パノラミックな田園風景の継承と
家族の安心を支える三角平面・大屋根の家

滋賀県栗東市に、独創的な作品が誕生した。前面道路側に象徴的な境界壁を持ち、建物は敷地を対角線に横切る三角形。それ以外は広大な庭とウッドデッキとなっている。 “子どもが安全に過ごせる”ことと、“パノラミックな田園風景を暮らしの中に取り込む”ことを両立した、工夫に満ちあふれるこの作品をご紹介しよう。

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子どもが道路に飛び出さず
安心して遊べる家にしたい

本作品の特徴は、敷地の長所を活かしながら短所を克服した点と、お施主様の要望をすべて実現した点にあるだろう。

お施主様からの最初の要望は、前面道路に対する子どもの安全性の確保だった。道路が幹線道路の抜け道で非常に車通りが多く、不用意に子供が飛び出すことのないプランを希望された。また、近隣に公園などがなかったため、子どもが安全に遊ぶことができる、十分な広さの庭の確保も要望された。

この作品を設計したのは“一級建築士事務所 Aとa”の建築家、新井裕介さん。新井さんは、プラン立案の際に重視した点を次のように語ってくれた。

「プランニングの際は、その土地の風土や慣習などに由来する環境的な与条件とそのご家族からのご要望を詳細に伺う中で、ご家族特有のライフスタイルを注意深く読み解くようにしています」

「そうして対話と検討を積み重ねることで、ご家族独特の暮らしのストーリーが生まれてくるのです。そのストーリーには核になるカタチが存在し、そのカタチを軸に建物の全体像を構成することで、その家族にしかない独自の住まいが生まれるのだと思います」

では、お施主様の要望で一番優先順位が高かった“子どもが安全に遊べる家”に対して、新井さんはどのようなプランで対応したのだろう。

その答えは、“道路と一線を画す壁を設け、明確な境界を設定する”というものだった。外観写真をご覧いただきたい。

駐車場を除く道路側の敷地いっぱいに、象徴的な境界壁として外壁が設置されている。玄関はこの壁の内側にあり、動線的にも道路と並行しているので子どもが直接道路に飛び出すことはない。

家屋はこの壁に沿って道路側に建てられ、遊び場となる庭やウッドデッキは道路の反対側に配置された。敷地のほぼ半分が庭であり、子供たちが安全に遊ぶには十分な広さがある。建物自体が道路に対して障壁となっているので、ボールが道路に飛び出すこともない。自分専用の公園が敷地内にあるようなものだ。

こうして“子どもが安全に遊べる家”に対するプランが誕生した。
  • 長方形の敷地を斜めに分割し、三角形の建物と庭とするプラン。庭側の窓が敷地の対角線にあることで、妻が生まれ育った田園の風景をどの部屋からも楽しむことができる

    長方形の敷地を斜めに分割し、三角形の建物と庭とするプラン。庭側の窓が敷地の対角線にあることで、妻が生まれ育った田園の風景をどの部屋からも楽しむことができる

  • 道路側の境界壁は敷地いっぱいに建てられ、視線をカットする役割も持つ。一方で手前の水田側は高低差もあるため、境界壁は設けていない。眼前に広がる水田の光景を楽しむためのプランだ。広い庭やウッドデッキでは、BBQやテントを張って楽しんでいるそうだ

    道路側の境界壁は敷地いっぱいに建てられ、視線をカットする役割も持つ。一方で手前の水田側は高低差もあるため、境界壁は設けていない。眼前に広がる水田の光景を楽しむためのプランだ。広い庭やウッドデッキでは、BBQやテントを張って楽しんでいるそうだ

  • 子どもの安全面を考慮し、前面道路側に大きな壁を設置。周辺への威圧感が出ないように、デザイン上の工夫もなされている。壁と屋根、そしてその間のスリットの窓に分割し、それぞれの位置・角度・色を計算することで軽やかな印象を持たせた

