夫婦、各々でやりたい事を実践するために
熱海の急斜面に建てた平屋の別荘

転がり落ちそうな崖地に別荘を建てられるのでしょうか? と相談を受けた建築家の米村さん。豊富な別荘建築と崖地斜面地の設計経験によって、お施主さまの要望を叶え満足度の高い別荘をつくりあげた。夫婦2人が心地よくすごすための、ワクワク感を大切にした空間づくりの極意に迫る。

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候補になったのは傾斜30度の崖地。
確かな技術とチャレンジ精神で別荘を建てる

東京都内からのアクセスがよい熱海に別荘が欲しい、と土地を探していたKさま夫妻。候補となりそうな土地がいくつか見つかるも崖地ばかりだった。この敷地に家が建つのか確信を得るためにインターネットで専門家を探し、出会ったのが米村和夫建築アトリエの米村和夫さんだ。

別荘建築の設計を得意とする米村さん。かなりの傾斜だといわれていた第一候補の土地を見て、設計者の直感として「できる」と判断した。あえて、なぜそう感じたかを聞いたところ「土地の傾斜角度が、宅地造成の規制が入らないと思われ、崖地ではあるけれども入り組んだ土地ではなかったからです。それに、隣地に家が建っていますから」とのこと。

とはいえ、敷地の傾斜は30度。斜面の上に立ち下を覗けば転がり落ちてしまいそうなほどの崖地だ。安全に家を建てるため、様々な準備や工夫をしている。

まず初めに地質調査したところ若干弱い地質の部分もあったことから、安定した地盤まで杭を打って補強。また家を軽くし、土地にできる限り負担をかけないよう、RC造ではなく基礎のみに鉄骨を用いた木造とした。

家の強度についても熟考されている。室内は別荘らしい眺望や開放感を損なわないことを前提として、柱などを省きすぎず適所に配置した。さらに、構造計算はあえて専門の事務所に依頼。米村さんも一級建築士で可能ではあるが、確実さを追求した。

崖に家を建てるには工事のリスクが高く、それに向き合う覚悟が必要になることから、施工を請け負う工務店探しは難航。見積もりのための声掛けは、東は東京都内、西は静岡市にまで及んだという。そのため、工事契約にたどり着くまでに、予定より半年ほど長くかかってしまったというが「Kさま夫妻は私を信頼して待ってくださっているわけですから、必ず探そうと思いました」と米村さん。「家づくりに携わる者として、可能性がある限りチャレンジする姿勢がなくては」とも語る。

米村さんの優れた設計力はもちろん、熱意によってKさま夫妻はついに理想の別荘を手に入れることができたのだ。
  • 崖下から別荘を見あげる。30度の急傾斜地である。当初、本当にこの地に家が建つのか? と不安だったKさま夫妻だったが、米村さんの設計力と信念で実現した。今はこの斜面地に家庭菜園ができている。外壁と軒、家を支える鉄骨の柱、梁、デッキの構成材の配色が目を引く

    崖下から別荘を見あげる。30度の急傾斜地である。当初、本当にこの地に家が建つのか? と不安だったKさま夫妻だったが、米村さんの設計力と信念で実現した。今はこの斜面地に家庭菜園ができている。外壁と軒、家を支える鉄骨の柱、梁、デッキの構成材の配色が目を引く

  • 道路側から見た外観。画像右手前に中古の枕木を使用した階段がある。枕木の雰囲気に合わせて階段や玄関へのアプローチ空間をデザインしたと米村さん。郵便受け、サイン(表札)など、小物の選び方にもこだわりが光る。階段を下ると、家庭菜園へ行くことができる

    道路側から見た外観。画像右手前に中古の枕木を使用した階段がある。枕木の雰囲気に合わせて階段や玄関へのアプローチ空間をデザインしたと米村さん。郵便受け、サイン(表札)など、小物の選び方にもこだわりが光る。階段を下ると、家庭菜園へ行くことができる

  • 玄関。趣味の自転車を手入れするメンテナンススペースにしたいとの要望から広く土間をとった。別荘を使いこなすコツの1つは、車からの荷物の出し入れにあるといわれる。寒い日、雨の日、暑い日、夜間の到着でもスピーディーに車から荷物を運び入れないといけない。棚はゆとりを確保し多目的な使用に耐えられるようにしている。湿気対策で戸は設けていない。正面は玄関扉、左は掃除用品の収納スペースの扉。下部を開放して、ロボット掃除機が出入りできるようにした

