緑に寄り添う窓辺を、旗竿地で。
理想の職住一体をかなえた陶芸家の住まい

旗竿地につくられた陶芸家ご夫妻の住居兼アトリエは、柔らかな光と緑に彩られ、仕事と暮らしのバランスも取れた心地よい空間。旗竿地というハードルを見事にクリアしたオノ・デザイン建築設計事務所 小野喜規さんの、秀逸なアイデアと感性を紹介する。

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旗竿地で、光・緑・風を楽しむ。
屋外の自然とつながる心地よい窓辺

お子さまと3人暮らしのHさまご夫妻は、お2人そろって陶芸家。東京都内に新築した住居兼アトリエを設計したのは、オノ・デザイン建築設計事務所の小野喜規さん。光の陰影で落ち着いた空間美を描き、住み心地のよい住宅をつくる小野さんは、H邸でもその手腕を大いに発揮する。

小野さんが家づくりで大切にしていることの1つが「窓辺」だ。小野さんは、窓辺は屋外の光・緑・風を感じる特別な場所であり、「居心地のいい窓辺が、居心地のいい空間を生む」という考え。実際、窓の存在感を活かした設計センスは抜きん出ており、過去の設計でも魅力的な窓辺を多数つくり出してきた。

しかしH邸の敷地は、建物に囲まれた旗竿地。窓の取り方が難しい条件だが、小野さんは柔軟なアイデアで乗り切った。建物の2カ所にL字の小さなくびれを設け、コンパクトな前庭・裏庭の2つの庭をつくったのである。これによって邸内は「庭に面する空間」が増え、屋外の自然を感じる窓辺が至るところに誕生した。

例えば1階の応接間では、裏庭に面した壁の下半分だけを窓にして、その上の天井には天窓を設置。隣家の視線を気にせず緑を眺めることができるうえ、上方から柔らかな光も下りてきて、静かな心地よさに包まれる。

この窓に限らず、H邸はどの窓も「見て心地いいもの」だけが見える絶妙な場所に絶妙なサイズでつくられている。プライバシーの懸念がない天窓も多く、空や光を感じるスポットが豊富。旗竿地ながら居場所、時間帯ごとに景色や光の表情が変わっていき、「住んでいて飽きることがありません」と、Hさまも大変気に入ってくださっているという。
  • 玄関前から路地方面を見る。H邸の窓はいずれも、庭木の緑が見える「ちょうどよい場所」につくられている

    玄関前から路地方面を見る。H邸の窓はいずれも、庭木の緑が見える「ちょうどよい場所」につくられている

  • 1階応接間。H邸は旗竿地のため、建物の2カ所をL字に凹ませ、2つの小さな庭をつくって「庭に面した窓」を各所に設置。応接間は隣家の窓と相対しない低い位置に大窓があり、裏庭の緑が見える。窓の上は作品を飾る造作棚。天窓の光がスポットライトのように作品を照らし出す

    1階応接間。H邸は旗竿地のため、建物の2カ所をL字に凹ませ、2つの小さな庭をつくって「庭に面した窓」を各所に設置。応接間は隣家の窓と相対しない低い位置に大窓があり、裏庭の緑が見える。窓の上は作品を飾る造作棚。天窓の光がスポットライトのように作品を照らし出す

オン・オフが自然に切り替わり、
長く家にいても飽きない工夫

アトリエを兼ねた職住一体のH邸設計にあたり、小野さんは「家にいる時間が長くても飽きない空間」を目指した。時間や季節の移り変わりを感じる窓辺はそのための工夫の1つだが、各階に設けられたギャラリーも、飽きない空間づくりに一役を買っている。

H邸は1階が仕事フロア、2階が生活フロアという構成で、玄関を入ってすぐの場所にはご夫妻の作品をディスプレーできる1階のギャラリーがある。ここから奥へ進むと仕事の応接間やアトリエで、ギャラリー脇の階段から上へのぼると生活空間。1階ギャラリーは「仕事と生活の中間的な余白スペース」の役割も担い、仕事でもなく暮らしでもない心のゆとりを生み出す。

一方、2階のギャラリーには、ご夫妻が大切にしている像刻家の前川秀樹氏のアートがディスプレーされている。2階はこのギャラリーを囲むようにリビング・ダイニングや個室が配され、生活動線でアートを眺め、ふっと日常から解き放たれることができる。窓辺の話に少し戻るが、このギャラリーの窓もいい。夕方になると、西の窓から差し込む金色の光が前川氏の作品を照らし、西日とアートのノスタルジックな情景で1日が終わっていく。

