壁を取り払いスケルトンに
中古住宅のリノベの一つの解

東京の都心近くで事務所兼自宅を持ちたいと考えていた、Lods一級建築士事務所の幸地俊一さん。予算に合った物件がなかなか見つからない中、出会ったのが築32年の鉄骨造4階建ての住宅でした。

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理想的な立地に事務所兼自宅を叶えた
鉄骨造4階建て中古住宅のリノベ

東京都品川区、商店街からもほど近い住宅街の角地にLods一級建築士事務所のオフィス兼幸地さんの自宅はある。もともと、都心近くで事務所兼自宅を構えることを検討していたという幸地さんだったが、予算や広さに見合う物件がなかなか見つからない中、出会ったのが築32年を過ぎたこの住宅だった。

この住宅は鉄骨造の4階建て。しかも1フロアの広さが約28㎡と狭め。こういった物件は、一般的な住宅としては人気が高いとはいえず、リノベーションして販売することも難しい。一方で建て替えるとなると、解体費用もかかり販売価格が高くなる。さらに土地によっては建築基準法により従来と同じ広さでの再建築ができないこともある、不動産会社泣かせの物件といえるだろう。そのため、他の物件に比べ割安でもあった。物件探しの中で、中古マンションも選択肢としてあったが、同じ広さのマンションよりも安く購入できることが多い、中古戸建てを選択したのだという。

一般の人には向かない4階建ても、事務所兼用とする幸地さんにとってはむしろ都合がよかった。建物の状況を確認したところ「断熱材は入っていないものの、構造や外壁はしっかりしている。これであれば、スケルトンにして改装費を抑えることができるかも」と思ったのだそう。

そして何より幸地さんが気に入ったのが立地なのだという。この家は、徒歩10分圏内で複数路線の駅にも行ける、利便性の高い場所。近くに商店街もある住宅街の角地。静かな環境で仕事をするにも、便利な生活を送るうえでも申し分ない。さらには屋上の景色というオマケまでついた。
「晴れたら遠くにちらっと富士山が見えるんです。都心方向のビル群の夜景もキレイです」と幸地さん。

こうして幸地さんは、本来であれば手が届かなかったであろう場所に、費用を抑えながら事務所兼自宅を構えることができた。では、幸地さんがこの家に施したリノベーションの魔法を見ていこう。
  • リノベーション後は外断熱を施し、グレーのシックな装いに変貌

    リノベーション後は外断熱を施し、グレーのシックな装いに変貌

  • 1階を覆っていたコンクリート塀を取り払い、事務所へのエントランスとすることで、利便性の向上とともに陽光を室内に導いた

    1階を覆っていたコンクリート塀を取り払い、事務所へのエントランスとすることで、利便性の向上とともに陽光を室内に導いた

  • 1階は幸地さんを始めとしたスタッフが仕事を行う事務所スペース

    1階は幸地さんを始めとしたスタッフが仕事を行う事務所スペース

壁を取り払いスケルトンに
シンプルな肉体美をもつ家

まずは外観。リノベーション前はアイボリーだったものを、グレーに変更。落ち着きのあるシックな仕上がりとなっている。また外壁は、ただ塗装を変えただけでなく、元の家では無かった断熱材を外張りの形で取り入れた。さらに1階を覆っていたコンクリート塀を取り払い、窓だった部分を事務所のエントランスへと作り変えた。

1階は、Lodsの事務所スペース。幸地さんやスタッフの机が並び、打ち合わせスペースもある。窓からは光が適度に差し込み、開放感がある仕事場だ。開放感をもたらす理由の1つ
が天井や壁の構造が現しになっていること。

この家は、どのフロアも共通して、間仕切りの壁をなくし、フロアを1つの大空間としている。さらには、元の家の天井と壁の仕上げや下地をはがし、構造材をそのまま見せるスケルトンの形をとっている。

この仕上げには、もちろんコストを抑えるという面もあるがそれだけではない。そこには幸地さんのこの家に対する思いがあった。
それは、「できたときが完成ではなく、手を入れ続けられるものにしたい」というもの。

「壁紙を貼ってしまうと、完成時が一番美しい状態となり、手を入れることは難しく感じてしまいます。しかし、このALC剥き出しの状態であれば、ビスを打って何かを取り付けても心が痛みません。むしろ手を加えたくなる。ALCは壁のどこにでもビスが打てるので、案外DIYに向いています。」と幸地さん。

実は、外断熱はコストがかさむため、内張りの断熱に壁紙で仕上げるのとそう変わらないのだという。それでも幸地さんはあえて構造現しのシンプルさを選んだ。人間で例えると、重ね着で着飾るのではない、肉体美といったところだろう。

事務所奥にある階段を上っていくと2階から4階は、幸地さんの自宅スペース。上階にいくにつれ、パブリックからプライベートの要素を強くしていく。元の家の階段は、壁が張られていたがその壁も取り払った。そうすることで、上下階がシームレスにつながる。それによって様々なメリットが生まれた。まず1つめは光。階段に差し込む光が、同じフロアだけでなく、上下階を明るく照らす。通風もまた然り。そのため通常であれば1フロアに1台ずつ必要なエアコンが、2フロアに1つで済むのだそう。さらには、家族がどこにいてもその存在をゆるやかに感じられるというメリットも生まれた。

