コンパクトな建物に上質な空間
畑の中に佇むシンプル平屋

畑のなかにひっそりと佇む平屋の家。コンパクトでありながらも、細部にわたる上質さと、抜群の暮らしやすさを兼ね備えた家をつくったのは、とくら建築設計の松尾道生さん。「暮らしをつくる」建築家、松尾さんの家づくりの真髄に迫る。

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サツキ畑のなかに、コンパクトな平屋を
農地の宅地化手続から関わり実現

三重県鈴鹿市の畑の中にひっそりと佇むコンパクトな平屋がある。とくら建築設計の松尾さんが手掛けたO邸。鈴鹿といえば、サーキットや自動車工場などをイメージする人も多いことだろう。しかし、鈴鹿は日本有数の植木の産地。とりわけサツキやツツジは、日本一の生産額を誇るのだという。実はこの家は、サツキ畑の中にあるのだ。

施主のOさんはある時、松尾さんの自邸兼アトリエを訪れ、その上質さや居心地の良さに惹かれ「ぜひ自分の家をお願いしたい」と思ったのだという。

候補となった土地は、ご実家が営む植木の農園の一角。広さも申し分のない土地だが、そこには大きな問題があった。それは、農地には家が建てられないという法律の壁。宅地化するには、用途変更の申請や手続き、それに伴う煩雑な作業も必要だった。松尾さんはこの手続きをサポート、足掛け1年をかけ建築に漕ぎつけたのだという。

土地の用途変更の作業まで手伝うのは「そこまでする?」と、本来の建築家の仕事を超えていると感じるほどの手厚いサポートだ。

「お客様の家づくりの一環としてお手伝いさせていただきました」と松尾さん。顧客の家づくりにどこまでも寄り添うのが、松尾さんの流儀なのだ。

こうして始まった、O邸の家づくり。当初は、2階建てやL字型の平屋なども検討したというが、松尾さんの家のテイストに惹かれていたOさんは、よりシンプルさを感じられる「長方形の平屋」を選んだのだという。
  • ずっと前からこのサツキ畑にあったかのように佇むO邸。シンプルでコンパクトながらも、そとん壁が作り出す陰影が落ち着きある風格を生む

    ずっと前からこのサツキ畑にあったかのように佇むO邸。シンプルでコンパクトながらも、そとん壁が作り出す陰影が落ち着きある風格を生む

  • 夜には星空がキレイに見えるというO邸。北側の外壁は、Oさんと松尾さんで塗ったカラマツの板塀で経年変化も愉しめる

    夜には星空がキレイに見えるというO邸。北側の外壁は、Oさんと松尾さんで塗ったカラマツの板塀で経年変化も愉しめる

  • 玄関へのアプローチはぐるりと回り込むようにすることで、サツキお出迎え。大きな庇で雨も避けられる。表札は建築の端材を利用したOさんのお手製

    玄関へのアプローチはぐるりと回り込むようにすることで、サツキお出迎え。大きな庇で雨も避けられる。表札は建築の端材を利用したOさんのお手製

そとん壁とカラマツ板の塗り壁
ずっと前からそこにあったかのような佇まい

畑道を進んでいくと、シンプルな切妻屋根のO邸が見えてくる。周りは低木のサツキ畑のため、見通しが良く遠くからでもO邸に気づきそうなものだが、近くまできてやっとその存在に気づくくらい、周囲の景色に溶け込んでいる。たいていの家は、新築時には「新しい家が建ったな」とすぐに感じられるくらい目立つものだが、O邸は周囲の景色に溶け込み、ずっと前からそこにあったかのようにその場に馴染んでいる。
「建築中に、ご友人の方から『どこで建てているの?見つけられない』と聞かれたそうです」と松尾さんが語るように、この「前からあったかのように場に馴染む」というのは、松尾さんの建築の特徴の1つだ。

外壁には、道路から見える東側と玄関のある南側に、Oさんが松尾さんの自邸を見て気に入った、そとん壁を採用した。光の当たり方や雨によって色合いの濃淡が変わり、面白い。一方、道路に面した側と西側は、コスト面の考慮や経年での風合いの変化を愉しめるようカラマツの板材の塗り壁とした。そしてこの板材約200枚の保護塗装を、Oさんと松尾さんで行ったのだという。あえて手間暇をかけ塗装を自分達で行ったのは、コストカットの意味だけではない。

