住宅街の中、完璧なプライベート空間を実現
家を覆う要塞の中には、緑豊かな中庭が

「外から見られたくない」「自分たちだけの空間が欲しい」とお望みだったクライアント。建築家の稲田康紀さんは、家をすっぽり壁で覆うことでその希望を完璧に叶えた。しかし内部空間は閉塞感が感じられず、明るく開放的。外観と内部で正反対のイメージを持つこの家はどのようにしてできたのだろう。

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外から家の中が見えないようにしたい。
思いの強さも反映した、「まるで要塞」の壁

「いい家」とは、どんな家のことをいうのだろう。

クライアントが望む快適さに合わせた家をつくるのがモットー、と話すのは設計工房Iの稲田康紀さん。その稲田さんがつくったのが、大阪府高槻市の住宅街にあるT邸だ。T邸はとても個性的な外観をもつ。家がまるごと高い壁に覆われ、外から内部を伺うことはできない。壁面は濃いネイビーで塗られ、まるで要塞のようなのだ。

新しい家でどのように暮らしたいか、確固たるイメージをお持ちだったクライアント。重厚さが感じられる外観は「外から家の中が見えないようにしたい」というご要望を叶えたものだ。住宅密集地とまではいかなくとも隣家も迫る住宅街に位置するT邸において、中を見せない工夫は徹底している。中庭に駐車する車の出し入れにはシャッターを用い、通常はシャッターを閉めておくことで壁の一部として見立てている。車の出入り以外では、シャッターを開けずとも脇に設けられた扉からアクセスできるようにし、開閉する回数を最低限に抑えている。

また、「家の外に出ることなく、スムーズに生活したい」とのご希望から、郵便受けの位置にも配慮した。外に出なくても、シューズクロークに設置された郵便受けから届いた新聞や手紙を取り出すことができ、とても便利に使用されているとのこと。

Tさまご夫妻の「外から見えないようにしたい」「外を気にせずプライベートな時間を過ごしたい」というご要望に対して、その思いの強さまで表現したかのような堅牢な壁。ここまでやるのかという印象を持つかもしれないが、クライアントのお気持ちと「ニーズに沿った家をつくりたい」という稲田さんの家づくりに対する姿勢を知れば、なるほどと納得できる。
  • 外部駐車スペース、中庭への扉。ルーバーの下部にある郵便受けは室内と繋がり、外に出る必要を無くした

    外部駐車スペース、中庭への扉。ルーバーの下部にある郵便受けは室内と繋がり、外に出る必要を無くした

  • 中庭、シャッター裏。外観は濃い色合いだが、左に見える庇の下にある扉を開けると見える景色は白く、明るくなる。「敷地内に入ると木々も見えます。軽やかな気分で室内へと入っていただけるように計画しました」と稲田さん

    中庭、シャッター裏。外観は濃い色合いだが、左に見える庇の下にある扉を開けると見える景色は白く、明るくなる。「敷地内に入ると木々も見えます。軽やかな気分で室内へと入っていただけるように計画しました」と稲田さん

  • シャッターを開けたときの外観。なんとなく中の様子は伺えるものの、植栽やエントランスの壁などにより室内空間へは視線が届かないように計画。2台分の駐車スペースが必要なため、一台はシャッター奥の壁の中に、もう一台は壁の外、画像右側にスペースを計画

    シャッターを開けたときの外観。なんとなく中の様子は伺えるものの、植栽やエントランスの壁などにより室内空間へは視線が届かないように計画。2台分の駐車スペースが必要なため、一台はシャッター奥の壁の中に、もう一台は壁の外、画像右側にスペースを計画

扉を開けると、白い空間と明るい中庭。
軽やかな気持ちに切り替わる玄関アプローチ

なかなか類を見ない外観には好奇心をそそられるが、完璧に覆われた壁の中を見たら、もう一度驚くことになる。そこには、光がさんさんと降り注ぐ明るい中庭があるからだ。庭の中心にはシンボルツリーをはじめ四季を感じる植物たちも植えられ、ゆったりとした時間が流れる穏やかな空間だ。

