「使う」から「愛でる」。日々の移ろいを
切り取り小さな発見を楽しむ「眺める窓」

建て替えする家の設計を依頼された建築家の樋口さん。「庭と繋がる家にしたい」と要望を受け当初はデッキを計画したが、ヒアリングを重ねるうちに外に出るための動線よりも庭の景色の切り取り方が重要だと考えた。自然素材を多用した心地よさ、快適な動線を持つ家の魅力を高めたのは、大きな「庭を眺める窓」だった。

この建築家に
相談する・
わせる
(無料です)

価値観を明確にするプロジェクトシート。
庭へ出るための窓から、中から眺める窓に

徳島県、今回紹介する「南矢三のいえ」にお住まいなのは、60代のご夫婦とその娘さま。ライフスタイルの変化に合わせ3人で暮らしやすい家へ建て替えを決断されたのだそうだ。

設計を担当したのはa/樋口建築事務所の樋口綾子さん。樋口さんは必ず「プロジェクトシート」をご家族で記入していただくことからプランニングを始めるという。どんな風に暮らしたいかというイメージや、広さなどの具体的なものまで、自由に、思いつくままそれぞれに書いてもらい、それを基にヒアリングを丁寧に進めていく。

ヒアリングの目的は、樋口さんとだけでなく、ご家族の中での価値観や「普通」を明確にすることがひとつ。そして、より重要なのは「本当に大切にすべきことは何なのかを探すことです」と樋口さんは語る。要望を伺いそれがなぜ必要なのかを突き詰めたうえで、プランを提案するのだ。

この「南矢三のいえ」でも、こうしたヒアリングが大きな意味を成した場所がある。「庭と繋がる家」という要望に応え、庭に向かって開口した大きな窓だ。

庭と繋がる、というキーワードから当初は庭にすぐ出られるようデッキを計画していたという樋口さん。ただ、ヒアリングを重ねていくうちに庭にすぐ出られる開口部も必要だが、日々の暮らしの中で室内から美しく庭が見えることのほうが大切なのではないかと感じた。庭を使って生活するというより、穏やかな時間に寄り添う窓が存在するほうがご夫妻のライフスタイルに合っていると見抜いたのだ。

そこでデッキの予定だった部分をLDKの一部に取り込み、そのうえで庭に向かって大きな窓を計画。庭を眺めるためという目的から、余計なものが付かないFIX窓とした。さらに、より美しく景色を切り取るために庇を出し、視線の広がりをコントロール。まるでひとつの作品として庭が見られるようになった。家中どこにいても庭が目に入る。季節によって移り変わる庭、時間によって移り変わる光と影の魅力をふと感じる瞬間も多いことだろう。

まさに開かない窓によって、室内にいながらも庭と繋がっている環境ができた。
  • 外観。周囲と馴染むことを期待し、外構のコンクリートには無垢の杉板を型枠として使用した。実際に板を張ったことにより表情がさまざまで、コンクリートでありながら有機的な雰囲気がある。住宅街にあるため、庭の中の様子は外からは見えないようにした

    外観。周囲と馴染むことを期待し、外構のコンクリートには無垢の杉板を型枠として使用した。実際に板を張ったことにより表情がさまざまで、コンクリートでありながら有機的な雰囲気がある。住宅街にあるため、庭の中の様子は外からは見えないようにした

  • 外観。画像右が玄関ポーチ。左の外構裏に庭がある。中央に見えるルーバーは建具で、中の通路を通り庭と行き来ができるよう計画。また、光や風も通す役目も担っている。掃除用具などをしまうテラスと繋がり、利便性の高さと安全性を両立した

    外観。画像右が玄関ポーチ。左の外構裏に庭がある。中央に見えるルーバーは建具で、中の通路を通り庭と行き来ができるよう計画。また、光や風も通す役目も担っている。掃除用具などをしまうテラスと繋がり、利便性の高さと安全性を両立した

  • 玄関から土間、テラス、LDKのワンルーム空間を見る。正面の掃き出し窓は「庭と繋がる窓」。奥のテラスでは天候関係なく庭を楽しめる。土間の収納には靴以外にもコートなどを収納できる。現在は土間に薪ストーブを設置。冬場は空間全体を温め、一層ゆったりとした時間が流れる

    玄関から土間、テラス、LDKのワンルーム空間を見る。正面の掃き出し窓は「庭と繋がる窓」。奥のテラスでは天候関係なく庭を楽しめる。土間の収納には靴以外にもコートなどを収納できる。現在は土間に薪ストーブを設置。冬場は空間全体を温め、一層ゆったりとした時間が流れる

