プライバシーを保つベランダと広いLDK。
手仕事感を大切にした、自然を感じる家

「美しい雨の家」のお施主さまは家具デザイナー。建築家の小林さんはお施主さまデザインの家具やアートが映える室内の設えはもちろん、住宅街の中で光や風を感じながら、バルコニーでお子さまがプール遊びを楽しめるほど開放的に暮らせる家を実現した。満足度の高さは、要望を丁寧に読み解くからこそ得られるという。

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会話を重ね、要望の核心を探る。
囲まれたバルコニーで叶った開放的な暮らし

東京都世田谷区。住宅街を歩いていると不思議と目に留まる家がある。株式会社フォーアイズの小林裕志さんが設計した「美しい雨の家」だ。

施主、Iさまは家具デザイナー。広いLDKや子どもが遊べるバルコニーを備えた、家具やアートが映える家にしたいとお考えだった。小林さんはこれらの要望を形にする過程としてさらに質問を重ね、コミュニケーションの中から核心となる部分を探すという。このステップを経ることで、ひとつの要望に対してさまざまな角度から本質に迫った、お施主さまが納得できる提案を出せるからだ。

要望の核は「自然が感じられ、開放的で、家族が繋がる家」と理解したが、ここは住宅街。風や光など自然を感じられる機会は少ないと思われた。そこで、2階に計画した広々としたバルコニーを壁で囲み、プライベートな空間をつくり上げた。高い壁のおかげで外部からの視線は届かず、夏はお子さまがプール遊びも楽しめる。また、風や光が十分に家に入ってくるうえ、ベランダの天窓のようにくり抜かれた部分から空を眺めることもできる。

こうして、住宅街の中でも自然を近くに感じる開放的な暮らしを実現した小林さん。雨が降っていたある日ベランダに目をやると、まるで家の中に雨が降っているように見えたと語る。その情緒豊かな風景の体験から、この家を「美しい雨の家」と名付けたのだそうだ。
  • 外観。外壁にはガルバリウム鋼板を採用。職人たちが現場で曲げながらつくったため、最近では珍しい「手仕事感」がある。屋根の勾配に合わせて自然に納めることができたのも、手仕事ならでは

    外観。外壁にはガルバリウム鋼板を採用。職人たちが現場で曲げながらつくったため、最近では珍しい「手仕事感」がある。屋根の勾配に合わせて自然に納めることができたのも、手仕事ならでは

  • 外観。2階の出っ張り部分はベランダ。壁を立ち上げ、屋根の一部を天窓のようにくり抜いたことによって、光や風は入るが、外部からの視線は届かない。下のスペースは駐車場

    外観。2階の出っ張り部分はベランダ。壁を立ち上げ、屋根の一部を天窓のようにくり抜いたことによって、光や風は入るが、外部からの視線は届かない。下のスペースは駐車場

  • 道路からポーチ、玄関を見る。ポーチの右側に外部収納を設けた。画像右に設けられた小さな庭で使う道具や、ベビーカーなど、外で使用するものは外に収納場所をつくったほうが散らからないと、小林さんから提案したとのこと

    道路からポーチ、玄関を見る。ポーチの右側に外部収納を設けた。画像右に設けられた小さな庭で使う道具や、ベビーカーなど、外で使用するものは外に収納場所をつくったほうが散らからないと、小林さんから提案したとのこと

LDKは間仕切りのない大空間。
家具が引き立つよう、空間はシンプルに

ベランダに繋がる2階のLDKは、間仕切りのない大空間。常に、暮らす人がどう動くか、家の中でどんな体験をするかが大事と考える小林さんは、この空間がより広く、より開放的に感じられるようないくつかの仕掛けをしている。

まず、屋根の形状を生かした勾配天井のおかげで、頂点がかなりの高さになったということ。「斜めの天井はいい意味で人の感覚を狂わせます」と小林さんが語るように、抜けるような開放感が気持ちいい。頂点からベランダにかけてはなだらかに下り、さらに天井が延長するようにベランダの軒へと続くため、ベランダまで空間が拡張されたようにも感じられる。

