変形敷地だからこそできた空間の広がり。
和の魅力が伝わる、重厚感のある家

古き良きものを感じとれる家をつくりたいとお考えだったお施主さま。建築家の傳寶さんは「素材のもつエネルギーを感じるような重厚感あふれる家」を実現するため、無垢の木や土塗り仕上げの外壁など素材にこだわったという。角地かつ変形敷地という敷地の条件を最大限に生かした空間構成で、暮らしやすい家ができた。

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古色仕上げの木、そとん壁、瓦棒葺き
手仕事によって生まれた重厚感

自宅の建て替えを決断し、建築家を探していたMさま夫妻。傳寶慶子建築研究所を見つけたのは、インターネット上、傳寶さんのホームページだった。イメージにぴったり合った外観を持つ家の作例が掲載されていたのだそうだ。

ヒアリングでイメージを掘り下げると、「重厚感があり、和の良さを随所に取り入れながらもモダンでかっこいい家」という全体像が見えてきた。そこで、この「野間の家」は、室内の木はすべて古色仕上げとし、柱や梁は全体的に太くして重厚感を表現した。塗装を施すことで木目が際立ち、美しさ、力強さをより感じることができる。

屋根も重厚なイメージに合わせ、瓦棒葺きを選択した。近年は屋根材のみを繋いでいく立平葺きが一般的だが、それではジョイントの凸部が細く、雰囲気が合わないのだという。瓦棒葺きはジョイントに垂木を使用するため、凸部が太く、どっしりとした印象が得られる。ぱたぱたとはめ込むだけで作業が終了する立平葺きと違い、特殊な器具を使用して固定する必要があり、手間も数倍かかり大変だったというが「職人さんたちは昔ながらのやり方に、職人魂に火がついたように黙々と、楽しそうに作業を続けていました」と傳寶さんは語る。

昔ながらの手法や手仕事にこだわっているのは、手間をかけたぶんだけ深みが出ると考えているからだ。「人間の目というのは不思議なもので、パッと見ただけでその素材が薄いか厚いかを見分けてしまうんですよ」と傳寶さん。たとえば外壁に使用したそとん壁。一般的な塗り壁が2~3mmの厚みで塗るのに対し、なんと2cmも塗り重ねるのだそうだ。この厚みが重厚感に加えて柔らかさも生み出し、佇まいから「いい家だな」と素直な感想が出てしまう。

建具も全て傳寶さんがデザインした。使い勝手のよい引き戸を用い、デザインは格子組みで統一。格調高い室内の雰囲気となった。外部にも目隠しを兼ねて大きな縦格子を配置し、Mさま夫妻もかっこいいととても気に入ってくださったそうだ。

軒を出したいという要望は、玄関に続く通り土間の部分で叶えた。すっきりしたフォルムの中にアクセントが加えられ、和の雰囲気と高級感が高まった。
  • 外観。外壁はそとん壁を採用。火山灰が入っており高い耐久性があるうえ、土そのものの色を生かしているためメンテナンスの手間がほとんどないという。厚塗りにより生まれる凹凸模様が、重厚感や手仕事ならではの柔らかさを生み出している。画像左、通り土間には深い軒を出した

    外観。外壁はそとん壁を採用。火山灰が入っており高い耐久性があるうえ、土そのものの色を生かしているためメンテナンスの手間がほとんどないという。厚塗りにより生まれる凹凸模様が、重厚感や手仕事ならではの柔らかさを生み出している。画像左、通り土間には深い軒を出した

  • 外観。建物の3面が道路と接する角地のため、高いデザイン性が求められた。建物にアクセントを与える、吉野杉を黒く塗装した縦格子は、2階リビングへの視線も遮る役目も担う。縦格子の太さに合わせ、屋根も凸部分が太くなる瓦棒葺きとした

    外観。建物の3面が道路と接する角地のため、高いデザイン性が求められた。建物にアクセントを与える、吉野杉を黒く塗装した縦格子は、2階リビングへの視線も遮る役目も担う。縦格子の太さに合わせ、屋根も凸部分が太くなる瓦棒葺きとした