  • 玄関土間からLDKを見る。右壁面の引き戸は勝手口や階段、洗面・脱衣室に繋がる。隠れているが続く収納の奥にも引き戸があり洗面・脱衣室と繋がる。天井を設けたキッチン、ダイニングに比べリビングや土間は天井が高く、感覚的にエリアが区切られ過ごしやすい

    玄関土間からLDKを見る。右壁面の引き戸は勝手口や階段、洗面・脱衣室に繋がる。隠れているが続く収納の奥にも引き戸があり洗面・脱衣室と繋がる。天井を設けたキッチン、ダイニングに比べリビングや土間は天井が高く、感覚的にエリアが区切られ過ごしやすい

  • 庭から「庭を眺める窓」とテラスを見る。立面的なバランスを考え、窓を出すのではなく奥まらせ、その幅を活用し庇の役目を持たせた。ジョリパットの質感豊かな黒い塗壁と木材の表情を見せた外観はメリハリが効いており美しい

    庭から「庭を眺める窓」とテラスを見る。立面的なバランスを考え、窓を出すのではなく奥まらせ、その幅を活用し庇の役目を持たせた。ジョリパットの質感豊かな黒い塗壁と木材の表情を見せた外観はメリハリが効いており美しい

土間と繋がる、半外部空間のテラス
1階完結の動線とゆるやかな分離

では、家の内部のことを改めて詳しく見てみよう。「南矢三のいえ」は2階建てで、1階にLDKと水回り、夫妻の寝室がある。現在、ともに60代のご夫妻。将来のことを考え、1階のみで生活が完結するようにしたとのこと。車椅子でも移動しやすいよう、バリアフリーを基本とし通路やトイレなどにゆとりを持たせて計画した。

LDKの窓が「庭を眺める窓」ならば、玄関土間からテラスへ抜ける掃き出し窓は「庭と繋がる窓」だ。テラスは半屋外空間。屋根があり、壁に囲われているおかげで天候に左右されず庭を楽しむことができる。キッチンからも近いので、外の空気を感じながら食事をすることも多々あるのだとか。

テラスの壁面には収納を計画し、奥さまの庭仕事用具などを収納した。この家は住宅街の中にあるため、庭は外構に囲まれており、道路からは庭が見えないようになっている。そこで、テラスと玄関ポーチを通路で繋ぎ、行き来できるようにしたとのこと。玄関ポーチ側の樹木の世話や掃除をするのにとても便利なうえ、外部と繋がる建具は一見開閉するようには見えないデザインとなっているので防犯的にも安心だ。

2階には娘さまの個室を配置。勝手口からすぐに2階への階段、浴室・洗面室を直接結ぶ動線を用意したのは、ご夫妻と生活時間帯が異なることに対しての配慮だ。遅く帰って来ても、LDKなど他の部屋を経由せず入浴して自室に上がれるのはお互いにありがたいことだろう。

もちろんLDKからも浴室、脱衣室や階段へと進むことができる。キッチンを中心として回遊性があり家事動線も無駄がない。
  • キッチン、ダイニングからリビング、「庭を眺める窓」を見る。庭をより美しく見せるため、FIX窓を採用。サッシやロックなどを一切見せず、すっきりした印象に仕上げた。枠に厚みを持たせることで視界の広がりを抑え、絵画のように庭の景色を切り取った

    キッチン、ダイニングからリビング、「庭を眺める窓」を見る。庭をより美しく見せるため、FIX窓を採用。サッシやロックなどを一切見せず、すっきりした印象に仕上げた。枠に厚みを持たせることで視界の広がりを抑え、絵画のように庭の景色を切り取った

  • キッチン(左手前)ダイニング(左奥)、リビング(右)。室内のどこにいても庭が魅力的に見える。床は杉の無垢材を、壁や天井には漆喰を採用した。自然素材に満ちた空間に溶け込んだ庭の景色が四季折々で胸に響く

    キッチン(左手前)ダイニング(左奥)、リビング(右)。室内のどこにいても庭が魅力的に見える。床は杉の無垢材を、壁や天井には漆喰を採用した。自然素材に満ちた空間に溶け込んだ庭の景色が四季折々で胸に響く

  • 1階夫妻の寝室。庭は南側にあり、日当たりのよい右のカウンターで奥さまが日本画を描かれる。印象的に見せるため、意図的に細く景色を切り取ったと樋口さん。左壁面に設けた収納は着物や布団を収納するため、奥行きを深く計画した

    1階夫妻の寝室。庭は南側にあり、日当たりのよい右のカウンターで奥さまが日本画を描かれる。印象的に見せるため、意図的に細く景色を切り取ったと樋口さん。左壁面に設けた収納は着物や布団を収納するため、奥行きを深く計画した

