歴史を紡ぐリノベで地域を元気に。
南伊豆町子浦のサイクリスト宿『JU-ZA』

静岡県の南伊豆町子浦に誕生した『JU-ZA CYCLE YADO Minamiizu』は、サイクリストにフォーカスした休憩・宿泊施設。町の風土と歴史を見つめ、地域の人々にも喜ばれるスポットをつくり上げた建築家の水間寿明さんに話を聞いた。

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元民宿の空き家をリノベーション。
サイクリストが憩うスポットに

2021年11月、静岡県の南伊豆町子浦に『JU-ZA CYCLE YADO Minamiizu』~以下『JU-ZA(じゅうざ)』~が誕生した。ここはCYCLE YADO(サイクル宿)の名の通り、サイクリストにフォーカスした休憩・宿泊施設だ。

『JU-ZA』誕生のプロジェクトは、現在『JU-ZA』を運営する株式会社プレジャー代表・木村仁彦さん、クリエイティブディレクターの真鍋聡子さんらによって推進された。

「仕事で知り合い意気投合した木村さんと、『一緒に何かやりたいね』と情報共有を重ねる中でいろいろなご縁や出会いがあり、生まれてきたのがこのプロジェクトでした」と話すのは、MON architectsの水間寿明さん。水間さんは建築家としてこのプロジェクトに参加し、建物の設計・デザインを担っている。

南伊豆町は少子高齢化、空き家の増加などの課題を抱えてはいるものの、自然豊かな山や透明度の高い海、豊富な山海グルメなど、観光資源に恵まれた漁師町。また、地理的には伊豆半島の最南端に位置し、千葉県から和歌山県までの壮大なサイクリングロード「太平洋岸自転車道」が走っている。伊豆半島一周ライド・通称「伊豆いち」の折り返し地点でもあり、自転車好きにはとりわけ魅力的なスポットだ。

だが南伊豆町にはサイクリストが気軽に休憩・宿泊できる施設がなかった。そこで、かつて民宿だった築56年の空き家を株式会社プレジャーが買い取ってリノベーションし、宿泊施設付きのサイクリストスポットをオープンすることになったのだ。

水間さんは、「設計にあたり念頭にあったのは、『地域に役立つ』という観点です」と話す。

「もちろん、運営者であるプレジャーさんやサイクリストの方に喜んでいただくことは大前提。その上でこのプロジェクトは、『地元の材料で地元の人と一緒につくった場所に利用者が訪れ、地元の産業が活性して多くの人が訪れる』という好循環の創出を目指していました。ですから『JU-ZA』が子浦の方々に受け入れられ、地域の人も訪れた人も元気になるような、そんな場所にしたいとの思いが強かったです」
  • 『JU-ZA』がある南伊豆町の子浦地区は、自然豊かな山と美しい海を有する静かな漁師町。水間さんたちは『JU-ZA』の存在によって外部からの来訪者を増やし、地域の産業活性につなげることを目指している

    『JU-ZA』がある南伊豆町の子浦地区は、自然豊かな山と美しい海を有する静かな漁師町。水間さんたちは『JU-ZA』の存在によって外部からの来訪者を増やし、地域の産業活性につなげることを目指している

  • 南の外観。樹齢57年の大きなサボテンの木が『JU-ZA』の目印。水間さんは外観もできるだけ面影を残し、南伊豆町の町並みに溶け込むファサードに仕上げた。『JU-ZA』の名は、ここがさかくら荘という民宿だったときの屋号『重田(じゅうざ)』からとっている

    南の外観。樹齢57年の大きなサボテンの木が『JU-ZA』の目印。水間さんは外観もできるだけ面影を残し、南伊豆町の町並みに溶け込むファサードに仕上げた。『JU-ZA』の名は、ここがさかくら荘という民宿だったときの屋号『重田(じゅうざ)』からとっている

  • 南に大きく開いたエントランス。広いウッドデッキテラスと土間仕上げのサイクルピットの一体感が高く、のびやかな開放感がある

    南に大きく開いたエントランス。広いウッドデッキテラスと土間仕上げのサイクルピットの一体感が高く、のびやかな開放感がある

  • 外観夕景。『JU-ZA』は1階が宿泊者やちょっと休憩したい人が使えるサイクルピット、ダイニング、水まわり。2階には宿泊者のための客室がある

    外観夕景。『JU-ZA』は1階が宿泊者やちょっと休憩したい人が使えるサイクルピット、ダイニング、水まわり。2階には宿泊者のための客室がある

ポイントは「新しくしすぎない」こと。
面影を残し、地域の人とともにつくっていく

今回のリノベーショ設計で、水間さんが意識したことは大きく2つ。1つは、新しいものと古いもののバランスだ。

新しさを感じられるスペースの筆頭は、1階のサイクルピットだろう。水間さんはもともとあった和室2室をつなぎ、土間仕上げの広々としたサイクルピットに変更。自転車の保管やメンテナンスのためのスペースだがエントランスも兼ねており、一角にはテーブルやソファも造作。訪れたサイクリストたちはソファでくつろぎ、メンテナンスなどをしながら交流できる。

