家族や親せき、ご近所さんとの「縁」を育む
老境を迎える夫婦のための、縁側のある家

施主は老境を迎えようとする60代の夫婦。慣れ親しんだライフスタイルはそのままに、
古い家の不便さを解消し快適な環境で暮らしたいとの思いを叶えたのは、施主の息子でもある一級建築士の岡真志さん。家族や親せき、友人との縁を育み、自然体で暮らせる家づくりに迫る。

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築70年の旧宅を建て替えし
暑さ寒さや、すきま風を解消

島根県出雲市。言わずと知れた出雲大社から車で10数分、付近には田畑や住宅が点在する一角に、切妻屋根の平屋建て、周囲の環境にもマッチした和のテイストをもった家がある。

施主ご夫妻は60代。これまで住んでいた家は築約70年と古く、現代の建物に比べると夏の暑さや冬の寒さを感じやすく、出雲特有の海からの強い西風により、すきま風が入ってきたり、時には虫も入り込んできたりする状況だったという。また水回りの動線の悪さも、これから老境を迎えようとする2人にとっては気になるところ。こうした理由から新しく快適な老後を迎えられる「終の棲家」をつくることを決断し、その設計を任せたのが、息子であり一級建築士の岡真志さんだった。

岡さんはこれまでのキャリアの中で、新築住宅の設計、中古住宅やマンションのリノベーション、古民家改修などに関わり、住まい手の行為と心に寄り添った家づくりを行ってきた。

この家においてももちろん、施主に寄り添う姿勢は変わらない。「旧家に手を入れてリノベーションして住み続ける」「真新しい家に建て替える」という選択肢の中で、さまざまなプランを検討した結果、心機一転新築することにしたのだという。

新築を選んだことについて岡さんは「改修・新築どちらでも、快適な家にはできると思いましたが、今回は新築にしたほうが、両親にとって『自分達の家』という愛着をもって住んでもらえると思ったのです」と語る。

建物は新築することにした一方、暮らしに関してはこれまで慣れ親しんできたライフスタイルはそのままに、利便性や快適性を高め、自然体の暮らしを続けられるような家づくりを目指した。

たとえば、旧家では縁側があり、畑仕事をするお父様が作業の合間に腰掛けたり、作物を置いたり、近所に住む友人たちがこの縁側に集まるような場となっていたという。

「縁側が育んできた人と人とのつながりなどは、新しい家でもなくさずに残したいと思いました」と岡さん。

またご両親からのリクエストとしては、「2人住まいだから、部屋数は必要ない。とはいえ親戚が集まったりする機会も多いから、それができる空間にしてほしい」というものだった。さらに、人が集まれる家であるものの、「プライベートはしっかりと守りたい」という要望もあり、「公」「私」のゾーニング切り分けがカギとなった。

ときに「家」というものは人の生活を変える存在だ。「家に暮らしを合わせる」「家に相応しい暮らしをしていく」というライフスタイルもあるだろう。しかし、岡さんがご両親の家で実現しようとしたことはそれとは正反対。これまでのご両親の暮らし方を尊重し、それがさらに快適で生き生きした生活を送れる家を目指したのだ。
  • 夫婦2人の新居はコンパクトな平屋建て。切妻の瓦屋根が旧家の面影を感じさせる。

    夫婦2人の新居はコンパクトな平屋建て。切妻の瓦屋根が旧家の面影を感じさせる。

  • 広々としたウッドデッキは、新しい縁側。家族や友人との「縁」を育む場所でもある。

    広々としたウッドデッキは、新しい縁側。家族や友人との「縁」を育む場所でもある。

  • 玄関の壁には、グレーの出雲和紙で落ち着きのある雰囲気に。立体感を持たせることで狭さを感じさせない工夫も。

    玄関の壁には、グレーの出雲和紙で落ち着きのある雰囲気に。立体感を持たせることで狭さを感じさせない工夫も。

  • 邸内のくれ縁(内縁)は、リビングや和室への廊下でもあるし、それぞれの部屋を拡張するユーティリティースペースでもある

    邸内のくれ縁(内縁)は、リビングや和室への廊下でもあるし、それぞれの部屋を拡張するユーティリティースペースでもある

孫が遊び、友人もふらりと訪れる縁側
扉や窓の開閉でいくつもの部屋が出現

それでは、岡さんがつくったご両親の家を見ていこう。新しい家の場所は旧家があったところとほぼ同じ場所。目の前には庭が広がる開放的な敷地の中にある。実は敷地の両サイドには岡さんご家族が住む家、お姉様ご家族の家が並んでいる。

「私の家や姉の家とは来客の動線が違ったり、窓からの視線も重ならない位置にあり、それぞれのプライバシーが程よく確保されています」と岡さん。その一方で、それぞれの家から行きやすい位置に勝手口を設けていて、家族の行き来のしやすさにも配慮したという。

