光と風を味方に、開放的に暮らす
緑あふれる団地のRC造リノベーション

都心からほど近い団地の一室を、リノベーションで生まれ変わらせた建築家の自邸。住棟間隔にゆとりがあり、周囲が開けた団地特有のスケール感を生かすことで、どんな豊かな暮らしが叶っているのか。また、RC造の制約をどのように魅力に変えていったのか。設計者で住まい手でもある、黒瀬直也さんに話を伺った。

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光と風に満ちた心地いい場所とは?
答えは、築40年の「団地」だった

広い敷地に複数の住宅棟がゆとりを持って配置され、空いたスペースを樹木の緑が覆う。集合住宅でありながら一般的なマンションとは異なる趣を持つ「団地」。

そのロケーションに惹かれ、築40年の団地の一室をリノベーションし、自邸兼仕事場として構えた建築家の黒瀬直也さん。生まれてくるお子さんとの新生活を「光と風に満ちたゆとりある空間」でスタートしたいと、新築より短期間で施工ができ、コストも抑えられる集合住宅のリノベーションを選択した。

「それまで住んでいた賃貸住宅は、窓を開けるにも人通りが気になる場所で、理想とする暮らしを叶えるには、目の前に遮るものがなく視線が抜けていく物件がいいなと思っていたんです。そこで目をつけたのが、一つひとつの建物がゆとりを持って配置されている団地。東・西・北の三面に窓があり、どこを見ても緑が広がり、空がある。『ここだ!』と思いました」。

三方向の窓から差し込む陽光、室内を吹き抜ける風、季節や時間帯ごとに移り変わる景色。それらを住まい全体で共有できるよう、既存の間仕切りや扉を取り払って大きなワンルーム空間とした黒瀬邸。「窓」で外の世界とつながり、住戸内の風景が団地の緑や空と溶け合うことで、延床面積以上の広がりと生活の奥行きが生まれている。

「設計においては『団地らしさ』を生かすのが大前提にありました。団地がもたらす豊かさを家のどこにいても肌で感じ取れるよう、部屋を細かく間仕切ることはしたくないと思ったんです」と黒瀬さん。

リビングとダイニング・キッチン、出窓のカウンタースペース、寝室、土間のワークスペースと、いくつもの居場所が緩やかにつながり合う空間は、黒瀬さんが理想とする「家族に目が届く、手が届く暮らし」を体現したもの。

広い床の上をのびのびと走り回ったり、ダイニングテーブルにブロックを広げて遊んだりするお子さんのそばで仕事をするのも、日常のよくある風景になっているという。

「ワークスペースを出て、ダイニングからカウンターへ移動したりしながら、気分を変えて仕事をしています。部屋に閉じこもっているだけじゃつまらないなって。子どもにもそんな風に自由に過ごしてもらえたら嬉しいですね」。
  • 玄関ホールとの仕切りにはガラス入りの引き戸を採用。視線が真っすぐに抜け、空間の奥行きを感じられる

    玄関ホールとの仕切りにはガラス入りの引き戸を採用。視線が真っすぐに抜け、空間の奥行きを感じられる

  • 玄関横に設けたのは土足のまま上がれる土間のワークスペース。LDKにつながる引き戸を閉め切ることにより、独立した一部屋として利用することが可能だ。ワンフロアの中に少し奥まった落ち着ける空間があることで、自宅での仕事にも集中できるのだそう

    玄関横に設けたのは土足のまま上がれる土間のワークスペース。LDKにつながる引き戸を閉め切ることにより、独立した一部屋として利用することが可能だ。ワンフロアの中に少し奥まった落ち着ける空間があることで、自宅での仕事にも集中できるのだそう

  • 既存の間仕切りや扉を取り払った大きなワンルーム空間は、どこにいても家族の気配が感じられてお子さんを見守りやすい。「広い床の上をのびのびと走り回れるのもこの家のよさですね」と黒瀬さん。ぐるりと回遊できる動線もお子さんがワクワクできるポイント

