ピアノを楽しみ、オンもオフも充実。
「屋根につながる家」

こちらは自宅でピアノ教室を運営し、不特定多数の人が出入りする住まい。パブリック空間と家族のプライベート空間をどう共存させるかがポイントだった。家族一人ひとりのライフスタイルを大切にする自由度の高さと、ともに暮らす一体感の両立──。このテーマに見事に応えた工藤宏仁さんの設計の魅力とは?

距離感と一体感を両立させる
スパイラル状の住まい

鎌倉・由比ガ浜海岸にほど近い閑静な住宅街。敷地内にあった二世帯住宅のうち一世帯を取り壊し、残った一世帯を増築する形で建てられたこの家は、「シルバー世代のご夫婦と娘さんの住まい」「お母さまと娘さんが運営するピアノ教室」「息子さんの仕事場(住まいは別の場所)」という3つの要素を併せもつ。そのため増築にあたっては、それぞれのライフスタイルをもった家族がゆるやかにつながり、共存できることが求められた。

設計を担当した工藤宏仁さんはこの要望に対する答えとして、中庭を中心としたスパイラル状の家をつくった。邸内をらせん状にのぼっていく中でさまざまな住空間が広がる、「屋根につながる家」である。工藤さんいわく、「スパイラル状の住まいには、それぞれのエリアを“曖昧につなげる”という良さがあります。その曖昧さを活かして、パブリックな空間とプライベートな空間を共存させようと考えました」

空間構成は、中庭を中心に、2つの動線がぐるりとまわる二重らせん構造となっている。動線の1つは、メインエントランスからリビングダイニング、階段を上がって中2階の洗面と浴室、そこから外へ出るとデッキテラスや屋上庭園、邸内でさらに上へ行くと寝室・屋上デッキに続く。もう1つの動線は、駐車場からサブエントランス、廊下(横に息子さんの仕事場)、ピアノホール、階段を上がって書斎、さらに階段を上がって寝室そして屋上デッキへ。どちらの動線も最後は寝室や屋上デッキへ到達する、まさに「屋根につながる家」だ。

パブリック空間であるLDK、ピアノ教室、息子さんの仕事場へは専用エントランスがあり、プライベート空間に近寄ることなくアプローチ可能。一方、家族の動線は、パブリック空間からプライベート空間へ自然に移行していく造りになっている。

2つの動線はどちらもスパイラル状で、回遊しながら徐々に床レベルも変わっていくため、「つながっているのに各空間の独立性もある」という家族の理想をかなえている。工藤さんはスパイラルという斬新な発想で、ひとつ屋根の下にいる一体感と、多様な場で多様に暮らす自由を見事に両立したのである。
  • 中庭を中心に住空間をスパイラル状に構成。手前がピアノ教室の屋上につくられた屋上庭園、左の茶色の屋根が既存住宅。奥は1階がLDK。デッキテラス奥の木製外壁部分は中2階の浴室と屋上テラス。その右の白壁部分は2階の寝室。道路側は1階がメインエントランス、中2階が書斎

    中庭を中心に住空間をスパイラル状に構成。手前がピアノ教室の屋上につくられた屋上庭園、左の茶色の屋根が既存住宅。奥は1階がLDK。デッキテラス奥の木製外壁部分は中2階の浴室と屋上テラス。その右の白壁部分は2階の寝室。道路側は1階がメインエントランス、中2階が書斎

  • 爽やかな青空を望む緑豊かな中庭。1階は写真左から、ピアノホール、ピアノ教室、渡り廊下とつながり、奥のガラス張りの部分がLDK

    爽やかな青空を望む緑豊かな中庭。1階は写真左から、ピアノホール、ピアノ教室、渡り廊下とつながり、奥のガラス張りの部分がLDK

  • 1階LDKには、以前の家にあったステンドグラスを設置。造り付けの壁収納の上部は一部が吹抜けになっており、その上には天窓が。自然光が色みを帯びるよう、天窓近くの壁の色はゴールドにしてある。天からそそぐ光が柔らかなイエローになり、神秘的な雰囲気に

