部分リノベで可変性のある暮らし
住宅取得の在り方が変わる

リノベーション予算250万円という縛りを設け、中古物件探しをした夫婦建築家がいる。Lenz Designの岡﨑さんと金沢さん。手を入れる箇所を絞った「部分リノベ」で目指したのは「緩んだ和室」だった。

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感性も得意分野も違う2つのレンズが
お客様にとってベストな提案を可能に

神奈川県川崎市麻生区。新宿まで電車で約30分という距離でありながらも、緑も多く静かな住宅街として人気の街。駅から住宅街の坂道を上った先にその家はあった。house AOと名付けられたこの家は、夫婦建築家Lenz Designの岡﨑さんと金沢さんの自宅兼事務所。

屋号であるLenz Designのレンズとは「お施主様の要望を虫眼鏡(レンズ)で見てみる」「ものを見る視点(レンズ)をデザインする」「デザインで暮らしに新たな視点(レンズ)をもたらす」というコンセプトで名付けられたという。

同じ大学・大学院で共に建築を学んだ2人はそれぞれ違うキャリアを歩む。岡﨑さんは、リノベを中心とした経験を積み、これまでに約40棟。金沢さんは主に新築物件を約35棟手掛けてきたという。結果としてLenz Designでは新築、リノベ両方に対応することが可能となった。

また夫婦2人で仕事をすることは、新築・リノベという仕事の範囲が大きくなるということ以外にも大きなメリットがあるという。それは「2つの違ったレンズを持つ」ということ。

「私たち夫婦は、好みや得意分野が違います。例えば、私は料理を作ることが好きなのでキッチン周りが気になったり、彼女は掃除や片付けなどが得意なので、家事動線などに目が行くといった具合です」と金沢さん。

Lenz Designでは、新築は金沢さん、リノベは岡﨑さんが主担当を担うことが多いというが、お客様とのミーティングやプランの検討は必ず2人で行うという。お客様との対話の中で得られた情報も、岡崎さん・金沢さんそれぞれに感じ方違う。また、そこから出されるプランも違ったものとなる。

2人の異なる感性から導き出されたプランが「社内コンペ」を経て、お客様に提示される。それはときには違った角度からの提案となることもあれば、2人の完成の「いいとこどり」な折衷案となることもあるのだ。

「男女2人で話を伺うことで、お客様に安心していただけることも多いと感じています」と岡﨑さんがいうように、施主との話し合いの中では、ご主人と奥様の意見が対立することがある。
「そんな時には、2人がそれぞれのサポーターとしてつき、お互いの思っていることを代弁してあげると、すんなり受け入れてくれることもあります」と金沢さん。

2つのレンズをもつことは、施主にとっての最適な提案にも大きく寄与するのだ。
  • 畳、襖、障子という「頑固な和室」だった旧宅の様子。

    畳、襖、障子という「頑固な和室」だった旧宅の様子。

  • 畳は合板に塗装、障子は部分を残して取り払い、天井も仕上げの板を取り払い野縁に塗装を施した。こうすることで、開放的な「緩んだ和室」に生まれ変わった。

    畳は合板に塗装、障子は部分を残して取り払い、天井も仕上げの板を取り払い野縁に塗装を施した。こうすることで、開放的な「緩んだ和室」に生まれ変わった。

  • 旧宅はリビングやダイニングといった区別がなく、6畳と4畳半の和室が並んでいた。

    旧宅はリビングやダイニングといった区別がなく、6畳と4畳半の和室が並んでいた。

  • 襖を取り払いひと続きではあるものの、リビングとダイニングが作られた。押し入れ部分にはソファーを置き、キッチンへの開口も設けた。籠る感じが寛ぐにはちょうど良いスペース。

    襖を取り払いひと続きではあるものの、リビングとダイニングが作られた。押し入れ部分にはソファーを置き、キッチンへの開口も設けた。籠る感じが寛ぐにはちょうど良いスペース。

