理屈を超えた提案で実現した魅力的な佇まい
地域に愛される、鍼灸院を兼ねた住宅

ご自身で運営される鍼灸院を兼ねたご自宅を新築することにしたお施主さま。2階を住居にしたため、一般的な家とは逆に、1階よりも2階のボリュームのほうが大きな建物になった。建築家の山口さんはこれらの特徴を生かしアイコニックな外観を実現。地域に愛され、もちろん暮らしやすさも申し分ない家ができた。

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お施主さまならではの要望をトータルに捉え
不自然さがまるでない住宅をつくる

一軒家を賃貸し、鍼灸院を運営しながら暮らしていたUさま。結婚を機に自宅を新築しようと土地探しを開始。新しい家も鍼灸院と自宅を兼ねた建物にするため、患者さまたちのことも考えて元のお住まいに近い場所にある分譲地を購入された。

当初はハウスメーカーの住宅展示場なども見学に行かれていたというUさまだったが、「複数社のモデルハウスなどを見るにつれ、情報の多さに混乱されてしまったようです」と話すのは、この家を設計した山口修建築設計事務所の山口修さん。悩んでいらしたときに少年野球の後輩である山口さんが開業したことを知り、ご相談くださったのだという。

お施主さまの要望や理想に合わせて細かく対応できることが、建築家による注文住宅の醍醐味だ。ましてやUさまは一般的な家とは少し違い、鍼灸院と住居を兼ねた家を希望されている。相談を重ねるうちに依頼に至ったそうだが、それも自然な流れだろう。

鍼灸院は年配の患者さまも多いことから1階に配置、2階を住居とした。すると、どうしても2階のボリュームのほうが1階よりも大きくなる。そこで、ボリュームがはみ出た下に駐輪場や中庭を設けて、建物のフォルムそのものに必然性を持たせた。よく見ると個性的な形をしているのに突飛な印象がなく、自然な雰囲気に感じられるのはそのためだ。

同時に、鍼灸院として目を引く外観とすることも必要だった。親しみを持って受け入れられる地域のアイコン的な存在になるよう、フォルムに加えて1階と2階の外壁の色合いをはっきり違うものにするなど、高いデザイン性で表現している。

こうしてできた「萱方の住宅」は、鍼灸院としての評判も上々。新しい患者さまも多く訪れている。また、Uさまのお子さまたちもその外観から「キノコの家」と呼び、愛着を持って暮らしているそうだ。
  • 南側から見た外観。正面の扉は鍼灸院の玄関。家の右奥に住居の玄関があり、右側の掃き出し窓は住居の和室。2階のボリュームのほうが1階よりも大きいため、はみ出した部分の下に駐輪場や中庭を計画し、フォルムに対する意味付けをした

    南側から見た外観。正面の扉は鍼灸院の玄関。家の右奥に住居の玄関があり、右側の掃き出し窓は住居の和室。2階のボリュームのほうが1階よりも大きいため、はみ出した部分の下に駐輪場や中庭を計画し、フォルムに対する意味付けをした

  • 南東から家を見る。方形屋根の頂点に天窓を設け、家の中央からも光を入れた。外壁はガルバリウム鋼板を採用。メンテナンスがしやすい

    南東から家を見る。方形屋根の頂点に天窓を設け、家の中央からも光を入れた。外壁はガルバリウム鋼板を採用。メンテナンスがしやすい

  • 南東から家を見る。画像右、2階部分の下が切れているところが住居の玄関。家のフォルムと色合いから「キノコの家」と親しまれているのだとか

    南東から家を見る。画像右、2階部分の下が切れているところが住居の玄関。家のフォルムと色合いから「キノコの家」と親しまれているのだとか

将来を見据えた間取りの開放的な住居。
木の温もりは構造材を活用して表現

「萱方の住宅」の家は西、南、東と三方が接道している。駐車場を設けた南面に鍼灸院の玄関があり、こちらを家の前面とすると、住居の玄関は東面の一番奥に配置した。住居は2階の全てに加え、1階の東側に設けられた和室がある。室内は完全に分離しているため、内部で鍼灸院と住居の行き来はできない。

住居部分に関してはUさまの結婚というタイミングでの家づくりだったことから、家族構成やライフスタイルの変化に対応できるフレキシビリティが必要とされた。長い目で見たプランニングのおかげで、当初はひと続きの部屋だった個室を現在は2部屋に分け、兄弟で過ごす子ども部屋として使用できている。ほかにも、1階の和室は主に応接間として計画されたものだが、夫婦やお子さまの個室として使用する可能性を考慮して、一角を家具などが置きやすい板の間とした。

また、収納は家族が増える可能性を考えて多めに用意した。それぞれの居室に収納がきちんと設けられているため片付きやすいうえ、廊下の一部に押し入れも計画され、ゆとりがある。