「建てたあとのメンテナンスを、ただお金を出して終わるのでなく、自分でやることで家を大事に感じてほしい」という目的もあったと松尾さんは語る。

自分の家をつくってもらったのではなく、一緒に作ったという経験は、良い思い出となり家への愛着へとつながるのだ。

玄関は、道路から敷地をぐるりと回り込む南側とした。道路からダイレクトに入れるほうが便利にも感じるが、あえて距離を取ることで内外の中間領域的な、落ち着きをもたらすとことを狙ったという。

またこうすることで、訪れた人は南側に広がる畑に目が行く。まるでサツキが出迎えてくれるような気分にしてくれることだろう。

そして、玄関の先の庭スペースは木の塀で囲い、芝を張り、ヤマボウシやアオダモといった木々を植え、ウッドデッキも設けた。この庭でBBQを楽しむこともあるのだとか。塀で囲ったことは、外から庭やLDKが丸見えにならないという目的もあるが、ほかにも理由があるのだという。

「サツキはOさんが毎日仕事として目にするものです。ですから、自宅で寛ぐ時間を過ごすリビングの先に広がる景色は、違った植物とすることを提案しました」と松尾さんは語る。庭先の景色でOさんのONとOFFの切り替えを手助けすることにもつながっているのだ。
  • アオダモやヤマボウシが植えられた庭は木の塀で囲うことで、プライバシーとONとOFFの切り替えが可能に。BBQを愉しんだり、お子さんたちの遊び場にも。

    アオダモやヤマボウシが植えられた庭は木の塀で囲うことで、プライバシーとONとOFFの切り替えが可能に。BBQを愉しんだり、お子さんたちの遊び場にも。

  • 夜になると、室内の光がぼんやりと外を照らし、行灯のような幻想的な雰囲気に

    夜になると、室内の光がぼんやりと外を照らし、行灯のような幻想的な雰囲気に

  • 木の温もりに包まれる明るく開放的なリビング。天井高の低さが気にならないよう窓の大きさや壁・天井の色など、細部に工夫を凝らしたという

    木の温もりに包まれる明るく開放的なリビング。天井高の低さが気にならないよう窓の大きさや壁・天井の色など、細部に工夫を凝らしたという

  • テーブルセット以外の建具は、すべてオリジナルの造作で統一感を持たせた。キッチンの換気扇をキッチンに組み込み、下に吸い込むようにすることで、フードをなくしスッキリと。

    テーブルセット以外の建具は、すべてオリジナルの造作で統一感を持たせた。キッチンの換気扇をキッチンに組み込み、下に吸い込むようにすることで、フードをなくしスッキリと。

工事業者からも称賛される
細部にわたる上質なしつらえ

O邸は玄関を入って右側にLDKと和室、左側に子供部屋となる洋室と寝室、それを繋ぐ廊下に面して洗面所や浴室、トイレなどを配置した。いわば、右はパブリック左がプライベートというゾーニング。近頃は、個室に行くには必ずリビングを通らなければならないような設計の家が多い。それは子供が帰宅後、直接自室に籠ったりしないようにだったり、常に家族の存在を確認できるようにとの目的だが、この家ではあえてゾーニングを分けた。それはOさんの要望であった「落ち着き」を実現するため。それでいながら、家族の和を育む仕掛けは抜かりない。

では家の中を見ていこう。まずはパブリックゾーンから。
LDKに入ると木の温もりが感じられる空間が広がる。棚やカウンターなどの建具を、ほぼ造作とすることで統一感もある。使われている材も、床はオークのフローリング、天井はラワン、珪藻土の塗り壁と自然素材中心だ。

大きくとられた窓の先に庭の景色が見え、開放感抜群だ。実はこの家、基本的な天井高は2.2mと割と低くつくられている。それでも窮屈さを感じさせないのは、リビングは屋根の勾配を利用した斜めの天井とし、キッチン側の天井はフラットとすることで、閉じると開くのメリハリがあるから。

「低い天井は、冷暖房の効率や耐震性にも優れています」とコンパクトな家のメリットを語る松尾さん。

LDKに隣接して客間となる和室も設けた。縦型の窓から入る光が、ヨシベニヤの天井を照らし、LDKとはまた違った落ち着き感じさせてくれる。この和室は、一段高くなっており下部を収納とした。小上がりになっているので、ベンチのように腰掛けたり、ごろんと横になれる第二のリビングとして重宝することだろう。