予算250万という縛りで叶えた
住宅取得の新たな可能性

お2人の住居兼事務所はであるhouse AOは、実は築50年の中古物件。物件価格を除くリノベーション予算を250万円に設定して探した物件だという。

実家が戸建てだったということや、賃貸よりも自分達でカスタマイズできる戸建てに住みたいという思いから、戸建てを選択した2人。「都心からのアクセス、組めるローンの問題、お互いの実家からの距離などを考慮し、このあたりの中古物件に住むことにしました」と金沢さん。

リノベ予算が250万円となると、屋内を新築同様のピカピカな家にすることは難しい。この家は、幸運にもキッチンや風呂場といった水回りの設備を数年前にリフォーム済みだったとはいえ、手を入れるところを絞った部分リノベとなることは必定。

それでも2人があえて、部分リノベを選んだのには理由があるという。その1つめは、「将来に対する可能性を残す」ということ。新築で住宅を建てることや、中古物件をフルリノベーションすると、基本的にはそこに20年30年住み続けることが前提だ。もちろん、経済的な負担も重くなる。いわば家に縛られてしまうことになる。

しかし、そこに住まう岡﨑さん金沢さんの生活は、ずっと不変ではない。30代のお2人には、今後お子さんができるかもしれないし、そのお子さんですら30年の間には巣立ってしまうことだろう。となると、家に縛られてしまうよりは「住み替える」「建て替える」「さらに手を入れる」といった可変性があり、現時点での「生活の軽やかさ」を重視したほうが良いという考えに至ったという。

またお2人共通の意識として「建てて終わりより、ずっと手を入れられるほうが楽しい」という思いがあるという。

また金沢さんは「これはある意味、実験でもあるのです」と語る。それはどういったことだろう。

それは住宅取得の方法に新たな選択肢を示すこと。これまでの住宅取得の選択肢は、分譲・注文を問わず「新築住宅を購入する」、自邸や親の家などを「建て替える」、中古物件を購入し「フルリノベーションする」というものが多かった。

Lenz Designは、そんな状況に一石を投じ「中古物件を自分達が必要とする部分だけ手を入れ軽やかに住む」という選択肢を示そうとしたのだ。

「世の中には、思っていた以上に再建築不可物件が多い」と金沢さんが語るように、建て直すことができない物件が破格の値段で売られていることが多い。また、再建築不可でなくとも「実家が空き家になっている」といったケースも多々ある。そんな物件は、フルリノベーションすれば、新築同様になるのかもしれないが、新築とさほど変わりない費用がかかってしまうのが現実だ。

「経済的な負担は少なく住める状態にする」という部分リノベでも十分素敵な家にできるということがわかれば、新たな買い手や借り手がみつかり、日本の空き家問題の解消にもつながるのではないだろうか。
  • 窓に近い部分は、床の塗装を変えてピンク色にすることで縁側のような雰囲気に。

