再建築不可物件をリノベ自由な物件に
空き家再生の新機軸

年々深刻化を増している空き家問題。とりわけ「再建築不可物件」は、なかなか買い手もつかず、負の資産となることも多い。そんな再建築不可物件を自ら購入したのは、新築住宅の設計はもとより、空き家再生も手掛けてきた建築家、H2DOの久保和樹さん。久保さんは、どのように再建築不可物件を再生させたのか。

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空き家再生の成功体験から
自ら物件を購入し、リノベーション

西荻窪駅から徒歩約7分の閑静な住宅地にその建物はある。陶芸家、関口佳那さんの住居兼アトリエだ。このアトリエでは、関口さんが作品づくりに勤しむほか、陶芸体験のワークショップが開かれ、老若男女が集うこともあるという。

実はこの建物、築50年の再建築不可物件を改修したリノベーション物件。再建築不可物件とは、おもに接道要件や敷地条件を満たさないことで、現在の建物を解体して更地にしても、新たに建物を建てられない土地のこと。そのため、古くなった家を建て直すことができず、なかなか買い手もつきにくい。

そんな再建築不可物件を購入し、リノベーションした上で貸し出した、この物件のオーナーは、H2DO一級建築士事務所の久保さんだ。

では、なぜ久保さんはこの物件を購入したのだろうか。

久保さんは、住宅や事務所、店舗といった建物の設計はもとより、DIY家具を手掛けたり家づくりワークショップを開催したりと、幅広い活動を行っている建築家だ。その活動の一環として「空き家再生」も手掛けてきた。今回はその知見が生かされているという。

これまで、久保さんとタッグを組み空き家再生を成功させていきた、不動産会社オリエンタル・サンの山田武男さんは、この物件についてこう語る。

「この物件は、再建築不可というのがネックで、一般のお客様にとっても買いにくく、業者が購入してリノベーションしても、収益が見込めるか二の足を踏むような物件でした」

しかし山田さんは、久保さんであればこの物件をコスト面も含め「しっかり直せる」これまでの経験から、「適切な価格で貸し出せる」と思い、久保さんにこの物件を紹介したという。

久保さんも「これまでの経験から、リノベーションして貸し出して収益も得られる自信がありました」と語る。こうしてこの再建築不可物件を購入し、リノベーションをすることにした久保さん。このリノベでは、まず以下の6項目基本コンセプトとしたという。

01_構造的な修繕・補強を行う
02_屋根や外壁など雨漏り部分の補修を行う
03_ワンルーム空間に解体して、賃貸主のリノベ自由度をあげる
04_賃貸主のペルソナを明確化して、仕様を決定する
05_内装は下地までとして、賃貸主のリノベの自由度をあげる
06_賃貸主のリノベサポート(設計・DIY等)を行う。

一般的なリノベーションとは、新築と見紛うほどに内装をキレイに整えることが多いが、今回はあえて、必要最低限に留めた。安心して貸せる物件にはするものの、借主自らが自由に手を入れられるようにしたのだ。

「そもそも、借主が自由に手を入れられる物件というのはとても少ないのです。今回は、それができる物件にしたくて、“かたち”ではなく“こと”をデザイン(プロデュース)することとしました」と久保さん。

想定されたペルソナは、20~30代の独立したいクリエイターのアトリエ兼住宅。そのため、1階は、作業スペースとして活用できるよう、居間とキッチンを1つの空間としコンクリート土間にした。土間であれば汚すことを気にせず、また構造的補強にもなる。そしてキッチンには、業務用にシンクを設置した。
こうして、この家はKICS Houseと名付けられた。
  • 西荻窪駅から徒歩7分程度と好立地ながらも、再建築不可物件のため、なかなか買い手がつかなかったという物件。

    西荻窪駅から徒歩7分程度と好立地ながらも、再建築不可物件のため、なかなか買い手がつかなかったという物件。

  • 屋根や外壁など、雨漏りにつながる部分の補修を行った上で、外壁や塀の塗装は久保さん自らの手で行うことでコストカットも図ったという。

    屋根や外壁など、雨漏りにつながる部分の補修を行った上で、外壁や塀の塗装は久保さん自らの手で行うことでコストカットも図ったという。

  • オープンな雰囲気を演出するため、前面の塀の一部を取り払いアトリエを訪れる人が、直接屋内の様子を伺えるようにした。

    オープンな雰囲気を演出するため、前面の塀の一部を取り払いアトリエを訪れる人が、直接屋内の様子を伺えるようにした。

  • 従前の基礎の様子。耐震性などをしっかりとチェックし、必要に応じて構造的な補強を行ったという。基礎部分は、砕石を敷き転圧したうえで、断熱を施し、コンクリート土間を打った。

    従前の基礎の様子。耐震性などをしっかりとチェックし、必要に応じて構造的な補強を行ったという。基礎部分は、砕石を敷き転圧したうえで、断熱を施し、コンクリート土間を打った。

  • 旧宅のリビングルームの様子。窓からの陽は差し込むものの、部屋が細かく仕切られているため、狭さを感じる。

    旧宅のリビングルームの様子。窓からの陽は差し込むものの、部屋が細かく仕切られているため、狭さを感じる。

  • 陶芸のアトリエへと変化した1階リビング。構造的に必要な部分以外の壁を取り払い、リビングとキッチンを繋げた1つの空間とした。白い壁も相まって明るく開放的な空間だ。