「ほどよい見え隠れによる新鮮さ」も、飽きない空間づくりの一環だ。小野さんは真四角の部屋を単純に羅列せず、ギャラリーや通路を活かして配置し、出入口の場所や仕切り壁の高さも工夫した。おかげで邸内を移動する際、さまざまな空間をさまざまな角度で垣間見ることができる。動線上で折々に変わる視界が空間にいきいきとした表情を与え、暮らしに新鮮さをもたらしてくれるのだ。
  • 1階アトリエ。Hさまご夫妻は2人とも陶芸家のため、前庭近く・裏庭近くの2カ所にご夫妻それぞれの専用アトリエを用意。どちらもろくろのすぐ近くに庭の緑を眺める窓があり、屋外の自然を感じながら仕事ができる

    1階アトリエ。Hさまご夫妻は2人とも陶芸家のため、前庭近く・裏庭近くの2カ所にご夫妻それぞれの専用アトリエを用意。どちらもろくろのすぐ近くに庭の緑を眺める窓があり、屋外の自然を感じながら仕事ができる

  • 2階ギャラリー。写真手前は前川秀樹氏の作品。夕方は奥の格子窓から西日が入り、ノスタルジックな雰囲気に

    2階ギャラリー。写真手前は前川秀樹氏の作品。夕方は奥の格子窓から西日が入り、ノスタルジックな雰囲気に

どこを取っても絵画のように美しい。
「なんとなく落ち着く、いい家」

住まいに対するHさまご夫妻の要望には、「なんとなく落ち着く、いい家」というものもあった。シンプルなだけに難しいお題だが、「たくさんお話を伺って作品も拝見し、好みや理想とする暮らしを感じ取っていきました」と話す小野さん。ご夫妻の作品は日常使いのうつわなどが多く、肉厚で手に馴染み、どことなくかわいらしい印象を受けたという。

H邸の内装素材は、左官塗りの珪藻土、経年で味わいを増すウォルナットやブラックチェリーなど、趣のある自然素材が多い。これらは「職業柄、本物の質感を大切になさるはず」と考えた小野さんの提案だが、ご夫妻の作品の印象も反映されているのだろう。

2階ギャラリーにある、前川氏の作品から受けたインスピレーションも活きている。L字型でそれとなく分かれたリビング・ダイニングの天井は、それぞれがゆるやかなアーチ型。「前川氏の作品は流木でつくられており、祈りのような雰囲気もあります。そこで、岸辺に木を打ち上げる波や西欧中世の教会を思わせるデザインを取り入れてみました」と小野さん。確かに、連続したカーブを描く天井ラインは波のようでもあり、ゴシック建築の教会に見られるヴォールト天井のようでもある。

こうした素材・デザインをかけ合わせたH邸は、本物の上質感と、心洗われる静謐な空気感に満ちている。小野さんの絶妙な窓計画による光と影の対比も美しく、フェルメールの絵画のようなしっとりとした雰囲気も漂う。「なんとなく落ち着く、いい家」という要望にこんな風に応えるとは、小野さんの感性は実に詩的だ。黙々と土に向き合う陶芸家に、これほどふさわしい住まいはないだろう。
  • 2階。右がリビング、左奥がダイニング。連続するカーブ天井が、たゆたう波や教会のアーチ天井を思わせる

    2階。右がリビング、左奥がダイニング。連続するカーブ天井が、たゆたう波や教会のアーチ天井を思わせる

  • 2階ダイニングからリビングを見る。リビング・ダイニングは、L字型の空間で2つのスペースがそれとなく分かれている。ダイニング側にも裏庭に面した大きな窓があり、障子を通してやさしい光が入ってくる

    2階ダイニングからリビングを見る。リビング・ダイニングは、L字型の空間で2つのスペースがそれとなく分かれている。ダイニング側にも裏庭に面した大きな窓があり、障子を通してやさしい光が入ってくる

間取り図

  • 1F平面図

  • 2F平面図

基本データ

作品名
陶芸家の家
所在地
東京都練馬区
家族構成
夫婦+子供1人
敷地面積
345.34㎡
延床面積
292.08㎡