5年の歳月をかけてこだわりを重ねた
高低差を愉しむ傾斜地のコートハウス

かつては里山だった原風景に想いを馳せ、有機的な素材をふんだんに用いながら、自然の延長線上の空間としてデザインした「蛇篭の家」。「この場所に家を構えたい」と施主Wさんがあえて選んだ傾斜地を前に、建築家の六鹿さんの頭の中にはどんなストーリーが描かれていたのだろうか?

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自然の中に宝物をそっと隠すように。
宙に佇む大らかなプライベート空間

重力に逆らうように宙に跳ねだすコンクリートのボリューム感が目を惹きつつも、地下1階・地上2階建ての大らかな内部空間は、周囲に対してひっそりと閉じられた家。

人々の想像力と好奇心をかき立てる傾斜地の邸宅を設計した六鹿さんは、「人は常に自然とともにある」というポリシーを掲げる建築家だ。

人工的に切り拓かれた造成地において、以前そこにあった里山の風景を雑木の庭によって再生するとともに、人の手の痕跡を強く印象付けるダイナミックな造形のファサードを展開。

砕石をステンレス製のカゴの中に詰めた「蛇篭」の壁をアプローチに沿って積み上げることで開口部を目隠しし、どの角度からも外部の視線にさらされないプライベートな空間をつくり上げた。

「『この場所ならではの、立体感のある家を建ててほしい』とご要望いただいた西垂れの傾斜地。道路から約2.5m上がった場所に平坦な土地があるのですが、下から見上げた時、メインの居住空間を地面から離して浮遊感を出すように据えるイメージがまず浮かびました。そこでご提案したのが、RC造の地下室を挿入し、その上に木造2階建ての住居部分を載せる構造。前面に張りだした杉板コンクリートの外壁の裏には中庭を配置し、LDKと一体の空間として捉えられるよう設計した、自然と緩やかにつながるコートハウスです」。
  • 傾斜地の高低差を活かし、ガレージや地下室を設け、外観・内部空間ともに立体感のあるデザインを追求。「アスファルトから直接生えているような家にはしたくない」という想いの下、植栽をふんだんに施し、かつての里山の風景を再現した

    傾斜地の高低差を活かし、ガレージや地下室を設け、外観・内部空間ともに立体感のあるデザインを追求。「アスファルトから直接生えているような家にはしたくない」という想いの下、植栽をふんだんに施し、かつての里山の風景を再現した

  • 雨や風が砕石の隙間を通り抜ける「蛇篭」は、外からの視線を遮る強固な目隠しでありながら、自然を身近に感じさせてくれる存在。杉板打ち放しのコンクリート壁との相性も抜群だ

    雨や風が砕石の隙間を通り抜ける「蛇篭」は、外からの視線を遮る強固な目隠しでありながら、自然を身近に感じさせてくれる存在。杉板打ち放しのコンクリート壁との相性も抜群だ

  • 蛇篭から水盤へ流れる水の音が静謐な空間に響き渡り、癒しを与えてくれる情緒豊かなアプローチ。手前に見える引き戸の先は、ご主人が友人を招きもてなすための趣味室になっている

    蛇篭から水盤へ流れる水の音が静謐な空間に響き渡り、癒しを与えてくれる情緒豊かなアプローチ。手前に見える引き戸の先は、ご主人が友人を招きもてなすための趣味室になっている

階段を上り、曲がったり、振り返ったり。
紆余曲折の動線がもたらすものとは?

蛇篭、水盤、植栽が一体となったアプローチを抜け、ガラス張りのエントランスに現れるのは、杉板打ち放しのコンクリート壁から跳ね出した鉄骨階段。

一段上るにつれて家の中心であるLDKに近づいていくが、その全貌を一望するためにはもう一度、身体を反転させる必要がある。真っすぐ目的地に向かうのではなく、動線をあえて何度も折り返しながら進むことで、新たな空間を連続して発見していく驚きを体験できるのだ。

「全体をすべて見渡せるようにするのではなく、あえて見えないようにしておく。視線をコントロールし、探検をするかのように先へ先へと進んでいく動線にこだわりました。空間とそこに居る人の関係性、その場が持つ個性を見つめながら、ひとつながりの空間をデザインしていく。普段の設計においても、このようなストーリー性を常に意識しています」と語る六鹿さん。

「流れ」「つながり」を広い視点からつくり出し、その中に佇む人の感情も含めてデザインする手法は、このあと紹介するLDKにおいても存分に発揮されている。
  • 軒のあるアプローチとの対比により、上部への広がりがいっそう際立つエントランス。木・アイアン・コンクリート・タイルなどの表情豊かな素材を、上品かつセンスよくまとめ上げている

    軒のあるアプローチとの対比により、上部への広がりがいっそう際立つエントランス。木・アイアン・コンクリート・タイルなどの表情豊かな素材を、上品かつセンスよくまとめ上げている

  • 窓枠の存在感を極力抑え、ガラス張りのインパクトと開放感を強調。植栽はありのままの自然に近づけるスタイルとし、緑を特別なものではなく、日常に寄り添うものとして取り入れた

    窓枠の存在感を極力抑え、ガラス張りのインパクトと開放感を強調。植栽はありのままの自然に近づけるスタイルとし、緑を特別なものではなく、日常に寄り添うものとして取り入れた

庭との関係性を丁寧にデザインし
緑が好きなご夫妻がくつろげる家に

ここからはいよいよ、外からは垣間見ることのできない、ご家族のプライベート空間にお邪魔していこう。

外部から見ると閉鎖的だが、一歩中に入ると非常に開放的な印象に様変わりするW邸。その中心たる空間が、37畳もの贅沢なゆとりを内包するLDK。

L字型の空間の両端にリビングとキッチンを配置し、その交点としたのは薪ストーブを据えたダイニング。ワンルームのただ広いだけの空間にするのではなく、庭との関係性や役割にそれぞれ違いを持たせることで、過ごす場所によって多彩なくつろぎ方ができる住まいが完成した。