    子どもの安全面を考慮し、前面道路側に大きな壁を設置。周辺への威圧感が出ないように、デザイン上の工夫もなされている。壁と屋根、そしてその間のスリットの窓に分割し、それぞれの位置・角度・色を計算することで軽やかな印象を持たせた

  • 壁の奥まった位置に玄関ドアがあるため、子どもが道路に飛び出す危険はない。大きな軒下は、屋根付きのカーポートの役割も持つ。棟木に向かって取り付く登り梁が、船の竜骨のようで迫力があり美しい

    壁の奥まった位置に玄関ドアがあるため、子どもが道路に飛び出す危険はない。大きな軒下は、屋根付きのカーポートの役割も持つ。棟木に向かって取り付く登り梁が、船の竜骨のようで迫力があり美しい

  • キッチンから。正面にあるリビングダイニングの先には、妻が幼少期を過ごした原風景である水田が広がる。いつでもこの光景を見ることができ、心が休まるそうだ。左には子どものスタディスペース。ガラスの仕切りなのでキッチンから様子が見え、とても安心できるという

    キッチンから。正面にあるリビングダイニングの先には、妻が幼少期を過ごした原風景である水田が広がる。いつでもこの光景を見ることができ、心が休まるそうだ。左には子どものスタディスペース。ガラスの仕切りなのでキッチンから様子が見え、とても安心できるという

幼少期から親しんできた田園風景を
毎日の生活で満喫してほしい

もう一点、注目していただきたいのが“家屋と庭の配置”だ。

長方形の敷地に対角線を引き、家屋と庭が三角形になっている。これにも理由がある。

実はこの敷地、お施主様の妻方の家系が代々農家として継承してきた農地の一部を利用している。眼の前に美しい田園風景が広がり、この景色は妻が幼少期から慣れ親しんできたものだったのだ。

そこで新井さんが提案したのが、この景色をLDKや寝室など、どこからでも楽しめるプランだった。

敷地の対角線は斜めになっているため、水田の方向を向いている。そこに各部屋の窓があるので、どこからでもこの田園風景を楽しむことができるのだ。ぜひ上空からの写真で配置をご参照いただきたい。

各部屋の窓はとても大きなものが採用された。もっとも奥にあるキッチンからでさえ、庭に植えられた緑の芝生の先に田園風景を望むことができる。

新井さんはその意図を、こう語った。

「奥様が慣れ親しんだ田園風景を新居でも感じることができ、さらには子どもたちにもこの環境・風景が彼らの原風景として継承されることを意識しました」。

このアイデアは、お施主さまから大好評だという。

妻は入居後の感想を、こう語ってくれた。

「キッチンから庭や田園風景が眺められて癒されます。特に夕暮れ時は、景色をボーッと眺めて心が休まる時間です」。

「蛍の季節には、窓から庭の木にいる蛍を眺めることができます。とても神秘的で、贅沢な時間です」。

お施主さまの生い立ちや、幼少期の経験までも考慮してプランを提案してくれる建築家は、そう多くはいない。こうした建築家と出会うことは、とても心強く安心できるのではないだろうか。
  • 庭の芝生と水田の景色を満喫できるリビング。ハイサイドライトは光や風を取り込むだけでなく、風景や軒とのつながりや軽さを追求して配置された。風景を最大限に楽しむため、サッシは特注の特大サイズを採用

    庭の芝生と水田の景色を満喫できるリビング。ハイサイドライトは光や風を取り込むだけでなく、風景や軒とのつながりや軽さを追求して配置された。風景を最大限に楽しむため、サッシは特注の特大サイズを採用

  • リビングのソファーから見た室内。開放感を存分に味わえる。2階のワークスペースとも大きな開口部でつながっている。スタディスペース(テレビ後ろ)にいる子どもの様子もわかる。家族のコミュニケーションを増やすため、室内に壁を極力作らず、緩やかなつながりを持たせる考えだ

    リビングのソファーから見た室内。開放感を存分に味わえる。2階のワークスペースとも大きな開口部でつながっている。スタディスペース(テレビ後ろ)にいる子どもの様子もわかる。家族のコミュニケーションを増やすため、室内に壁を極力作らず、緩やかなつながりを持たせる考えだ