    窓に近い部分は、床の塗装を変えてピンク色にすることで縁側のような雰囲気に。

  • 隣家との境には塀があるため、カーテンがなくともプライバシーを気にせずに済むという。差し込む光が室内を柔らかく照らす。

    隣家との境には塀があるため、カーテンがなくともプライバシーを気にせずに済むという。差し込む光が室内を柔らかく照らす。

  • 1階を分断していた階段と押し入れ。

    1階を分断していた階段と押し入れ。

  • 押し入れや壁を取り払ったことで、3部屋が1つの空間に。視線の抜けや光が差し込むことで、広さを感じられる。

    押し入れや壁を取り払ったことで、3部屋が1つの空間に。視線の抜けや光が差し込むことで、広さを感じられる。

  • 階段には筋交いを設けて補強。床の緑とマッチするように塗装を施した。階段の奥に見えるのが、Lenz Designの事務所スペース。

    階段には筋交いを設けて補強。床の緑とマッチするように塗装を施した。階段の奥に見えるのが、Lenz Designの事務所スペース。

  • 襖を取り払い、リビングとダイニングを隔てる扉には丸く開口を設けた。もともと持っていたという可変テーブルの丸ともマッチングしている。

    襖を取り払い、リビングとダイニングを隔てる扉には丸く開口を設けた。もともと持っていたという可変テーブルの丸ともマッチングしている。

「見立て」ることで「頑固な和室」を緩め
現代的な生活を可能に

元の家を見た、2人の第一印象は「頑固な和室」だったという。それもそのはず、この家の1階は3つ並んだ部屋が畳敷きの部屋が襖で仕切られ、窓には障子が張られているという「和」そのものの様相だった。

このままの状態では「これまで集めたり造作してきた椅子やテーブルを置くとデザイン的に破綻してしまう。そうすると、現代的な暮らしもできない」と金沢さんは感じたという。

この頑固さをほぐし、全く現代のものに作り替えることは「250万円」という縛りでは難しい。そこで考え出されたアイデアが「見立て」によって、和のテイストを残しつつ現代的な生活にもマッチする「緩んだ和室」にすること。

Lenz Designの「見立て」とは、例えば、花を生ける際に花瓶ではなく竹筒やワインボトルに挿すようなこと。部分の「形状」「素材」「色」を変える、または一部だけを残すことで「頑固な和室」を「緩んだ和室」へと変貌させるのだ。

例えば床は、三六版の形状、井草、若草色という典型的な畳だったものを、シナ合板に若草色の塗装というものに置き換えた。窓に近い部分は、ピンク色にすることで、縁側的なイメージも持たせた。

窓の障子は中央部分を除いて障子紙を取り払い、外の景色や光を直接室内に導くようにした。押し入れだった部分には、ソファーを置いた。籠るような形状がソファーで寛ぐにはちょうど良いスペースだ。また、天井も仕上げの板を抜き、格子の野縁に塗装を施した。
こうすることで、天井に高さが生まれ、開放感をもたらしている。

さらに、部屋を隔てていた襖を取り払い、家の中央を分断する形となっていた階段下の押し入れも筋交いとすることで、3つの和室を1つの空間とした。こうすることで、リビング、ダイニング、オフィススペースと3つのゾーンがありながらも、それぞれが狭さを感じないつくりになったのだ。

これらのリノベで、暗く狭く感じがちだった和室が、明るく開放的な「和のレトロテイスト」な家に生まれ変わった。「その家の昔の記憶・歴史を残したい」という思いと「現代的な暮らし」を見事に両立させてみせた岡﨑さんと金沢さんの手腕には驚かされる。

結果として250万円という予算で、築50年の「頑固な和室」をhouse AOとして蘇らせたLenz Designだが、低予算リノベの専門家というわけではない。前述のように新築もフルリノベも数多くこなしてきたお2人にとっての第3の柱として「部分リノベ」というものがあることを証明したに過ぎない。

Lenz Designの2人のレンズは、思い通りの家を新築したい、見違えるような家にリノベしたいという施主は勿論のこと、「空き家の実家をどうにかしたい」「再建築不可物件に困っている」「低予算ながらも、自分達の思い通りの家に住みたい」という人々の願いまでも叶えてくれる。
  • 天井の化粧板を取り払い、野縁に塗装を施した。手前と奥ができ、空間に立体感をもたらしている。

    天井の化粧板を取り払い、野縁に塗装を施した。手前と奥ができ、空間に立体感をもたらしている。

  • むき出しになった梁や床、塗装された野縁も、元の家の記憶や歴史の1つ。

    むき出しになった梁や床、塗装された野縁も、元の家の記憶や歴史の1つ。

撮影:森田大貴

間取り図

  • 図面

  • 断面図①

  • 断面図②

基本データ

作品名
house AO
所在地
神奈川県川崎市
家族構成
夫婦
敷地面積
152.85㎡
延床面積
85.10㎡
予 算
〜2000万円台