階段の壁を取り払うことで、いくつものメリットを発生させてしまう幸地さんの発想力には驚かされるばかりだ。
  • 2階はDK。フロアが上るにつれ、パブリックからプライベートへと変化していく。幸地さんが設計したキッチンカウンター収納は、有孔ボードを採用し、エアコンの風がリビングへ抜ける工夫も

    2階はDK。フロアが上るにつれ、パブリックからプライベートへと変化していく。幸地さんが設計したキッチンカウンター収納は、有孔ボードを採用し、エアコンの風がリビングへ抜ける工夫も

  • 窓には既存の障子枠を利用した中空ボードを採用することで、プライバシーの確保、採光、断熱を叶えた。奥にはベンチを設置しデイベッドと収納の役割も果たす

    窓には既存の障子枠を利用した中空ボードを採用することで、プライバシーの確保、採光、断熱を叶えた。奥にはベンチを設置しデイベッドと収納の役割も果たす

  • 階段は元の家のものをそのまま再利用。階段室の壁を取り払うことでフロアと一体化。さまざまなメリットを生んだ。階段は土足仕様。各フロアに土足エリアと靴を脱ぐエリアがある。

    階段は元の家のものをそのまま再利用。階段室の壁を取り払うことでフロアと一体化。さまざまなメリットを生んだ。階段は土足仕様。各フロアに土足エリアと靴を脱ぐエリアがある。

  • リビングの奥の一部は床を取り除き吹き抜けとした。これにより、上下フロアで家族の存在が感じられるとともに、暗くなりがちな2階へ採光・通風を可能とした。

    リビングの奥の一部は床を取り除き吹き抜けとした。これにより、上下フロアで家族の存在が感じられるとともに、暗くなりがちな2階へ採光・通風を可能とした。

お客様の好みを的確に把握し
最適解を提示する

この家の住戸部分は、鉄骨や壁が剥き出しという無骨さを感じる空間の中に、木のぬくもりや柔らかさを感じさせる家具やインテリアなどを配置し、カフェにいるようなほっこりとした気分にさせてくれる。ニューヨークの工場や倉庫を改装して住む、ブルックリンスタイルを連想させる。元の家を知る人は、この家の変貌ぶりに驚くに違いない。

幸地さんがこれまでに手掛けた数々の物件では、ラグジュアリーな空間のもの、シンプルモダンテイストのもの、特徴的なフォルムをもつものなど、そのテイストは多種多様。この家で使った手法や取り入れたテイストも、幸地さんにとっては、「こんな感じのものもできます」という手札のほんの1つに過ぎない。

様々な条件で、多様なテイストの家を実現してしまう幸地さん。その根底には、お客様に「自分のテイストを押し付けるのではなく、あらゆる選択肢を提示したい」という想いがある。

そのために重要なのが、お客様の価値観をしっかりと把握すること。ヒアリング時間をしっかり取ることはもちろん、最近では「ワーク」と呼んでいるヒアリング手法を用いているという。

ワークには、間取りや設備といったハード面の希望ではなく、理想のライフスタイルについて、満点の状態とはどういう状態か?ということを想像してもらい、現状のライフスタイルの点数と比較して、「新しい家をつくることで、今の生活のどの分野を何点に変えたいか?」などといった、ソフト面に関する数多くの質問が書かれている。それに夫婦それぞれが記入することで、家づくりにおける本当の思いを掘り起こすという手法。

書き出すことで、夫婦それぞれの思いに違いがあったり、再確認できたりという「気づき」につながる。実際ワークを行ったことで、お互いに初めて聞いた思いがあったり、最初の要望とは違った設計のヒントが見つかることもあるのだという。

こうして手間ひまをかけ、じっくりとお客様の要望を引き出し、多彩な手法でそれを実現するからこそ、満足度の高い家に仕上がるのだ。

少子高齢化に伴う、空き家問題の深刻化や住宅価格の高騰が叫ばれている昨今。中古住宅のリノベーション需要も高まってきている。そんな中、幸地さんはこの事務所兼自宅で1つの解を示した。しかしそれはあくまで1つに過ぎない。これからも幸地さんは、顧客それぞれに応じた様々な最適解を提示してくれるに違いない。
  • 階段室を取り払ったことにより、上下階が1つの空間に。1つのエアコンで2フロアを賄える。無骨さの中にカフェのようなほっこり感もある、ブルックリンスタイル

    階段室を取り払ったことにより、上下階が1つの空間に。1つのエアコンで2フロアを賄える。無骨さの中にカフェのようなほっこり感もある、ブルックリンスタイル

  • 3階は寛ぎのリビングスペース。テレビ代わりにウォールスクリーンにプロジェクターを投影させ、動画を愉しむのだとか。スクリーンの裏は収納になっている。

    3階は寛ぎのリビングスペース。テレビ代わりにウォールスクリーンにプロジェクターを投影させ、動画を愉しむのだとか。スクリーンの裏は収納になっている。

  • 寝室の一角に設けられた浴室はオープンスタイル。視線の先にある窓外の景色を見ながらのバスタイムが、幸地さんのお気に入りのひとときなのだとか

    寝室の一角に設けられた浴室はオープンスタイル。視線の先にある窓外の景色を見ながらのバスタイムが、幸地さんのお気に入りのひとときなのだとか

撮影:アトリエあふろ(糠澤武敏)

基本データ

作品名
完成しない家
施主
K邸
所在地
東京都品川区
家族構成
夫婦
敷地面積
38㎡
延床面積
100㎡