  • 壁一面に収納を設け、大容量の収納を実現した。テレビの右側には録画機器などを収納するスペースを用意。壁と同色にして配線を隠すことで、驚くほどスッキリした印象となった。ガラス越しに見えるスタディスペース奥の壁は、チョーク塗装。自由に絵などを描くことができる

    壁一面に収納を設け、大容量の収納を実現した。テレビの右側には録画機器などを収納するスペースを用意。壁と同色にして配線を隠すことで、驚くほどスッキリした印象となった。ガラス越しに見えるスタディスペース奥の壁は、チョーク塗装。自由に絵などを描くことができる

  • 2階のワークスペース。正面奥はLDK、ワークデスクの前は子供部屋につながっているので、家族の気配を感じられる。四方をハイサイドライトや窓で囲まれているため、明るさは十分。その一方で、玄関前の深い軒(右)と絶妙な勾配天井の高さにより、適度な包まれ感を感じられる

    2階のワークスペース。正面奥はLDK、ワークデスクの前は子供部屋につながっているので、家族の気配を感じられる。四方をハイサイドライトや窓で囲まれているため、明るさは十分。その一方で、玄関前の深い軒(右)と絶妙な勾配天井の高さにより、適度な包まれ感を感じられる

基本スタンスは空間を緩やかにつなぐこと
どこに居ても家族の気配を感じられる家

次に、家屋内へ目を向けてみよう。

新井さんは、住宅作品では特に心がけていることがあるという。それは、“空間を緩やかにつなぎ、家族の気配を感じられる家”を目指しているということだ。

その意図を、新井さんはこう語ってくれた。

「部屋を完全に分けてしまうと内向きの意識が働くため、空間を緩やかにつなぐことを意識しています」。

「家族同士が適度な距離間を保ちつつ、どこにいてもお互いの気配を感じることができるよう工夫をしています」。

高度経済成長期以降、n+LDKで表されるように各部屋が独立した家が主流となった。これはプライバシーが守られるメリットもあるが、家族間のコミュニケーションが希薄になるデメリットもある。

一方で新井さんは、自身の経験から住まいにおける家族間コミュニケーションの醸成を重視してきた。そして適度な距離感は確保しつつ、お互いを感じられる家を目指すようになったそうだ。

新井さんは、「究極の理想はワンルームです。そこに、お施主さまのご要望と前章で語っていたストーリーを掛け合わせてプランするイメージですね」と語ってくれた。

実際に、この作品は広大な吹き抜け空間に各スペースがあるイメージとなっている。各スペースはスリットや開口部でつながっており、廊下には天井もない。LDKとスタディスペース、子ども部屋とワークスペース、主寝室と子ども部屋、各部屋と庭など各所で緩やかなつながりが発生し、家族の中でのコミュニケーションが育まれるシーンが想像できる。

当然、お施主さまからの要望があった水回りの動線を短くすることや、子ども部屋を将来2つに分割できる準備などは対応済だ。

ぜひ写真の説明文で、詳細をご参照いただきたい。
  • 庭に面する子供部屋。将来は2つの部屋に分割できよう、梁や電源などが既に用意されている。右側上部に見えるのはロフト。そもそも収納量は十分だが、荷物などが増えた時に収納として使えるように用意された

    庭に面する子供部屋。将来は2つの部屋に分割できよう、梁や電源などが既に用意されている。右側上部に見えるのはロフト。そもそも収納量は十分だが、荷物などが増えた時に収納として使えるように用意された

