心地いい風が入る、伸びやかなリビング。
バリアフリーの平屋はゆとりある空間が魅力

空き家となっていた奥さまの実家を建て替えることにしたIさまご夫妻。違う場所にお住まいのお母さまがときどき来られたときのことを考え、バリアフリーの家をつくることにしたという。とはいえ、基本的にはお二人で住まわれる家。絶妙な空間のつくり方により、ご夫妻とお母さま、皆にとって住みやすい家になった

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存分に籠れる距離感が
夫婦二人での暮らしを軽やかにする

大阪府吹田市にあるI邸は、ご夫婦二人で暮らす平屋だ。近くのマンションにお住まいだったIさまご夫妻は、住まいを移すために奥さまのご実家の建て替えを決断。初めての家づくりでわからないことも多く、相談しやすい雰囲気の建築家をと考えていたIさまご夫妻。依頼を決めたのは、親しみやすく朗らかな雰囲気が魅力的な建築家、設計工房Iの稲田康紀さんだ。

まずご夫妻が望まれたのは「それぞれの趣味室が欲しい」ということ。稲田さんはご主人の部屋を玄関の奥に、奥さまの部屋はリビングを挟んで対角に位置する場所に計画した。「夫婦二人の暮らしですので、ひとりの時間を過ごしたいときには気兼ねなく籠れるよう、あえて距離を離しました」と稲田さん。

ご主人の部屋はコレクションルーム。4畳弱のスペースに棚を造り付け、絶秒な落ち着き感のある空間になっている。奥さまの趣味室にはご親族が所有していたグランドピアノを設置。窓もあるので心地よく過ごせるという。

キッチンは玄関側に寄せて計画。壁面でキッチンをボックス状に囲みつつ、リビング側と玄関側に扉をつくり回遊性を持たせた。玄関からリビングに続く廊下のような役割も担う壁面は収納も兼ねており、くるくると回れることでキッチンの使い勝手も向上している。また、二人で同時にキッチンに出入りしても動きやすいだけでなく、ご夫妻それぞれの趣味室からダイレクトにキッチンへアクセスできるようにした。

さらに二人住まいをより気兼ねないものにするための工夫がある。リビングから寝室へ向かう間にある前室の存在だ。どちらかがリビングで遅くまで過ごしていたとき、前室がなければ寝室のドアを開けるといきなり眩しくなってしまうが、ワンクッション置くことでそれを防ぐ。また、I邸の全ての扉は開き戸に比べ音が漏れやすいといわれる引き戸だが、前室を挟むことで寝室に必要な静謐さが確保できるとのこと。

長く人生を共にし、一緒に暮らすからこそ、距離感や居所を尊重する間取り。I邸には、大人らしい自由が感じられる。
  • リビングから和室、キッチンを見る。和室の奥の扉は浴室に続き、さらに奥にはご主人の趣味室がある。I邸の扉は全て引き戸、また床面はフラットなバリアフリーとした。玄関からリビングに続く廊下やキッチンの通路も、車いすでの移動が楽になるようゆったりとした幅をとった

    リビングから和室、キッチンを見る。和室の奥の扉は浴室に続き、さらに奥にはご主人の趣味室がある。I邸の扉は全て引き戸、また床面はフラットなバリアフリーとした。玄関からリビングに続く廊下やキッチンの通路も、車いすでの移動が楽になるようゆったりとした幅をとった

  • 玄関側からキッチンを見る。撮影点のすぐ後ろにご主人の趣味室があり、わざわざリビングへ行くことなくキッチンにアクセスできるようにした。通路側には大容量の収納を設け、LDK全体の使い勝手を向上させた

    玄関側からキッチンを見る。撮影点のすぐ後ろにご主人の趣味室があり、わざわざリビングへ行くことなくキッチンにアクセスできるようにした。通路側には大容量の収納を設け、LDK全体の使い勝手を向上させた

  • 杉材を贅沢に使用した囲いが印象的な外観。その下の石垣は以前の家を建てた当時と法律が変わり、撤去の可能性もあったが「こんないい雰囲気の石垣を壊すのはもったいない」と稲田さんが市と相談、無事に残すことができた。写真左の大きなモミジもギリギリの掘削で残したという

    杉材を贅沢に使用した囲いが印象的な外観。その下の石垣は以前の家を建てた当時と法律が変わり、撤去の可能性もあったが「こんないい雰囲気の石垣を壊すのはもったいない」と稲田さんが市と相談、無事に残すことができた。写真左の大きなモミジもギリギリの掘削で残したという