  • 玄関。壁面や天井は杉板に古色塗装拭き取り仕上げ。木目が際立ち美しい。この作業は傳寶さんがすべて行った

    玄関。壁面や天井は杉板に古色塗装拭き取り仕上げ。木目が際立ち美しい。この作業は傳寶さんがすべて行った

角地かつ変形敷地という条件を味方にし
要望にさらなる魅力を加え、叶える

Mさま夫妻は、家づくりを始めるにあたり要望を明確にまとめられていたという。ただ、「野間の家」は角地かつ変形敷地と条件が少々特殊だった。傳寶さんは、角地の利を生かしつつ、敷地の形も上手に活用しながらプランニングを進めた。

たとえば、通り土間は「車や自転車、バイクなどが雨で濡れないようにしたい」という要望を叶えるために計画した。自転車やバイクが5台、6台と並ぶ可能性があったため、敷地の中で一番長く直線が取れる一辺に、道路から道路をつなぐような形で配置。変形敷地でも、要望に沿った住空間を実現しつつ、道路からの動線も良好な、ゆったりとした駐車・駐輪スペースを確保した。さらに通り土間の一角に玄関を配置し、雨に濡れずに家に入れるという利点も加えた。

「南側のみ隣家に接している角地にあり、建物の3面が丸見えになるため、外観のデザインにはこだわりました」と傳寶さん。まず室外機やメーターボックスなど、目障りになるものは見えないように配置した。さらに、2階に設けたテラスは壁で囲い、外部からはテラスだとわからないようにしている。こうすることで家のフォルムをすっきりと整えたうえ、プライバシーや安全性も確保した。テラスの部分にはスリットが2本入っており、中からは視線が抜け、光が十分に入ってくる。

1階には通り土間のほかに夫妻の寝室と水回りがある。「お風呂に入りながら庭を眺めたい」という奥さまの希望に応えるべく、浴室と寝室、両方に接する場所に庭を設けた。建て替えにあたってそのまま残してほしいといわれたハナミズキの木も、庭の一角で以前と変わりなく花をつけている。

寝室から庭に続く部分は掃き出し窓で計画した。天井が延長するように軒が出ているため、空間が拡張されたほか、雨が降っても窓が開けられて気持ちがいい。庭は夜ライトアップされ、入浴中の眺めは幻想的。奥さまにとって、いちばんのお気に入りの場所になったのだそうだ。
  • 要望から、敷地の長辺を通り土間にし、車や自転車が雨で濡れないように計画。土間の奥には玄関を配置した

    要望から、敷地の長辺を通り土間にし、車や自転車が雨で濡れないように計画。土間の奥には玄関を配置した

  • 1階玄関。画像中央奥、照明スイッチに工業製品用のものを使用するなど、小さな部分までデザインした

    1階玄関。画像中央奥、照明スイッチに工業製品用のものを使用するなど、小さな部分までデザインした

  • 北庭。ハナミズキの木は昔の家の時代からあったもの。そのまま残してほしいと希望されたため、工事中も触らずに保存した。床に敷き詰めた白い石は、光の反射を利用し室内に光を取りこむための工夫。昔からある和風建築の手法を取り入れた

    北庭。ハナミズキの木は昔の家の時代からあったもの。そのまま残してほしいと希望されたため、工事中も触らずに保存した。床に敷き詰めた白い石は、光の反射を利用し室内に光を取りこむための工夫。昔からある和風建築の手法を取り入れた

渋く、ダイナミックな印象のLDK。
変形敷地だからこそ広々と感じる空間構成

2階には、LDKと子ども部屋を設けた。LDKを2階に上げたおかげで、屋根の形状を生かした高い天井のダイナミックな空間が実現した。整然と梁が並ぶ姿は圧巻だ。

外部から見ると存在がわからない2階のテラスは、スリットのほかにもちろん上部も開いているため開放感がある。また、室内との仕切りの窓はフルオープンでき、開ければキッチンからダイニング、テラスまでが1つの空間になるのだ。領域が曖昧になることで十分な広さも得られ、希望していたバーベキューも楽しめるようになった。

