施主と建築家の切妻屋根への想いが結実
水平の軒がつくる凛とした佇まいの家

この家は、切妻屋根の家を熱望する施主と、切妻屋根の美しさに魅了された建築家の出会いによって誕生した。「平成29年度松本市景観賞 建築物・工作物部門賞」を受賞したこの家は、数多くの独創的なアイデアであふれている。施主の要望をすべて叶え、より快適に過ごすための提案も組み込まれたこの家の誕生秘話に迫る。

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切妻屋根の家を作りたい施主と
切妻屋根に魅了された建築家の出会い

北アルプスをはじめとした雄大な自然に囲まれている、長野県松本市。そこから少し離れた郊外に、「松本岡田の家 − 切妻六.五間堂 −」と名付けられた家がある。この家を形にしたのが、「一級建築士事務所エムティーケーアーキテクツ」の建築家、目時(めとき)さんだ。

その目時さんと施主のMさんの出会いは、ある住宅相談会だった。Mさん夫婦の要望は、「赤毛のアンの緑の切妻屋根の家」のような切妻屋根、大きなLDKを持つ和モダンの家、雑木林の森のような庭がある、というものだった。建築家としての経験が豊富で、海外の設計事務所での経験も長い目時さんだったが、「赤毛のアンの緑の切妻屋根の家」という独特なキーワードが要望に出てきたのは初めてだったという。

なぜ赤毛のアンなのか? 目時さんが詳しくその理由を聞くと、Mさんの奥様の強い要望であることがわかった。もともと赤毛のアンを何度も読んでいた奥様が、海外赴任の際に実物の「赤毛のアンの緑の切妻屋根の家」を見たことがきっかけだった。それまでは本の中のイメージでしかなかった、切妻屋根の家。その実物を見て、屋根裏部屋の雰囲気なども含め、とても感動したそうだ。

一方で目時さんも、以前から日本の切妻屋根の美しさに魅了されており、これまでも屋根裏や構造を見せる設計をしてきた。日本建築の柱と梁で組まれ、屋根を支える構造物の美しさを見せたかったからだ。海外の設計事務所勤務を終えて日本に帰国した後、事務所を長野に設けた理由も、ここにある。美しい切妻屋根を豊富な日本の木材で作り、長野のスタンダードにしたいという強い思いがあった。

こうして切妻屋根に惹かれた施主と建築家が出会い、このプロジェクトがスタートした。
  • それぞれの屋根がつくる表情 − 2階を北側(写真左)に寄せることで、南側(写真右)の軒先が低くなる仕掛けが見て取れる。2階は屋根裏部屋のように見えるが目の錯覚を利用したもので、実際には問題のない室内高を確保している

    それぞれの屋根がつくる表情 − 2階を北側(写真左)に寄せることで、南側(写真右)の軒先が低くなる仕掛けが見て取れる。2階は屋根裏部屋のように見えるが目の錯覚を利用したもので、実際には問題のない室内高を確保している

  • 顔となる外観のデザイン − 写真左の明るい色の木製ドア部分がエントランス。その右の下屋の黒い板戸のところは、庭や車の道具などを入れる外部収納。他の壁と同じデザインで、まったく違和感がない

    顔となる外観のデザイン − 写真左の明るい色の木製ドア部分がエントランス。その右の下屋の黒い板戸のところは、庭や車の道具などを入れる外部収納。他の壁と同じデザインで、まったく違和感がない

  • 水平線が創り出す平家の姿 −長い直線と低い軒が織り成す切妻屋根の魔法。その効果により、まるで平屋のような印象を受ける。白と黒の対比が美しく映え、凛とした佇まいの南立面

    水平線が創り出す平家の姿 −長い直線と低い軒が織り成す切妻屋根の魔法。その効果により、まるで平屋のような印象を受ける。白と黒の対比が美しく映え、凛とした佇まいの南立面

切妻屋根の美しさを表現しながら
すべての要望を満たすための工夫

「切妻屋根がもっとも美しく見える条件は、京都の三十三間堂のように長い水平線を持つ屋根と、できるだけ低い軒先だと私は思います」と、目時さんは語った。一方で、広いLDKをという要望と敷地条件をかけ合わせると、一部を2階建てにせざるを得ない。しかしそれでは、長い水平線の屋根を持つことが難しい。これをどう実現するか。試行錯誤の後にたどりついたのは、一見平屋のように見えるプランだ。

写真をご覧いただくとわかるが、LDKがある南側から見ると、まるで平屋のように見える。しかしエントランスがある西側から見ると、2階が北側に寄せられていることがわかる。これにより、南側の屋根を水平に長くとり、軒先を低くすることができた。

さらに2階がのっている北側の1階部分に、天井高を抑えられる水回りや収納を配置した。これにより、2階の室内高を確保することができた。2階の部屋の窓を見ると、屋根裏部屋のようにも見えるが、実際には通常の室内高を確保しているため問題はない。さらに驚くのは、目の錯覚で2階部分をなるべく低く見せるため、玄関部分の1階の屋根を高めに設けていることだ。この水平のラインのおかげで、大きな2階が上に乗っている印象はまったくない。また、東西に長いプランではあるが、大きなL D Kに面して各部屋が配置されていることで、それぞれプライバシーを保ちながらも暮らしの気配を感じることができるレイアウトもこの家の特徴の一つである。

