのひとときを楽しまれているご夫妻。「暖かくなったらバルコニーに出て思い切り深呼吸したり、ワインを飲んだり豊かな時間を過ごせるだろうと楽しみです。それに、木材をふんだんに使ったゆとりあるデザインが印象に残るようで、瀟洒な佇まいだと近所でも評判になっているんです」とお喜びだ。

リビングはLDKの中でも床が上がった南側に位置し、ダイニングとは異なる趣の設えだ。窓からは山の木々や頂上まで続く豊かな自然が見られ、見える景色もダイニングとは異なる魅力がある。

LDKに置いているものをはじめ、家具はほぼ東京のマンションから運び込んだというご夫妻。松下さんは、サイズはもちろん家具たちが持つ個性や存在感も把握し、しっくりと馴染むように室内の色や素材を検討した。シックなダイニングテーブルや、リビングの真っ赤なソファなどがまるでこの家のために選ばれたかのように見えるのはそのためだ。
  • 左からリビング、ダイニング、バルコニー。リビングとダイニングの間には30センチの段差がある。主に出入りする箇所は1段ステップが増やされ、上り下りがしやすい。ダイニングとバルコニーはフラットに続き、室内と外部が一体となって感じられる

    左からリビング、ダイニング、バルコニー。リビングとダイニングの間には30センチの段差がある。主に出入りする箇所は1段ステップが増やされ、上り下りがしやすい。ダイニングとバルコニーはフラットに続き、室内と外部が一体となって感じられる

  • LDKの奥から玄関方向を見る。リビングの向こうにはキッチンがあり、壁の一部を抜いて配膳用のカウンターを設けた。キッチンの中で人が交差することがなくダイニングまで料理を運べる。室内の雰囲気は、以前の住まいでも使用していた家具がしっくりと馴染むように配慮した

    LDKの奥から玄関方向を見る。リビングの向こうにはキッチンがあり、壁の一部を抜いて配膳用のカウンターを設けた。キッチンの中で人が交差することがなくダイニングまで料理を運べる。室内の雰囲気は、以前の住まいでも使用していた家具がしっくりと馴染むように配慮した

  • 絶景を存分に楽しめるダイニング。北側にある窓からは一年を通して安定した光が入ってくる。また、気密性が高い機構の木製サッシが採用されており、扉を閉めれば外気が室内に入ることはない。景色を邪魔しないよう引き違い窓のそれぞれの大きさを変え、召合わせを中心からずらした

    絶景を存分に楽しめるダイニング。北側にある窓からは一年を通して安定した光が入ってくる。また、気密性が高い機構の木製サッシが採用されており、扉を閉めれば外気が室内に入ることはない。景色を邪魔しないよう引き違い窓のそれぞれの大きさを変え、召合わせを中心からずらした

  • リビングからダイニングを見る。画像右は配膳カウンター。リビングとダイニングの間にある丸柱は構造上必要なもの。柱の右側から出入りするよう、ステップを一段増やしている。柱から左の壁面までは、将来手すりをつけられるようにあらかじめ計画した

    リビングからダイニングを見る。画像右は配膳カウンター。リビングとダイニングの間にある丸柱は構造上必要なもの。柱の右側から出入りするよう、ステップを一段増やしている。柱から左の壁面までは、将来手すりをつけられるようにあらかじめ計画した

長く住む家だからこそ
傾斜を意識しないで暮らせるように計画

松下さんは「傾斜を生かして景色を堪能できることはもちろんなのですが、加えて、傾斜によるストレスを感じないような家づくりをしなくてはと考えました」と話す。近隣には1階を駐車場にし、2階から上を生活スペースとしている家が多い中でK邸は平屋としたのも、傾斜をできるだけ意識せずに生活できるようにするため。さらに、Kさま夫妻がこの先、終の棲家として安全に暮らすために今できることの工夫も、K邸にはたくさんある。

まず、駐車場から玄関までの高低差をできる限り少なくした。玄関までのアプローチに現在ある6段の階段も将来はスロープにできるという。また、リビングとダイニングの間の30cmの段差は上り下りがしやすいように1段ステップが設けられている。

リビングとダイニングの境にある丸柱から壁面までは、必要になったとき手すりが設置できるように準備されているほか、ご夫妻のアイデアで玄関には沓脱用の小さなベンチも備えられた。

暮らしの動線を単純にするため、横長の建物を生かして玄関から反対側の一番奥にあるトイレまでを一直線で繋げ、そのラインの両側に居室を配置した。それだけではない。万が一車いすの生活になったときでも困らないよう、廊下の幅はゆったりと計画。もちろんこれらの工夫は今現在の暮らしやすさも大いに高めている。

Kさま夫妻も「ここに家が建つのだろうか」と思うほどの傾斜地だったというK邸の敷地。緻密な計算で傾斜を生かすことはもちろんのこと、暮らしやすさを追求し、家具のひとつひとつにまで心を配った松下さんのプランニングにより、豊かな時間を過ごせる家ができあがった。

もうひとつ驚くべき点は、これだけの傾斜地に建てられ、さらに耐震性能もしっかりしたこの家が木造であるということだ。「私自身が築100年以上の木造の民家に住んでいたこともあり、自然素材を使うことが単純に好きなんですね。今回は、施工会社さんにもいろいろ助けていただきましたし、Kさま夫妻にその点もご理解いただくことができました。家づくりはひとりではできない仕事だと思います」と謙虚に語る松下さん。しかし、朗らかな人柄が多くの人たちからの信頼を得ているからこそ、K邸がさらに素晴らしい家となったことは間違いないだろう。
  • 玄関。将来のことを考えて手すりを設置した。「後付けするよりデザイン性も高い」と松下さん

    玄関。将来のことを考えて手すりを設置した。「後付けするよりデザイン性も高い」と松下さん

  • 家の中から玄関を見る。ご夫妻のアイデアで、写真左側に沓脱用の小さなベンチが造り付けられた

    家の中から玄関を見る。ご夫妻のアイデアで、写真左側に沓脱用の小さなベンチが造り付けられた

  • ご主人の仕事場である書斎。収納するファイルのサイズや量、備品などをあらかじめお聞きして棚を造作した。写真中央、小さなベンチは「仕事の合間にちょっと休んでもらえたら」と松下さんが提案した。書斎は台形で、遠近感の効果で室内が広く感じられる

    ご主人の仕事場である書斎。収納するファイルのサイズや量、備品などをあらかじめお聞きして棚を造作した。写真中央、小さなベンチは「仕事の合間にちょっと休んでもらえたら」と松下さんが提案した。書斎は台形で、遠近感の効果で室内が広く感じられる

撮影:早川記録(早川真介)

基本データ

作品名
GABLES HOUSE 高崎の家/傾斜地に建つ絶景平屋の家
施主
K邸
所在地
群馬県高崎市
家族構成
夫婦
敷地面積
611.49㎡
延床面積
89.07㎡
予 算
3000万円台

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