    玄関。趣味の自転車を手入れするメンテナンススペースにしたいとの要望から広く土間をとった。別荘を使いこなすコツの1つは、車からの荷物の出し入れにあるといわれる。寒い日、雨の日、暑い日、夜間の到着でもスピーディーに車から荷物を運び入れないといけない。棚はゆとりを確保し多目的な使用に耐えられるようにしている。湿気対策で戸は設けていない。正面は玄関扉、左は掃除用品の収納スペースの扉。下部を開放して、ロボット掃除機が出入りできるようにした

非日常に身をおき、太陽と緑と海を感じる。
夫婦2人が快適に過ごすコンパクトな平屋

別荘では夫婦水入らずで、心地よく過ごしたいと考えていたKさま夫妻。望んだことは「できるだけコンパクトな空間」で、「非日常を楽しめる」こと。そこで米村さんが提案したのは延床面積90㎡の平屋だ。

ご夫妻は「家といえば2階建て」と想像していたそうだが、夫婦2人のためのスペースなら、LDKと寝室、最低限の水回りのみで十分だと考え客間や子ども部屋は必要ないと判断した。そのうえで、動線を考えたら平屋も十分に検討の余地があると提案したところ賛同が得られた。またそれは、この敷地が敷地面積に余裕がある別荘地だということ、ご夫妻の年齢や暮らし方を考慮したゆえの提案でもあった。

日常は共働きで多忙を極めているというご夫妻。リフレッシュのために別荘に来て、掃除に時間を取られるのはもったいない。コンパクトな家なら、それだけ掃除も楽になる。手間を省き効率を高めるために床をフラットにし、ロボット掃除機を収納するスペースの建具は下部に隙間を開けた。家族である犬たちも一緒に来ることが多いといい、掃除機を出すという手間もなくロボットに任せられるのは本当に便利だろう。

崖地の上に立っている家は見晴らしがよく、非日常感もたっぷり味わえる。絶景を思う存分楽しめるよう、LDKは一面に窓を設けた。自然を丸ごと取り込むような開口により、室内と外部が一体となった開放的なLDKに仕上がっている。窓の外にはゆとりあるデッキテラスが続き、緑に囲まれた自然の中で別荘ライフを感じることができる。

贅沢さといえば、室内の設えもそうだ。家の中心には、デンマーク製の薪ストーブを設置した。また、構造材を現しにした天井が、自然の中にある別荘の雰囲気を引き立てている。「程よい木質感が出るのももちろんですが、せっかくいい職人さんにつくってもらったわけですから、その仕事ぶりは見えたほうがいいですよね」と米村さんは話す。

基本的には夫婦2人のための別荘だが、お子さまやお客さまが訪問したときのためにリビングの一角に間仕切りのない3畳の畳スペースを設けた。隣接するキッチンとは、収納棚で仕切っている。さりげなく見えるが布団も収納できるゆとりがある。こうした配慮も心憎いところだ。
  • リビングエリアにはご夫妻が「別荘を持ったときにはこれを!」と決めていたという、デンマークのライス社製薪ストーブ(Q-BE)を設置。この薪ストーブの演出する炎の美しさは感動的であり、この炎をみるだけでも別荘に行く価値がある

    リビングエリアにはご夫妻が「別荘を持ったときにはこれを!」と決めていたという、デンマークのライス社製薪ストーブ(Q-BE)を設置。この薪ストーブの演出する炎の美しさは感動的であり、この炎をみるだけでも別荘に行く価値がある

  • LDKから視界が開ける南側を見る。正面、敷地内に育つシンボルツリーは、四季を通じていろんな表情をみせ木漏れ日を演出してくれる。その背後に相模湾、初島、大島、真鶴半島を眺めることができる。ウッドデッキは、室内と室外を繋ぐ第2リビンングである

    LDKから視界が開ける南側を見る。正面、敷地内に育つシンボルツリーは、四季を通じていろんな表情をみせ木漏れ日を演出してくれる。その背後に相模湾、初島、大島、真鶴半島を眺めることができる。ウッドデッキは、室内と室外を繋ぐ第2リビンングである

  • 左手前が床より30センチほどの高さの畳スペース。仕切りや壁は一切設けずに、オープンである。家族や来客の宿泊に対応するようになっている。空間を仕切る棚の裏側には、キッチン側の棚が背中合わせに配置されている

    左手前が床より30センチほどの高さの畳スペース。仕切りや壁は一切設けずに、オープンである。家族や来客の宿泊に対応するようになっている。空間を仕切る棚の裏側には、キッチン側の棚が背中合わせに配置されている

