居場所を見つけるのが楽しくなる
心地よさが詰まった自然体の住まい

建築家の熊澤安子さんの自宅兼アトリエは、光や緑が自然に溶け込んでくるような心地よい空間。しかも、単に自然を感じられるのではなく、気持ちよく落ち着ける穏やかな品がある。日本人が本能的に「幸せ」と思える居場所を数多くつくり出す、熊澤さんならではの設計のルーツとは?

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庭を起点に居場所をつくり
あたりまえの暮らしを豊かに

緑が茂る長いアプローチを通り抜けるとモミジに彩られた庭が現れ、庭を囲むように白い家が立っている。雑多な都会を隔絶する清々しい自然が迎えてくれるこの家は、建築家の熊澤安子さんの自宅兼アトリエだ。道路から20mほど奥まった旗竿地ゆえ電柱などが視界に入らず、空や緑の明るさをダイレクトに感じられ、瞬時に心がやわらいでいく。

邸内は1階に熊澤さんの仕事のアトリエ、キッチン、リビング&ダイニングがあり、主寝室や水まわりは2階に集められている。1階がパブリック、2階がプライベートという空間構成だが、各室の設計でこだわったのは「居場所をたくさんつくる」ことだった。

「居場所には、景色や緑が必要」と話す熊澤さんは、まず南北に1つずつ、合計で2つの庭を計画。庭を起点にたくさんの居場所を生み出した。例えば広々したリビング&ダイニングは、「キッチンと同じ空間にすると、居場所が曖昧になってしまう」と、あえてキッチンと分けた間取りに。南の庭に面した掃き出し窓の横には、緑を間近に感じるテーブルを配置。奥の暖炉の前には1人がけのリクライニングソファ。さらに、天窓から降りる光に照らされた格子窓の脇には、ゆったりとした長いソファ。リビング&ダイニングにある3つの居場所は見える景色や光の感じ方がそれぞれに異なり、1つの空間で3倍の居心地を楽しめる。

2階は主寝室と和室、そして将来は子ども部屋を仕切ることもできる家族室がある。家族室はソファーベッドやちゃぶ台が置かれた子ども部屋スペースと、テレビまわりでくつろげる第2のリビングスペースにそれとなく分かれており、1階と同様に居場所が豊富。どの居場所で何を見て、何をするか。住む人が「家での時間」を自由に創造できる空間だ。

熊澤さんはさまざまな設計のなかで、住宅の設計が一番好きだという。「設計のどの段階でも何を決めるときも、家や生活に愛情をもち、住む人の気持ちになって決断します。その基準は、住む人が『こうしてよかった』『心地いい』と肯定できるかどうか、です」

2階のバスルームの窓越しには、湯につかりながら緑を眺める空中庭園のような風呂庭をつくった。この風呂庭は和室からも見え、「畳の部屋×庭」といった楽しみも与えてくれる。

風呂庭いいですねえというと、「お風呂も、居場所の1つですから」との答えが返ってきた。24時間、どこにいても何をしても「この家に住んで幸せだ」と感じる住まいであるように──。熊澤さんがつくる家には、そんな思いがそこかしこに込められている。
  • 道路から約20m続くアプローチは、まさに緑のトンネル。都会とは思えない爽やかな自然が迎えてくれる

    道路から約20m続くアプローチは、まさに緑のトンネル。都会とは思えない爽やかな自然が迎えてくれる

  • 1階玄関で東を見る。奥を左へ行くとアトリエ、右へ行くとキッチン。右の廊下の先はリビング&ダイニング

    1階玄関で東を見る。奥を左へ行くとアトリエ、右へ行くとキッチン。右の廊下の先はリビング&ダイニング

  • 1階リビング&ダイニング。手前のテーブルは南の庭に面しており、緑を眺める特等席。青いリクライニングソファは、暖炉の横で読書するのにぴったりの居場所。長いソファの奥にある白い格子窓の上は吹抜けで、頭上からスッと入る光に包まれてくつろげる