また、2階を大空間にするためという理由もあり、1階に個室や水回りを集めた。2階に行くためにはまず居室に挟まれた細い廊下を進むことになり、2階へと上がったときのコントラストではっとするほどの開放感が得られるという。

「家具やアートが映える空間にしたい」という要望には、家の中で使用する素材数などを絞り、シンプルに整えることで応えた。家具やアートが主役、その背景として建物があるという認識だ。いかに家具などを魅力的に見せるか、ご自身の家具を資料として撮影する可能性なども考え、照明も数や位置、光量を自由自在に変えられるように計画した。

さらには収納棚やテレビ台など、設置する家具についてあらかじめ伺ったうえでプランニングを行い、窓の配置や大きさなどを決定。ぴたりと収めるだけでなく、壁面の余白部分などもきちんと計算され、より「映える」環境をつくりだした。

キッチンは、お子さまとのコミュニケーションの取りやすさを考慮しアイランド型を選択。LDK全体からバルコニーまで見渡すことができ、家の中心の役割を担っている。
  • 2階LDK、ベランダ。LDKは間仕切りが一切ない大空間。床面や天井がフラットにベランダまで伸びており、室内の一部のようにも感じられる

    2階LDK、ベランダ。LDKは間仕切りが一切ない大空間。床面や天井がフラットにベランダまで伸びており、室内の一部のようにも感じられる

  • 2階LDK、ベランダ。ベランダに続く窓の上部にカーテンボックスをつくり、ブラインドを収納。使用しない時にはブラインドがすっぽり隠れる深さで計画し、室内をすっきり整えた。サッシはアイアンを用い、ペンキで塗装。お施主さま好みのディテールを取り入れた

    2階LDK、ベランダ。ベランダに続く窓の上部にカーテンボックスをつくり、ブラインドを収納。使用しない時にはブラインドがすっぽり隠れる深さで計画し、室内をすっきり整えた。サッシはアイアンを用い、ペンキで塗装。お施主さま好みのディテールを取り入れた

  • 2階LDK。オープンキッチンは調理中でもお子さまとのコミュニケーションを楽しめるほか、2階全体を見渡せるなど利点は多い。照明はレールを用いて数、位置、角度、光量までフレキシブルに変えられる。家具を美しく見せるのはもちろん、ライフスタイルの変化にも合わせられ便利

    2階LDK。オープンキッチンは調理中でもお子さまとのコミュニケーションを楽しめるほか、2階全体を見渡せるなど利点は多い。照明はレールを用いて数、位置、角度、光量までフレキシブルに変えられる。家具を美しく見せるのはもちろん、ライフスタイルの変化にも合わせられ便利

手仕事感が感じられるディテールを加え
お施主さまのイメージを的確に表現

先述のとおり2階に広々としたLDKを確保するため、寝室や水回りは1階に集めた。プランニング時はお子さまがお1人だったが、将来の家族構成の変化にも配慮。子ども部屋は扉を2つ設け、必要に応じて2部屋にも分けられるようにしている。

小さな個室が集まる1階だが、圧迫感や狭さを感じないのは視線の伸びに秘密がある。扉は全てフルハイトで計画されており、開けると天井が一続きとなって緩やかに空間が繋がる。さらには廊下を挟んだ2つの居室の窓が対面にあるため、反対側の部屋の窓の外まで見えるのだ。「風も通るので、気持ちがいいですよ」と小林さんは話す。普段は扉を開けて暮らし、来客時には閉めるというイメージだ。

外観も内装も、シンプルかつ洗練された雰囲気の「美しい雨の家」。お施主さまの当初のイメージは「50~60年代の、建築家が建てた少しクラシカルな建物」だったという。ただ、それを実現するには技術面でも安全確保など法的な面でも難しかったため、小林さんはそれを「人の手がかかった、丁寧な仕事ぶりが見られる家」として表現した。