庭から歩を進めていくと、切妻屋根の平屋のシンプルな建物が見えてくる。屋根は耐久性と防音性を兼ね備えた瓦屋根。旧家の面影を感じさせる外観は、新しい建物ながら周囲の家々との調和がとれている。

玄関の脇にある大きな開口の前には、広々としたウッドデッキが。旧家にあった縁側がバージョンアップしたかのよう。実際このウッドデッキは、お父様の友人達がふらりと訪れて腰掛けたり、畑仕事の道具や作物の一時置き場となったり、お孫さんたちの遊び場にもなっているという。また、窓や障子を開けることで邸内に設けられたくれ縁(内縁)、さらにその奥にあるリビングや和室もシームレスにつながり、大きな空間が出来上がる。リビングや来客のためのスペースが拡張されるのだ。
この新しい縁側をお父様も「庭を眺めながらお茶を飲んでいる」「お孫さんたちが遊んでいる」「訪れた人から、とてもいい場所だといわれる」といろいろな使い方を楽しんでいるご様子。

この縁側は、人と人との縁を育む場にもなっているのだ。

玄関から邸内に入っていくと見えてくるのが、くれ縁(内縁)。リビングや和室への廊下でもあるし、それぞれの部屋を拡張するスペースでもある。

リビングにあえて扉を設けることで、来客にリビングを見せずに和室へといざなうことができる。普段は扉を開け放つことで庭の景色も楽しめる。扉1枚あることで「パブリック」と「プライベート」の切り分けを見事に成し遂げた。

リビングは切妻屋根の形状を活かした天井現し。高さ方向と、眼前に広がる庭の景色からもたらされる開放感抜群の居心地の良さだ。杉板の床や天井、珪藻土の壁が柔らかく上質な空間をもたらしている。

「ほっとできる空間になるよう、慣れ親しんできた自然素材を選びました。また、できるだけ県産材を使用することで地産地消にもつなげています」と岡さん。

リビングの奥にはキッチン。さらにその奥にWICや洗面・浴室を配置。プライベート度の高いゾーンとした。これら3か所は回遊できる抜群の家事動線。旧家での不便さが一掃された。

キッチンと反対側には和室と寝室。こちらはあえて天井を低くして籠るようなイメージに。こうすることでリビングの開放感がより際立つ。リビング、和室、寝室は引き戸で隔てただけの回遊性のあるつくり。扉を開け放てば1つの空間にもともできるようになっている。

この家は図面上の部屋数は少なくとも、窓や扉、障子の開閉で生まれる部屋のパターンは数知れない。人数や季節、時間で変化できる家を生み出した岡さんの力量には驚かされる。

地方都市での家づくりは、ハウスメーカーや地場の工務店へ依頼することが多いという。もちろんそれらの会社でも、要望通りの家をつくってくれることだろう。ただ、きっとそれは、要望どおり止まり。

岡さんは、施主に寄り添い、施主が真に叶えたいことを組みとり、ぴったりの提案をしてくれる建築家。そしてこの家は、その岡さんの力量がわかるモデルハウスでもある。自分の理想以上の家をつくる第一歩は、この家を自ら体験することかもしれない。
  • 邸内のくれ縁(内縁)は、リビングや和室への廊下でもあるし、それぞれの部屋を拡張するユーティリティースペースでもある

    邸内のくれ縁(内縁)は、リビングや和室への廊下でもあるし、それぞれの部屋を拡張するユーティリティースペースでもある

  • 切妻屋根の天井現しで、高さからくる開放感抜群のリビング。採光と通風にも配慮し、北側にも窓を設けた。

    切妻屋根の天井現しで、高さからくる開放感抜群のリビング。採光と通風にも配慮し、北側にも窓を設けた。

  • 障子を開け放つことで、窓の先に庭が見える。ふらりと訪れる友人にも気づき、お孫さんが遊ぶ様子も眺められる。

    障子を開け放つことで、窓の先に庭が見える。ふらりと訪れる友人にも気づき、お孫さんが遊ぶ様子も眺められる。

  • WICや洗面・風呂場といったプライベート度の高い場所は、キッチン奥に集約し抜群の家事動線を実現。

    WICや洗面・風呂場といったプライベート度の高い場所は、キッチン奥に集約し抜群の家事動線を実現。

  • 客間としても活用される和室の天井はあえて低く、こもる形に。障子からの光が珪藻土の壁を優しく照らす。

    客間としても活用される和室の天井はあえて低く、こもる形に。障子からの光が珪藻土の壁を優しく照らす。

撮影:古川誠

間取り図

基本データ

作品名
里方の家
施主
O様
所在地
島根県出雲市
家族構成
夫婦
敷地面積
480㎡
延床面積
94.59㎡
予 算
2000万円台