余白を生むずれ重なる箱の家
共鳴し合う建築と庭

道路に囲まれた敷地にあり、全方向から建物が見えるという「栃木の家」。建築家の押山さんによればプライバシーを守るために1.5mのコンクリート壁で囲まれた中に身を置くと、驚くことに威圧感や圧迫感が感じられない。家中が明るく、庭仕事が楽しめる気持ちのいい家はどのように計画されたのだろうか。

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全方向を道路に囲まれた敷地。魅力的な庭と
洗練された佇まいでプライバシーを確保

お施主さまが近隣にある旧宅から新たに家を新築して引っ越すことを決意されたのにはさまざまな理由があったそうだが、ひとつは以前の家が山に近く、がけ条例にかかっていたこと。そこで、昔から所有していた敷地に移ることにしたのだという。

家づくりを始めるにあたり、奥さまには「すっきりとした、生活感のない家にしたい」、ご主人には「庭いじりを楽しむため、庭のベースを上手につくって欲しい」というご要望があった。設計を担当した押山剛司建築設計事務所の押山剛司さんによれば、ご要望を叶えることは当然としながらも、要求されたボリュームに対して十分な広さの敷地で、そこにどのように建物やその他の機能を配置し豊かな場所にするかという事に非常に時間をかけた、とのこと。

押山さんは、まず道路との境界にぐるりと塀を計画しプライバシーを確保しつつ、車や人の出入り、来客用の駐車場、塀の外の植栽帯などを設えるため、塀を道路からセットバック。同時に建物のプランが計画され、リビングの前の大きな庭、寝室の前のプライベート性のある庭、和室の前の和の庭、内と外両者が絡み合うように計画。身を置く場所によって窓から見える景色が違うのはこの家の最大の魅力であると言える。

生活感が感じられる洗濯物も外部に見せないよう、物干しとして使うテラスもすっぽり壁で覆った。さらには、室外機や配管、雨樋なども外部の視線から徹底的に隠したという。そしてこれらは同時に、余計なラインのない「すっきりした佇まい」を実現する大きな要素にもなっている。
  • 北西から見た外観。外壁には2階部分はサイディング、1階部分はコンクリートを採用した。コンクリートは杉板柄など3種類が使い分けられ表情豊か。外構のコンクリート壁を一部下げ、壁の前に植栽帯を計画(画像右)し、壁の印象をやわらげた。壁の間を入ると家族用の駐車場に進む

    北西から見た外観。外壁には2階部分はサイディング、1階部分はコンクリートを採用した。コンクリートは杉板柄など3種類が使い分けられ表情豊か。外構のコンクリート壁を一部下げ、壁の前に植栽帯を計画(画像右)し、壁の印象をやわらげた。壁の間を入ると家族用の駐車場に進む

  • 南西から見た外観。2階の大きな開口はリビング。間に庭を挟み、道路との距離を取ることでプライバシーを守っている。庭に植えられた木々も成長するにつれ目隠しになるだろう。建物右側に見える木材のボリュームは、屋上に突き出た部分で室外機を隠している

    南西から見た外観。2階の大きな開口はリビング。間に庭を挟み、道路との距離を取ることでプライバシーを守っている。庭に植えられた木々も成長するにつれ目隠しになるだろう。建物右側に見える木材のボリュームは、屋上に突き出た部分で室外機を隠している

  • 外観。来客用の駐車場を3台設けて外構を下げ、圧迫感を軽減。来客は黒い仕切りからアプローチへ進む。コンクリート壁と垂直に交わる茶色い壁の素材は錆びることで安定するコールテン鋼。その横の屏風の鉄板を取り外すことで、ご主人の庭づくりのための重機がここから搬入できる

    外観。来客用の駐車場を3台設けて外構を下げ、圧迫感を軽減。来客は黒い仕切りからアプローチへ進む。コンクリート壁と垂直に交わる茶色い壁の素材は錆びることで安定するコールテン鋼。その横の屏風の鉄板を取り外すことで、ご主人の庭づくりのための重機がここから搬入できる

1階駐車場2階LDKを叶えた混合造。
複数の箱が織りなす極上のプロポーション

この「栃木の家」は1階がRC造、2階が木造である。混合造にしたのはさまざまな理由があったが、ひとつは3台分の駐車場を配置するため。RC造の堅牢な1階の上に木造の軽やかな2階が乗る。それによってコスト面でも税金の面でも有利にはたらいた。

