2つの棟をブリッジがつなぐ
浮かぶ建物の下から中庭の緑が見える家

最寄駅からは少し離れた、昔ながらの住宅地の一角。高低差のある敷地に家を建てる依頼を受けた建築家の北野さんと八木さん。提案したのは家を2棟に分けるプランだ。しかも片方は建物を持ち上げ、中庭の緑を町の人たちにおすそ分け。周りの景観を壊さずに、若い家族が住むにふさわしい家ができた。

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景観との調和、高低差、地下を通る水対策
すべてを解決した、2つに分かれた家

小さなお子さまをお持ちのHさま夫妻が購入したのは、住宅のほか、賃貸マンションや空き家が幅4mの道路境界いっぱいまで建ち並ぶ住宅地。依頼を受けて土地の現地調査に行ったKKAA/YTAAの北野慶さん、八木貴伸さんは、広さも十分にあるよい敷地だが、土地柄として、若い夫婦が子どもと一緒にワイワイ暮らすには少し周辺環境が寂しいと感じたという。

「子どもが遊ぶ姿もほとんど見られなくて」と語る2人。お子さまが元気いっぱいに遊べることはもちろん、家が建つその場が少し明るく楽しい雰囲気になるような家にしたいとプランニングが始まった。

真っ先に浮かんだのが、庭で遊ぶ子どもを家の中から親が見守る風景だ。しかし、ただ庭を設ければいいというものでもない。近所には道路側いっぱいに建物が配置された家が多く、セオリー通りに道路側に庭を、家は奥にと配置すると、景観の調和が乱れてしまう。それは不本意だったと2人は語る。

さらに、土地を購入した後に判明した課題もあった。土地の上のほうに大きなため池があり、そこからの水が敷地のすぐ下を流れていることがわかったのだ。このエリアはアップダウンが激しく、この家の敷地内で1m程度の高低差がある。奥側の高いところは一般的な基礎のつくり方で対応できるが、道路側の低い部分は水や湿気の対策が必須となったという。

これらの課題をひとつひとつ丁寧に解決していき、出した答えは2棟分棟。道路側にLDKの棟、奥側に寝室やトイレ、浴室などプライベートな空間を集めた棟をそれぞれ配置して、その間に中庭を設けた。加えて敷地の低い部分にあたる道路側の棟は、湿気対策を兼ね筋交いで建物を持ち上げた。

道路側にはあえて窓をつくらず、建物の浮遊感を強調したという。木製の筋交いは主張しすぎることがなく、なるほどふわりと家が浮いているように見える。「学園前の家」は昔ながらの住宅街の雰囲気は残しつつ、それでいて新しい息吹を感じる、まさに若い家族が楽しく暮らせる理想的な佇まいだ。
  • 外観。道路側の棟は近隣の家と合わせて配置した。水対策も兼ねて筋交いで建物を持ち上げたことによる不思議な浮遊感が、景観を壊さず、しかし埋没することもない魅力的な家にしている。浮かぶ建物の下、中心は駐車スペース。外構の白い塀は既存のものを生かした

    外観。道路側の棟は近隣の家と合わせて配置した。水対策も兼ねて筋交いで建物を持ち上げたことによる不思議な浮遊感が、景観を壊さず、しかし埋没することもない魅力的な家にしている。浮かぶ建物の下、中心は駐車スペース。外構の白い塀は既存のものを生かした

  • 道路から中庭がちらりと見える、絶妙な高さで持ち上げられた道路側の棟。現在は植栽も大きく育ち、通る人の目を楽しませている。筋交いはプレートに同材料のカバーを付けるなど金属が極力見えないように計画。今後のメンテナンスも楽になるとのこと

    道路から中庭がちらりと見える、絶妙な高さで持ち上げられた道路側の棟。現在は植栽も大きく育ち、通る人の目を楽しませている。筋交いはプレートに同材料のカバーを付けるなど金属が極力見えないように計画。今後のメンテナンスも楽になるとのこと

  • 植栽側の中庭。家の側面には外壁を設けていないため、ブリッジの外装は光を通しつつ中が見えにくいポリカーボネート板を用いた。2棟ともに中庭側を全面的に開口しており、建物に挟まれていても圧迫感がない