そしてこの和室には、キッチン奥のパントリーへとつながる躙り口が設けられている。回遊できる動線とするとともに、子供たちがくぐる楽しさを感じる遊び場ともなっているのだ。

廊下を進み、プライベートゾーンへと進むと左右対称の大きな空間が広がる。ここは子供部屋。壁の一部が有孔ボードになっており、子供たちが好みのアレンジでフックや棚を取り付けることができる。またこの空間は、左右がカーテンで仕切られるようになっており、2つの個室をつくることができる。将来、お子さんが大きくなり完全な個室が必要となったときには、家具や壁でよりしっかりと仕切ることもしっかりと想定されているのだという。

そしてこの子供部屋の先にあるのが寝室だ。Oさんや奥様が、寝室を出入りするときには必ず子供部屋の前を通ることになる。就寝・起床時はもちろん、着替えたり、何かものを取るなどで出入りする度に子供たちの様子がうかがえる。これであれば、何かある毎にLDKを通る動線とせずとも、家族の和を育むことができるだろう。

この家の出来栄えに、Oさんも「住んでいてとても心地よい家にしていただいた」と感謝のコメント。

実はOさん、この家の建築中に工事に携わった業者さんから「細かいところまでこだわっていますね」「手が込んでいますね」という声を聞き、丁寧な設計をされていたことに、改めてうれしい気持ちになったという。松尾さんのつくる家は、プロの目から見ても上質な家なのだ。

松尾さんは自らのことを「建築家というよりも、暮らしを豊かにするサポーター」だと思っているという。それは、目を引くようなデザインの建物つくるのではなく、シンプルでいかに居心地の良い空間にするかを重視しているから。

松尾さんは「質実剛健な家」をつくるため、手間暇をかけ、今日も顧客に寄り添う。
  • 太鼓障子やヨシベニヤの天井が美しい和室。日常では、ごろんと横になれるセカンドリビング、来客時には客間として重宝するスペース。躙り口も設け回遊できる工夫も。

    太鼓障子やヨシベニヤの天井が美しい和室。日常では、ごろんと横になれるセカンドリビング、来客時には客間として重宝するスペース。躙り口も設け回遊できる工夫も。

  • プライベートゾーンの大空間は子供部屋。勾配天井を生かし左右に空間が広がる。

    プライベートゾーンの大空間は子供部屋。勾配天井を生かし左右に空間が広がる。

  • 子供部屋はカーテンで2つの空間に分割可能。将来は家具や扉で、独立した部屋とすることも想定済み。壁の一部を有孔ボードとすることで、フックや棚を自由にアレンジができる。

    子供部屋はカーテンで2つの空間に分割可能。将来は家具や扉で、独立した部屋とすることも想定済み。壁の一部を有孔ボードとすることで、フックや棚を自由にアレンジができる。

撮影:土面彰史

基本データ

作品名
みはたの家
施主
O邸
所在地
三重県鈴鹿市
家族構成
夫婦+子供2人
敷地面積
320㎡
延床面積
93㎡
予 算
2000万円台

施主コメント

 設計に関しては空間の広がり、動線、採光、風通り、照明など細部までよく計算されている事と自然素材にこだわった部材配置や配色が絶妙で、さらにはにじり口や子供部屋などに遊び心もあり、住んでいてとても心地よく楽しく思える家になりました。また庭・外構に関してもセットで仕様提案頂き、住まいにあったとても良い空間になりました。

 工事中に様々な業者さんとお話する中で、「細かいところまでこだわっていますね」や「手が込んでますね」という声が多く聞こえてきました。細部の設計はおまかせでしたがプロの方が見てもそう感じるという事で、改めてとくら建築設計さんは丁寧な設計をされているんだなと思い私達もうれしくなりました。またこの設計に対して実際形にして頂いた、とくら建築設計さんと繋がりのある腕が良いと評判の工務店さんに施工して頂けたのも良かったです。

 それから、設計以外でも業務外であろう手続き処理等も色々行って頂いたり、費用削減の為に提案いただいた施主自身での外壁板材約200枚の保護塗料塗りを一緒に行って頂いたりと様々な面でもお手伝い頂き非常に助かりました。

 とくら建築設計さんのおかげで理想以上のマイホームとなり依頼して本当によかったと思っています。お世話になりありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。