安心・使い勝手・デザインの三位一体
理想だった上質な暮らしを叶えた平屋
「デザインは大切だが、他にもっと大切なものがある」そう語るのは、建築家・堺武治さん。安心・安全・快適な家であること——それが大前提であり、デザインはその先に自然と宿るものだという。熊本市に完成したN邸は、天井高に変化を持たせた平屋という空間構成の中に、性能・使い勝手・デザインの三位一体を見事に実現している。A4・9枚のヒアリングシート、手作りの白い模型——そんな独自の手法の中に、堺さんの仕事の真髄が垣間見える。
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ヒアリングシートはA4・9枚
熱量のキャッチボールで真意を掴む
熊本市の熊本新港からほど近く、田園風景が広がる一角にN邸は建つ。周囲には純日本風の家屋が並ぶ中、コンクリート打ちっ放しを思わせる都会的な雰囲気が目を引く。まさに邸宅と呼ぶに相応しい佇まいだ。
この家を手掛けたのは、熊本市を拠点に戸建住宅の新築・リノベーションから施設建築まで幅広く設計を手掛ける建築家、堺武治さん。
あるとき堺さんのもとに1通のメールが届いた。Nさんからの「自邸の設計をお願いしたい」という依頼だった。
「特に、私が手掛けた“中原町の家”を気に入っていただいたようで、『あんな家にしたい』とご連絡がありました」と堺さんは振り返る。
この中原町の家、実はNさんが住んでいた実家から、車で5分ほどの場所にある。偶然にも、自分の理想に近い家がごく身近にあったのだ。
こうしてスタートしたN邸のプロジェクト。最初に取りかかるのが、施主の要望をじっくり引き出すヒアリングだ。堺さんのヒアリングには、少し特徴がある。
施主に渡すのは、A4用紙9枚にも及ぶヒアリングシートだ。どの建築家もヒアリングシートを渡すが、9枚もの量は珍しい。書く内容は、家族構成や部屋数、持ち込む家具、導入したい設備といった基本事項はもちろん、堺さんが特に重視するのは「新しい家での暮らし」についての問いかけだという。
「どんな生活がしたいか」「どんな場面に豊かさを感じるか」――音楽を聴きながらゆっくりしたい、夜はゆったりお酒を楽しみたい、そんなシチュエーションを具体的に思い描いて書いてもらう。
「約1か月かけて、些細なことも含めて記入していただきます。矛盾があってもいい、とにかく思い描くことを書いてほしいと伝えています。あえてお客様に負荷をかけているかもしれませんが、文字にする作業を通じて、お客様ご自身も気づきを得られるんです」と堺さんは語る。
このシートをもとに施主と対話をする。このプロセスを経ることで、施主の叶えたいことはもちろん、さらにその熱量も伝ってる。「お客様の熱を感じ、自分も高い熱量で仕事に挑む」――この熱量のキャッチボールが、堺さんの仕事の第一歩だ。
Nさんのシートにもびっしりと想いが詰まっていた。それは間取や設備への要望というよりも、望む暮らしそのもの。大きくまとめると「プライバシーが守られたノンストレスな家」「遊び心とデザイン性のある家」という2つの軸だった。
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コンクリート打ちっ放しのように見えて木造のN邸。木造にすることでコストや断熱性のメリットも。換気システムを検討し、ベントキャップも最小限にしている。
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車2台が余裕で納められるガレージ。右奥に、中庭に続く開口を設けている。隣には来客用の駐車スペースも確保した。
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道路から玄関が丸見えにならないようコンクリートの壁で目隠し。ライトアップされた木の陰がシックな雰囲気を醸し出している。
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玄関正面には大きな窓で光と抜け感を。木製の飾り棚はベンチとしても利用でき、腰掛けながら靴が履ける。
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天井の低い玄関から一転、高さ4mの天井、大窓・高窓がもたらす抜群の開放感。まるで高級リゾートのヴィラのような佇まい。
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リビングの照明は全てラインの間接照明を採用しスッキリと。堺さんがアドバイスした家具と空間がマッチしている。
閉じた外観、開いた内部
白い模型が、施主の心を掴む
その後、家業である漁業作業の利便性から、実家の隣地を取得したNさん。敷地は、平坦な長方形で広さも十分。弱点らしい弱点がない好立地。それゆえ選択肢が無限に広がるという贅沢な悩みもあった。