    1階LDKには、以前の家にあったステンドグラスを設置。造り付けの壁収納の上部は一部が吹抜けになっており、その上には天窓が。自然光が色みを帯びるよう、天窓近くの壁の色はゴールドにしてある。天からそそぐ光が柔らかなイエローになり、神秘的な雰囲気に

屋上庭園や中庭の緑を望む開放空間
音楽を楽しむ理想的な環境も

スパイラル状の空間構成で、この家に住む家族にとって最適な住まいをつくりあげた工藤さん。単に「ライフスタイルに合う」だけでなく、光・緑・音楽を満喫する、豊かな暮らしへのこだわりも随所に息づいている。

中でも、LDKは親しい人と憩う和やかなシーンが目に浮かぶ魅力的な空間だ。「親戚が集まる機会が多いこの家では、LDKは来客をもてなす公の場でもあります。中庭と行き来しながらパーティーなどができるよう、屋外感覚の開放的な空間にしようと考えました」と工藤さん。

天井高3.2mのLDKはそれだけで開放感があるが、さらなる開放感をもたらしているのが床から天井まで大胆に開口した中庭側の掃き出し窓だ。ここは枠の少ないビル用サッシを用いており、たっぷりの自然光とともに、向かいのピアノホールの上につくられた屋上庭園や中庭の緑がダイナミックに目に飛び込む。LDKと中庭には段差がなく、床には同じ素材を使用。リビングと中庭の「地続き感」が増し、室内にいても屋外にいるようで気持ちがいい。

お母さまと娘さんにとって非常に重要なピアノのためのスペースも、音楽を存分に楽しめるよう考え尽くされている。外壁と床は二重にし、屋上は土を盛った屋上庭園にすることで完璧な防音性を実現。防音目的が発端だった屋上庭園はご両親が趣味でハーブ栽培を楽しむ場となっただけでなく、家中の至るところに緑の眺めを与えてくれる。

中2階の浴室やデッキテラスも豊かな時間をつくり出すスペースの1つだ。浴室は既製品のバスタブをモロッコの伝統的な左官で装飾。床はタイル張り、壁は水に強いドイツ製の漆喰。窓からは屋上庭園の緑が見え、疲れを癒す高級スパを思わせる。その先のデッキテラスにはベンチがあり、夕刻に海岸から来る潮風を感じながらビールを一杯、といった楽しみも。

パブリックもプライベートも充実させるこれらの住空間が、1つの住まいの中でナチュラルに共存しているのは、スパイラルな造りがあってこそ。そう思うと、設計のスタートラインで暮らしの可能性を無限に広げる発想を取り入れた、工藤さんのセンスに感動すら覚えてしまう。
  • どっしりとした圧倒的な存在感を放つ外観。道路から見ると閉鎖的な印象だが、植栽に包まれたメインエントランスを入ると開放的な中庭が広がり、来訪者を驚かせる

    どっしりとした圧倒的な存在感を放つ外観。道路から見ると閉鎖的な印象だが、植栽に包まれたメインエントランスを入ると開放的な中庭が広がり、来訪者を驚かせる

  • 光がたっぷり降りそそぐ1階LDKのダイニング&キッチン。オリジナルのキッチンにはニューギニアウォルナットを使用。奥の階段をのぼると中2階の浴室と、屋上庭園へ続くデッキテラスがある

    光がたっぷり降りそそぐ1階LDKのダイニング&キッチン。オリジナルのキッチンにはニューギニアウォルナットを使用。奥の階段をのぼると中2階の浴室と、屋上庭園へ続くデッキテラスがある

  • 屋上庭園からの眺め。1階~中2階~2階へと住空間がスパイラル状につながり、明かりが灯った夕景も美しい

    屋上庭園からの眺め。1階~中2階~2階へと住空間がスパイラル状につながり、明かりが灯った夕景も美しい

撮影:鳥村鋼一

間取り図

  • 1階平面図

  • 2階平面図

  • 中2階平面図

  • 断面図

お家のデータ

施主
K邸
所在地
神奈川県鎌倉市
家族構成
夫婦+子供2人
敷地面積
455.37㎡
延床面積
354.25㎡

この記事に関わるキーワード

この建築家に
相談する・
わせる
(無料です)