土地の声を聞き、敷地の課題をクリアする。
風景に馴染み、奥行き感ある平屋

畑の土地を宅地に変更、家を新築するご依頼を受けた建築家の森屋さん。敷地には様々な課題があったが、環境を見極めクリアした。同時にその工夫は内部空間にも生かせるように計算されており、お施主様が望むコンパクトながら奥行き感がある平屋ができた。一帯の風景をより魅力的にしているこの家の秘密を探る。

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築250年以上の古民家に雰囲気を合わせた
昔の集落を感じさせる、新築の家

MORIYA AND PARTNERSの森屋陸洋さんが手がけた「SANNOMIYA」は、山のふもとから畑が一面に広がる、のんびりとした空気が流れる場所に立つ家だ。

当初、お施主のS様からいただいたのは同じ敷地にある古民家を一人で住めるようにリフォームしたいというお話だったそうだが、なにしろその古民家が江戸時代に建てられた築250年以上のもの。屋根は茅葺きからトタン葺きに変わっているものの、当時の面影をほぼそのまま残しており、市の文化財と認定されているため現在も小学生が社会科見学に訪れることもある貴重な建物だ。

それをリフォームとなれば予算をはじめ様々な問題が重なるのは想像に難くなく、話し合いの結果、古民家はそのままにすることに。かわりに、せっかく広い敷地があるのだからと、今までご両親と住んでいた家の隣にS様が一人で暮らす家を新築することになった。

新築にあたり、S様からは「内部空間が広々と感じられる平屋で、古民家がある景観を壊さない家にして欲しい」とご要望を受けた森屋さん。予算が限られている中、家を建てるには畑を宅地にする開発行為から始める必要があった。土地は広いが全体的に傾斜していることや、南側に山があるため寄せすぎると日当たりが悪くなることなど、クリアすべき課題も多かったそうだ。ここにどんな建物が立てられるのかをイメージするとき、一つの指針となったのは古民家を写した昔の写真だったという。

「まだ茅葺き屋根だったころの古民家を写した写真です。茅葺き屋根のラインが山の稜線に沿い、まるで山の延長のように感じられてとても素敵だなと魅了されました。ご要望にもありましたが、私もこの雰囲気を壊したくないなと思いました」と森屋さん。熟考の末計画したのは、幅が異なる長細い建物を、角度を変えながら繋げるプランだった。傾斜した屋根を連続させる外観は、山の連なりを、さらには昔ながらの集落を感じさせる。また、土地の傾斜は、平屋でありながら段差を室内に設けることでクリアした。

家の周辺には砂利を敷き、畑とさりげなく区切っている。程よく自然が浸食しているその雰囲気がまた古民家がある風景の一部としてしっくりと馴染み、落ち着きある空間が生まれた。
  • 山に向かって外観を見る。古民家は画面左の木々の後ろにちらりと見えている。里山の風景に馴染むよう、小さな集落をイメージした外観

    山に向かって外観を見る。古民家は画面左の木々の後ろにちらりと見えている。里山の風景に馴染むよう、小さな集落をイメージした外観

  • 外観。家の外側を走る溝は湧き水の水路。以前は沼のようになってしまっていたがパイプを引き直し整備したことにより、土地の管理がしやすくなった。パイプはキッチンの窓から見える位置にあり、キッチンにいると心地よい程度に水の音が聞こえてくるのだそう

    外観。家の外側を走る溝は湧き水の水路。以前は沼のようになってしまっていたがパイプを引き直し整備したことにより、土地の管理がしやすくなった。パイプはキッチンの窓から見える位置にあり、キッチンにいると心地よい程度に水の音が聞こえてくるのだそう

  • 長細く、幅の違う建物を角度を変えて繋げた構造のSANNOMIYA。切妻屋根の向きも変化して、ひとつひとつが独立した小さな家のようにも見える。農地を宅地に変更した部分には砂利を敷いた。写真右側には畑が残っている

    長細く、幅の違う建物を角度を変えて繋げた構造のSANNOMIYA。切妻屋根の向きも変化して、ひとつひとつが独立した小さな家のようにも見える。農地を宅地に変更した部分には砂利を敷いた。写真右側には畑が残っている

  • 北側から見た外観。中心にある階段を上がった先に玄関がある。外壁の素材は焼杉。杉を焼く作業は森屋さんが自ら行ったという。伝統的な手法である焼杉は耐久性が高く、耐火性能や防虫性能も申し分ない。また、自然素材だからこそ経年変化も楽しむことができ、山の自然によく馴染む