異なる種類のものを組み合わせているのは構造だけではない。素材もそうだ。主な外壁は1階がコンクリート、2階はサイディング。加えてガラスや木材も用いられ、鉄板や鉄骨が見えているところもある。それだけではない。サイディングも石灰質を混ぜ1枚1枚異なる質感が味わえる製品を採用。単調なイメージのサイディングとは異なり、表情ある外観で、かつ汚れが目立ちにくい。

「この地域は集合住宅、一戸建て、商業施設などがバリエーション豊かに並ぶんです。ならば、家を単一の素材でつくるのではなく、表情豊かな建物としたかった」と押山さん。

もちろん、それは押山さんの確かなデザイン力による建物だからこそ成立したといえる。1階のRCや2階の黒いモノリスな箱に、浮遊していると見紛うガラスの箱や、アクセントのように加わった木張りのボリュームなど、大きなスケールの中に存在する細やかな操作によってどちらも引き立てあう「栃木の家」。多様な素材を用いながらも、散らかることなくすっきりとした佇まいにまとめ上げたデザイン力はさすがの一言。

外構においても、南西側の長手は3枚の塀で構成されているが、中央の来客用のエントランスの塀は錆が特徴のコールテン鋼を用いた。木張りの外観と共に経年による色の変化が楽しめる。また、北東側には小さな川が流れているが、そちら側はあえて塀を掛けず植栽帯とした。

リビング前の大きな庭に、以前の家より移植したという大きな紅葉を眺めることができる。これからまた時が経ち、ご主人が新たに植えた木々が成長して外部の植栽帯の花々が四季折々に咲き誇るようになるにつれて、一層近隣の人たちから親しまれ、愛される家になることだろう。
  • 北東側から見た外観。1階RC造、2階木造の混合造を選択し、2階リビングの下を抜いて駐車場を設けることを可能にした。2階左端に物干し場を兼ねたテラスがある。洗濯物を外に見せたくないという奥さまのご要望に応えた

    北東側から見た外観。1階RC造、2階木造の混合造を選択し、2階リビングの下を抜いて駐車場を設けることを可能にした。2階左端に物干し場を兼ねたテラスがある。洗濯物を外に見せたくないという奥さまのご要望に応えた

  • 上部から見た家。3面が道路に接しており、全方向から建物が見える。箱を組み合わせたような建物のフォルムに加えて庭や植栽の配置を工夫し、視線を遮りプライバシー性を高めた

    上部から見た家。3面が道路に接しており、全方向から建物が見える。箱を組み合わせたような建物のフォルムに加えて庭や植栽の配置を工夫し、視線を遮りプライバシー性を高めた

  • リビング前の庭、アプローチから玄関を見る。奥さまのご希望により玄関は約3.2mの鉄製のものを採用。玄関上にあるのが吹き抜けの開口。屋根を薄くするなど工夫し「ガラスの箱がついているように見せたかった」とのこと。画像左は駐車場。雨の日でも濡れずに室内に入れると好評だ

    リビング前の庭、アプローチから玄関を見る。奥さまのご希望により玄関は約3.2mの鉄製のものを採用。玄関上にあるのが吹き抜けの開口。屋根を薄くするなど工夫し「ガラスの箱がついているように見せたかった」とのこと。画像左は駐車場。雨の日でも濡れずに室内に入れると好評だ

  • 和室の庭は、砂利や苔を用いて雰囲気を合わせた。緑の苔の中に植えられた赤目紅葉のコントラストが映える

    和室の庭は、砂利や苔を用いて雰囲気を合わせた。緑の苔の中に植えられた赤目紅葉のコントラストが映える

触って心地よく、光に満ち、風が抜ける。
「気持ちのよさ」を重視したプランニング

大きな鉄製の玄関ドアを開けて室内に入ってみよう。エントランスは2階までの吹き抜け空間で開放的。外から見たガラスの箱は吹き抜け上部の大開口で、豊かに光を室内に落としている。奥さまは玄関でそのガラス窓から遠くの山々を眺めるのがお気に入りだという。

玄関脇にはウォークスルーのシューズクローゼットを配置。室内側の扉は階段の上り口の前に設けた。上下足をクローゼット内で履き替えるおかげで、玄関は常にすっきりと整えられている。また、面積にゆとりがあるためゴルフバッグもこちらに収納。駐車場に近い場所で出し入れできるのが嬉しい。