自然素材が贅沢に使われた家を、
より心地よい空間にする「日光」と「風」

「早起きは苦手だったのですが、早朝にリビングでコーヒーを飲むのが楽しみになりました」とおっしゃる奥さま。それほどリビングは伸びやかで開放感がある素敵な空間だ。窓からの風は心地よく、日ごとに変わる山の景色もリビングから楽しめる。

開放感の秘密は、深い軒からはじまる勾配天井だという。稲田さんは「フラットではなく、勾配天井のほうが空間は広く見えます」と話す。手が届くほど低い位置から家の奥に向かって天井を上げていき、また構造部材である梁をそのまま見せることでさらに天井を高くした。そのうえで、ボックス状のキッチンは天井まで壁を立ち上げず空間をつくり、玄関まで目線が抜けるように計画した。室内に奥行きが感じられ、さらに解放感がアップしたという。

平屋だからこそ、軒は深く取りたかったとも話す稲田さん。家の中に日の光をちょうどよく入れることが大切と考えているからだ。軒を深くすれば、太陽高度で夏は日の光が入りにくく、冬は入りやすくなる。ただ、平屋の場合は大きく開口しても家の奥が暗くなりがちなのだという。そこで、家の奥側に小さな中庭も設けた。中庭はリビングと和室、前室の三方に囲まれ、それぞれに光を落とす。

軒がある家の正面は南側、中庭があるのは北側で気温も低いことがポイントだそうだ。リビングから中庭に出られる掃き出し窓とは別に、天井に近い上部に換気のための窓をつけた。熱を持った風は下から上へ流れ、また気温の高い場所から低い場所へ向かうため、室内に風の流れができる。エアコンをあまり使用されないというIさまご夫妻も、風が抜けて気持ちがいいと居心地に満足されているとのこと。「深い軒側の大きな開口部には雨戸も付けました。雨戸も風が抜けるものを採用しましたので、夜、窓を開けたまま寝ることもできます」と稲田さん。

ご夫妻のご要望により、杉や米松の無垢材など自然素材が多く使用されているI邸。軒から続くリビングの梁など構造部材が美しい点も特徴的だが「あえて見せることは、設計的にはなかなか難しいのです」と稲田さんは語る。梁を等間隔に並べるのは技術を要するが、それを何故やるのかといえば、職人たちの腕の見せ所もつくりたいと考えているからだという。

構造部材をそのまま見せるためには、切り口や組み方にもこだわらなくてはならない。工場でプレカットするだけでは事足りないことも多く、職人たちが現場で木材を削りながら組むことも多々あるという。「そうして出来上がった部分は、美しさはもちろん見た目から与えられる安心感が違います」と稲田さん。

もう一つ大きな利点がある。それは、あらたに天井を張る必要がないので、家全体の高さを抑えても、十分な天井高がとれるという点だ。家全体の高さを抑えられれば、それだけ壁面の分量が減る。さらには柱も短い規格で足りるようになるなど、開放感が得られる内部空間を獲得しつつ、コストカットできるのだという。これも、施主さまにとってはありがたいところだろう。
  • 主寝室。窓の先には縁側があり、ここからも庭に出られる。窓から見えるのは、建て替え前の家から残したモミジの木

    主寝室。窓の先には縁側があり、ここからも庭に出られる。窓から見えるのは、建て替え前の家から残したモミジの木

  • リビング、南側から北側の中庭方向を見る。右の和室の床柱は以前の家のもの。和室からも、障子を開けて中庭を楽しむことができる。リビングに面した掃き出し窓の上部に換気のための窓を設けた

    リビング、南側から北側の中庭方向を見る。右の和室の床柱は以前の家のもの。和室からも、障子を開けて中庭を楽しむことができる。リビングに面した掃き出し窓の上部に換気のための窓を設けた

  • リビングから奥さまの趣味室までを見る。この後、趣味室にはグランドピアノが設置された。趣味室の右の扉は寝室の前室につながる。リビングで過ごす音や光が、先に眠った人の妨げにならないよう、リビングからは前室を通って主寝室に向かうようにした

    リビングから奥さまの趣味室までを見る。この後、趣味室にはグランドピアノが設置された。趣味室の右の扉は寝室の前室につながる。リビングで過ごす音や光が、先に眠った人の妨げにならないよう、リビングからは前室を通って主寝室に向かうようにした

  • 深い軒の梁はそのまま室内へと続いていく。梁の先端を斜めにカットするのはプレカットではできないため、職人による手作業で行われた。画像奥、リビングの窓の外には雨戸を設けている。雨戸は風を通すアルミ製のものだが、景観を考え普段は木製のパネルに収納できるようにした