ワクワク感を大切に、自転車や料理、読書、
家庭菜園と趣味に専念できる別荘

この別荘で何をして過ごそう? とワクワクすることも非日常感を味わう大切な要素。だからこそ、この別荘ではワクワク感やくつろぎ感を満喫できる場所を設けている。

たとえば玄関には、趣味の自転車のメンテナンスができる広々した土間を配置。収納棚も、靴に加えてメンテナンス用品をしっかり収納できるよう余裕をもってつくった。また、寝室の読書スペースも窓際にベンチのように使えるカウンターが造り付けており、しゃれている。景色を眺めながら豊かな気持ちでひとときを過ごせるだろう。

ご夫妻がこだわりを持って選ばれた薪ストーブは、ちょうど目線の高さで薪が燃える様子を眺められ、リラックス効果も抜群だ。さらには、崖の斜面を利用して、創意工夫により家庭菜園も楽しんでいる。今では季節の野菜が育ち、食卓も収穫した野菜で色とりどりなのだそうだ。充実した設備の中で贅沢な時間を過ごすことでワクワクし、くつろいでもらえたらと米村さんは考えている。


外観の、水平に伸びる大屋根の存在感も魅力的だ。枕木を使いたいというご要望を受け、道路レベルより1m下がった玄関までのアプローチに取り入れた。エントランス側は、壁面に取り付けた船舶照明による柔らかな光が塗り壁の味を引き立たせ、温かみのある仕上がり。塗り壁の素材はジョリパッドで、日本を代表する建築史家であり建築家でもある、藤森照信氏の作品のイメージから提案した。

屋根や軒は、時間が経っても味わいが出る銅板をイメージ。外壁の一部には焼杉も採用してやや和風のテイストもかもし出している。崖側の基礎の鉄骨は、外壁の色と屋根の色に合わせて海をイメージし塗装した。ご夫妻がぜひ使いたいと考えた素材を生かし、さらに特徴を際立たせるように考えられたデザインは、ご夫妻も大変満足されているそうだ。

家づくりにおいては、なによりもお施主さまから信用、信頼していただくことが大切と考える米村さん。そのためのコミュニケーションは惜しまずに「可能性がある限り追求、検討」「プランは何度でもつくる」「わかりやすく説明」というスタイルで信頼感を築いている。こうしてひとつひとつ積み上げてきた信頼感関係が土台にあるからこそ、Kさま夫妻は施工会社が決まるまでの半年もの間を楽しみに待っていてくださり、仕上がりを「満足です」と喜んでくださったのだろう。
  • 室内と外部をつなぐウッドデッキは第2のリビングとして活用。そこに設ける室内と外部をつなぐ境界の手摺りは、安全性とともに一体感を得るための透過性も確保し、2匹の犬たちの飛び出しを防ぐ必要があった

    室内と外部をつなぐウッドデッキは第2のリビングとして活用。そこに設ける室内と外部をつなぐ境界の手摺りは、安全性とともに一体感を得るための透過性も確保し、2匹の犬たちの飛び出しを防ぐ必要があった

  • 景色のよい傾斜地のメリットのひとつに、覗かれることがほぼないことが挙げられる。普段はあまりスポットが当たらないトイレや浴室にも出番がやってくることも! 大きな窓を
確保したり、長いカウンターテーブルを設けたり、お気に入りのタイルを夫婦で探しまわり現場で貼ったりと空間づくりを楽しんだ

    景色のよい傾斜地のメリットのひとつに、覗かれることがほぼないことが挙げられる。普段はあまりスポットが当たらないトイレや浴室にも出番がやってくることも! 大きな窓を
    確保したり、長いカウンターテーブルを設けたり、お気に入りのタイルを夫婦で探しまわり現場で貼ったりと空間づくりを楽しんだ

  • キッチンでの作業、会話も重要である。家庭菜園でできた野菜の話をしながら食事をすれば話が盛り上がらないはずがない。できるだけ型にはまることなく、自由に創造的に使いこなしていくことを意図しステンレス製の業務用キッチンを採用している。中央に配膳カウンターテーブルを設置する予定もある

    キッチンでの作業、会話も重要である。家庭菜園でできた野菜の話をしながら食事をすれば話が盛り上がらないはずがない。できるだけ型にはまることなく、自由に創造的に使いこなしていくことを意図しステンレス製の業務用キッチンを採用している。中央に配膳カウンターテーブルを設置する予定もある

基本データ

作品名
熱海の30度斜面に建つ家
施主
Kさま
所在地
静岡県 熱海市
家族構成
夫婦
敷地面積
400㎡
延床面積
90㎡
予 算
3000万円台