    既存の間仕切りや扉を取り払った大きなワンルーム空間は、どこにいても家族の気配が感じられてお子さんを見守りやすい。「広い床の上をのびのびと走り回れるのもこの家のよさですね」と黒瀬さん。ぐるりと回遊できる動線もお子さんがワクワクできるポイント

  • 高い天井や開口、ハイドアによる「今っぽさ」とは正反対の、少し低めの天井や開口こそが「団地らしさ」。既存物件の特徴をそのまま個性として生かすことも、リノベーションの面白さのひとつだ。制約をいかに魅力に変えていくかが、建築家のセンスと経験の見せどころ

    高い天井や開口、ハイドアによる「今っぽさ」とは正反対の、少し低めの天井や開口こそが「団地らしさ」。既存物件の特徴をそのまま個性として生かすことも、リノベーションの面白さのひとつだ。制約をいかに魅力に変えていくかが、建築家のセンスと経験の見せどころ

「団地らしさ」を大切にデザインし
コンクリートの空間に温もりを

団地ならではの豊かな自然とゆとりを室内に引き込むように設計した大らかな住まい。リノベーションする上で大切にした「団地らしさ」は、室内空間にも反映されている。

既存の構造を利用するリノベーション。「RC(鉄筋コンクリート)造壁式構造」で建てられた団地の一室においては、壁を自由に取り払ってゼロからつくり直すことはできない。一般的には制約と呼ばれるものだが、それこそが家の個性 =「団地らしさ」になっているのだ。

「クロスを剥がしてコンクリート壁の躯体を現しにすることで、より団地っぽさを演出しています。天井が高いとは言えない団地は開口部も低めにつくられているのですが、それもそのままに。なぜなら高さのあるドアを入れると、今っぽい雰囲気になってしまうから。団地ならではのレトロなサイズ感はそのままに、自分たちの理想とする暮らしにどう近づけていくかを考えました」。

コンクリートがむき出しの家と聞くと、冷たいイメージを持たれる方も多いかもしれない。しかし黒瀬邸にはそれがない。厳密にいうと、無機質ではあるけれど温かいのだ。「どうしてそう感じるのだろう?」という問いには、こんな答えが返ってきた。

「無機質なだけの家になっていないのは、アクセントに木を使っているから。収納はすべてラワン合板(ベ二ヤ)でつくっているんです。ただ、木の面積が多過ぎてもうるさくなってしまうので、一部は白く塗装してバランスをとりました」。

スタイリッシュなコンクリート現しと、どこか懐かしさを感じるラワン合板。両極端の素材をニュートラルな白い壁がつなぐことで、シンプルでありながら表情豊かな空間が完成した。
  • 構造上、取り払うことのできないコンクリートの壁を現しに。無機質なだけの空間にならないよう、新たに造作したウォークインクローゼットはラワン合板で仕上げ、木の温もりをプラスした。いずれもラフな質感の素材のため相性がよく、見た目にも馴染んでいる

    構造上、取り払うことのできないコンクリートの壁を現しに。無機質なだけの空間にならないよう、新たに造作したウォークインクローゼットはラワン合板で仕上げ、木の温もりをプラスした。いずれもラフな質感の素材のため相性がよく、見た目にも馴染んでいる

  • 空間を細かく仕切らないことで、東・西・北の三面に窓から入る光が部屋の隅々にまで届き、明るい住まいに

    空間を細かく仕切らないことで、東・西・北の三面に窓から入る光が部屋の隅々にまで届き、明るい住まいに

  • 隣家の視線を気にする必要のない団地の一室で、カーテンのいらない暮らしを楽しんでいる黒瀬さん。ソファに座れば、視線の先に豊かな緑と広い空だけが目に入り、都心の住宅地ではなかなか感じることのできない開放感とゆとりに包まれる

    隣家の視線を気にする必要のない団地の一室で、カーテンのいらない暮らしを楽しんでいる黒瀬さん。ソファに座れば、視線の先に豊かな緑と広い空だけが目に入り、都心の住宅地ではなかなか感じることのできない開放感とゆとりに包まれる