この敷地に対して堺さんが打ち出したプランは、プライバシーを守るため、外観を閉じながら、内部は開放的にーーという方針。建物をLに配置し、塀で囲んで中庭を抱き込むような構成を考えた。
また建物は平屋だが、用途ごとに天井高を少しずつ変えた。部屋ごとに見える景色も天井高も異なり、奥へ進むにつれて、パブリックからプライベートへとグラデーションのように変化していく。単なる「平屋」の枠を超えた、豊かな空間体験を生み出す設計だ。
堺さんは、プランのプレゼンの際は必ず、手作りの模型を用意するのだという。
「近年はCGで美しい完成イメージをつくることもできるのですが、色があるとイメージが引っ張られ過ぎてしまう。ある意味リアル過ぎるんです。私はあえて白い無地の模型を使うことで、高さや広さも感じてもらい、さらにお客様に出来上がりを想像してもらうことを大切にしています」と堺さんは語る。手間はかかるが、それでもそのほうが、結果的に出来上がりとのイメージに違和感をもたれないのだ。
さらに、この模型は必ず施主に渡すのだという。「100円ショップで方位磁石を買って、方位を合わせ実際に外にもっていって光を当ててみてください。朝・昼・晩で光の入り方や影のでき方がわかりますよ」と伝えるのだそうだ。
「打合せで家にお邪魔すると、飾っていらっしゃるお客様も多いんです」と堺さん。施主もいつのまにか、この模型が完成への期待を高め、いつしか愛着に変わっていくのだろう。飾りたくなるのだろう。
Nさんも、堺さんが提示したプランと模型に大いに喜ばれ、大きな変更なく実施設計へ移っていった。
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掃き出し窓をフルオープンすると、リビングが拡張。エアコンを床に這わせ輻射式冷暖房(写真中央左側)を採用したことで、ランニングコストも安くなるという。
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プライバシーを確保しつつゆったりとした空間の中庭。窓の位置や大きさ、庇の張りだし具合を巧みに計算し、雨の日でも濡れにくい他、夏の太陽は遮り冬の日差しは導く。
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BBQなどに活用されている中庭。ガレージを経由して車が直接入れる開口を設けた。大型の家具・家電の搬入などにも便利。
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天井高を低くしたキッチンはブラックで統一されたシックな装い。堺さんが設計した収納棚は、使用時に開いた扉が邪魔にならないよう収納できるよう(垂直収納扉)になっているという。
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キッチンも堺さんの設計。デザイン性の高い台形を採用。洗剤のボトルもキッチン内に埋め込むなど、スッキリと見せる工夫満載。
天井高が変わるたびに、景色と豊かさが変わる
開放感と利便性を両立した上質な空間へ
こうして完成したN邸を具体的に見ていこう。
純日本風の家屋が点在する通りを進んでいくと、コンクリート造を思わせる都会的な邸宅が見えてくる。だが実はこの建物は木造だ。外壁は、サイディングに塗装を施し、目地を消して平滑にしあげることで、コンクリート打ちっ放しに似た質感を再現している。
「コンクリート造は、木造に比べてコストが増えます。さらにこの辺りは地盤がさほど強固ではないため、コンクリートにすると建物重量が増し、さらに地盤改良に追加費用がかかってきます」と堺さん。木造のほうが断熱性能を高めやすいこともメリットだ。これまで堺さんが、数多く物件を手掛ける中で磨いてきた「デザイン性と実用性」の両立の技の1つだ。
扉を開けて玄関に入ると、正面に光庭の景色が飛び込んでくる。閉塞感を生みがちな玄関に、視線の抜けと自然光をもたらす工夫だ。
邸内に進むと、そこに広がるのは、4mもの天井高をもつリビングだ。天井を低く抑えた玄関からの大開放。フルオープンになる掃き出し窓と高窓から光が降り注ぐ、なんとも気持ちの良い空間だ。タイルの床、白い塗装の壁と天井、さらには堺さんのアドバイスをもとに選らばれた上質な家具が調和し、まるで高級リゾートのヴィラのような雰囲気だ。
リビングの先には、ブラックで統一されたシックなキッチンが続く。キッチンや収納棚は堺さんの手による造作だ。東側上部に設けられた高窓から差し込む朝の光が、壁に反射しキッチンを照らすとともに、換気口の役目を果たすよう設計されている。
