小さくてもとびきり豊かな住み心地。
家族をしなやかに受け入れる、年齢不詳の家

松本孝充さんが設計した「浦志の家」は、福岡県美しいまちづくり建築賞で大賞を受賞。街に溶け込む控えめな佇まいだが、設計には秀逸なアイデアと温かな配慮が盛りだくさん。家族の変化に合わせて、永く、気持ちよく暮らせる家づくりのヒントが詰まっている。

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街の景観にしっくり馴染み、
ナチュラルに年を重ねる家

福岡県糸島市に立つ「浦志の家」は、『第33回福岡県美しいまちづくり建築賞・住宅の部』で大賞を受賞した住宅だ。設計したのは、佐賀県鳥栖市に事務所を構える『松本設計』の松本孝充さん。話しているとなんだか安心できる穏やかな雰囲気の方である。

浦志の家はそんな松本さんの雰囲気を投影したような、穏やかで心地よい住まいだ。

ご夫妻と元気なお子さまの5人家族が暮らすこの家は、往来が多い東の道路と南の生活道路の角地に立ち、隣地にはTさまのご実家がある。

「Tさまはここで生まれ育ち、これからもこの地で暮らしていく方です。全てを書き換え上書き保存するよりは、今あるものを活かし、記憶を継承していくような住まいがいいのではと考えました」と松本さん。

まず目に留まったのは、Tさまが幼い頃からあったという杏の木と槙(マキ)の生垣だった。この2つはご実家と並ぶ浦志の家の佇まい、そして街の景観の要になると直感した松本さん。Tさまも共感してくださり、南側に杏の木と生垣を残した庭をつくり植栽を整えた。

設計にあたっては、Tさまの要望に沿ってご実家との関係性も大切にした。浦志の家がご実家の採光の妨げにならないよう、建物のボリュームは控えめに。南側から入るアプローチはご実家の通用口まで延ばし、両家の行き来をスムーズに。このアプローチには屋根の軒をゆったりかけ、雨の日も身軽に行き来できるようにしている。

玄関まわりが長く低い軒に覆われたデザインは、浦志の家の外観につつましやかな印象ももたらした。また外壁や塀は地産地消で地元の八女杉を使い、腐食を防ぐ保護剤を塗ってナチュラルに仕上げている。

「いかにも新築といった風情でなく、昔からそこにあったかのような佇まいにしたいと考えました」と松本さん。その言葉通り、浦志の家はいい意味で見た目が新築らしくない。時間が経っても色褪せない品のよい存在感、素朴で普遍的な美しさ。10年後も20年後も今と印象が変わらない、年齢不詳の家なのだ。
  • 東の外観。地元の八女杉を使った外壁と塀は、ウッドロングエコという保護剤を塗っている。腐食防止効果を期待でき、深い軒で雨風を避けられる外壁は塗り替えが不要。雨風が直接当たる塀は柱がアルミ製。交換が必要になったら板材だけを変えればOK

    東の外観。地元の八女杉を使った外壁と塀は、ウッドロングエコという保護剤を塗っている。腐食防止効果を期待でき、深い軒で雨風を避けられる外壁は塗り替えが不要。雨風が直接当たる塀は柱がアルミ製。交換が必要になったら板材だけを変えればOK

  • 南東から見た外観。浦志の家が立つのは往来が多い東の道路(写真右)と南の生活道路(写真左手前)に面した南東角地。以前はご実家の別棟があった場所だ。長く低い軒が道路側をゆったり覆い、ずっと前からここに立っていたかのような控えめな印象となっている

    南東から見た外観。浦志の家が立つのは往来が多い東の道路(写真右)と南の生活道路(写真左手前)に面した南東角地。以前はご実家の別棟があった場所だ。長く低い軒が道路側をゆったり覆い、ずっと前からここに立っていたかのような控えめな印象となっている

  • 南から玄関まわりを見る。アプローチを進んだ写真奥のガラス戸は、隣地に立つご実家の通用口。浦志の家の玄関はアプローチ奥の写真左手にあり、ご実家との行き来がスムーズ。ゆったりかかった長い軒のおかげで雨の日も身軽に行き来できる