「お施主さまが好む過ごし方、ライフスタイルを落とし込みながら、それぞれに個性を感じられる空間を設計するのが私のスタイル。W様は緑が非常にお好きな方なので、庭とのつながり方のバリエーションを意識しつつ、この場所でしか得られない濃密な空間体験をデザインしていきました」。

ありのままの自然を思わせる、雑木の庭の延長として設けられたリビングは、ダイニングからフロア面を2段下げ、深いソファにゆったりと包まれるような安心とくつろぎを演出した空間。

中庭に対して「沈み込む/潜り込む」イメージで設計することで外と内との境界線が緩やかに解かれ、自然との一体感・開放感を、深い落ち着きとともに感じることができる。

一方、リビングよりも視線を上げたダイニングは、チェアに腰掛けると中庭を見下ろすような形となり、人と庭とが「眺める/眺められる」の関係性に。

さらに、キッチンのFIX窓越しや浴室からも庭を愛でられるようプランニングするなど、緑を日常の風景として取り込む工夫が家のあちこちに散りばめられている。
  • 杉板打ち放しのコンクリート壁と片持ち階段を組み合わせた、モダンで洗練された空間。LDKにつながる階段を途中で90度に折り返し、その先に広がる空間への期待を高める造りとした

    杉板打ち放しのコンクリート壁と片持ち階段を組み合わせた、モダンで洗練された空間。LDKにつながる階段を途中で90度に折り返し、その先に広がる空間への期待を高める造りとした

  • L字型で緩やかにゾーニングされた37畳の大空間LDK。フロアの中心に設けたダイニングスペースに薪ストーブを据え、揺らめく炎を眺めながら家族の団らんを愉しむひと時を創出している

    L字型で緩やかにゾーニングされた37畳の大空間LDK。フロアの中心に設けたダイニングスペースに薪ストーブを据え、揺らめく炎を眺めながら家族の団らんを愉しむひと時を創出している

  • ダイニングスペースから2段下がったリビングは、中庭との連続性を重視。正面の掃き出し窓を左側に引き込むとフルオープンとなり、ほぼ屋外のようなアウトドアリビングに変貌する

    ダイニングスペースから2段下がったリビングは、中庭との連続性を重視。正面の掃き出し窓を左側に引き込むとフルオープンとなり、ほぼ屋外のようなアウトドアリビングに変貌する

  • リビングとダイニングの間仕切りとして格子戸を造作。空間の意匠性を高めるとともに、「リビングで鳥を放し飼いできるように」というご要望を叶える役割も果たしている

    リビングとダイニングの間仕切りとして格子戸を造作。空間の意匠性を高めるとともに、「リビングで鳥を放し飼いできるように」というご要望を叶える役割も果たしている

手触り、肌触りのいい素材を吟味し
自然を身近に感じられる空間をつくる

土地を取得し、基本計画から足掛け5年。非常に長い時間を共にし、心から誇れる一邸をつくり上げたWさんと六鹿さん。

数あるこだわりの中でも特にW邸の個性を引き立てているのが、米杉張りの天井、漆喰塗りの壁、薪ストーブの下に敷いた大谷石、リビングやキッチンのアクセントタイルなど、さまざまな質感を味わえる「有機的なマテリアル」だ。

「自然をより身近に感じられる空間にするには何が必要かを意識しながら、手触り・肌触りのいい優しい素材を選び抜きました。お客様の好みを引き出すのはもちろんのこと、最初はイメージになかったものも打合せを長く重ねる中で新たな提案としてお伝えし、W様の自然体で柔らかな雰囲気を建物にも反映していきました」。

「あきらめの悪い建築家」だと自称する六鹿さんが自らの強みだと語ってくれたのが、お施主さまの「もっとこうしたい」にとことん向き合い続ける忍耐力。

「どんなご要望にもとことん付き合います。お施主さまが描くイメージを大切にしながら、いい意味で期待を裏切るような、驚きと喜びを感じられる空間をご提案したい。それが私にとっての住宅建築です。その上で、自然の中で生かされていることを肌で感じられるような空間をつくっていきたいと思っています」。
  • 奥様が希望されていた、大きなFIX窓から緑を望むキッチン。パントリーから坪庭の奥に回り込むゴミ出し動線を設計し、ノイズとなる生活感を排除できるよう工夫を凝らした

    奥様が希望されていた、大きなFIX窓から緑を望むキッチン。パントリーから坪庭の奥に回り込むゴミ出し動線を設計し、ノイズとなる生活感を排除できるよう工夫を凝らした

  • 品格のある佇まいと、Wさん夫妻の個性に似合う親しみやすさ・くつろぎを両立させた空間をデザイン。全館空調を採用し、家のどこにいても快適な室内環境も実現した

    品格のある佇まいと、Wさん夫妻の個性に似合う親しみやすさ・くつろぎを両立させた空間をデザイン。全館空調を採用し、家のどこにいても快適な室内環境も実現した

  • ウォールナットの落ち着いた色味でダイニング・キッチンをコーディネート。室内とフラットに施工したウッドデッキが、庭と室内の中間領域としての役割を果たし、人と自然をつないでくれる

    ウォールナットの落ち着いた色味でダイニング・キッチンをコーディネート。室内とフラットに施工したウッドデッキが、庭と室内の中間領域としての役割を果たし、人と自然をつないでくれる

基本データ

作品名
蛇篭の家
所在地
愛知県 名古屋市
家族構成
夫婦+子供2人
延床面積
230.79㎡