  • 2階、娘さまの個室。左は読み書きをするカウンターと本棚、中央と右(写真では隠れている)が収納。さらに右奥にトイレがあり、収納は一枚の引き戸を行き来させ、必要時に必要なほうを隠す。ひとりだからこその選択肢により、空間の使い方にゆとりが生まれた

    2階、娘さまの個室。左は読み書きをするカウンターと本棚、中央と右(写真では隠れている)が収納。さらに右奥にトイレがあり、収納は一枚の引き戸を行き来させ、必要時に必要なほうを隠す。ひとりだからこその選択肢により、空間の使い方にゆとりが生まれた

時を経て味が出る自然素材を使用し
快適に、心地よい空間をつくる

思い存分庭を楽しめる「南矢三のいえ」。大きな窓から家の中にまで緑が入ってきたような心地がするのは、室内の設えにも秘密がある。床の杉無垢材、壁の漆喰など自然素材を豊富に取り入れているのだ。

自然素材にこだわる理由を、「長く暮らす間に味が出るのが魅力ですよね」と樋口さん。それに、例えば無垢の床板は傷がついても簡単に復活させる方法があるなど、自然素材はとにかくタフなのだという。感覚的な部分においても、上がり框で見られる30mmの厚みを持つ床材や力強い構造材などは、安心感や包容力を住まう人に与えている。

「庭を眺める窓」をFIXとしたため、滑り出し窓など開閉できる窓を適所に計画。それ以外にも部屋の建具は全て引き戸とし、また階段の上部など高い位置に意識的に開口し、風の流れをつくり出した。

ワンルーム空間とした玄関土間とLDKの中で、さまざまな居心地が得られるのも魅力のひとつといえる。キッチンとダイニングエリアではより明るさが必要になるため、天井を設け照明を設置。他の部分は構造現わしになっているおかげで、天井高の差から開放的な雰囲気と籠り感、異なる居心地を得られる。また、感覚的にエリアが区切られるのも暮らしやすさを高めている。

さらに、本をたくさんお持ちだったお施主さまご家族のために、LDKの壁面に造作本棚を複数計画。玄関脇にはコートも収納できる下足収納を、ご夫妻の寝室には着物や布団をしまうための奥行きが深めの収納を設けるなど、用途に合わせた収納を的確に配置。雑多な雰囲気にならずに室内を整えられるのは、造作ゆえの利点といえる。

ひとつひとつのことが全てお施主さま家族のためだけに考えられたのだなと感じ、ヒアリングを丁寧に重ねる意義がよくわかる「南矢三のいえ」。もうひとつ驚くのは、家の佇まい自体がとても美しいということだ。手仕事感あるジョリパットの黒と木の質感の対比、ミリ単位で調整されたという庇のライン、少し奥まる窓の様子……その全てから樋口さんの美意識を受け取ることができる。

竣工後、日本画を描かれるという奥さまから「描ききれないほどの願いを包み込んで美しい形にしてくださいました」とご感想をいただいたとのこと。それは樋口さんが、美しい庭とともに暮らすイメージを深く深く見極め、小さなディテールひとつひとつにまでこだわって見事に表現したからだろう。



撮影:朝日 直子
  • 2階、娘さまの個室。2階は天井を低く計画し、落ち着きある空間とした。2方向に窓があるおかげで風が抜け気持ちがいい

    2階、娘さまの個室。2階は天井を低く計画し、落ち着きある空間とした。2方向に窓があるおかげで風が抜け気持ちがいい

  • 庭から家を見る。画像右、半屋外のテラスは土間と一続きになっており外に出やすい。キッチンからも近く、食事を楽しまれたりしているとのこと。建て替えにあたり、庭をどう残すかにも心を砕いたという樋口さん。植栽を増やしたり、砕石を敷いたりして整えた

    庭から家を見る。画像右、半屋外のテラスは土間と一続きになっており外に出やすい。キッチンからも近く、食事を楽しまれたりしているとのこと。建て替えにあたり、庭をどう残すかにも心を砕いたという樋口さん。植栽を増やしたり、砕石を敷いたりして整えた

  • 外観。1階夫妻の寝室の庇は一段と凛々しい。この雰囲気をつくりだすため、設計も施工もがんばりました、と樋口さん。ブログなどからうかがえる施工会社や職人たちとの信頼関係も樋口さんならではのよさのひとつ

    外観。1階夫妻の寝室の庇は一段と凛々しい。この雰囲気をつくりだすため、設計も施工もがんばりました、と樋口さん。ブログなどからうかがえる施工会社や職人たちとの信頼関係も樋口さんならではのよさのひとつ

基本データ

作品名
南矢三のいえ
所在地
徳島県徳島市
家族構成
夫婦+子ども1人
敷地面積
305㎡
延床面積
120㎡
予 算
3000万円台