まるで十徳ナイフ
あえて「狭小住宅」という選択

家族で暮らす「狭小住宅」というと、予算や土地といった制約から「やむを得ない選択だった」ということもあるだろう。そんななか、妥協ではなく「この狭小住宅に住みたい!」と思う家族が絶えない建築家がいる。新潟県で狭小住宅に特化した家づくりを行っている、ネイティブディメンションズ一級建築士事務所の鈴木さんだ。多くの人々から選ばれる狭小住宅とは、どんなものなのだろう。

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ライフスタイルに共感者続出
オーナー同士の交流会も

日本屈指の面積を誇り、人口密度でも低い新潟県。都会のように狭くて高い土地ばかりというわけでもないこの地域で、多くの人から選ばれる「狭小住宅」の匠がいた。ネイティブディメンションズの鈴木さん。夫婦2人といった少人数で住む物件ではなく、子供も含めた家族が住むためのファミリータイプの狭小住宅が新潟で流行るのはどうしてなのだろう?

このファミリー世代から絶大な指示を受ける「狭小住宅」を語る上で欠かせないのが、鈴木さん個人についてだ。

鈴木さんは、そのキャリアの中でずっと狭小住宅を作ってきたわけではない。普通の家から大邸宅まで作った上でたどり着いたのが「あえての狭小住宅」だという。そこには、ご自身のライフスタイルが大きく影響している。実は鈴木さんご自身も、狭小住宅に家族とともに暮らしている。ブログに自らの生活スタイルや、子育ての様子を掲載することもあるほど、家族を大切にされている。

これまでの日本の住宅のあり方としては、家族団らんのためのリビングがあり、夫婦そして子供一人ひとりに個室をという考えが主流だった。いわば家の中に「家族」の場と「個人」の場をそれぞれつくり、使い分けることを是としていた。

一方、鈴木さんはこんな考えをもっている。「そもそもここは『家族』の場所です、『個人』の場所はあっちと、決めてしまうのはナンセンスです。現代社会では、『家族』がリビングに集まっていても、テレビやスマホを見たり、ゲームに興じたり、『個人』で違ったことをしていたりします。であるならば個室でなくとも、たとえ背中合わせに居てもパーソナルスペースがあればいい。むしろ同じ場所にいて、その息づかいが感じられることが、家族としての一体感を持てるのではないか」
実際、鈴木さんのご家族は、個室がなくとも何不自由なく仲良く暮らしている。

狭小住宅のメリットは家族の関係だけではない。家が狭いということは、広い家に比べ冷暖房の効率が良く、省エネにつながる。また、掃除もしやすい。そして「土地代も安く済みます」と鈴木さん。土地の面積が小さいのだから「そりゃそうだ」と思うかもしれないが、そうではないのだという。「普通の住宅を建てるには狭かったり、形がいびつな土地は、売れ残ったり安かったりします。ウチのプランだとそんな場所でも建てられるので、好立地の土地が思わぬ価格で手に入ることがあります」

こうした「狭小住宅」の魅力に共感し、鈴木さんの元を訪れる人は、後を絶たない。見学した際、建物の良さ、鈴木さんの人柄やライフスタイルに共感し、ネイティブディメンションズのファンになってしまうのだ。そしてそれはオーナーになってからも続くのだという。
「オーナーさんとの交流会が頻繁に開かれています。いまやオーナーさん同士で仲良くなられていることもあるくらいなんです」
  • Aさん邸の外壁は、砂壁をイメージしたベージュのペンキ仕上げ。道路との境界には、ベンチを設け、ご近所を歩くお年寄りのちょっとした休憩スペースにも

    Aさん邸の外壁は、砂壁をイメージしたベージュのペンキ仕上げ。道路との境界には、ベンチを設け、ご近所を歩くお年寄りのちょっとした休憩スペースにも

  • 玄関を兼ねた土間スペース。靴置きとして使う棚は可動式。差し込む位置を変えれば、ブーツや長靴も使いやすい位置に置ける

    玄関を兼ねた土間スペース。靴置きとして使う棚は可動式。差し込む位置を変えれば、ブーツや長靴も使いやすい位置に置ける

  • 木に包まれるようなリビング。大きな開口が室内を明るく照らす。和洋2つテイストを実現するベンチは、地下室の天井高を稼ぐ役割も

    木に包まれるようなリビング。大きな開口が室内を明るく照らす。和洋2つテイストを実現するベンチは、地下室の天井高を稼ぐ役割も

土地より先に家を決めた!
家はコンパクトでも仕事はロング

家族5人の住まいのオーナーであるAさんも、ネイティブディメンションズに魅了された人の1人。住宅情報誌に紹介されていた記事を見て、見学会に参加。「妻と2人でここだ!と直感し、鈴木さんに設計をお願いすることにしました」とAさん。実はAさん、この時点では土地を持っているわけでも、アテがあるわけでもなかったという。

「ウチのお客様は、先に家を決めてから土地を探される方が結構いらっしゃいます」と鈴木さん。ネイティブディメンションズのお客様は「この土地になんとか素敵な家を建てたい」という人より、「鈴木さんの小さな家を建てたい」と思う人達が多いのだ。