  • フローリングに用いたのは180mmの幅広のオーク材。玄関から奥に向かって貼るのが一般的だが、同物件ではあえて大きな窓とバルコニーがある東西に向けて貼り、視線の抜けと方向を揃えてさらなる広がりを演出した。引き戸のフレームも木製で統一感を出している

    フローリングに用いたのは180mmの幅広のオーク材。玄関から奥に向かって貼るのが一般的だが、同物件ではあえて大きな窓とバルコニーがある東西に向けて貼り、視線の抜けと方向を揃えてさらなる広がりを演出した。引き戸のフレームも木製で統一感を出している

暮らしながら育てていけるように
「つくり込まない」のがこだわり

お子さんの成長とともにライフスタイルは変化することから、間仕切りも造作家具も最低限とし、暮らしながらカスタマイズしていくスタイルを選んだ黒瀬さん。

初めての子育てだからこそ、生活しながら必要だと気づくことが出てくるだろうと、あえて手を加えられる余地を残しておいたのだそう。

「最初からつくり込んでしまうと、後からこうしたいと思ってもなかなか難しい。ラフに仕上げておくことでDIYがしやすくなりますし、間取りも用途をかっちり決めないことで自由度が広がります。今はマットレスを敷いて川の字で寝ていますが、いずれはベッド代わりになる小上がりをつくろうかなとか、子どもが小学生になる頃に造作のデスクを設えようとか。空いたスペースにハンモックを設置したら楽しいかもと妄想するだけでもワクワクしますよね」。

その言葉通り、黒瀬邸は大きなワンルームの中に緩やかに領域分けされたいくつかの空間がある。それを黒瀬さんは「たまり」と表現していたが、「たまり」とは人が集まることによって生まれる流動的な「場」。リビング=団らんの場と固定化するのではなく、家族が集まることによってすべての空間が団らんの場になりうるということだ。

今回の団地リノベーションはご自身のための住まい。では、施主の家を設計する際には、建築家として何を一番大切にしているのだろうか。そう尋ねると、黒瀬さんはこう教えてくれた。

「徹底して住まい手自身になって考えること。そして、なぜそうしたのかという理由・背景をお施主様に伝えること。なぜなら、目に見えているもの一つひとつに隠れたストーリーがあると知ってもらうことが、家や生活への愛着につながっていくからです」。
  • 眺めのいい窓辺でクリエイティブな仕事ができたらと、リビングの一角に設えたカウンタースペース。カウンターテーブルの下に本棚を造作して使い勝手を高めた。三面採光で昼は明るく開放的、夜はスポットライトの灯りの下リラックスして過ごせる

    眺めのいい窓辺でクリエイティブな仕事ができたらと、リビングの一角に設えたカウンタースペース。カウンターテーブルの下に本棚を造作して使い勝手を高めた。三面採光で昼は明るく開放的、夜はスポットライトの灯りの下リラックスして過ごせる

  • 家族の食卓、ワークスペース、お子さんの遊び場と、さまざまな用途に活躍しているダイニングテーブル。こちらも黒瀬さんがデザイン&造作したオリジナル。書類やお子さんのおもちゃを大胆に広げられるワイドなサイズで、下部は収納スペースとしても活用している

    家族の食卓、ワークスペース、お子さんの遊び場と、さまざまな用途に活躍しているダイニングテーブル。こちらも黒瀬さんがデザイン&造作したオリジナル。書類やお子さんのおもちゃを大胆に広げられるワイドなサイズで、下部は収納スペースとしても活用している

  • 間仕切りや扉は必要最小限に。部屋をあえて仕切らないことによる豊かさと、家全体が受け入れる光と風をどこにいても感じられる家。一体感がありながらもコンクリートの梁によって視覚的なゾーニングが叶い、生活シーンに合わせて空間を使い分けることもできる

    間仕切りや扉は必要最小限に。部屋をあえて仕切らないことによる豊かさと、家全体が受け入れる光と風をどこにいても感じられる家。一体感がありながらもコンクリートの梁によって視覚的なゾーニングが叶い、生活シーンに合わせて空間を使い分けることもできる