リビング側も、外観のアクセントになっている大きな縦格子の内側に設けられたバルコニーから光が入り明るい。いろいろな方向から自然光が入り、光が差し込む様子も美しいが、傳寶さんは「明るいところ暗いところとメリハリをつけ、必要以上に室内が明るくなりすぎないよう考慮しました」と語る。

落ち着いた雰囲気を実現したのは間接照明だ。キッチンの収納棚の上に照明を入れ、壁面を照らしたり、ポイントポイントで天井に光を当てたりすることで好みの雰囲気をつくりあげた。

それだけではない。お子さまがまだ小さいこともあり、生活のスタイルや必要な明るさが変わることもあるかもしれない。そこで、天井の垂木にダクトレールを設置。天井のダイナミックさは損なうことなく、電球の位置や数を自在に変えられるようにした。

変形敷地だということを忘れてしまうくらいに、家のどこにいても不思議と奥行き感があり、視線が広がる「野間の家」。傳寶さんによれば、その理由は変形敷地だからこそだという。プラン上、四角い部屋を作ることができず、すべてが変形した部屋となったが、そのおかげで空間の本当の大きさが認識しにくくなり、かつ天井の高さも相まって、実際の畳数よりも広く感じるという効果も。そして、変形した部屋では家具の配置が問題になってくる場合も多いが、収納やデスクなど、必要なものはあらかじめ造り付け家具として作ることで、空間を生かし切った。

Mさま夫妻は40代。最近は若い方も和を取り入れた家づくりに興味を持たれていると感じると傳寶さんは話す。もちろん純和風の建物はとてもよいものだが、一方で現代の生活には合わない部分もある。あらためて見れば「野間の家」も、外部も内部も和を感じられるつくりだけれども、畳を用いた和室などは設けられていない。

「純和風の家はもちろんのこと、この家のように和のよさを取り入れた現代版の住宅をどんどん提案していきたいですね」と傳寶さん。たとえばもし「和っぽい」と大きなイメージしか持っていなくても、細やかにヒアリングを重ねたうえで必要なものとそうではないものを見極め、ライフスタイルに沿った家の形を女性ならではの視点で提案してくれるに違いない。
  • 2階LDKの天井は屋根の形状を生かした。古色塗装された梁がリズミカルに並ぶ、ダイナミックな空間

    2階LDKの天井は屋根の形状を生かした。古色塗装された梁がリズミカルに並ぶ、ダイナミックな空間

  • 2階、キッチンからダイニング、テラスを見る。左側、キッチンの収納棚の上には間接照明を配置、壁面を照らすことで明るすぎず、かつ雰囲気のある空間をつくりあげた。右に進むとリビングがあり、バルコニーから自然光がやさしく入ってくる

    2階、キッチンからダイニング、テラスを見る。左側、キッチンの収納棚の上には間接照明を配置、壁面を照らすことで明るすぎず、かつ雰囲気のある空間をつくりあげた。右に進むとリビングがあり、バルコニーから自然光がやさしく入ってくる

  • 2階、格子戸を開けると1階とを結ぶ階段がある。建具はすべて傳寶さんによるデザイン。統一感があり美しい

    2階、格子戸を開けると1階とを結ぶ階段がある。建具はすべて傳寶さんによるデザイン。統一感があり美しい

  • 2階キッチン。背面は5枚の開き扉がついた収納。表面にフローリング材を張り、壁のように見せた

    2階キッチン。背面は5枚の開き扉がついた収納。表面にフローリング材を張り、壁のように見せた

撮影:森本大助

基本データ

作品名
野間の家
施主
M邸
所在地
兵庫県伊丹市
家族構成
夫婦+子供2人
敷地面積
120.16㎡㎡
延床面積
134.26㎡㎡
予 算
3000万円台