『好き』に囲まれて暮らす大人の住まい
本も薪ストーブも抜群の眺望も
和洋のバランスの良さに惹かれ
土地探しの段階から松本さんへ依頼
「これまで住んでいた家は、建てた当時は眺めも良かったのですが、いつしか周りにはマンションが立ち並ぶようになっていました。そこで心機一転と考えたのです」とTさん。
まず始めたのが土地探し。もともとの住まいに近いところから徐々に範囲を広げていったが、なかなか「ここだ!」と思える土地が見つからなかったという。探し始めて1年が経とうとした頃には、訪れた土地は約30か所。資料で見ただけならその何倍の数にもなる。
そんな中見つけたのが、この妙香寺台の土地だった。なんといってもその魅力は、抜群の眺望。斜面の上にあたり、南側に開けた土地は、年月を経ても視線を遮る建物は建たないだろう。
また、すぐ近くには山手公園があり、さらには元町商店街、中華街、港が見える丘公園といった魅力的なスポットも徒歩15~20分に点在。新たな生活に彩を与えてくれそうなロケーションだった。
実はTさんご夫妻は、この土地探しと並行して行っていたのが建築家探し。ネットや雑誌で建築家を調べているなか、心惹かれたのが、松本直子さんだった。
「松本さんが手掛けた家は、和と洋のバランスがとても良いと感じました。ぜひ私たちの家づくりをお願いしたいと連絡をとりました」とTさん。
Tさんは、海外赴任経験が豊富で、特にヨーロッパでの暮らしも長かったという。そのため、「洋」の家についても熟知している。一方で「和」の良さも渇望する思いもあったのだ。
この土地に巡り合ったとき、Tさんは松本さんとこの地を訪れ一緒に見てもらったという。
「このロケーションなら当然眺望の良い家ができると思いました。ただ一方で1つ懸念材料もありました」と松本さんは語る。
その懸念点とは、敷地が北側の道路から1.5m程低い高さにあるということ。実際隣家は、道路から階段を下りる形でアプローチしている。
「道路から玄関までフラットにアプローチするのであれば、お住まいがスキップフロアの構成になると思う旨、お伝えしました」と松本さん。
Tさん夫妻は、スキップフロアについては問題ないということで、この地での家づくりが決まったのだという。
要望は、大量の本に薪ストーブetc…
願いを全て叶える解決先はスキップフロア
まず1つ目は、大量の蔵書を置くスペース。出版社にお勤めの奥様の仕事関係の本や趣味のものを合わせ、横に並べると180mほどにもなる量だという。
「以前の家では、本棚12~13本ほどあり、段ボールも何箱もありました。横に並べたら180mにもなるくらいで、床がたわんでしまったほどです」とTさん。
引っ越すにあたり、かなりの量を処分したというが、それでも大量の蔵書のスペースが必要だった。しかもいつでも手に取れるような形で。
2つめは、海外赴任や旅先で収集した食器や小物を、収納し飾るための棚や壁が必要だったこと。海外生活を送る中で増えていったこれらの品々は、これまでは段ボールに納まっていたというが、それをいつも目に見える場所に飾り、室内を彩らせたいという思いがあった。
そして3つ目が、薪ストーブ。「昔はよくキャンプをしたりしました。また海外の家では冬場に薪ストーブで暖をとることもあったので、新居でも実現したいと思ったのです」とTさん。
松本さんは、これらの要望や打合せで出た話も踏まえ、Tさんの旧宅を訪れたという。
「極力、最初の段階で現在の暮らしを拝見させていただいています。そうすることで、お持ちの物や物量が把握できたり、物のしまい方などが分かったりします。そういうバックグラウンドを私自身が感じ取ることができると、より施主それぞれの暮らしにマッチした提案につながると思っています」と松本さん。
こうして出されたスキップフロアのプランは、玄関を入った先に半階分下がったリビング、上った先には寝室と浴室。さらに上階に図書室といっても良い蔵書スペースを設けるというもの。リビングは吹き抜けていて、南には大きな窓。1階2階両方から抜群の眺望を存分に楽しめる。吹抜中央には薪ストーブが置かれ、実用性とインテリアの役割も果たそうというものだった。
このファーストプランを見た奥様は「あの程度の話しかしていないのに、こんなにも私たちの要望を汲んだ提案をしていただけるんだ」と驚いたという。
松本さんの、施主の要望を的確に捉える力、そしていくつもの願いを整理し、1つのプランにまとめあげる力には驚かされる。
抜群の眺望も図書室も実現
出来栄えや暮らしだけでなく家づくりも満足
外観は、アイボリーの外壁に、木の縦格子アクセントが落ち着いた印象をもたらしている。
建物と道路の間の段差を盛り土にすることで、フラットなアプローチを可能とした。