    植栽側の中庭。家の側面には外壁を設けていないため、ブリッジの外装は光を通しつつ中が見えにくいポリカーボネート板を用いた。2棟ともに中庭側を全面的に開口しており、建物に挟まれていても圧迫感がない

  • 中庭、ブリッジの建具を開いたところ。あえてラフなつくりとしたことで、開けたときには風景の一部となって、庭がひとつに感じられる。また、Vにかけられた柱が吊り橋のような印象を与え、道路側の棟と同じような浮遊感をもたらした

    中庭、ブリッジの建具を開いたところ。あえてラフなつくりとしたことで、開けたときには風景の一部となって、庭がひとつに感じられる。また、Vにかけられた柱が吊り橋のような印象を与え、道路側の棟と同じような浮遊感をもたらした

浮かぶ建物の向こうには美しい緑が。
2棟に挟まれた中庭が、暮らしを豊かにする

思わず目を引く浮遊感は、緻密な計算によるものだ。実は浮いている高さは車が駐車できる程度の高さしかなく、その理由を「道路から子どもが遊ぶ様子や庭の緑がチラリと見えるようにしたかったから」と話す。外壁がずらりと並ぶ景観の中で視線が導かれ、そこを通るたびに四季折々の花や樹木が眺められる環境は、その周辺に住む人の暮らしを豊かにするだろう。

実際に中庭まで進めば開放的な空間が広がる。さんさんと日が差し、植物たちも元気に育ちそうだ。2つの棟に挟まれた中庭だが、隣家との間に塀を設けていないため抜け感がある。さらに、道路側の棟の下から道路へ視線が伸びるため圧迫感は感じられない。2棟はともに庭に面して全面開口しており、庭と室内、どこにいてもお互いの様子がわかりやすく安心だ。

2棟は真ん中を走るブリッジで繋がっている。庭はブリッジを挟んで片側に花や木を植え、反対側にはウッドデッキを設けた。ウッドデッキのレベルはプライベートなエリアである奥側の棟に合わせている。くつろぎのスペースとしてはもちろん、水回りから近いため洗濯干しスペースなどとしても便利に使用されているとのこと。

いわゆる渡り廊下の役割を果たすブリッジは、室内の一部ではなく外構に近いイメージに仕立てたいと、外装にはポリカーボネート板を用いた。ラフで華奢なつくりだからこそ、建具を開け放てば庭がひとつになる。また、庭のどちらかに面しているほうだけ開けたり、もちろん両側を閉じたりもできるため、多彩な庭の使い方ができるのだ。庭のしつらえが両側でそれぞれ違うことも、更なる可能性を広げている。
  • ウッドデッキ側の中庭。ウッドデッキは奥の棟(画像右側)の床とレベルを合わせた。物干し場として、くつろぎのスペースとして活躍している。ブリッジを開けておけば反対側で遊ぶ子どもにも目が届き安心

    ウッドデッキ側の中庭。ウッドデッキは奥の棟(画像右側)の床とレベルを合わせた。物干し場として、くつろぎのスペースとして活躍している。ブリッジを開けておけば反対側で遊ぶ子どもにも目が届き安心

  • 奥の棟からブリッジを見る。LDKの棟とプライベート空間が集まる棟を行き来する行為について、母屋と離れの関係性を思い浮かべつつブリッジを計画、外構の一部としてラフなつくりとした。画像左、ウッドデッキとブリッジの床面は同じ素材を使用し、一体感を生み出している

    奥の棟からブリッジを見る。LDKの棟とプライベート空間が集まる棟を行き来する行為について、母屋と離れの関係性を思い浮かべつつブリッジを計画、外構の一部としてラフなつくりとした。画像左、ウッドデッキとブリッジの床面は同じ素材を使用し、一体感を生み出している

余計なものをそぎ落として統一感を演出。
その結果としてコストが抑えられる

「家事動線を考慮した、コンパクトな間取り」という要望を実現した居住空間を見てみよう。

2棟は雰囲気を合わせた内装で、室内は構造材の梁や天井を現しにしており高さがある。照明は、裸の細い蛍光管を天井から吊るした。昼間は注意して見なければ気づかないほど存在感がない照明のおかげで、空間が一層広く感じられる。