    深い軒の梁はそのまま室内へと続いていく。梁の先端を斜めにカットするのはプレカットではできないため、職人による手作業で行われた。画像奥、リビングの窓の外には雨戸を設けている。雨戸は風を通すアルミ製のものだが、景観を考え普段は木製のパネルに収納できるようにした

住む人のためだけに合わせた空間と
住む人の状況に柔軟に対応する空間を両立

長く別のところで暮らせば、新しい家でも引き続き使いたい愛着ある家具もあるだろう。また、新しい生活が始まれば買い足した家具も増えてくる。新しいもの、愛着があるもの、素材や意匠性が異なるもの。それらの全てが馴染むような包容力がI邸には感じられる。

「ここには絶対に物を置けないとか、逆に何かを置かなくてはならないとか。『こういう風にしか暮らせない』という設計はしないように心がけています」と稲田さんは語る。住む人のその時々の変化に柔軟に対応できる空間づくりをするのだという。

もちろん、そこに暮らす人のためだけに合わせた空間づくりも同時におこなう。打合せ時に住まい方や家を拝見させてもらい、プランに反映させている。例えばキッチン。特に要望はなかったそうだが、以前の住まいを見た稲田さんの印象から、キッチンはさっと見えなくできたほうが都合がよいと考え、2か所ある出入り口に扉を設けることを提案。ご夫妻も今はその便利さを実感されているとのこと。

お話を伺うあいだ「その人のための家を」という言葉を稲田さんから何度も聞いた。I邸ではもちろんご夫妻のためであるのだが、今は違う場所にいらっしゃる奥さまのお母さまのことも同じように考えられている。

車いすで生活されるお母さまのため扉は幅広の引き戸にし、段差はなくすなど家全体をバリアフリーの構えにしたのは当然だ。使い勝手の以外にも、外部の石垣はそのまま残し、お母さまの居所になる和室には建て替え前の家から床柱を移設。さらに、敷地は広く掘削が必要だったが、以前から植えられていた大きなモミジの木は苦心して残したのだという。これらの心遣いには、新しい家に帰ってきたお母さまも喜んでくださるだろう。

ご主人は「デザインだけでなく、使い勝手や収納量も考えられたすごい住まいをつくってしまったと思います」と感想をくださったという。わからないことだらけだったというNさまご夫妻が100%以上の満足度で家づくりができたのは、稲田さんの確かな技術はもちろんのこと、細やかな配慮と丁寧な仕事ぶりによるものに違いない。
  • リビングから和室、キッチンを見る。和室の奥の扉は浴室に続き、さらに奥にはご主人の趣味室がある。N邸の扉は全て引き戸、また床面はフラットなバリアフリーとした。玄関からリビングに続く廊下やキッチンの通路も、車いすでの移動が楽になるようゆったりとした幅をとった

    リビングから和室、キッチンを見る。和室の奥の扉は浴室に続き、さらに奥にはご主人の趣味室がある。N邸の扉は全て引き戸、また床面はフラットなバリアフリーとした。玄関からリビングに続く廊下やキッチンの通路も、車いすでの移動が楽になるようゆったりとした幅をとった

  • 玄関。右側の引き戸を開けるとリビングへと続く。床面はナラ材、天井は杉材、玄関は洗い出しと自然素材がふんだんに使われている。お母さまがここで屋内用と屋外用の車いすを乗り換えるため、乗り換えた後の置き場所のことも考えゆったりとしたつくりにした

    玄関。右側の引き戸を開けるとリビングへと続く。床面はナラ材、天井は杉材、玄関は洗い出しと自然素材がふんだんに使われている。お母さまがここで屋内用と屋外用の車いすを乗り換えるため、乗り換えた後の置き場所のことも考えゆったりとしたつくりにした

  • 杉材を贅沢に使用した囲いが印象的な外観。その下の石垣は以前の家を建てた当時と法律が変わり、撤去の可能性もあったが「こんないい雰囲気の石垣を壊すのはもったいない」と稲田さんが市と相談、無事に残すことができた。写真左の大きなモミジもギリギリの掘削で残したという

    杉材を贅沢に使用した囲いが印象的な外観。その下の石垣は以前の家を建てた当時と法律が変わり、撤去の可能性もあったが「こんないい雰囲気の石垣を壊すのはもったいない」と稲田さんが市と相談、無事に残すことができた。写真左の大きなモミジもギリギリの掘削で残したという

基本データ

作品名
吹田の家
施主
I邸
所在地
大阪府吹田市
家族構成
夫婦
敷地面積
369.32㎡㎡
延床面積
100.46㎡㎡
予 算
3000万円台