    北側から見た外観。中心にある階段を上がった先に玄関がある。外壁の素材は焼杉。杉を焼く作業は森屋さんが自ら行ったという。伝統的な手法である焼杉は耐久性が高く、耐火性能や防虫性能も申し分ない。また、自然素材だからこそ経年変化も楽しむことができ、山の自然によく馴染む

立地を最大限に生かし
伸びやかで、広々とした室内をつくる

玄関からSANNOMIYAの邸内に入ると、ダイニングキッチンと寝室の間に出る。長いカウンターを持つキッチンもさることながら、一段下がった寝室エリアは十分なゆとりがある心落ち着く空間だ。お施主様の「広々とした平屋」という要望は十分に叶えられているとすぐにわかる。

しかし、森屋さんは「実はSANNOMIYAは延床面積が70㎡に満たないコンパクトな家なんですよ」と言う。それでも広く感じられる秘密は、敷地の課題をクリアする目的でもあった「集落を模した家の形」にあるのだそうだ。

寝室とダイニングキッチン、ダイニングキッチンと水回りエリアそれぞれ角度を変えて繋げているのは、あえて室内空間の隅から隅までを一気に見渡せないようにするため。それぞれの空間の幅も変えることにより、さらに空間に奥行きが感じられるようにした。敷地の条件的に生じた段差も逆手に取った。目線の高さの変化で、室内がより伸びやかに認識できるという。

建物の角度が変われば、それぞれに設けた窓から切り取られる風景もバラエティー豊かなものになる。敷地が持つ豊かな景色を室内から存分に楽しめるようにしたことで、内部空間の広がりを際立たせたという森屋さんのセンスが光る部分だ。S様もキッチンのカウンターに座り景色を眺めながらお茶を楽しんだり、気候がいい季節にはお風呂の窓を全開にしてゆったりとした時間を過ごせるようになったことを大変お喜びになっているとのこと。

室内の装飾は、一体感を持たせるようシンプルにしつらえた。中でも特徴的なのは、メタリックな壁だろう。金属板かと見紛うそれは、アルミニウムの粉体が入った塗料を木材に塗ったもの。なるほど近づくと木目が認められる。

メタリックな雰囲気のものを壁面に使用するとは大胆にも思えるが「例えば金屏風ですとか、外からの光を壁面に反射させて室内をほんわりと明るくする手法は、日本では古来あったものなんですよ」と森屋さんは語る。家の周りの竹林に直射日光を遮られることもあり、日中さんさんと光が降り注ぐわけではないSANNOMIYA。限られた日照を有効利用するためにこの手法を取り入れた。

光の当たり方によって山や畑の緑までもが壁に反射して、壁面からも自然の息吹に触れられるようだ。その感覚が、さらに内部空間を広々とした印象にしている。
  • スッキリと長いワークトップが印象的なキッチン。室内に一体感を持たせるため、カウンターは床と同じコンクリートを使用した。大きく開口した窓から入った光は、メタリックシルバーの壁面に反射し室内をやさしく照らす。壁面にはところどころ山の緑も映り込み、空間に広がりを生む

    スッキリと長いワークトップが印象的なキッチン。室内に一体感を持たせるため、カウンターは床と同じコンクリートを使用した。大きく開口した窓から入った光は、メタリックシルバーの壁面に反射し室内をやさしく照らす。壁面にはところどころ山の緑も映り込み、空間に広がりを生む

  • 寝室からキッチン方向を見る。角度を付けているため、家の端まで見通せず奥行きが感じられる

    寝室からキッチン方向を見る。角度を付けているため、家の端まで見通せず奥行きが感じられる

  • モダンで開放的な浴室。過ごしやすい季節には窓を全開にしてお風呂を楽しまれることもあるのだとか

    モダンで開放的な浴室。過ごしやすい季節には窓を全開にしてお風呂を楽しまれることもあるのだとか

土地が持つ豊かさを的確に汲み取るからこそ
暮らすことが楽しみになる家ができる

もちろんお施主様の意見はとても大切にしなくてはならないものだが、それにプラスして土地の声も聞きながら設計をしたいという森屋さん。「風景の一部としてそこにある家をつくりたいと考えています」と話す。