家と中庭を囲う壁は2階の生活空間をすっぽり隠すほど高いものだが、それゆえ天辺に近い部分には視線が届かない。そこで壁の上部に2か所穴をあけ、庭に光を届けている。また、建物には軒をつくらず、ストンとしたボックス状のフォルムにしたことで庭に余計な影を落としにくくなっているという。「そもそも外側を囲っているだけなので、上部は遮るものなくぱかっと開いている状態なんですよ」と稲田さん。また、外側の濃いネイビーとは対照的に、中庭のエントランス部分は白を基調とし、明るい空間を引き立てている。

「ご要望から重さが感じられる外観にしましたが、一歩中に入れば一日の疲れも吹き飛ぶくらいに雰囲気を変えたいと考えました」と稲田さん。外側のダークで、ずっしりとした色合いから明るい白への秀逸な切り替えは、その理由から生まれたという。緑を多く取り入れたのも、中に入る門から玄関までのアプローチを進むうちに軽やかな気持ちになってもらうため。

開放的な空間をつくりつつ、要望はもちろん大切にした。庭から家を見ると中庭に面した生活空間には窓があることも認められる。しかし、稲田さんは植栽の位置やエントランスアプローチの壁の高さなどを緻密に計算し、門と玄関を結ぶ間からは室内が見えないよう考慮したという。

敷地に入る扉から玄関までのアプローチは、シーンを重ねるようにつくったという稲田さん。扉を開けると雰囲気が一転し、玄関のほうを向けばシンボルツリーが見える。木々とエントランスアプローチの壁によってLDKの大きな窓への視線は遮られつつも、その上にあるハイサイドライトには視線が抜け、この家が自然光も豊かに入る居心地が良さそうな家だと期待が湧く。

「自分たちだけの空間が欲しい」というご要望を完璧に叶えた稲田さん。Tさまご夫妻も気持ちよく、そして落ち着いて暮らせると非常にお喜びだそうだ。
  • キッチン裏の廊下には、扉付きの大容量収納を備えた。一番手前の棚の下、タイル部分はワンちゃんのトイレ

    キッチン裏の廊下には、扉付きの大容量収納を備えた。一番手前の棚の下、タイル部分はワンちゃんのトイレ

  • 2階、収納力抜群のウォークインクローゼット。両端に扉があり、動線がスムーズで使いやすい

    2階、収納力抜群のウォークインクローゼット。両端に扉があり、動線がスムーズで使いやすい

  • 1階LDK。床は、ウォールナットを基調とする家具と素材を統一した。杉材や米松を用いた梁や柱の構造材もその色合いに合わせて着色し、全体的なバランスを考慮した。他にも壁と天井は全て漆喰で仕上げるなど、ほぼ全て自然素材が使用された贅沢な内部空間だ

    1階LDK。床は、ウォールナットを基調とする家具と素材を統一した。杉材や米松を用いた梁や柱の構造材もその色合いに合わせて着色し、全体的なバランスを考慮した。他にも壁と天井は全て漆喰で仕上げるなど、ほぼ全て自然素材が使用された贅沢な内部空間だ

クライアントに寄り添い
「どう暮らすか」想像できるプランニングを

邸内は、色合いからして落ち着いた雰囲気。Tさまご夫妻が、この家のために誂えた家具の多くがウォールナット材でつくられていたため、床は同じ素材で合わせたという。稲田さんが「床の色や素材で内装の雰囲気は決まります」と言うように、ウォールナットの高級感ある家具たちがしっくりと収まっている。また、柱や梁など、構造材を現しにしているT邸。それらは主に米松材を用いているが、着色し雰囲気を整えた。