「この盛り土に関しては厄介な手続きがあり、松本さんが行政と粘り強く折衝していただけて、とても心強かったです」とTさん。
玄関を入ると、吹き抜けの開放感のある空間が広がる。鉄平石と洗い出しの土間、ヘリンボーンの床、格子の扉に染め和紙の扉、大人の落ち着き・上質さを感じさせる空間だ
格子の扉を開くと「思わず、おおー」と声が漏れる。上下に延びるスケルトン階段、その先に広がるのは、庭や街並みが見える大パノラマだ。
階段下がリビング、上が寝室とスキップフロアとすることで、上下両方向に視線が抜け、実際の奥行き以上の空間の広がりを感じさせている。
階段を下りてリビングに入ると、そこは吹き抜けの大空間。窓の先には芝生の庭が広がり、色とりどりの樹々が目に入る。そしてその先には遠くの山々まで見渡せる、さらに見上げると空が広い。なんとも気持ちの良い空間だ。
庭木は、ゆずや白樫、トリネコにフェイジョア、ヤマボウシにモミジなどなど、四季折々で違った色合いに変わり、目を楽しませてくれる。
「ジューンベリーはこのあいだまで赤い実をつけていたんです。それを食べに鳥が来ていて、見ていて楽しかったです」と奥様。
リビングの吹抜中央には、薪ストーブが置かれ、天井まで真っ直ぐに伸びた煙突と相まって、インテリアの1つにもなっているかのよう。ストーブの炎のゆらめき、薪の爆ぜる音など、寛ぎの時間には、五感で楽しめるに違いない。
「実は、冬場でも日が入ると室内は暖かくて、ストーブを焚かなくてもいいくらいなんです(笑)」とTさん。
深くとられた軒によって、夏には適度に日差しを遮り、冬の低い陽光は室内に導かれているのだろう。
リビングは、床暖が仕込まれたオークのフローリング、天井は杉の梁を現しに。壁は紙の上に天然粘土塗料を左官で仕上げた。自然素材を得意とする松本さんの力量が遺憾なく発揮されている。
また、リクエストにあった、海外の食器や小物は、キッチンカウンターや壁に造作で棚をつくり、見て楽しめる収納とした。
リビングの奥には、リクエストのあった和室を。1段高くして小上がり感をだした。京壁、天井は網代で床は表面を手で削ったなぐり仕上げ。地窓の先にはセンジュに、白ヤマブキを植えた。リビングの大きく明るい空間とは異なり、少し陰のある重心の低い落ち着きのある空間。この和室からの眺めも、Tさん夫妻のお気に入りの場所の1つなのだそう。
2階には寝室と水回りを配置。バスルームはホテルライクなつくり。
「お風呂の位置を、景色が見える南側にしていただくようリクエストしました。周囲の建物が遠いので、ブラインドを下さずに入浴を愉しんでいます」と奥様。
自宅のお風呂で景色を見ながら入浴できるなんてなんと気持ちの良いことだろう。
そしてさらに階段を上った先にあるのが、まるで図書館のような書庫だ。本のサイズに応じて棚の高さを変え、今後も増え続ける蔵書が整然と並ぶ。時が経つのを忘れてしまうほど、ずっとここで籠っていたくなる空間だ。
本に薪ストーブ、抜群の景色。「好き」に囲まれて住まう暮らし。Tさん夫妻のリクエストを松本さんは見事に叶えて見せた。
「私たちの要望を、ただ叶えてくれるだけでなく、松本さんなりに咀嚼していただき、提案をいただきました。想像を超えるものばかりで、期待以上でした」とTさん。
奥様も「たとえば、キッチンの収納の扉などが引き戸で、すべて目隠しできるつくりにしていただいているなど、私たちが気づかない点も配慮いただいていて、快適に使うことができています。松本さんの経験の豊富さと打てば響く感じがとても心強かったです」と語るほど、大満足の家に仕上がった。
そして松本さんも「いろいろとご相談しながら、一緒につくりあげて頂いたという感じがしています。私も楽しくて思い出深い家づくりでした」と語る。
Tさんご夫妻は、家づくりのプロセスも、出来栄えも、そしてここでの暮らしも満たされ、楽しみながら新生活をスタートされていることだろう。
自分達の要望を叶えてくれる建築家というのは、数多くいることだろう。しかし、その要望をただ叶えるのではなく、その建築家なりの解釈とアイデアで、施主の想像を超えたものにする、さらにそこに機能性やデザイン性も兼ね備えることのできる建築家はそう多くはない。松本さんは、建築家に家づくりを依頼する醍醐味を味わわせくれる稀有な建築家の1人だ。
基本データ
| 作品名 | 妙香寺台の住まい |
|---|---|
| 所在地 | 神奈川県横浜市 |
| 敷地面積 | 238.16㎡ |
| 延床面積 | 135.01㎡ |
| 家族構成 | 夫婦 |
| 施主 | T邸 |
撮影:アトリエあふろ(糠澤武敏)
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