    1階リビング&ダイニング。手前のテーブルは南の庭に面しており、緑を眺める特等席。青いリクライニングソファは、暖炉の横で読書するのにぴったりの居場所。長いソファの奥にある白い格子窓の上は吹抜けで、頭上からスッと入る光に包まれてくつろげる

自然で品のある空間デザイン
住むほどに実感する「良質な住まい」

奈良で生まれ、学生時代までを関西で過ごした熊澤さんは、小さな頃から歴史的建造物を身近に感じて暮らしてきた。好んで通った寺や古い旅館も多く、そこで得た建物や庭の空間体験は建築家となった現在の住宅デザインにも息づき、家全体、ひいては周囲の環境も含めた空間バランスに理屈抜きのセンスを発揮する。

その延長として、熊澤さんは建具や造作家具の取り入れ方のうまさにも定評がある。なかでも木製の窓枠は、コストバランスを取りつつ可能な範囲で採用するアイテムの1つ。自らの住まいであるこの家も、ほとんどの窓をオリジナルの木製窓枠で仕上げている。

インテリアとの調和はもちろん、既製品よりも枠を大きく取れておおらかに緑を楽しめることが魅力だが、「木製の窓枠のほうが、屋外と馴染む空間になると思います。窓枠が金属だと、どうしても外とのつながりが分断されてしまうんですよね」と熊澤さん。確かに、木製の窓枠は青空や緑との馴染みがよく存在が気にならない。外の景色が生き生きとした自然のままに、素直に目に飛び込んでくる。

一方で、木製窓枠の懸念点である気密性を補うために家の断熱性能を高め、空気集熱システムで快適な室温を保つといった配慮も忘れない。この家で採用した空気集熱システムは、太陽光で温めた空気を床下に送り、各室の通気口から静かに吹き出させる仕組み。冬でも常に換気でき、新鮮で温かな空気が家中を循環する。

「冬場、朝の冷えた時間帯も室温は16℃くらい。暖かく、においもこもらず快適です。太陽光でお湯をつくる機能もつけていて、シャワーですませる夏場はガス代もすごく安いですよ」。省エネ・快適性という点でも非常にすぐれた住まいなのである。

熊澤さんが手がける家は、誰もが目を止めるような派手さや、これ見よがしな意匠性の高さに意識が向かう住宅ではない。しかしひとたび邸内に入れば、ホッと落ち着く品のよさ、心からリラックスできる懐の深さがある。それは、日本が誇る歴史的建造物や庭をたくさん体感して培ったデザインセンスと、居心地・住み心地への愛情によるところが大きい。熊澤さんに家づくりを託した施主さまの多くは、「住めば住むほど、よく考えて設計されていると実感する」との感想を抱くという。
  • 1階玄関で西を見る。明るい光が落ちてくる吹抜けのらせん階段が、洗練された空間をさりげなく演出する

    1階玄関で西を見る。明るい光が落ちてくる吹抜けのらせん階段が、洗練された空間をさりげなく演出する

  • 2階の家族室。ソファーベッドやちゃぶ台などたくさんの居場所があり、本を読んだりくつろいだりと、さまざまな過ごし方ができる。左にはお子さまの勉強机、その奥はテレビが置かれた第2のリビングスペース。家族が思い思いに「家での時間」を楽しめる

    2階の家族室。ソファーベッドやちゃぶ台などたくさんの居場所があり、本を読んだりくつろいだりと、さまざまな過ごし方ができる。左にはお子さまの勉強机、その奥はテレビが置かれた第2のリビングスペース。家族が思い思いに「家での時間」を楽しめる

  • 2階家族室の、テレビを楽しめる第2のリビングスペース。左奥の先には、親族が訪れた際にゲストルームとして使える和室がある

    2階家族室の、テレビを楽しめる第2のリビングスペース。左奥の先には、親族が訪れた際にゲストルームとして使える和室がある

間取り図

  • 1F間取り図

  • 2F間取り図

基本データ

施主
K邸
所在地
東京都杉並区
家族構成
夫婦+子供1人
敷地面積
218.97㎡
延床面積
131.67㎡
予 算
4000万円台