  • 玄関から見た廊下。天井がなく、棟木が少し見えることで空間の広がりを期待させる。建具はすべて造作だ

    玄関から見た廊下。天井がなく、棟木が少し見えることで空間の広がりを期待させる。建具はすべて造作だ

  • LDKに入る直前の廊下。右側に行くと機能的な水回りエリア。ここでも大屋根が見える

    LDKに入る直前の廊下。右側に行くと機能的な水回りエリア。ここでも大屋根が見える

敷地があるのは旧東海道の古い街並み
周辺環境との調和を図ったデザイン

さいごに、デザインについて触れておこう。新井さんはデザインにも強いこだわりを持っている。

この作品は、周辺に旧東海道の古い街並みが残る集落の端部に位置している。そのため、新井さんは周辺環境との調和を重視した。

その工夫の一部をご紹介しよう。

屋根は切り妻屋根とし、周辺家屋との調和を図っている。

2階建ての計画ではあるが、周囲に威圧感を与えないよう平屋に見える外観デザインとした。階高の設定と屋根勾配をそれぞれの高さや角度を何パターンも検証し、できる限り軽やかな印象となることを目指した。当然ながら、素材や色の選定も主張しすぎないよう慎重におこなったという。

また屋内の吹き抜け空間も美しい。棟木には鉄骨を使用していて、広めのLDKでありながら無柱空間を実現している。棟木に向かって取り付く登り梁は船の竜骨のようで迫力があり、家全体が非常に開放的な空間となっている。この棟木は、異なる工種の取り合いのため施工的に極めて難易度が高かったそうだ。

お施主さまの職業は、夫婦ともにデザイナー。そのお2人がほぼお任せとなったこのデザインにとても満足しているという。美しさの追求と、周辺との調和。その両立を果たしたこの作品の秀逸さが理解できるエピソードだろう。

敷地の特徴や、自分たちの要望を理解し、実現してくれる建築家。さらに豊かな生活を実現するために、多くの提案をしてくれる建築家。さらにデザインにもこだわる建築家。そのような建築家を探している方は、一度コンタクトしてみることをお勧めしたい。



撮影:笹の倉舎/笹倉 洋平
  • 近江富士と呼ばれる三上山を背後に持つ、旧中山道の古い街並み。周辺環境との調和を考え、一部2階建てだが平屋のように見えるデザインを採用。近隣家屋でも採用されている切り妻屋根や、似た色を採用することで違和感や威圧感をなくした

    近江富士と呼ばれる三上山を背後に持つ、旧中山道の古い街並み。周辺環境との調和を考え、一部2階建てだが平屋のように見えるデザインを採用。近隣家屋でも採用されている切り妻屋根や、似た色を採用することで違和感や威圧感をなくした

  • LDK夕景。各所に間接照明が組み込まれ、梁や天井が美しく浮かび上がる。調光ができるため写真では少し暗く見えるが、実際にはこれ以上追加の照明が必要ないほど明るさは十分だ。ウッドデッキには庭でアウトドアを楽しむ時に雰囲気が楽しめる、マリンランプを配置

    LDK夕景。各所に間接照明が組み込まれ、梁や天井が美しく浮かび上がる。調光ができるため写真では少し暗く見えるが、実際にはこれ以上追加の照明が必要ないほど明るさは十分だ。ウッドデッキには庭でアウトドアを楽しむ時に雰囲気が楽しめる、マリンランプを配置

  • 庭側外観夕景。室内から漏れ出る光が美しい。夜間でも境界壁のおかげで、外部からの視線を気にせず過ごすことができる。蛍の季節には、窓から庭の木にいる蛍を眺められるそうだ。妻は「毎年、とても神秘的で贅沢な時間を感じることができて満足です」と語ってくれた

    庭側外観夕景。室内から漏れ出る光が美しい。夜間でも境界壁のおかげで、外部からの視線を気にせず過ごすことができる。蛍の季節には、窓から庭の木にいる蛍を眺められるそうだ。妻は「毎年、とても神秘的で贅沢な時間を感じることができて満足です」と語ってくれた

間取り図

  • 配置図

  • 1F平面図

  • 2F平面図

基本データ

作品名
六地蔵ハウス
所在地
滋賀県 栗東市 六地蔵
家族構成
夫婦+子供2人
間取り
4LDK
敷地面積
394.93㎡
延床面積
167.84㎡