また、床を土間にしたことでエントランス前に新設したウッドデッキテラスとの一体感も生まれ、サイクルピットは町に対してオープンな空間に。中の様子がわかって地域の人々が立ち寄りやすく、サイクリストたちも町とのつながりを感じられる。

ほか、1階にあるダイニングやシャワーなどの水まわりも、「利用者にとって清潔感と快適性は大事」と、全て新しい設備を入れている。照明も新調し、サイクルピット、ダイニング、廊下などの共用部は、朝、昼、夕、夜で照明の色味が変わるように設定。朝は目覚めがよく活動的になれる光、夕方はくつろげる光、夜から深夜は落ち着いたバーのような光……と、時間帯ごとの人の行動に適した照明にしている。

このように快適性を重視すべきところは刷新する一方で、以前の面影を残し、町の景観を大切にすることにもこだわった。耐震補強は入念に施しつつ、柱や梁、壁やガラス窓はできるだけそのままにし、庭にあった樹齢57年の大きなサボテンの木はシンボルツリーとしてテラスの設計に組み込んだ。新調した照明も、「ギラギラした照明がない町なので」と、町に漏れる光が強くなりすぎないように配慮。それでいて、外からほどよく目につく温かな光になるよう心を砕いている。

おかげで『JU-ZA』は子浦の風景にしっくり馴染み、居心地のよさとノスタルジックな温かさが見事に共存。洗練されたモダンなデザインの中に穏やかなぬくもりを感じる空間に仕上がった。

そしてもう1つ、水間さんが意識したのが、地域の人々に愛着をもってもらえるようにリノベーションを進めること。施工は地元の会社に依頼し、ワンチームとなって一緒につくっていくことを大事にした。例えば、造作したテラスのベンチやダイニングテーブルは通常ならディテールまで設計するが、『JU-ZA』のこれらの造作で水間さんが行ったのはおおまかなディレクションのみ。製作における細かな仕様は職人さんにまかせている。

「みんなで相談してテラスにベンチを置こうという話になったら、職人さんが自らすすんで『つくるよ!』と言ってくださって」と、うれしそうに振り返る水間さん。

細部までしっかり設計しながらも、適度に余白を残してクライアント、職人さん、町の人々が参加できることに重きを置く。そうやってつくられた建築は、参加した全ての人にとって「自分ゴト」となり、愛着も湧いていく──。水間さんは仕事のプロセスにおいても、『JU-ZA』と地域との確かなつながりを生み出したのである。
  • 1階エントランスを兼ねたサイクルピット。天井は構造材が見える現し仕上げで高さを出し、床は細いレンガタイルに張り替えた。タイルは目地幅を少し広く取って味のある印象に。自転車の保管やメンテナンスができるスペースだが、サイクリストたちの憩いの場としても大活躍

    1階エントランスを兼ねたサイクルピット。天井は構造材が見える現し仕上げで高さを出し、床は細いレンガタイルに張り替えた。タイルは目地幅を少し広く取って味のある印象に。自転車の保管やメンテナンスができるスペースだが、サイクリストたちの憩いの場としても大活躍

  • 1階サイクルピットからダイニング方向を見る。もとは和室だったところを土間にして、サイクルピットに。水間さんは構造的に外せない柱を活用し、低いテーブルを造作(写真左手前)。その奥にはソファもつくり、サイクリストたちがゆったりと過ごせるようにしている

    1階サイクルピットからダイニング方向を見る。もとは和室だったところを土間にして、サイクルピットに。水間さんは構造的に外せない柱を活用し、低いテーブルを造作(写真左手前)。その奥にはソファもつくり、サイクリストたちがゆったりと過ごせるようにしている