360度の大パノラマ!眺望を心ゆくまで楽しめる鎌倉の高台に建つ家
鎌倉の高台にある敷地に住まいを構えるD邸。自然に囲まれたエリアに調和しつつも、斜めに傾斜した1枚屋根の外観が特徴的だ。自然とともに生きるライフスタイルが信条だという、Dさんご夫妻の住まいを手掛けたのは、横山浩介建築設計事務所代表の横山浩介さん。施主であるDさんご夫妻の想いと、立地を活かした横山さんならではのプランニングが見事に結実した住まいをご紹介します。

住宅街にありながら開放感たっぷり 八寸角の米松を大黒柱に据えた住まい
兵庫県・加古川市に建つA邸は、atelier thuの坪井飛鳥さん、細貝貴宏さん、上田 哲史さんの3人が手掛けた住宅である。住宅密集地の家にもかかわらず、室内から視線が抜ける開放感。存在感を放つ大黒柱…。3人の個性とアイディアが随所にちりばめられた、A邸の魅力をご紹介しよう。

眺望を味わい尽くす、没入感ある大開口。 構造体を外へ出したシンプルかつ豊かな家
絶景に魅了され、崖の脇の土地を購入されたお施主さま。建築家の中野さんは安全を確保しながら景色を楽しめる家にしようと考えた。また、家具をたくさんお持ちで、魅力的に見せたいというご要望もあり、スキップフロアを採用した開放的な空間をつくり上げた。それを実現したのは「構造体のアウトソーシング」だ。

二世帯住宅で家族が集まる。30人!?でも幸せな空間とは?
かつて母家と倉庫のあったところに二世帯住宅を建てることに決めたQさんご家族。同じ家に住む家族でも以前の家との関わりも違えば、普段の生活スタイルも違います。誰もが住みやすく、楽しく暮らせる家をつくるため、家族はたくさん家の話をしました。

細長空間で実現した終の棲家「クジラの家」
リタイアしたYさんご夫婦が終の棲家を建てるべく購入した、埼玉県の細長い土地。ここに建築家の矢嶋一裕さんと共につくり上げたのは、土地の形状を生かして家中に光が溢れる横長の家だった。独特の外観だけでなく、建物の中も斬新なアイディアで溢れるY邸。その全貌をご紹介します。

夢じゃない? 手が届くラグジュアリーの見本は使い心地も抜
30代の医師夫婦が求めたのは、忙しい日々をリセットできる癒しの住まい。高い塀を配したコートハウス風の邸宅には、ラグジュアリーとリラックスが調和する豊かな時間が流れています。でももちろん、使い勝手は最高。手が届く、いや、手に入れたいラグジュアリーの見本になりそうです。

住宅街にこんなにも豊かな空間が誕生 緑・光・風を楽しみながら暮らす
新築でありながら、ずっと前からここにあったように周囲に溶け込む家がある。設計を手掛けたのは、遊び心あふれる発想と、自然との調和を大切にするアトリエウィの宇佐美さん。周囲環境にも住む人にとっても馴染む設計によって、心地良い住まいが実現した。

歴史ある建物を残し、庭の景色も楽しむ これからの時を新築戸建と共に
広い敷地に築100年を超す母屋と離れをもち、立派な日本庭園を有しているT邸。宝ともいえるこれらを残しつつ、現代に合った暮らしをしたいという家族の一大プロジェクトを任されたのは、その豊富な経験と手腕で、テレビの出演や多くの受賞経験を持つ匠、並木秀浩さん。「庭の景色を活かす」「旧宅を残す」という難問を解決するため、並木さんがとった方法は、新旧2つの庭を立体的に繋ぐというコンセプトでした。

親と子、大人3人が暮らす住まい。 互いに心地よい距離感を叶えた「3本の道」
40代後半の息子さまとご両親がともに暮らす家を新築したいと依頼を受けた、建築家の保坂さん。家族皆が過ごしやすくするためには、適切な距離感を保つことが重要と考えた。提案したのは室内なのにまるで外にいるような雰囲気が得られる「3本の道」。同じ空間にいながらも感覚的に離れた場所で寛げる家が完成した。