玄関に入ってもまだ室内はうかがえず、そこに入って初めて全貌がわかるというLDKは、クライアントのご要望により吹き抜けを取り入れた。それまでの予感を裏切らない開放感あるLDKは、中庭側を大きく開口。縦長の窓が3つ並び、キャットウォークを挟んでそのまま続いているかのように2階に当たる部分にも開口している。2階の窓はキャットウォークを進んで開け閉めできるほか、キッチン上部の壁面にもハイサイドライトがあり、明るい上に風通しも良いLDKに仕上がった。

LDKからは要塞の壁に開けられた採光用の穴を通して視線が抜け、外を見ることもでき閉塞感は微塵も感じられない。これだけ開放感がある室内だと空調の効きが気になるところだが、薪ストーブを設置し、配管から出る輻射熱を利用することで家全体を暖められるという。

LDKの奥側に位置するキッチンから、その背面にあるワインセラーや水回りには回遊性を持たせ、家事動線を重視した。また、キッチンの裏面には大容量の収納が。それぞれの棚には扉を付け、出しやすく、しまいやすく、隠しやすい収納として大活躍している。室内犬を3匹飼われていたご夫妻の「家の中にワンちゃんのトイレが欲しい」というご要望も、この収納棚の一角をタイル張りにして実現した。

北側斜線が厳しい土地だったが、2階の屋根を傾斜させクリアしたという。「天井が傾斜していると、低さを感じにくくなります。また、構造材を現しにすることで天井を上げました」と稲田さんが話す通り、圧迫感はない。

間取りにも工夫がある。北側斜線を生かし、フリースペースやバルコニーなど伸びやかさが求められる空間を天井が高い部分に、逆に籠り感や落ち着きが必要な書斎や主寝室を低い位置に計画。条件を逆手に取り、長所を引き出した形だ。

寝室では、ベッドの両側に扉があり、双方からウォークインクローゼットにアクセスできる。起きて着替える時間がご一緒というご夫妻にとって、何かと忙しい朝にスムーズに動けるのは嬉しいポイントだろう。

Tさまご夫妻は「初回のプランが上がってきたときから、暮らしぶりがイメージしやすかった」とおっしゃっていたそうだが、その理由を稲田さんはクライアントに寄り添った家づくりを常に考えているからでは、と分析する。

「『いいもの』や『いい家』は私にとって、私だけがいいと感じることではないんです。クライアントが暮らしやすい家こそが『いい家』なんですよね」

  • キッチンからリビングを見る。キッチントップは1枚仕立ての天然大理石を使用。写真奥、左側には薪ストーブを設置。輻射熱により吹き抜けであるリビングはもちろん、2階まで効率よく暖められる

    キッチンからリビングを見る。キッチントップは1枚仕立ての天然大理石を使用。写真奥、左側には薪ストーブを設置。輻射熱により吹き抜けであるリビングはもちろん、2階まで効率よく暖められる

  • 2階書斎。北側斜線の条件により天井を傾斜させた。一番低い位置に落ち着きが求められる空間を計画

    2階書斎。北側斜線の条件により天井を傾斜させた。一番低い位置に落ち着きが求められる空間を計画

  • 玄関アプローチ。写真右に見える外に繋がる扉から敷地へ入り、Uターンするように玄関へと向かう

    玄関アプローチ。写真右に見える外に繋がる扉から敷地へ入り、Uターンするように玄関へと向かう

  • シャッターを開けたときの外観。なんとなく中の様子は伺えるものの、植栽やエントランスの壁などにより室内空間へは視線が届かないように計画。2台分の駐車スペースが必要なため、一台はシャッター奥の壁の中に、もう一台は壁の外、画像右側にスペースを計画

    シャッターを開けたときの外観。なんとなく中の様子は伺えるものの、植栽やエントランスの壁などにより室内空間へは視線が届かないように計画。2台分の駐車スペースが必要なため、一台はシャッター奥の壁の中に、もう一台は壁の外、画像右側にスペースを計画

基本データ

作品名
高槻の家
施主
T邸
所在地
大阪府高槻市
家族構成
夫婦
間取り
4LDK
敷地面積
174.32㎡
延床面積
135.37㎡
予 算
4000万円台