ダイニングは、キッチンの真横に配置し、動線の利便性を高めた。リビング、キッチン、ダイニングはいずれも中庭を囲む1つの空間に収まっているが、見える景色や天井高の違いが、それぞれのゾーンを巧みに区切っている。
「来客も多いご家庭と聞いています。たとえば、奥様のお客様がダイニングにいらっしゃるときに、ご主人はリビングで寛ぐ、というように、2か所同時に別々のことができるようゾーニングしました」と堺さんは説明する。
フルオープンになる窓を開けテラスに出れば、芝の広がる中庭が目の前に。テラスはリビングの延長としても使えるほか、中庭では友人などを招いてBBQも楽しめる。
「ガレージと中庭の間には、車が通れるほどの大きな開口を設けています。玄関を通らず中庭にアクセスできますし、大型の家具・家電の搬入や将来のリフォーム工事などにも対応できます。」と堺さん。先々まで見通した細かい配慮には脱帽だ。
家の奥に進むと、浴室・洗面。ランドリールーム。各個室が集まるプライベートゾーンへと至る。ランドリールームには勝手口が設けられており、仕事から帰ったNさんが、玄関を通らず直接ランドリーや浴室へ向かえるというスムーズな動線も確保した。
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東側に設けられた高窓から、朝日が壁に反射しキッチンを照らす。この窓は、煙突効果により空気の通り道にもなる。キッチンの奥がダイニングゾーン。抜群の動線を実現した。
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落ち着いた雰囲気のトイレ。奥様が選んだという六角形のタイルが良いアクセントに。
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洗面は同時使用が可能な2ボウルに。床面を広く使うためにあえてシンク下をオープンにしたという。
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ランドリールームには勝手口を。仕事から帰ったNさんはこの勝手口から直接入り、入浴や着替えができるという。
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シックなバスルームは、ホテルライクな仕様。坪庭の景色を眺めながらプチ露天風呂気分。
デザインよりも大切なものがある
安心・安全・信頼を礎にした家づくり
この家の出来栄えと暮らしやすさにNさんご家族も大変喜ばれているという。
「太陽光発電をつけたいとご相談をいただくなど、何かとご連絡をいただいています。信頼が続いているのをとてもうれしく思っています」と堺さんは語る。
「プライバシーが守られたノンストレスな家」「遊び心とデザイン性のある家」――Nさんの希望は随所に反映され、暮らしやすさとデザインを高い次元で両立した邸宅になった。
「実は私は、デザインは二の次だと考えています。一番大切なのは、安心・安全・快適な家であること。デザインはその先にあるものです」と堺さん。
堺さんは、住宅医協会認定の住宅医であるほか、熊本市戸建木造住宅耐震診断士、建築士会インスペクターなど、住宅の安全・安心を診断・支援する活動にも精力的に取り組んでいる。
このN邸も、耐震等級3、断熱等級5(UA値0.5)を確保し、長期優良住宅の認定も取得している。それだけ高い性能をそなえながら使い勝手とデザイン性をも満たす――この三位一体こそが、堺さんの真骨頂だ。
さらに堺さんは、自身のホームページに、設計・監理料について詳細な説明を掲載している。それは、家づくりのプロセスにおいても「安心」を大切にされているから。作業内容と対価を、透明性をもって示すことで、「建築家に家づくりを依頼するなんて敷居が高い」という先入観を取り除きたいと考えている。
安心・安全・信頼を礎に、施主が真に望む家をカタチにするーーー堺さんの家づくりの姿勢は、これからもずっと変わらない。
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棚やハンガーラックが並ぶ大容量のWIC。天井には高級感ある壁紙を採用した。
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玄関脇にある客間は中庭に面した和室。琉球畳の目を市松模様に。
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高さや広がり、光の入り方など、施主が感じ取れるようにと、毎回必ず作成するという白い無地の模型。完成への期待を込め自宅に飾られる施主も多いという。
基本データ
- 作品名
- 沖新町の家
- 施主
- N様
- 所在地
- 熊本県熊本市
- 家族構成
- 夫婦+子供2人
- 敷地面積
- 442.58㎡
- 延床面積
- 195.39㎡