ネイティブディメンションズが支持される理由の1つに、鈴木さんの丁寧な仕事ぶりがある。最初に話をしてから完成まで、早くとも1年半はかかるという。家はコンパクトでも、仕事はロングスパンだ。
「家に生活をはめたくない」と語る鈴木さん。その家族がこれまでどんな生活をしてきたのか、どんな趣味趣向があるのかということを詳しくヒアリングする。「シャンプーは何種類くらい使うのか?」まで。時には家を訪問し生活動線をも調べるのだという。そして施主家族と「こんな機能をもたせたら面白いんじゃないか?」「こうしたほうが使い勝手がよくなるのでは?」と、井戸端会議のようになることもあるというが、じっくりコトコト煮詰めていくプラン。そこまで手をかけるからこそ、狭くても快適、そして愛着のある家に仕上がる。
Aさんも「私たちの要望や思っていたことを、上手く汲み取っていただきました。図面で想像していたよりも、快適な家になりました」と大変ご満足の様子。
  • 天井はあえて現しとして、空間の広がりを出す。吹き抜けに家全体がワンルームのような一体空間に

    天井はあえて現しとして、空間の広がりを出す。吹き抜けに家全体がワンルームのような一体空間に

  • 部屋でもあり、リビングの一部でもある和室。家族が集まりくつろぐ憩いの場だ

    部屋でもあり、リビングの一部でもある和室。家族が集まりくつろぐ憩いの場だ

  • 2階の床の一部がすのこ状になっており、光や冷暖房の空気が下りてくる

    2階の床の一部がすのこ状になっており、光や冷暖房の空気が下りてくる

1つの造作に、いくつもの役割を
十徳ナイフのフレキシビリティー

Aさん邸の敷地面積は約135㎡と、決して狭い土地ではない。家の周囲には空きスペースもあり、車も2台置けるほど。道路との境には、地域へのおすそ分けといった感じで、ベンチも設置した。玄関扉を開けると、そこは土間のようなスペースが広がる。中でもあり、外でもある、とても便利な空間。この部分はちょっとした収納スペースとしても活躍する。自転車を置いたり、雪の多い新潟の冬には雪かきのための道具なども置かれることだろう。室内に入るには、数段の階段を登り、内扉を開ける。二重構造になっていることで、気密性が増し、冷暖房効率が上がる。なぜここに階段?と感じるが、それがあとで驚きの仕掛けに必要なことだとわかる。

室内に入ると、眼前に広がるリビングと和室は、とても明るく狭さを全く感じさせない。南側に大きくとられた開口と、吹き抜けの効果だろう。ヒノキの無垢材のフローリングやシナ合板で仕上げられた室内は、木の温もりと柔らかさを感じさせてくれる。長いダイニングテーブルの一方には、畳敷きのベンチが。小上がりのようでもあり、和・洋どちらのスタイルでも寛げる仕様。そしてこのベンチには大きな秘密が。Aさんの家は、床が基礎から約1m高く作られている。この1mの高さの床下は、地下収納庫になっている。季節ものやレジャー道具などの置き場として使われているのだが、お子さんの絶好の遊び場でもある。そんな床下は1mしか高さがないため、このままでは使いづらい。そこで鈴木さんは、このテーブル横の部分だけ約40cm床下の天井を上げ、使い勝手を向上させた。このつくりつけのベンチは、和洋2つの要素と、床下の天井高稼ぎという、複数の役割をもつのだ。

2階には和室と子供部屋、天井まで続く大容量のファミリークローゼット。子供部屋は大きな1つの空間だが、間仕切りで区切ることでそれぞれのパーソナルスペースに早変わり。両サイドの部屋の棚は、ロフトへの階段にもなるおまけまでつけた。

この家、いや鈴木さんがつくる家にはこうした「1つのものがいくつもの役割を果たす」仕掛けがたくさんある。Aさん邸でも、階段も段差部分が本棚になっていたり、床の一部をすのこ状にすることで、明るさや冷暖房が下に降りる工夫も。さらには天井の構造を現しにすることで、空間の広がりを生み、ロフトスペースまで出現させた。

「ビクトリノックスの10徳ナイフのようなフレキシビリティーを目指しています」と鈴木さん。

そこに住まう人が、何を欲しどんな暮らしをしたいのかを的確に把握する力。1つのものにいくつもの役割をもたせ、無駄なく効率的な家とするアイデア力。鈴木さんの仕事振りは、「お見事」としか言いようがない。

鈴木さんがつくる狭小住宅は、狭い家を語る上で出てくる「狭小でも快適に住みたい」という言葉が、「快適な狭小住宅に住む」という言葉に変わるパラダイムシフトを感じた。ネイティブディメンションズの狭小住宅は新潟のみならず、日本全国に広がっていくに違いない。
  • 2階には、天井まで高さのあるファミリークローゼットが。高所の棚への出し入れは、ロフトのはしごを移動させ使用

    2階には、天井まで高さのあるファミリークローゼットが。高所の棚への出し入れは、ロフトのはしごを移動させ使用

  • 和室は、扉を閉めても天井の開口部から冷暖房の空気が流れてくるしくみ

    和室は、扉を閉めても天井の開口部から冷暖房の空気が流れてくるしくみ

  • 2階の子供部屋スペース。間仕切りで仕切ることで個室に早変わり。3人のお子さんそれぞれに合わせたアクセントカラーで楽しさを演出

    2階の子供部屋スペース。間仕切りで仕切ることで個室に早変わり。3人のお子さんそれぞれに合わせたアクセントカラーで楽しさを演出

撮影:布施貴彦

基本データ

施主
A邸
所在地
新潟県新潟市
家族構成
夫婦+子供3人
敷地面積
135.53㎡
延床面積
85.71㎡
予 算
2000万円台