例えば外壁に使用されたガルバリウム鋼板は、職人たちがその場で曲げながら貼り合わせたものだ。パネルをはめ込むタイプと違い、角に見切り材が必要なく柔らかで美しい仕上がり。手仕事だからこそ、屋根の勾配に合わせて鋼板をカットしてきれいに納めることもできた。さらに、基礎部分と外壁をフラットに繋げ、家の印象をスマートにするなど、心憎い演出が光っている。

またLDKとバルコニーを仕切る窓やガラス扉のサッシ、階段の手すりは、アイアンに黒い塗料を塗った。通常のアルミサッシなどに比べ厚みもあり、ガラス扉自体もすごく重いのだという。手すりも職人の手によって曲げ加工を施したものを使用するなど、クラシカルな建物を思わせる重みや塗装の厚み、ムラ、歪みなどのディテールを、家を彩る要素として加えた。

なにより驚くのは、この自然が感じられる洗練されたデザインと、暮らしやすさが両立していることだろう。たとえば温熱環境。1階と2階を結ぶスケルトン階段の部分が実質的に吹き抜けのようでもあるにもかかわらず、夏も冬も快適に過ごせると、お施主さまはお喜びだという。もちろん、耐震対策もばっちりだそうだ。

この時期は、家具デザイナー、インテリアデザイナー、プロダクトデザイナーとクリエイティブな職業に就かれているお客さまの住宅を同時に3軒設計していたという小林さん。こだわりに向き合いコミュニケーションを重ねながら、ときには抽象的な要望も新しい提案に繋げていく。そんな家づくりを皆さんとても楽しんでくださったそうだ。

家具デザイナーである、この「美しい雨の家」のお施主さまとの出会いは、以前別の案件でお世話になったお客さまからの紹介だった。今回の設計からまた強い信頼関係が生まれ、施工後にまた新たなお客さまを紹介していただけたと小林さんは話す。それこそが、本当によいものをつくり上げた証といえるだろう。
  • 2階LDK空間は、屋根の勾配を生かした天井。人間の錯覚を利用しより広く感じられる。階段の手すりは職人の手によって曲げ加工をしたパイプにペンキで塗装した

    2階LDK空間は、屋根の勾配を生かした天井。人間の錯覚を利用しより広く感じられる。階段の手すりは職人の手によって曲げ加工をしたパイプにペンキで塗装した

  • 2階LDK。ベランダの対面、奥の壁一面には収納を設けた。お施主さまデザインの収納棚が美しく見えるよう、窓は上部に細く計画。中心部分が開くため、風が家の中を通り抜ける

    2階LDK。ベランダの対面、奥の壁一面には収納を設けた。お施主さまデザインの収納棚が美しく見えるよう、窓は上部に細く計画。中心部分が開くため、風が家の中を通り抜ける

  • 2階ベランダ。高い壁で囲み、プライバシーを確保した。天窓のようにくり抜かれた部分から美しく空が見える

    2階ベランダ。高い壁で囲み、プライバシーを確保した。天窓のようにくり抜かれた部分から美しく空が見える

  • 1階浴室。照明はお施主さまが選んだもの。浴槽はメンテナンスしやすく湯あたりもいいホーロー製

    1階浴室。照明はお施主さまが選んだもの。浴槽はメンテナンスしやすく湯あたりもいいホーロー製

  • 2階ベランダから室内を見る。プライバシーを保ちながら、外の空気や時間の移ろいが感じられるベランダのおかげで、室内と外部の境界線が曖昧に

    2階ベランダから室内を見る。プライバシーを保ちながら、外の空気や時間の移ろいが感じられるベランダのおかげで、室内と外部の境界線が曖昧に

撮影:Tomouyuki Kusunose

基本データ

作品名
美しい雨の家
施主
I邸
所在地
東京都世田谷区
家族構成
夫婦+子供2人
敷地面積
98.92㎡
延床面積
111.47㎡
予 算
4000万円台