家作りは突然に!?
中庭で90歳の母の暮らしをこんなに豊かに!

 建築家の石井 保さんが2人暮らしの親子のためにつくった住まいは、細長い敷地を活かした中庭付き。石井さんが、まず中庭を設けようと思った理由とは? また、中庭があることで、住み心地はどう変わるのか。快適さとくつろぎをもたらしてくれる“中庭のある家”の魅力を紹介しよう

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距離感から緑豊かな眺めまで、多彩な役割を果たす“中庭”

区画整理による立ち退きで、新しい住まいをつくることになったAさん親子。思いがけない新居建設にあたって最も大切にしていたのは、90歳を越える高齢のお母さまが安心して快適に暮らせることだった。

 完成したA邸は、とてもシンプルな構成だ。1階が生活空間、2階はゲストルームと納戸があり、普段の生活は1階で事足りる。その1階はお母さまの個室、共用スペースとなるLDK、娘さんの個室の3空間がコの字型でつながっていて、コの字の中央には中庭がある。

 「中庭をつくることは、南北に細長い敷地を見たとき、すぐに思いつきました」と語るのは、この家を設計した建築家の石井保さん。「親子それぞれの個室の独立性とひとつ屋根の下の一体感、そのバランスをとる方法として、間に中庭を挟むことを考えたのです」

 石井さんの言葉通り、中庭越しに向かいの個室が何となく見えるA邸は、親子間のプライバシーの確保とお互いの気配がわかる安心感のバランスがちょうどいい。中庭はこのベストな距離感を生み出すうえで欠かせない存在だが、中庭が果たす役割はこれだけではないという。

 中庭の2つ目の役割は、玄関や水まわりに近くて動線がよい、との理由から、家屋の北東に配置したお母さまの個室の日当たりの確保である。お母さまの部屋から見ると、南に中庭、さらにその南に娘さんの個室があるのだが、2階はお母さまの部屋の上に寄せてあり、南にある娘さんの個室部分は平屋造り。さらに、中庭もとってあるため、南からの光が遮られることなくお母さまの部屋に入ってくる。北東に位置していても十分な採光を得られる環境に、中庭が一役を買っている、というわけだ。

 3つ目は、家にいる時間の楽しさを生み出すこと。草木を育て、花を眺めることが好きなAさん親子にとって、緑豊かな中庭は日常に大きな楽しみをもたらしてくれる存在だ。先述のように中庭を囲むコの字型のA邸は、親子の個室はもちろん、間にあるLDKからも中庭を眺められる。なかでも、ダイニングテーブルのお母さまの席は、中庭が最もよく見える位置になるよう計算されている。

 中庭をより楽しんでもらえるよう、一角には置き型の水琴窟(すいきんくつ)も設置した。石井さんによると「水琴窟は、本来は地中に甕などを埋め、中に水を落として響く水音を楽しむものですが、地中に埋めるタイプは手入れが大変なんです。置き型であれば掃除がラクで、扱いやすいと思います」とのこと。雨の日に快い水音を響かせる中庭は情緒にあふれ、訪れる人から「風流でいいわねえ」と、うらやましがられることもしばしば。

 「ご高齢で家にいらっしゃる時間が長いお母さまに、家での時間をできるだけ楽しんでいただける空間をつくりたいと思いました」と語る石井さん。春夏秋冬、雨の日も、晴れの日も、眺めて楽しく耳を澄ませて癒やされる。多彩な役割を持つ中庭は、90歳を過ぎて家を建てることになろうとは想像もしていなかったであろうお母さまの新生活を、より豊かに、生き生きと彩るための大切な空間なのである。

動線や素材にこだわった“やさしい空間”

 設計は細部まで、お母さまの“住みやすさ”や“使いやすさ”を十分に考慮した。玄関の上がり框は低めにし、1階の床はフルフラット。廊下には手すりを設け、幅も広めにとり、扉はほとんど引き戸とした。「トイレだけは広さをとれず引き戸にできなかったのですが、ドアが半円形にスライド移動してドアそのものが邪魔にならないタイプを使用しています」との話からも、できうる限り使いやすさを追求した石井さんの姿勢がうかがえる。

 床は感触がやわらかくて温かいパインの無垢材、お母さまと娘さんの個室の壁は吸臭・調質にすぐれた珪藻土。石井さんは、身体が直接触れるところには、できるだけ自然素材を使うよう心掛けているという。

 「バリアフリー的なこともいろいろ考慮していますが、お母さまは90歳を過ぎてもとてもお元気。打ち合わせにうかがうと、いつも楽しくお話させていただきました」と言う石井さんは、こんな話もしてくれた。「お話をさせていただく中で洗濯物を干すなどの簡単な家事はご自分でできるように配慮し、縁側は水まわりからできるだけ近いほうがいいだろうとか、そんなことも考えました」

 A邸にまつわる話を聞けば聞くほど感じるのが、石井さんのAさん親子の暮らしに対する温かな目線だ。そもそも、Aさん親子が石井さんに設計を依頼したのは、オープンハウスで石井さんに出会い、「信頼できる、やさしそうな人だ」と思ったからなのだとか。

 おそらくは終の住処となる家づくり、どんな人に設計を託すのか、Aさん親子もあれこれ迷ったに違いない。果たして出来上がった家は明るく快適、風情にあふれ、細かなところまで使いやすい。それも、単にラクするだけじゃない、生活することへの積極性も尊重している思いが伝わってくる。石井さんがつくった住まいでの穏やかで充実した暮らしを想像すると、Aさん親子の直感は正しかったのだと思わずにはいられない。

【石井 保さん コメント】
 細長い敷地を見てすぐに中庭のある家を思いつき、あとは快適な採光や通風を得られるよう、2階の位置や屋根の形状などを計画しています。中庭をつくったおかげでどの空間も日当たりがよくなりましたので、快適に暮らしていただけると思います。水琴窟は手入れのラクな置き型を提案しましたが、ご近所にお住まいのご親戚からも好評とのこと。普段の生活の中で四季折々の自然や和の情緒を楽しんでいただけたら嬉しいですね。
  • 階段/階段の横に造り付けた棚は、娘さんのご要望で設えた。飾り棚としても使えるが、本を並べる予定だそう。「日常的に文字を目にすると、お母さまの頭の体操になる」というのがその理由

    階段/階段の横に造り付けた棚は、娘さんのご要望で設えた。飾り棚としても使えるが、本を並べる予定だそう。「日常的に文字を目にすると、お母さまの頭の体操になる」というのがその理由

基本データ

施主
A邸
所在地
埼玉県
家族構成
夫婦+子供1人
敷地面積
162.00㎡
延床面積
110.28㎡