玄関は奥の棟にあり、ブリッジを通ってLDKに進む。2棟は庭に向かって開口しているため反対側に視線や声が届きやすく、ご要望の「コンパクトな間取り」が叶った。

LDKはすっきりと整った印象だ。リビング空間のテレビが置かれた壁面の裏は収納棚。本をたくさんお持ちのHさまのために収納場所を確保したと同時に、見せたくないものも隠せる。さらに、この棚は動くのだ。「将来、部屋の内側に棚を動かして一部屋増やすこともできます」と2人。フレキシブルに使える場所は、将来必ず役立つときが来るだろう。

「コンパクトに」という希望は、ダイニングキッチンでも叶えられている。作業するワークトップを大きなものにし、ダイニングテーブルを兼ねた。食事をした後そのままそこで洗い物ができて便利なのはもちろんのこと、お子さまのお絵描き机となるなど、一日のシーンに合わせて使い方が変化する。

さらに、そのテーブルや収納棚が美しく機能的なことも印象深い。聞けば、施工に来ている職人たちに造作してもらうのだそうだ。家具メーカーに発注することもできるが、現場でつくってもらえばコストも抑えることができる、というのが理由のひとつだという。

コストダウンを図りながら洗練された空間ができる理由は、普段から「そぎ落としてシンプルにする」点を心がけているからだ。すると結果的にコストが下がると語る2人。この家でいえば、構造材や仕上げ材をできるだけそのまま用いることで統一感を出しつつコストを下げた。さらに、土地の高低差をそのまま生かしたプランニングで、造成に余計なコストをかける必要をなくした。

お話を伺っていると、とにかくすべてが合理的だと感じる。それは大胆ともいえる構成の「学園前の家」が、最初に提出したプランからほとんど変更なく竣工したことからもわかる。Hさまは、この課題に対してはこれで解決、この問題に対してはこれで解消、と的確に説明してくれたおかげですんなりと理解、納得できたという。

こんな生活をしたいという大きなイメージから、しっかりとした道筋を立てて、住みやすいのはもちろん周りの環境までを考えた家を建ててくれるのが、北野さんと八木さんなのだ。
  • LDK。テレビ背面の壁は、逆向きに置かれた収納棚の背面。棚は移動可能であり、手前に動かせば、画像奥に部屋としてもよいスペースが生まれる。天井は梁を現しとし、コストダウンしながら高さを確保。画像右上の存在感を排除した照明と相まって、空間が広く感じられる

    LDK。テレビ背面の壁は、逆向きに置かれた収納棚の背面。棚は移動可能であり、手前に動かせば、画像奥に部屋としてもよいスペースが生まれる。天井は梁を現しとし、コストダウンしながら高さを確保。画像右上の存在感を排除した照明と相まって、空間が広く感じられる

  • リビングからダイニングキッチンを見る。大きなキッチンカウンターを造作し、ダイニングテーブルの意味も持たせた。キッチン右の通路の奥はパントリー。リビングにある動く棚と雰囲気を合わせ、キッチンの上部も天井との間に隙間を開けた。窓が大きく、採光も風通しも申し分ない

    リビングからダイニングキッチンを見る。大きなキッチンカウンターを造作し、ダイニングテーブルの意味も持たせた。キッチン右の通路の奥はパントリー。リビングにある動く棚と雰囲気を合わせ、キッチンの上部も天井との間に隙間を開けた。窓が大きく、採光も風通しも申し分ない

  • 奥の棟。寝室のほか、省スペースを意識して廊下に洗面台や室内干しスペース、水回り、シューズクローゼットを並べた。建具の取手には透明なアクリル棒を採用。フラットな壁面のすっきりとした空間に仕上がった。また「照明の点灯を外から確認でき、消し忘れ対策にもなる」と2人

    奥の棟。寝室のほか、省スペースを意識して廊下に洗面台や室内干しスペース、水回り、シューズクローゼットを並べた。建具の取手には透明なアクリル棒を採用。フラットな壁面のすっきりとした空間に仕上がった。また「照明の点灯を外から確認でき、消し忘れ対策にもなる」と2人

撮影:山内紀人

基本データ

作品名
学園前の家
所在地
奈良県奈良市
家族構成
夫婦+子供1人
敷地面積
160.83㎡
延床面積
91.02㎡
予 算
2000万円台