その思いがSANNOMIYAにもよく表れていることはこれまでのお話で理解できたが、焼杉でつくった外壁のことを伺い、また理解が深まった。

メンテナンスフリーがよいとの理由で、新建材を希望されていたS様。しかし、森屋さんの実感として新建材でも結局は汚れるし、その汚れが汚れとして目立つのが難点だという。そこで耐久性や耐火性、防虫性能にも優れている自然素材である焼杉を提案。メンテナンスフリーの観点からすれば、自然素材なら汚れも味になる。経年劣化ではなく、自然に戻っていく過程を楽しめる変化になるのだ。打ち付ける釘も、一般的に使われるステンレスではなく、焼杉と歩みを揃えて緑青に変化していく真鍮にするなど細かな部分までこだわった。「それに、風景にも焼杉のほうがよく馴染みますから」と森屋さん。

杉を焼く作業は「予算の関係もありましたが、建物を企画するだけなく、つくる過程にも関わることが好きなので」と森屋さん自らが行った。外観の仕上がりを見てとても気に入られたS様は、隣のご両親の家の外壁にも焼杉を貼ることに決められたのだとか。ご両親の家も同じく焼杉の外壁になり、ますますSANNOMIYAが立つ「築250年以上の古民家がある風景」は魅力的なものとなった。

お施主のS様は森屋さんにSANNOMIYAの家づくりをお願いしたことにより、敷地内での湧き水の水路が整備されたことをはじめ、山や畑の管理もしやすくなったと喜ばれているという。この声こそが、森屋さんが土地の声もしっかりと聞きながらプランニングした成果だといえるのではないだろうか。

「ただ家を建てればいいという話ではなくその周りの環境を尊重する考えがないと、地域の魅力は失われいき、やがて住人の幸福度も落ちてしまいます」と話す森屋さん。多くの人を魅了する豊かな自然は、ときに脅威となることもある。共存していくためには、森屋さんのような建築家とともに家づくりをするのが正解だろう。

森屋さんは「地形が厳しい場所でも、土地に対して敬意を持って丹念に読み解けばいい家がつくれます」と言う。きっと、お施主様の希望はしっかりと叶えながら、竣工したとき想像していたよりも何倍もこれからの生活が楽しみになる家、「この家こそがこの場所にふさわしい」と心から思える家を見せてくれるはずだ。
  • 屋内の壁面はシナ合板を使用。アルミニウム粉体が含まれた塗料を塗りメタリックなシルバーに仕上げた。光の当たり方によりシルバーの色が変化するのに加え、画像左上は外部の緑も映している

    屋内の壁面はシナ合板を使用。アルミニウム粉体が含まれた塗料を塗りメタリックなシルバーに仕上げた。光の当たり方によりシルバーの色が変化するのに加え、画像左上は外部の緑も映している

  • 「建物を計画するだけではなくて、実際につくる過程にもかかわっていくことが好きです」と言う森屋さん。杉を焼く工程は森屋さんが自ら行った。工業製品にはない美しさは、時が経つにつれこの土地に一層しっくりと馴染むだろう。釘も時の変化を感じられる真鍮にした

    「建物を計画するだけではなくて、実際につくる過程にもかかわっていくことが好きです」と言う森屋さん。杉を焼く工程は森屋さんが自ら行った。工業製品にはない美しさは、時が経つにつれこの土地に一層しっくりと馴染むだろう。釘も時の変化を感じられる真鍮にした

  • 杉を焼く風景。杉を三角形に組み固定して、下から火をつける

    杉を焼く風景。杉を三角形に組み固定して、下から火をつける

  • 焼杉の外壁をお気に召されたお施主のS様は、隣接するご両親宅の外壁にも焼杉を貼ることにされた。同じ外観の雰囲気を持つ家が並び、一帯の風景がさらに魅力的なものになった。竣工時は畑との境界がはっきりと分かれていたが、少しずつ自然が浸食し今は曖昧になっている

    焼杉の外壁をお気に召されたお施主のS様は、隣接するご両親宅の外壁にも焼杉を貼ることにされた。同じ外観の雰囲気を持つ家が並び、一帯の風景がさらに魅力的なものになった。竣工時は畑との境界がはっきりと分かれていたが、少しずつ自然が浸食し今は曖昧になっている

基本データ

作品名
SANNOMIYA
施主
S邸
所在地
神奈川県伊勢原市
家族構成
夫婦
敷地面積
267.48㎡
延床面積
67.56㎡
予 算
〜2000万円台