    南から玄関まわりを見る。アプローチを進んだ写真奥のガラス戸は、隣地に立つご実家の通用口。浦志の家の玄関はアプローチ奥の写真左手にあり、ご実家との行き来がスムーズ。ゆったりかかった長い軒のおかげで雨の日も身軽に行き来できる

  • 南から庭と浦志の家を見る。写真中央は以前からあった杏の木。写真奥にはLDKの大開口のルーバー建具が見える

    南から庭と浦志の家を見る。写真中央は以前からあった杏の木。写真奥にはLDKの大開口のルーバー建具が見える

子ども室は本当に必要?
限られた床面積で心地よい開放感を

浦志の家は邸内も、外観同様に普遍的な魅力がある。

Tさまご夫妻にはお子さまが3人いるが、間取りは1LDK +ロフト+小さな和室で、子ども室はない。限られた床面積をどう使うか考えたとき、「子ども室は必ずしも要らないのでは」と、松本さんから提案したという。

多くの場合、勉強などで本当に子ども室が必要な期間は数年に過ぎない。加えて浦志の家は、隣のご実家に空いている部屋もある。お子さまが勉強に集中したい時期は使わせてもらうこともできるだろう。

松本さんはいう。「長い年月の中では家族構成もライフスタイルも変わります。もし、ご夫妻2人で暮らすようになれば、広すぎる家は負担になるかもしれません。子どものいる暮らしを前提にするのではなく、『長いスパンで見て本当に必要な空間』をつくっていく。そのほうが、永く、気持ちよく住める家になるのではないかと思います」

この考え方にTさまご夫妻も賛同してくださり、子ども室のない間取りとなった浦志の家。寝室を除いた住空間は、LDK、ロフト、小さな和室が一体となったワンルーム。どちらかといえばコンパクトだが、体感は実にのびやか。大きな南向きの窓で外とつながる横の広がり、吹抜けのダイニングの上への抜け感、これらの相乗効果でおおらかな開放感がある。

木製建具を使った南の大開口の先には広いウッドデッキテラスがあり、杏の木や生垣を残した庭が見える。思い出とともに引き継いだ木々は外部の視線をゆるやかに遮ると同時に、室内に緑豊かな眺めも与えてくれてホッと心が和んでいく。

決して広いとはいえないのに、そんなことをみじんも感じさせない心地よさ。それは、松本さんのセンスあふれる設計の賜物といえるだろう。
  • 玄関を入ると広い土間。写真右手前はシューズボックス。広い土間をこのシューズボックスでゾーニングし、写真奥はお子さまのための「遊べる土間」、手前はちょっとした来客の応対ができる「迎える土間」として使えるようにしている。写真奥を右手に行くとLDK

    玄関を入ると広い土間。写真右手前はシューズボックス。広い土間をこのシューズボックスでゾーニングし、写真奥はお子さまのための「遊べる土間」、手前はちょっとした来客の応対ができる「迎える土間」として使えるようにしている。写真奥を右手に行くとLDK

  • 土間からLDKを見る。南(写真左)の大開口の先にはベンチとひと続きの大きなウッドデッキテラスがあり、室内外の一体感が高い。写真奥はちょっと1人になれる小さな和室。床は杉の無垢フローリング、天井も杉板。どちらも蜜蝋ワックスでナチュラルに仕上げている

    土間からLDKを見る。南(写真左)の大開口の先にはベンチとひと続きの大きなウッドデッキテラスがあり、室内外の一体感が高い。写真奥はちょっと1人になれる小さな和室。床は杉の無垢フローリング、天井も杉板。どちらも蜜蝋ワックスでナチュラルに仕上げている

  • LDKから土間(写真奥)を見る。南(写真右)の窓際には、LDKから土間まで続く長いベンチ。腰掛けて団らんしたり、床に座って座面をテーブル代わりに使ったり、テレビを置いたり、座面下の空きスペースに収納ボックスを置いたり……。使い方の汎用性が高い万能ベンチだ