    陶芸のアトリエへと変化した1階リビング。構造的に必要な部分以外の壁を取り払い、リビングとキッチンを繋げた1つの空間とした。白い壁も相まって明るく開放的な空間だ。

借主はペルソナどおりの陶芸家
アトリエでは、ワークショップも開催

こうしてスタートしたKICS House。募集後すぐにいくつもの問い合わせがあり、入居したのが陶芸家の関口さん。

関口さんは、自分のアトリエを持ちたいと不動産会社に登録するも、40-50件紹介を受けても、なかなか内見すら辿りつけなかったという。
「陶芸家だからなのか、敬遠されているような感じで。内見OKな物件が出てきても、それは倉庫で、私には手に余る広さと高額な家賃で手が出なかったんです。そんなときに、KICS Houseを紹介いただいて、すぐに内見しました。土間があるし内装も自由にしてよいということもうれしいポイントでした。オーナーさんも建築家さんでクリエイターに入ってもらう想定だったと伺って、安心しました」と関口さん。

関口さんのように、自分のアトリエや作業場を持ちたい・探しているというクリエイターの絶対数は、ファミリー物件や1人暮らしの部屋を探している人と比べると多くはないだろう。しかし、供給される物件の数が圧倒的に少ないのだ。大家さんにしてみれば、「汚されるのではないか?」「音がうるさかったりしないか?」と心配し、クリエイターへ部屋を貸すことを嫌がるのもわからなくはない。こういう状況だからこそKICS Houseのように「クリエイターOK」「土間つき」「自分でリノベもOK」といった物件は、圧倒的な支持を受ける。多くの人にウケるであろう物件より、特定の人に刺さる物件は強いのだ。

想定したペルソナどおりの入居者を獲得した久保さんの、先見の明には驚かされる。

こうして入居した関口さん、現在のKICS Houseの様子を見てみよう。

1階はもともと台所と居間に分かれていたところが、1つの大きな空間となっている。壁は白く塗られ、明るく開放的な空間に生まれ変わった。足元は土間が打たれ、陶芸での土埃の汚れを気にする必要もない。土間アトリエの大きな木造のテーブルは、作業台として、関口さんの作品づくりやワークショップに使われる。壁には、関口さんがDIYで棚を取り付け、釉薬などの材料や、乾燥させる作品などが置かれている。

キッチンには、業務用のステンレスシンクが置かれ、調理場兼流し場に生まれ変わった。手が汚れることが当たり前の陶芸でも、深さのあるシンクで安心して手洗いができる。

2階に上ると、そこは住居スペース。こちらも2部屋だったものを1つの空間とした。1つの空間とすることで暗くなりがちだった奥の部屋にも光が届き、明るく開放的なスペースへと生まれ変わった。1階がアトリエ、2階が住居スペースと同じ建物でありながら「公私」の別をつけられるのもKICS Houseの魅力の1つかもしれない。

築50年の再建築不可物件が、若きクリエイターの住居兼アトリエとして、また陶芸ワークショップで老若男女が集う場として蘇った。久保さんの空き家再生は、ただ建物が蘇るだけではない。複合用途の建物として人も集まる物件へと変貌を遂げたのだ。

年々深刻化を増す空き家問題。とりわけ再建築不可物件は、負の資産となることも多く悩みを抱える人も多いことだろう。その一方で、借りたいのにちょうど良い物件がなかなか見つからないというクリエイターも存在する。

その両者をつなぐKICS Houseは、日本の空き家再生の新機軸となるかもしれない。

とはいえ、空き物件を久保さんと同じようにリノベーションできるかというと、それはなかなか難しい。物件の耐震性などをしっかりと見極める眼と、どこまで手をかけ金をかけるかという見極め、そしてどのような顧客がつくかという先見性がなければ、この空き家再生は叶わないのだ。久保さんはそれを行える、稀有な建築家なのだ。
  • 陶芸のワークショップの様子。コンクリート土間としたことで、汚れも気にせずに済む。

    陶芸のワークショップの様子。コンクリート土間としたことで、汚れも気にせずに済む。

  • 夜になると電球色の照明で、落ち着いた雰囲気に。壁に取り付けられた棚は、借主である関口さんがDIYで取り付けたという。構造に影響のない範囲で借主が自由に手を入れられるのもこの物件の魅力

    夜になると電球色の照明で、落ち着いた雰囲気に。壁に取り付けられた棚は、借主である関口さんがDIYで取り付けたという。構造に影響のない範囲で借主が自由に手を入れられるのもこの物件の魅力

  • 独立スペースだったキッチンを、リビングと1続きの土間に。アトリエとして使えるよう、キッチンシンクは業務用のものを採用したという。

    独立スペースだったキッチンを、リビングと1続きの土間に。アトリエとして使えるよう、キッチンシンクは業務用のものを採用したという。

  • 畳敷きだった旧宅の2階の様子。

    畳敷きだった旧宅の2階の様子。

  • 2階はほっこり空間の住居スペース。同じ建物でありながら、1階のアトリエ2階の住居と公私を分けられるのもKICS Houseの魅力の1つ。

    2階はほっこり空間の住居スペース。同じ建物でありながら、1階のアトリエ2階の住居と公私を分けられるのもKICS Houseの魅力の1つ。

  • 旧宅では2部屋に分かれていた壁を取り払い、1つの大空間に。奥の部屋までもが明るく開放的なスペースへと生まれ変わった。

    旧宅では2部屋に分かれていた壁を取り払い、1つの大空間に。奥の部屋までもが明るく開放的なスペースへと生まれ変わった。

基本データ

作品名
KICS House
所在地
東京都武蔵野市
延床面積
49.12㎡
予 算
〜2000万円台