
別府の地で愛犬とともに暮らす
理想のライフスタイルを叶えた住まい
扇状地の傾斜地形を逆手に取り
高低差を適材適所で活かしたプラン
ヒアリングにじっくり時間をかけ、施主の話に丁寧に耳を傾け、ライフスタイルにあったプランを提案するのは常のこと。インプットとアウトプットをふたりで繰り返し、それぞれの多角的な視点からプランを練る。女性と男性のふたりの建築家がユニットを組んだYRADの強みといえるだろう。今回のhouse-Nにもその強みが活かされている。
家を外から見てまず目を惹くのが、リビングの外側に広がる芝生の庭だ。別府湾に向かって傾斜する扇状地という立地。その高低差を活かした庭はドッグランを兼ね、「リビングのカウンターに座ると庭で遊ぶ愛犬と目線が合うよう、少し地盤を上げています」とのこと。また、芝生の緑が砂防公園の豊かな環境と連続する気持ちのいい空間となっている。
敷地を囲む塀はやや低いように感じられるが、これもリビングから桜並木が眺められるよう高さを計算。あえて塀を低く抑え圧迫感のない軽やかな形状にすることで、地域の人々とコミュニケーションを促す狙いもあった。Nさま夫妻のお人柄ゆえか、今では塀越しに近所の方々と会話することもしばしばだとか。
家の中に入ると、南側の開口部から光を採り込んだ開放的な大空間に驚かされる。よく見ると、ガラスのスライドドアで仕切れるようになっている。「奥の空間がリビングで、手前の玄関側の空間はラウンジという位置づけです。お施主さんが人をもてなすことが好きな方だったので、こちらから提案しました。とても喜んでいただき、逆にラウンジは絶対に(プランから)外さないでと頼まれたほどです」と榎本さん。スライドドアを閉めるとリビングからの物音を軽減できるので、例えば、どちらかが先に就寝するようなときも使い勝手がいい。
高低差を活かした庭とは真逆に、1階は将来を見据えほぼフラットなバリアフリー仕様に。基本的に夫婦ふたりが暮らす家なので、1階で生活が完結するつくりとなっている。「生活しやすいよう回遊できるような導線を心掛けました。また、お施主さんの希望でトイレは2つに。ご主人の部屋からは直接トイレに行けて、さらにはそのまま風呂までいけるようになっています」。ほかにも、奥様の部屋には小さな洗面があったり、4畳もあるランドリールームには洗濯物が乾きやすいよう天窓を設けたり、ラウンジからキッチンに直接アプローチできるドアがあったりと、“痒いところに手が届く”配慮が随所に見られる。各寝室のクローゼットやリビングの壁面収納、2箇所設けた納戸など、部屋をすっきりさせるための収納の多さも特徴のひとつだろう。
リビング西壁の下部に設置したガラス窓からは、ドッグルームも見える。室内には専用の水洗があり、散歩の後などに愛犬の足を洗うことも容易だ。ドッグルームには小さなドアを設け、そこから愛犬が自由に出入りできる。文字どおり「愛犬との自由な暮らし」を体現した住まいとなっている。
2階はワンルーム仕様のゲストルームに。4方向に開口がある明るい空間で、窓の外には広々としたデッキテラス。「別荘のようなイメージを意識しました。ご家族や友人が泊まったときに、旅行に来たような気分を味わってもらいたくて」と田中さん。部屋の中からも鶴見連山の主峰・鶴見岳をはじめとした山々の雄大なシーンを一望でき、デッキテラスに出るとさらに開放感がアップ。別府という土地柄、1階にある風呂の湯船を満たすのは掛け流しの温泉。まさに別荘そのもの、何度でも訪れたくなる。
「この建築が、そこに身を置く人に新たな発見や生活の豊かさをもたらすとともに、この自然豊かな坂の街との穏やかな繋がりを持つきっかけになればと思っています」と、YRADのおふたりは口を揃える。
対等な形でコミュニケーション
ユニットならではバランス感覚が強み
「異性のユニットなので、お施主さんがご夫婦の場合は、話がしやすいのかなと思うところはあります」と田中さん。それを受け榎本さんは「ひとりだと自問自答を繰り返すばかりですが、ふたりだと互いに意見を交換できるので、思考が整理しやすいですね。男の自分では思いつかないような視点もありますしね」と。
田中さんはふたりの関係をパリ・ダカールラリーに例える。「彼が運転している隣に私がいて、いろいろと指示を出しているイメージです。車は動いているので、走りながらかなりの速度感でポンポンポンとキャッチボール。投げっぱなしではダメで、ただ受け取るだけでもダメなんです。やっぱりコミュニケーションが大切ですね」。もちろん、ドライバーとナビゲーターの役割が変わることもあり、対等な形でそれぞれの得意なところを出し合っているという。
榎本さんは大学卒業後、ずっと建築畑を歩んできた。一方の田中さんは大学・大学院で建築を学んだが、卒業後はいったん音楽関係の仕事に就いた。レコード店店長兼バイヤーとして働く傍ら、グラフィックデザインやイベントプロデュースも手掛けていた。「イベントをオーガナイズするとき、音や照明はもちろんなんですが、空間自体のプロデュースも行います。そうすると、だんだん建築の方に引き寄せられていって……」と建築設計事務所に転職し、キャリアを再スタート。現在では、建築の設計はもちろん、店舗のロゴやメニュー、サイン、イメージパースといったグラフィックデザインの経験を活かしたトータルな提案をすることも多いという。
そんなおふたりは、建築設計において大切にしていることが3つあるという。「ひとつは、インテリアから都市までという考え方です。プランニングするとき、建物単体で考えるのではなく、建物の内側から周辺環境まで幅広い視野で物事を捉えたいと思っています」と榎本さん。田中さんは「気持ちいいなとか、楽しいなとか、風が入ってくるなとか、普遍的なデザインってことをよく考えています。デザインをするうえで大切なものは何だろう、と常に考えますね」。
その2点を踏まえたうえで、「他者との対話も大事にしています。家だったらお施主さんとじっくり話をして、その方に寄り添ったプランを提案したい。また商業建築の場合は、クライアントの意見はもちろんですが、働く人にとって設備が使いやすいとか、店に来るお客さんだったらどう感じるかといったことにも思いをめぐらせます」とおふたり。
この3つを常に念頭に置きながらも「どれかひとつに偏るのではなく、要はバランスが大切」だという。決して独りよがりに陥らない、ふたり異なる視点と対等なコミュニケーションから生まれるそのバランス感覚こそ、YRADならではの強みといえるだろう。
間取り図
基本データ
| 作品名 | house-N |
|---|---|
| 所在地 | 大分県別府市 |
| 敷地面積 | 350.53㎡ |
| 延床面積 | 149.92㎡ |
| 家族構成 | 夫婦 |
撮影:矢野紀行
設計者情報
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