  • ラフに仕上げる内装は暮らしながらカスタマイズがしやすく、DIYでコストを抑えられるメリットもある。黒瀬さんご自身、親族に手伝ってもらいワイワイ作業をしたことも家づくりのいい思い出になっているそう。「簡単な工事なら一緒に手を動かせるのでご相談ください」

    ラフに仕上げる内装は暮らしながらカスタマイズがしやすく、DIYでコストを抑えられるメリットもある。黒瀬さんご自身、親族に手伝ってもらいワイワイ作業をしたことも家づくりのいい思い出になっているそう。「簡単な工事なら一緒に手を動かせるのでご相談ください」

「この家に住むことができてよかった」
そう思える幸せを、より多くの家族へ

最後に、黒瀬さんの建築家としての魅力がわかるエピソードを紹介しよう。

ある中古物件のリノベーション。施主は窓の多さを気に入り、物件を購入したという。そこで黒瀬さんが提案したのが、天井をシルバーに塗ることだった。

「天井をシルバーに塗ると、窓から見える景色、空の青が天井にそのまま映り込むんです。また、見る角度によって映り込む景色も変わる。そうした理由をお伝えすると、とても喜んでくださいました。天井を目にするたびにこの会話を思い出して、ちょっと嬉しい気持ちになっていただけたら本望です」。

新築もリノベーションも「創作する」という意味において大きな違いはない。どんな場面でも住まい手の目線に立って考え、ときには一緒に壁を塗ったり家具を設えたりと手も動かす。そんなスタンスをこれからも変わらず大切にしたいと語ってくれた黒瀬さん。

「リノベーションはできる・できないがハッキリしているからこそ、その期待値を超えていくような、『この物件を買ってよかった』と思っていただける提案がしたい。物件探しからのリノベーションもぜひお手伝いさせていただきたいですね」。


光・風・家族の気配を感じられる団地での日々を糧としながら、黒瀬さんはこの先も多くのご家族の幸せな暮らしを、ともに紡いでいってくれることだろう。



撮影:黒瀬直也
  • リノベーション時に断熱改修を行い、外周に面する壁には新たに断熱材を施工。部屋を閉め切って過ごすのが好きではない黒瀬さんは、夏は窓を開けて風を感じ、冬でも換気をしっかり行うなど、外の空気に触れる心地よさを大切にしながら暮らしている

    リノベーション時に断熱改修を行い、外周に面する壁には新たに断熱材を施工。部屋を閉め切って過ごすのが好きではない黒瀬さんは、夏は窓を開けて風を感じ、冬でも換気をしっかり行うなど、外の空気に触れる心地よさを大切にしながら暮らしている

  • 開口部をまたいで設置した収納は、玄関収納兼リビング収納として使える2wayスタイル。引き戸のウッドフレームが引き立つよう、この収納はラワン合板ではなく白い面材で造作した。空間全体を俯瞰し、素材や色のバランスを調整するのも設計者の大切な仕事

    開口部をまたいで設置した収納は、玄関収納兼リビング収納として使える2wayスタイル。引き戸のウッドフレームが引き立つよう、この収納はラワン合板ではなく白い面材で造作した。空間全体を俯瞰し、素材や色のバランスを調整するのも設計者の大切な仕事

  • 解体前の黒瀬邸。完成時からリフォームがほぼ未実施の築40年の物件は、価格がリーズナブルで、リノベーション費用を足してもコストを抑えることが可能に。大規模修繕が行われた直後というのも、中古物件を購入するにはベストなタイミングだったそう

    解体前の黒瀬邸。完成時からリフォームがほぼ未実施の築40年の物件は、価格がリーズナブルで、リノベーション費用を足してもコストを抑えることが可能に。大規模修繕が行われた直後というのも、中古物件を購入するにはベストなタイミングだったそう

基本データ

作品名
K2 ~壁梁の家~
所在地
神奈川県横浜市
家族構成
夫婦+子ども1人
延床面積
85.67㎡
予 算
1000万円台

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