「開放的で、木の温もりがある空間で暮らしたい」という要望には、屋根の形を反映した天井で応えた。2階は中央に配置した階段室を囲むようにLDKや個室、水回りを収めており、回遊性がある。また、個室を仕切る壁面の上部に空間を設けて視線を抜き、開放的な雰囲気を演出。さらには1枚の天井によって大らかに2階全体が囲われている印象をつくりだした。

大らかに囲う天井は、仕上げ材を省き木の構造材を現しにした。「普段は日の目を見ることが少ない梁などの構造材ですが、美しく並べれば魅力的に見せることができます」と山口さん。要望に応えるために新たに素材をプラスするのではなく、必要な素材を活用することでコストダウンも実現した。

窓も的確に計画し、窓際のリビングなどは豊かに光が入る。しかしそれだけだと、どうしても中心に向かうにつれて空間が暗くなってしまうと山口さん。そこで、屋根の頂部に天窓を計画した。家の中心から入れた光を、壁の上部の空間を通してそれぞれの居室まで届け、2階全体を明るくしている。加えて壁面にはスポットライトの多くを上向きに設置。天井に反射した光が、広い範囲を明るく照らすという。

明るく広々とした空間で、ゆったりと過ごせる住居部分。奥さまからは回遊性のおかげで動線が短くなっており、家事がしやすく住みやすいとの感想をいただいたとのこと。階段を上がると正面にキッチンがありすぐに荷物を置けるなど、何気なく細かなところまで気を配った山口さんのプランニングの賜物といえよう。
  • 1階、診療室。鍼灸治療では火を使うため、診療する場所から少し離れたところに木材を取り入れた。待合室からも棚を眺めることができ、またカウンターでは木を手で触れることもある。こうした心遣いが鍼灸院を親しみやすい場にしている

    1階、診療室。鍼灸治療では火を使うため、診療する場所から少し離れたところに木材を取り入れた。待合室からも棚を眺めることができ、またカウンターでは木を手で触れることもある。こうした心遣いが鍼灸院を親しみやすい場にしている

  • 1階、待合室から診療室を見る。仕切りとして両側から使える棚を造作した。棚にパンフレットなどを陳列すれば程よく視線を遮ることができる。待合室側にある扉はトイレへ続く

    1階、待合室から診療室を見る。仕切りとして両側から使える棚を造作した。棚にパンフレットなどを陳列すれば程よく視線を遮ることができる。待合室側にある扉はトイレへ続く

  • 1階、住居部分の和室。現在は応接間のように使用されているが、将来は夫婦の寝室となる可能性もあり、テレビや家具などを置きやすいように一角を板の間とした

    1階、住居部分の和室。現在は応接間のように使用されているが、将来は夫婦の寝室となる可能性もあり、テレビや家具などを置きやすいように一角を板の間とした

  • 住居の階段。この部分はあえて閉鎖的にし、2階に上がったときの開放感が強まるように計画した

    住居の階段。この部分はあえて閉鎖的にし、2階に上がったときの開放感が強まるように計画した

木製の棚で視線をコントロール。
患者さまがリラックスして過ごせる鍼灸院

1階の鍼灸院は親しみやすさを重視し、待合室は自然素材ながらも強度のある竹のフローリングを採用。竹ならではの質感も感じられて心地よい。また、施術室と待合室を仕切る部分に木製の棚とカウンターを造作した。患者さま誰もが目にしたり触れたりする箇所に木を取り入れ、リラックスできる空間をつくり上げた。

木製の棚とカウンターは施術室側、待合室側両方から使用できる。このカウンターを含んだ棚は利便性という意味合いのほかにも重要な役割を担っているという。というのも、鍼灸院はUさまがお1人で対応されていることもあり、どちら側からも様子を伺う場面があると考えられる。しかし、患者さまは上半身裸で施術を受けることも多いため、あまり丸見えにはできないからだ。そこで、棚にはパンフレットやお知らせなどを置き、視線や意識が必要以上に反対側へ向かないようにした。

個別にクリアしていくというよりも、それぞれの要望をトータルに捉えてひとつの家として表現する山口さんのプランニング。だからこそ理屈を超えた提案で、1階より2階のほうが面積が広いなど特徴ある部分を魅力的に生かすこともできた。この「萱方の住宅」が地域の方たちに愛されるのはもちろん、長く住めば住むほど愛着が沸く家であることは間違いない。
  • 2階LDKはシンプルで伸びやかな空間。整然と並ぶ梁が美しい

    2階LDKはシンプルで伸びやかな空間。整然と並ぶ梁が美しい

撮影:yousuke harigane

間取り図

  • 1F図面

  • 2F図面

基本データ

作品名
萱方の住宅
所在地
佐賀県鳥栖市
家族構成
夫婦+子供2人
敷地面積
207.84㎡
延床面積
158.3㎡㎡
予 算
3000万円台