    LDKから土間(写真奥)を見る。南(写真右)の窓際には、LDKから土間まで続く長いベンチ。腰掛けて団らんしたり、床に座って座面をテーブル代わりに使ったり、テレビを置いたり、座面下の空きスペースに収納ボックスを置いたり……。使い方の汎用性が高い万能ベンチだ

1つのものが複数の役割を果たし、
変化に対応するしなやかな住空間

浦志の家は、気持ちよく過ごせる居場所もふんだんに設けられている。玄関を入ればお子さまが自由に遊べる広い土間。LDKには庭を眺めるダイニングと、土間まで続く窓際の長いベンチ。ベンチは座面の下が空いており、床座のテーブル代わりにもなる。

LDKを見下ろせるロフトは、お子さまたちの格好の遊び場。キッチンには、スツールを置けば立派な居場所になるカウンターがある。また、「1人になりたいときもあると思うので」と松本さんが提案した小さな和室はLDKから一段低く、ほどよいこもり感があって落ち着ける。

ちなみにこれらのスポットは、1カ所に複数の役割と、使い方の可変性をもたせている点も見逃せない。例えばベンチはテレビ台としても使えるし、座面下の空きスペースにボックスを置けば収納スペースにもなる。キッチンカウンターも同様で、カウンター下に収納家具を置くことも可能。お子さまが成長したら、ロフトは寝室や物置きにしてもいい。

ミニマムな設計で最大価値を生み出し、先々までの快適性も利便性もかなえている松本さんの手腕には驚くばかり。生活する家族の人数が変わっても、過不足なく暮らせる研ぎ澄まされた家である。

さらには耐震等級3相当の耐震性能、HEAT20のG2グレードを超える断熱性能を備え、建物としてもハイスペック。おまけに県のアワードで大賞受賞と何から何まで完璧すぎて、ぐうの音も出ない。

けれど、松本さん自身には妙な気負いがいっさいない。

「窓から見える緑がきれいだな、障子を通して入る夕日がきれいだなと、生活の中でうるおいを感じ、心が豊かになるような住まいをおつくりしたいです。そうすることで家族の幸せな生活というものが、手に入るんじゃないかなあと思っています」

他者の評価がどんなに高くても関係ない。松本さんの頭の中はいつだって、「住まう人の幸せ」でいっぱいだ。
  • ダイニングから南の大開口を見る。窓際から上がっていく勾配天井が心地よい開放感を生む。南の大開口の建具は木製で、経変変化も楽しみの1つ。ガラス窓、網戸、ルーバー、障子の4層構造となっており、ルーバーを閉めれば外部の視線をゆるやかにカットできる

    ダイニングから南の大開口を見る。窓際から上がっていく勾配天井が心地よい開放感を生む。南の大開口の建具は木製で、経変変化も楽しみの1つ。ガラス窓、網戸、ルーバー、障子の4層構造となっており、ルーバーを閉めれば外部の視線をゆるやかにカットできる

  • ダイニングから南の大開口を見る。南の大開口には、ガラス窓、網戸、ルーバー、障子の4種の建具を入れている。障子があるとカーテンが要らず、窓まわりがすっきり。どれを閉めるかで部屋の雰囲気が変わるのも楽しい

    ダイニングから南の大開口を見る。南の大開口には、ガラス窓、網戸、ルーバー、障子の4種の建具を入れている。障子があるとカーテンが要らず、窓まわりがすっきり。どれを閉めるかで部屋の雰囲気が変わるのも楽しい

  • 吹抜け上部からダイニングを見る。LDKは決して広くはないが、吹抜けや大開口のおかげでタテにもヨコにも開放感があり、居心地がいい

    吹抜け上部からダイニングを見る。LDKは決して広くはないが、吹抜けや大開口のおかげでタテにもヨコにも開放感があり、居心地がいい

撮影:八代写真事務所

基本データ

作品名
浦志の家
施主
T邸
所在地
福岡県糸島市
家族構成
夫婦+子供3人
敷地面積
203.51㎡
延床面積
79.49㎡
予 算
2000万円台