こうしたさまざまな工夫により、水平の屋根を長く取り、南の軒先を低く抑え、吹き抜けの広いLDKを確保しながら平屋のように見えるプランが実現できた。この作品には、「松本岡田の家 − 切妻六.五間堂 −」という名が付けられている。目時さんがもっとも美しい切妻屋根だという京都の三十三間堂を想起させるその名前からは、建築家としての自信と誇りが感じられた。
  • 日本らしさ – どこか日本家屋らしさを感じさせるエントランス。小さな子供から大人まで手軽に利用できる、長めの手すりが独自の魅力を添えている

    日本らしさ – どこか日本家屋らしさを感じさせるエントランス。小さな子供から大人まで手軽に利用できる、長めの手すりが独自の魅力を添えている

  • 白と黒の対比が織りなす美 − 切妻屋根の優雅な構造が輝く吹き抜けと、ヘリンボーン柄の床が広がりを一層引き立てている

    白と黒の対比が織りなす美 − 切妻屋根の優雅な構造が輝く吹き抜けと、ヘリンボーン柄の床が広がりを一層引き立てている

毎日の生活を豊かにするためのアイデアが
随所に取り入れられた室内空間

目時さんの工夫は、切妻屋根をはじめとする基本プランにとどまらない。室内空間にも、
日々の生活を豊かにするためのアイデアにあふれている。

広い空間が単調にならないようにLDKは漆喰の白と黒を基調とし、差し色として自然な木の色を持つヤマザクラを造作家具として使用した。目時さんは室内の色合いを決める際に、一度スケッチをモノクロにして確認している。こうすることで濃淡がわかるそうだ。

ブラックウォールナットのフローリングも貼り方を工夫し、ヘリンボーン柄にすることで変化をつけている。とても広いLDKなので、できれば幅の広い床材を使いたかったのだが、それらはとても高価だ。そこで通常の幅の床材をヘリンボーン柄にすることで、視線を奥に向ける効果を狙ったという。

最大の特徴は、LDKにオープンな形で接するストリップ階段だ。その狙いは、ワンルームのLDKの広さを活かすことにあった。LDKの奥行きを階段で失うことなく、2階の左右に振り分けられた個室の動線をまとめるためには、この形がベストだという結論に達した。

さらにこの階段を支える柱には、柱のデザインとマッチする、柱と同じ幅の棚板をはめた飾り棚が造作されている。これも、LDKの広さをいつまでも感じてほしいという目時さんの想いが込められている。もし、階段を支える柱だけだと、カップボードや本棚などが階段沿いに設置されるかもしれない。それだと、せっかくの広いLDKが家具で仕切られて空間の広がりを感じられなくなる。であれば最初から、施主が好きな物や本を置くことができる棚を作ってしまおうという発想だ。これであれば、階段の奥側までの広がりを感じることができ、明るい日差しも入り込んでくる。さらに、子供が階段の奥側で遊んでいても、死角がないので目を配ることができる。

このストリップ階段と棚は、LDKの中のポイントである反面、その独創的なデザインと意図はスケッチや言葉では伝わりにくい。そこで目時さんは大きいサイズの模型を作り、施主のMさんがその階段のデザイン性と機能を十分に理解できるよう、細心の注意を払った。そして最終的には、Mさんから「ぜひこのデザインでお願いしたいです」と快諾を得たという。

庭の木々が成長するのと共に、子供も成長して欲しい。そう考えたMさんは、最終的に広い庭が雑木林のようになることを望んだという。だから完成当初の庭には、大きな木はあまり植えられていない。これから毎日、子供が自由に庭と出入りできる広いLDKで遊び、成長していくのとともに、その庭も雑木林のように育っていくことだろう。
  • 木そのままの色をアクセントに − 白と黒のコントラストが強くなりすぎないようにするために設置した、差し色としてヤマザクラを使用した造作家具

    木そのままの色をアクセントに − 白と黒のコントラストが強くなりすぎないようにするために設置した、差し色としてヤマザクラを使用した造作家具

  • 金属と木の共演 – 施主の要望で設置した業務用キッチン。ステンレスが主張しすぎないよう、造作家具は目隠しとしても機能

    金属と木の共演 – 施主の要望で設置した業務用キッチン。ステンレスが主張しすぎないよう、造作家具は目隠しとしても機能

  • 浮かび上がる和の構造美 – 光の陰影を織り交ぜ、間接照明を含む照明計画は、すべて建築士の目時さんによって精巧に計られている

    浮かび上がる和の構造美 – 光の陰影を織り交ぜ、間接照明を含む照明計画は、すべて建築士の目時さんによって精巧に計られている

撮影:多田ゆうこ

間取り図

  • 1F図面

  • 2F図面

基本データ

作品名
松本岡田の家 − 切妻六.五間堂 −
所在地
長野県松本市
家族構成
夫婦+子供1人
敷地面積
300㎡
延床面積
137㎡