1階にはほかに、息子さまの個室と和室を設けた。来客用としても使用する和室は、外で暮らすお子さま一家がいらしたときにも余裕で泊まれるほどの広さがある。縁のない琉球畳の美しさや、ちょうながけで波打つように仕上げた足触りよい板間など魅力に溢れている。窓の外には砂利や苔を敷き詰めた和風な庭が広がり、贅沢なひとときを過ごせそうだ。

息子さまの個室にも庭に続く掃き出し窓がある。窓の正面に見えるのは、来客用のエントランス部分に用いたコールテン鋼の壁。その壁の前に白い幹のアオダモの株立ちを眺め、また深い庇もかかっているためプライベート感が高いのが特徴的だ。

2階にはLDKのほか、主寝室、水回りを配置した。LDKはテラスに続く南西側の壁一面を開口。眺望が楽しめるようLDKを2階に上げたと押山さんが話す通り、窓からは広々した庭越しにパノラマのように開けた景色が楽しめる。

LDKには実は絶景がもうひとつある。対面する一面に設けた長細い窓からの眺めだ。ソファに座ると、山の稜線のみが目に入り絵画のような美しさだとのこと。

ご要望だった「生活感が感じられない住まい」を実現すべく、壁で囲った2階浴室・洗面脱衣室から続くテラスは、奥さまが一番驚き、気に入られた場所になったそうだ。フルオープンで屋根のないテラス上部からは日差しが降り注ぎ、左右に設けられたスリットからは風が抜ける。「以前の家より洗濯物の乾きが断然早い」と奥さまが喜んでいるとのこと。

ひとつひとつの居室が居心地よく整えられているのはもちろん、玄関や、こちらも奥さまがお気に入りだという屋上など、居場所そのものが多いと感じる「栃木の家」。それぞれの場所で風が抜け、光が入るだけでなく、手触りや足触り、視線の抜けなど感覚の根幹に訴える気持ちよさがあるからこそ、「私の居場所だ」と感じられるのだろう。

日を追うごとに街の人たちに親しまれ、暮らす人の愛着が深まる、気持ちのよい住まい。「家」に大切なものの全てが、この「栃木の家」には詰まっている。



撮影者:渡邊崚生
  • 玄関。吹き抜け2階部分は2面の全面大開口とした。左の仕切りはシューズインクローゼットに続く

    玄関。吹き抜け2階部分は2面の全面大開口とした。左の仕切りはシューズインクローゼットに続く

  • 1階階段。踏板には石材を張った。2階上部にトップライトを計画。家の奥に当たる部分だが十分明るい

    1階階段。踏板には石材を張った。2階上部にトップライトを計画。家の奥に当たる部分だが十分明るい

  • 1階息子さまの個室。芝生の緑とコールテン鋼のコントラストが美しく、その手前に立つお気に入りのアオダモの株立ちが風にそよぐ

    1階息子さまの個室。芝生の緑とコールテン鋼のコントラストが美しく、その手前に立つお気に入りのアオダモの株立ちが風にそよぐ

  • 1階和室。障子を開けると目に飛び込むのは、和室からのみ眺められる庭。縁のない琉球畳はスッキリとした印象を与え、庭の景色を引き立てる。畳の回りの板は凹凸が付いた仕上げを採用。足触りがよく、来客にも喜ばれているのだとか

    1階和室。障子を開けると目に飛び込むのは、和室からのみ眺められる庭。縁のない琉球畳はスッキリとした印象を与え、庭の景色を引き立てる。畳の回りの板は凹凸が付いた仕上げを採用。足触りがよく、来客にも喜ばれているのだとか

  • 2階奥からキッチン、ダイニング、リビング。キッチンを挟み右の扉は廊下へ、左の扉はパントリーへ続く。キッチンは対面式。右の大開口は深い庇があり、夏の直射日光を遮る。また天井の中にロールスクリーンボックスを設え、普段はロールスクリーンが見えないよう設計されている

    2階奥からキッチン、ダイニング、リビング。キッチンを挟み右の扉は廊下へ、左の扉はパントリーへ続く。キッチンは対面式。右の大開口は深い庇があり、夏の直射日光を遮る。また天井の中にロールスクリーンボックスを設え、普段はロールスクリーンが見えないよう設計されている

基本データ

作品名
栃木の家
所在地
栃木県 栃木市
家族構成
夫婦+子供1人
敷地面積
1066㎡
延床面積
248㎡