  • 1階サイクルピット。土間仕上げのサイクルピットはウッドデッキテラス(写真右奥)とひと続き。自転車の出し入れがしやすく、サイクリストたちが気軽に立ち寄れる

    1階サイクルピット。土間仕上げのサイクルピットはウッドデッキテラス(写真右奥)とひと続き。自転車の出し入れがしやすく、サイクリストたちが気軽に立ち寄れる

  • 1階ダイニング。キッチンがあった場所の壁を外して広くし、サイクリストたちが持ち込んだ食事などを一緒に楽しめる空間に。床は調湿性、防臭性にすぐれたサイザル麻。一枚板の贅沢なテーブルは地元の職人さんの手づくり。四角いフレームの照明はテーブルに合わせてデザインした

    1階ダイニング。キッチンがあった場所の壁を外して広くし、サイクリストたちが持ち込んだ食事などを一緒に楽しめる空間に。床は調湿性、防臭性にすぐれたサイザル麻。一枚板の贅沢なテーブルは地元の職人さんの手づくり。四角いフレームの照明はテーブルに合わせてデザインした

  • ダイニングからサイクルピットを見る。ダイニングとサイクルピットの間には階段があり、2階の客室へと続く

    ダイニングからサイクルピットを見る。ダイニングとサイクルピットの間には階段があり、2階の客室へと続く

「まだ見ぬ何か」を生み出すときに、
建築ができることを考える

『JU-ZA』がある南伊豆町の子浦地区は、200人ほどの長閑で小さな集落だ。住人の方々は、見かけない顔の水間さんたちが頻繁に現れるようになり、工事を始めたときは何をするか気になっていただろう。

水間さんはそんな思いもくみ取って計画を進めており、『JU-ZA』の完成時には顔見知りになった近隣の方々を招き入れ、中を案内したという。

「みなさん、空き家になる前の民宿時代をご存知だから、『こんなに変わるものなんだね』と驚いてくださり、『私たちもここに来ていいの? 毎日来たいね』と言ってくださったんです。もちろんいらしてくださいとお答えしましたが、その笑顔を見て、受け入れていただけたんだと心底安堵しましたし、喜んでくださったことがとてもうれしかったです」

この町にあったもの・今ある町並みへのリスペクトを込めた水間さんの設計が花開いた瞬間だ。

『JU-ZA』はサイクリスト宿としても好評で、早速、ファンができ始めている。運営者である株式会社プレジャーの木村さんとは、地域活性につながるサイクリストスポットを各地に展開できないか、夢のあるディスカッションを引き続き重ねているという。

『JU-ZA』は、「何かやりたいね」というふんわりした会話から、たった1年でオープンを迎えることができた。これだけのスピード感で成し遂げられたのは、同じ思いで同じ方向を向くプロジェクトメンバーが集結したからだろう。

ただ、ちょっと驚いてしまうのは、建築家である水間さんが「建物をつくるかどうか」さえ固まっていない段階からプロジェクトに参加していたことだ。そんな曖昧な話でも相談に乗ってくれるのか? と訝しんでしまうが、当の本人は「そういうケース、多いんですよ」と、なんだか楽しそうである。

水間さんは、思いを共有できるプロジェクトがあったら、建築家としてどんな風に貢献できるか独創的かつ能動的に考えられる人なのだろう。

依頼された建物を設計するだけじゃない。みんなの思いを建築という形に落とし込む水間さんのプロデュース力は、これからも「ワクワクする何か」を見せ続けてくれるに違いない。
  • 2階の共用廊下。壁は塗り替えたが、柱、梁、床は以前のまま。民宿時代を彷彿とさせる古民家風の内装に、ホッと心が和む

    2階の共用廊下。壁は塗り替えたが、柱、梁、床は以前のまま。民宿時代を彷彿とさせる古民家風の内装に、ホッと心が和む

  • 2階客室。「座ったり寝たりするところは清潔感を優先しました」と、畳は全て張り替えた。落ち着いた色の壁や昔のままの竿縁天井が、和の心地よさを生んでいる

    2階客室。「座ったり寝たりするところは清潔感を優先しました」と、畳は全て張り替えた。落ち着いた色の壁や昔のままの竿縁天井が、和の心地よさを生んでいる

  • 周辺の町並み。水間さんは、このノスタルジックな風景に馴染むよう『JU-ZA』のデザインを計画した

    周辺の町並み。水間さんは、このノスタルジックな風景に馴染むよう『JU-ZA』のデザインを計画した

撮影:髙橋菜生(Nao Takahashi)

間取り図

  • Before 1F

  • After 1F

  • Before 2F

  • After 2F

基本データ

作品名
JU-ZA CYCLE YADO Minamiizu
所在地
静岡県
敷地面積
150.59㎡
延床面積
169.71㎡